第17話 「心変わりの狂戦士」
魔導都市アルスフォード外縁にて、葉山集は魔王軍の相手をしていた。
実質的には魔物の掃討作業である。
悪魔の数は、実際にはそれほどいない。数少ない悪魔は上空で竜騎士を相手にしている。
だから集は淡々と魔物を殺し続けていた。
炎を生み出し、操り、敵に当てる。ただ、その作業の繰り返し。
だが、あるとき、魔物の軍勢の中央でふと足を止めた。現状への違和感がありすぎるからだ。
集は眉をひそめる。
(……いくら何でも、手応えがなさすぎる)
集は異世界転移者だ。自らが固有スキルを宿す特殊な部類で、どの程度の強者であるか自覚はしている。それを考慮に入れても、敵が弱すぎると感じていた。かつて戦った、あの上位悪魔バーン・ストライクも、知能の低い魔物をある程度は指揮して、多少は戦術というものに気を使っていた。だというのに現状では戦略のせの字も見えない。
これでは魔物という駒を浪費しているだけだ。それとも、それ自体に価値があるのだろうか。集や魔導兵を相手に時間稼ぎをさせている――いや、そこまでのコストをかけるほどの強さは集にはない。
(……新魔王たち主力が街に侵入しているだろうとはいえ、やはり弱すぎる……)
魔王軍総司令のルドルフが木暮に殺され、崩れかけていることを集は知らない。
だから、何かがあるのかを疑っていた。実際には、ただ連携が取れなくなっているだけだというのに。
周囲では、ブースターをふかしながら、おそろしく高機動の魔導兵たちが、乱れなく魔物を殺害していく。
魔導都市の私兵部隊はなかなかに優秀だった。正確には、優秀なのは彼らが装備する武具。すなわち松山鬼一の技術力に対する称賛ではあるのだが、ともあれ魔物部隊を圧倒しているのは事実だ。
上空でも竜騎士隊が有利に戦闘を進め、怒涛の勢いで魔王軍の駆逐が進んでいく。
今、この街は強い。魔導都市の技術力に加えて、各国の精鋭が勢揃いしているのだ。いくら魔王軍と言えど、正面から叩けるほどやわではない。それどころか、このままでは新魔王派が全滅するのも時間の問題だった。
(……ルシアの目的は勇者の撃滅だったな。まさか、ここにいる勇者五人さえ倒せれば、自らが率いる新魔王派は全滅してもいいとでも言うのか?)
「どうかしたの?」
集が魔物を倒しつつ思考の海に沈んでいると、声をかけられたので意識を浮上させる。
そちらを向くと、そこにいたのは黒髪の少女だった。
浅場優花。
最近では神谷士道の仲間だが、同時に『真実の四使徒』の一人でもある。
つまりは集と同じく、女神を主として活動する同士だ。
「……フン。何でもない。そもそも、来ていたのか」
「魔王軍が襲ってきてるのに、私が何もしないわけにはいかないでしょ」
優花は感情の読めない瞳で呟く。
その間にも、共和国側の兵士を癒す手は休めなかった。圧倒的な治癒魔法を次々と展開していく。
その魔法の技量は転移者だけあって、集も感嘆を覚えた。魔導兵が不死身の兵隊と化し、更に共和国側が優位になる。大要塞デュアルガでの戦いとは、真逆の推移を見せていた。
(……しかし、この女)
集は、この少女が何の見返りがあって女神に協力しているのかを知らない。
『真実の四使徒』というのも、所詮はただのくくりだ。百人の異世界転移者の中で、女神が事前に接触し、何かしらの恩恵をもたらすことで、自らへの協力を取り付けた相手というだけである。
葉山集は、半身不随で絶望していたときに新しく足をもらった。歩けるようにしてくれた。体を動かせる喜びを知った。歩くことの楽しさを知り、自分で切り開いていく道の意味を知った。
――だから、この恩は必ず返すと誓った。
大友慎也は、最愛の妻の病を治してもらった。妻と、これから生まれてくる子供に思いを馳せ、家族の温かさを求めて、それが叶わないものだと知った上で、それでも、もう一度だけ、家族に会いたいと手を伸ばしていた。
――だから、どんな汚れ仕事でも引き受けた。
