第14話 「老練の中位悪魔」
魔導都市アルスフォード。
その外縁を魔物の集団が取り囲みつつあった。
いずれも上位悪魔たちが従えたものである魔物たちは、飢えた眼差しで魔導都市を見据えている。
魔物の軍勢の中央付近では、老練の中位悪魔ルドルフが機を窺っていた。城門の上には共和国兵が数百人、こちらを見下ろしている。
「……そろそろだな」
ルドルフは落ち着き払った声音で呟く。
これでも軍勢の総司令だ。その責任は重い。そして当然、魔導都市を円形に取り囲み、魔物を指揮する上位悪魔もルドルフの傘下である。
たかが中位悪魔。それでも、百年前の戦争で多大な功績を上げたという事実は伊達ではない。その圧倒的な戦闘経験により醸し出されるカリスマが、ルドルフの指示に強制力を持たせていた。
「全軍、攻撃開始」
高く聳える都市の城壁を睨みつけながら、ルドルフは低く、しかし響き渡る声で淡々と告げる。
瞬間。魔物たちと悪魔の雄叫びが上がった。それは続々と、魔導都市を囲む軍勢へと攻撃の合図として伝わっていく。
怒涛のような突撃が開始された。
(……さて、今のところ勇者の姿はないが)
ルドルフは後方で戦況を見据える。
新魔王ルシアやグライブなどの精鋭が都市に潜入している間の囮となるのがルドルフたちの役目だが、もちろん勇者を討伐できる機会があるのなら、それを逃すつもりはない。
「……やらせるか! この悪魔共め!!」
飛行できるという利点を活かし、上空から攻撃しようとする悪魔たちに対して、ライン王国から派遣された竜騎士隊が応戦する。流石に王国最強と呼ばれた精鋭だけあって容易には突破できないようだ。
「――撃てぇ!!」
そして、地上では奇怪な現象がいくつも巻き起こっていた。
城壁のほうから乾いた音が連続し、魔物がバタバタと倒れていく。
城壁の上の隙間から顔を出している、魔導都市の兵士の手には、異様な形状をした飛び道具が握られていた。トンファーが近いかもしれない。
(あれが、異世界の武器……銃と呼ばれるものか。なるほど、流石は魔導都市。共和国のなかでも最も厄介だと言われるだけはある)
それだけではない。
次の瞬間、鋼鉄で固められた重装甲を纏った兵士たちが、圧倒的な高機動で戦場へと乱入していく。
完全な全身装甲。あの装備では自重に押し潰されるのが関の山だとしか思えないが――いったいどういう技術を使っているのか。
気にはなるが考察している暇はない。
それに加えて名前だけは聞いている。
おそらく魔導鎧というものだろう。銃と同じように松山鬼一という異世界の技術者が造り上げたものらしい。
あの硬い鎧に生半可な攻撃は通用しない。風属性魔法を脚部からブースターのように活用しているのか、そもそも速すぎて攻撃が当てられない。そして連携も取れている。まさしく悪魔の兵器だった。
こちらの魔物の軍勢には、連携を取るほどの頭脳はない。上位悪魔たちが奮戦するものの、面白いように削り取られていく。
(……だが、数は少ない。二百程度で、我々は止められんぞ)
そう思っていた。
現に魔導兵たちに抑えられなかった魔物たちは、城壁が目前まで接近していた。だが、猛獣のように城壁に飛びかかろうとする魔物たちの地面が、唐突に爆発を引き起こした。
連鎖的に爆発が唸りを上げる。阿鼻叫喚の絵図になるが、魔物たちに逃げることは許されない。
後方では、彼らを従える上位悪魔が睨みを利かせているからだ。
――地雷だ。
だが、魔導鎧を着た兵たちが通った際には反応しなかったはずだ。どういうカラクリがあるのか。そもそも、よくそんな高機能な爆弾を量産できるものだ。
(……技術を武器と掲げるだけはある。手札はいろいろあるようだ)
ルドルフは気を引き締め直し、悪魔たちに指示を出していく。
そこで。
「……ごくろうなことだな」
「異世界人か……」
通常の共和国軍が城壁の上から魔法の雨を落とすなか、高機動で動き回る魔導兵と魔物がぶつかり合い、戦場に爆発音が連続していく。
攻撃を試みる悪魔が銃撃で撃ち落とされた。
竜種の突撃に対して大砲が撃ち込まれ、地雷が爆発した。
空では下位悪魔たちが劣勢ながらも竜騎士と交戦を繰り広げるなかで、戦場のど真ん中を悠々と一人の男が歩いてくる。
「誰だ?」
「木暮和寿。『異界同盟』の一員である」
「……なるほど、魔導都市の裏の支配者がわざわざ出てくるとは。その程度には、貴様らを追い詰めることができているようだな」
