第13話 「勇者、集結」
魔導都市アルスフォードの街中。
その片隅にて葉山集は腕を組んで壁に背を預けながら、中央に君臨する塔を眺めていた。
平然としている集とは対照的に、周囲は騒ぎになっていて、慌てたように兵士たちが乗り込んでいく。
それも当然。
勇者や各国の重鎮が集まる塔の壁が壊され、そこに何者かが侵入したからだ。
それが草薙だったことが見えていた集は、どうせ危害を加えるつもりはないだろうと判断して見送っていた。
集の敵は悪魔だけだ。
その他の些事はどうでもいい。
「フン……始まったか」
そして。
城壁のほうから兵士たちの怒号が響き始める。
どうやら魔物の大軍が出現したらしい。
魔王軍による攻勢の始まりを告げているのだ。
(……本命はこっちじゃないだろうが、魔導都市の兵だけでは止められないだろうしな)
集は体から炎を放ちながら、そちらを足を向けた。
♢
一方。
石造りの壁が破壊された塔の内部では、四人の勇者に各国の重鎮たちと、草薙竜吾が相対していた。
「ハハハ!! 勇敢だな、元英雄よ。勇者四人が集結してる会議場に、無理やり乗り込んでくるとは」
「普通に行ったって絶対通しちゃくれねえだろうが」
椅子に肩をかけて、大きな態度のまま高笑いする迅に対して、瓦礫の上に佇む草薙は憮然とした表情で応じる。
そうして、緊張した表情を見せる他の面子を悠然と見渡した。
「あのときの……」
大和は透徹な表情の中に、僅かな驚きを見せて呟いている。
ミラ王国王都で山城ご巻き起こした“病魔事変“の際に、草薙の姿を見かけていたからだろう。
それ以外の勇者二人――静香はただ眉をひそめ、悠斗は余裕ある風格を纏ったまま、不思議そうにしていた。
「で、草薙よ。わざわざ会議中に何の用だ?」
迅が勇者の意見を代表するように尋ねる。
相変わらず何事にも動じない男だった。
その胆力こそがライン王国の勇者、榊原迅の最大の武器かもしれない――と、草薙は感嘆すら覚える。
「忠告をしに来た」
草薙は淡々と言う。
どうせ言葉選びは下手なのだ。
単刀直入に告げる以外の方法を知らない。
(……分の悪い賭けだろうけどな)
勇者は『真実の四使徒』ほどではないとはいえ明確に女神側についている人間たちだ。
その前提を崩すなど、並大抵のことではない。
(……それにしても)
草薙は勇者四人と、その周りにいる各国の強者たちを眺めて――強いな、と評価した。
悪くない。
今の魔王軍が相手なら十分に戦えるだろう。
(あの圧倒的な初代勇者と比べると、そりゃ劣るが……)
それは流石に高望みしすぎというものだろう。
そもそも新城も含めて勇者が五人も召喚されたということは、それだけの数が必要だったからだ。
勇者の素質が、五人集まることでようやく初代と並ぶ程度だということだろう。
新城だけは異常な進化を遂げていたが、あの怪物はイレギュラーすぎて女神ですら予想できなかったはずだ。
ともあれ。
現在、新城と手を組んでいる草薙の目的は端的に言って二つ。
一つは百年前の世界で離別した、義理の娘の行方を追っていること。
もう一つ、それは世界を救うことだ。
さらに単純化すれば滅びゆく世界を存続させることだ。
女神を殺し、『システム』を破壊することによって。
「……何の忠告ですか?」
落ち着き払った雰囲気の青年――柊悠斗が草薙に尋ねる。
ヴァリス帝国の勇者。
名前だけは知っているが――やはり、この男も曲者だ。
こんな状況でなお、草薙を見極めている節がある。
草薙はいろいろと思考を巡らせながら、
「とりあえず端的に、事実だけを言うぞ」
高圧的に告げる。
同時に、濃密な覇気で周囲を威圧した。
まずは話を聞いてもらわなければならないからだ。
「このまま放っておくと、この世界は後10ヶ月で滅ぶ。俺は、お前らは、この事態から世界を救わなきゃならねえ」
魔王軍を潰してる場合じゃねえんだ、と。
草薙は真剣な声音で言った。
「……」
氷のような沈黙が会議場を支配する。
四人の勇者の視線が細まった。
それでも草薙は、超然と視線を返し続ける。
「……ほう、草薙よ。何を根拠にそう言っている?」
圧し潰されそうな威圧が周囲に満ちる中、迅がサングラスの奥にある眼光を光らせながら尋ねる。
「流石のワシも突飛すぎてついていけんぞ」
「確かに根拠はねえ。俺だって又聞きだしな」
「それでは、話にならんぞ」
「……だが、俺はそれを信じる。女神はそもそもこの世界を救うつもりなんてなかった。天軍を効率的に操れば、今の弱体化した魔王軍を潰すことなんて簡単だったはずだ」