影山玲には強い感情がなかった。ただ、月日が過ぎるまま、流されるままに生きてきた。そんなとき、不意に現れた存在に興味を持った。世界を苛烈なまでに愛する女神という存在に、好奇心を覚えた。自我の薄い影山にとっては、それだけで理由として機能していた。
――だから、手を貸してみたい思った。
彼らはそう言っていた。だから集は知っている。
彼らが、どんな想いを抱え、何を求めて戦い、そして死んでいったのかを。
故に興味があった。優花が女神に協力している理由は何なのかを。
「……貴様は」
集は燃え盛る火炎で魔物たちを撃滅しながら、尋ねる。
「なぜ、女神様の味方をする?」
突然の質問に、優花は驚いたようだった。
治癒魔法で共和国兵を断続的に回復させながら、優花は集のほうを見やる。
彼女は僅かに表情を歪めると、
「……誰にも死んでほしくなかったからだよ」
底冷えするような声音で呟いた。暗く、重たい想いが乗ったものだった。集は思わず言葉に詰まりながらも、
「それは不可能だ。仮にそれが可能だったとしても、死者のいない世界は歪む。ただの、地獄にしかならない」
「分かってる。これは、ただのエゴだよ。それでも誰にも傷ついてほしくなかったし、そのための力が欲しかった」を
「……」
「だから、私は『治癒』を手に入れた。この固有スキルの効果は単純。ただ、癒す。それだけ。徹底的に、どんな状態からも回復させる。治癒魔法とは似ているようで違う。もちろん、普通の治癒魔法も使えるけど」
「……なるほど。フン、なら、さっそく出番が来そうだぞ。良かったな」
「どういうこと?」
優花が不思議そうに尋ねた直後の出来事だった。
ゴバッッッッ!! という爆音が炸裂し、何人もの魔導兵が超重量の鎧ごと吹っ飛ばされてきた。
集の長い黒髪が風で揺れる。優花は慌てたように怪我をした人々のもとに駆けていった。
「よぉ」
集は悠然と佇んだまま、愉しげに声をかけてきた男のほうを見やる。
染めた金の短髪、荒々しい顔立ちには豪気な笑みを浮かべ、頑強な肉体が威圧感を放っている。黒のタンクトップにジーンズというラフにもほどがある格好をして、ポケットには片手を突っ込んでいた。
一之瀬拓真。
山城が引き起こした"病魔事変"の際に遭遇したことはあるが、確か人間の味方をしていたはずだが。
「悪ィな。気が変わったんだよ」
そんな集の思考を見透かしていたのか、拓真は気楽そうな口調で言う。
口元に獰猛な笑みを浮かべながら、
「ここに関しちゃ、魔王軍についたほうが面白くなりそうだからなァ?」
「……フン。そういう人間か。まあ、そんな気はしていた」
集は見下して鼻を鳴らし、炎を生み出して戦闘態勢に入った。
この男は危険だ。ミラ王国の勇者である白崎大和を一方的に倒しているところを集は見たことがある。相性の問題もあるとはいえ、転移者の中でも上位に位置する怪物であることは間違いなかった。
もし街で暴れられたら、より厄介なことになるだろう。勇者をここで失うわけにはいかない。
「来るか。いいぜェ、魔導兵とやらが大したことなくてガッカリしてたとこだ。テメェは楽しませてくれるんだろうな?」
「……フン」
集は鼻を鳴らしつつ、いきなり最大級の魔法を叩きつけた。”火竜砲”。得意の大魔法を、ありったけの魔力を込めて制御を手放す。炎の大蛇が暴れ狂った。優花の周囲を除いて、一帯が焦土へと姿を変える。
だが、拓真は肉体を焦げさせながらも、痛みもなさそうに佇んでいた。さらに、全身を覆う火傷が治っていく。普通ではありえない速度の回復だった。――固有スキルだな、と集は考える。魔法陣を展開しているわけではない以上、これは治癒魔法ではない。さて、スキル効果はこれがすべてか。それとも他にも何かしらあるのか。
集は思考を回し、戦闘に没入していく。相対する拓真は拳をパキポキと鳴らしつつ、告げた。
「イイ魔法だ。次は、オレから行くぜ?」
ドン!! という、凄まじい音が炸裂した。