「何を言っている?」
木暮と名乗った中年男性は、腕を組みながら首を傾げた。
「我々はそんな些細なことを気にした覚えはない。場所になど、興味がない。たまたまここを拠点にして貴様らに狙われただけであり、そんなものはどこだって構わない」
「……ほう。ならば、なぜ出てきた?」
「魔王軍の存在は百害あって一利なしである。新魔王派は直接的には関係ないが、勇者連中に無駄な希望を与えんためにも適度に叩いておいたほうが都合が良い」
「……?」
ルドルフはその言葉の意図が分からずに目を細めるが、木暮は面倒臭そうに腰を叩く。どうやら理解してもらうために話しているわけではないらしい。
「やはり魔王の姿が見えない。デュアルガのときも前線に出てきたというのに、ここで魔王城に引きこもっているわけではないだろう。どうせ入り込んでいる」
木暮はそれ以降も淡々と告げる。どこか報告のような口調だった。
よく見ると、その耳元には奇妙な形状のフックがかけられていた。おそらく魔導都市内の何者かとあの機械で連絡を取っているのだろう。
遠隔通話が可能な魔道具をあの大きさで造っている。その技術力には改めて戦慄を隠せないが、そんなことを悠長に考えている場合でもない。
何故なら。
「よくかわしたな」
眼前の転移者が、おそろしい勢いで突撃を仕掛けてきたからだ。
ルドルフは初撃の回し蹴りをかわしたものの、互いの間に横たわる実力差を悟る。
所詮は中位悪魔にして衰えた身だ。
だが、これでも百年以上も前からこの世界で戦ってきたのだ。
地道な努力を積み重ね、強さを模索していったのだ。
だというのに、女神に呼ばれて現れた、ぽっと出の異世界人たちに圧倒されてしまう事実に怒りすら覚える。
しかしルドルフの理性は爆発しそうな感情とは別に客観的な判断を下していく。
「”粉塵”」
木暮が次の動作に移る前に技名発動。
目くらまし用の土属性魔法が展開された。
周囲にブワッ!! と、一気に砂煙が巻き上がる。
ルドルフは翼を使って飛び上がる。
仲間の上位悪魔に対して、砂煙の届かない上空で合図をした。
「合流しろ」
ただそれだけの命だった。
少し遠方で魔物たちの指揮を取っていた上位悪魔の少年は、迅速に従う。こちらに飛翔してきた。だが、その直後。
轟!! と、凄まじい突風が砂煙のすべてを吹き飛ばした。
その中央には木暮が悠然とした様子で立ち尽くしている。
だが、宙にいるルドルフに対して、無策で仕掛けてくることはないだろう。そう思っていた。上位悪魔が来るまでの時間ぐらいなら稼げると思っていた。甘かった。
「――ごはっ!? ぐ、おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ルドルフは突如として自らの体重を支えきれなくなり、地面へ墜落した。全身を平等に衝撃が打ちのめしていく。赤黒い液体が喉からせり上がってきた。
意味不明。理解不能。間違いない。
これは固有スキルによる効果だとルドルフは確信した。
(ま、だ……動け、る。スキルを扱えるのが、自分らだけだと思うな、異世界人!)
ルドルフは岩のように重たく感じる肉体を強引に持ち上げる。
おそらく重力に関連するスキルだろう。その効果を受けながらも、執念で立ち上がり、魔力を振り絞ってスキルを開放した。
手をかざすと風を切り裂くような勢いで『何か』が飛んでいく。
おそらく木暮には理解ができない類のものだ。
しかし、木暮がルドルフと同じように手をかざした瞬間、その攻撃用のスキルは跡形もなくかき消えてしまった。
「……なんだ、それは」
ルドルフは絶句する。スキルを無効化。そんなスキルまで手にしているというのか。これが、転移者。固有スキルを身に宿す異世界の者たち。舐めていた。警戒はしていたつもりだったというのに、勇者以外の有象無象がここまでのものだとは想定していなかった。
木暮は悠然と歩きながら、淡々と告げる。
「悪いが、説明してやる義理はない」
「……だろうな」
己の固有スキルを敵に明かすなど、余程の強者か馬鹿のやることだ。
そして木暮は己の力量をきちんと弁えている。
客観的に戦力を評価できている。
なにが、平和な国から来た異世界人だ。
「この、怪物が……」
「よく言われる。眠れ――歴戦の悪魔よ」
直後の出来事だった。
現状の魔王軍を指揮している総司令ルドルフは、戦いを始めてからたったの数分でその命を落とした。