「……動けない理由があったとは思わんのか?」
「思わねえ。多少は理由があったかもしれねえが、魔神が動けない今、奴は基本的にやりたい放題のはずだ。だってのに、不安要素の魔王軍を潰してねえ。これは奴に別の目的があることの証だよ」
「……ふむ。百年前の時代を生きた奴の言うことだ。参考にならないとまでは言うまい。だが――」
「――これは、五人目の勇者から聞いた話だ」
「何だと?」
草薙は根拠にはならずとも説得力を深めるために、五人目の勇者である新城の話を口に出した。
それを聞いて、迅が驚いたように眉をひそめる。
「五人目――世界最悪の迷宮“奈落“に落ちた新城蓮は、生きてる。奴は地力で地上まで這い上がってきた」
そう言うと、悠斗が薄く笑って肩をすくめる。
「信じられない……超級のアイザック・クラインでも匙を投げたという、あの迷宮を登ってきたというんですか」
「疑うのなら今、証拠を見せてやる」
草薙は己が開けた壁の穴に目を向ける。
そこにはいつの間にか、一匹の小さな鳥の魔物がいた。
「新城のヤツを呼んでくれ」
直後の出来事だった。
突如として、上空から巨大な黒竜が出現した。
魔導都市の中心に佇む塔へと一瞬にして舞い降りた雄々しき黒竜に対して市民の悲鳴が響いている。
「……オレの出番のようだな」
その黒竜の背には、一人の男が立っていた。
灰色の髪、隻眼に隻腕の異様に鋭い雰囲気の青年。
そして草薙すら越える、圧倒的な覇気。
「……よう、勇者共」
新城は淡々と呟いた。
黒竜の背から跳躍し、壁の穴から侵入してくる。
その超大な存在感に、既知の草薙ですら息を呑んだ。
「……お前らは、オレが分かるはずだ」
新城は勇者たちに告げる。
勇者は勇者の存在を感知できる――らしい。
神力を宿している影響なのか詳しいことは草薙には分からないが、とりあえずはそういう風にできている。
「……ああ。灰の勇者よ。仮にお前の言うことが真実だったとしよう。それで、ワシらにどうしろと言うのだ?」
迅だけは臆さずに新城へ尋ねた。
それでも額には冷や汗をかいている。
「……簡単なことだ。――魔神を、再臨させる」
「なっ……!?」
勇者四人が絶句した。
当然だろう。
それでは魔王軍の目的と一緒だ。
仮にそれが世界を救う正解の道だとしても、これまでやってきたことはいったい何だったのか――そんな風に思考が巡っているのが、手に取るように想像できる。
それは、草薙も同じように辿ってきた道だからだ。
「……勘違いするな。魔王軍とは違う。オレは魔神を隷属させた状態で再臨させ、利用するだけだ」
「なにを、どうやって」
「……方法については後で説明する。とにかく、魔神を再臨させて、女神の思い通りにならない状況をつくらなければならない。その上で、女神を地上へと降ろす」
「それで、どうすると言うのだ?」
「……女神を、この世界を支配した気になっているクソ野郎を、殺す。それだけだ。それだけが、このクソッタレな世界を救う道だ」
草薙は黙っていた。
本当にそうなのかどうかは知らない。
『システム』さえ破壊できれば、世界の崩壊は防げる可能性は大いにある。
だから、これは新城のエゴだと知っていた。
だが、新城の本来の目的は世界を救うなどという綺麗事ではなく、女神への復讐であると知っている。
だから、ここで口を挟むことはできなかった。
「……なぁ、『異界同盟』の犬」
そこで新城は、ただ傍観していた共和国の重鎮、リード・マティアスに目を向けた。
「……お前は知っているはずだ」
「……え、あ」
「……お前らを掌握している松山鬼一は、この世界を延命させるための研究をしている。そのはずだ。そうだろう?」
リードは新城の威圧に狼狽えつつも何も言わなかった。
否――言えなかったのだろう。
「……なるほど、口封じか。あの男ならそれぐらいはやるだろう。だが、言えないということはそれが答えでもある」
「……」
勇者たちの視線が、共和国の勇者である静香に向く。
彼女は何も知らないとばかりに首を振った。
「ボクは松山たち『異界同盟』と仲が悪い。だから、その実態はなにも分からない」
「……だが、薄々気づいていたはずだ。連中が、何を目的に動いていたのか」
「そうだね。あなたの言うことを基準に思い返すと、確かにそれが正しいように思える」
静香は厳しい表情で頷いた。
新城はそれを聞き、悠然と告げる。
榊原迅。
柊悠斗。
白崎大和。
その三人に向けて。
「――選べ。お前らは誰を信じ、誰の側につくのかを」




