Prologue 「目的地は決まり」
−−山城京夜が引き起こした"病魔事変"から、既に一ヶ月が経過していた。
世界情勢は刻一刻と変化している。
第二次魔王戦役−−そう名付けられた二度目の人族と悪魔の戦争は熾烈を極めていた。
王都に壊滅的打撃を与えられたミラ王国は、その国力を減少させ、戦争にも介入しづらくなっている。
ライン王国は二体の魔王の解放を許した責任を問われていて、機動力に長ける竜騎士隊を各所に出張させて積極的に悪魔を狩っている。
武の国、傭兵や冒険者などの好戦的な人種が多いはずのヴァリス帝国は謎の沈黙を保っていて、戦争にも消極的になっている。その内情は窺い知れないが、不死魔王リーファが潜伏しているとの噂がある。
そして。
『四強』最後の一角−−レーノ共和国は、魔王軍の全面的な攻勢を受け、滅亡の瀬戸際に追い詰められていた。
その原因はやはり宙空に君臨する魔王城である。
そもそも根本的に空を飛べない人間は、空で待ち構える悪魔達に手も足も出ず、古代の魔導兵器が大量に積まれているその城から一方的な砲火を受けてしまう。
その結果としての蹂躙である。すでに魔王軍はレーノ共和国の西域を支配するまでに至っている。
すでに魔王城から共和国の首都は目と鼻の先。
世界の緊迫感はいっそう増していた。
「……だから、"勇者会議"か」
神谷士道は買った新聞を眺めながら、呟いた。
テーブルに置かれていたコーヒーを啜る。
「だからって、どういうこと?」
尋ねたのは黒髪に神官服を纏う美少女。浅場優花である、寝起きのようで寝癖がぴょこんと跳ねている。
優花は眠そうな目を擦りながら、士道が目を通している新聞に視線を向けた。
「あー共和国、ついに大要塞カヌーラも落とされたんだ。首都が落ちるのも時間の問題だね」
「だから共和国が勇者会議の開催を早めようと画策しているんだろう。一刻でも早く勇者に集まってもらい、強引に理屈つけてでも戦場に連れ出す気だ」
「……場所は魔導都市アルスフォード、だね。女神協会に天使からの連絡が来た以上、公にせざるを得なかったみたいだけど……」
「元々、秘密裏に『四強』が首脳会談を開こうとする動きはあったとハインケル王が言っていたが――まあ天使族の協力も得られることだし、悪魔に場所がバレることを逆手に取って迎え撃つ気でいるのか」
士道達は"病魔事変"を終結させた功績を称えられ、ミラ王国の王――ハインケル・ミラーリンに多額の金銭を与えられていた。本当なら他の協力してくれた転移者連中にも与えたかったようだが、士道パーティ以外は山城が倒れた後、さっさと退散していたらしい。
そして感謝を告げてきたハインケルと友好を築き、様々な情報を得ているのだ。
「それも王都に集めるわけじゃなく魔導都市アルスフォードか。これに何か意味があるのか?」
「共和国の東域にある世界最先端の技術都市……って聞いてるけど、実際どういうのかは分かんないー」
士道が尋ねると、テーブルに突っ伏してまた寝そうな態勢に入っている優花はそのまま首を振る。
ここ一ヶ月を一緒に過ごしていて少しは慣れたが、優花はおそろしく朝に弱い。芋虫みたいな動きをする美少女にドン引きしていると、
「アルスフォードは半ば自立都市なのですよ」
果物や野菜が詰まった籠を抱えるミレーユが、扉を開いて姿を見せた。小さな体のせいで顔が見えない。これでも二十歳台というのが謎すぎる。
「あそこは国家と対等に渡り合えるだけの力があるのです。だから、共和国としては勇者会議の場所に指定することで無理やり戦争に巻き込み、戦力を出さざるを得ない状況をつくりたいのでしょう」
テーブルに籠を置き、ミレーユは一息つきながら、
「……個人的には、あまり良い選択には思えないのですが」
「何でだ?」
「最近の魔導都市は不穏な気配がありすぎるのです。技術的な進歩は確かに過去に例を見ないほどに激しいですが……住人が神隠しのように姿を消すとか、周囲の魔物の生態系が激変していたりとか……」
ミレーユは世界にたった三人の超級冒険者だ。
冒険者の頂点と言っても過言ではない。即ち、そのつながりは多く、情報網は広い。
冒険者ギルドに顔を出すだけで、どこかしらの精鋭がミレーユにいろいろ教えてくれるらしい。
「違和感は感じていたんですが、シドーちゃんが言っていたことで確信したのです。あの都市は――」
「――転移者の手に落ちている、か。『異界同盟』、松山鬼一と技術都市。そりゃ最もな組み合わせだな。最近の急発展にも説明がつく」
ミラ王国王都フローゼの去り際に草薙から伝えられたことが、『異界同盟』の概要と、密かに王都事変に手を出していたこと、そして単純に気をつけろよ、という助言である。具体的に何に気をつければいいのか分からないあたりに草薙らしさを感じる。
士道はあの男と戦場でしか会ったことはないが、それでも普段はぬけている男であるのは何となく分かる。
「『異界同盟』が掌握する不穏な都市で、会議を主導する天使族に、四人の勇者とそれらを護衛する各国の主力が集まり、その状況を魔王軍が狙い撃ちにしようとしていて、それを理解した上で――集めた転移者で新魔王らを迎え撃とうってところか……」
「集めた転移者?」
ミレーユが首を傾げる。
士道と優花は目を合わせ、特に迷いもなくお互いに頷いた。
「実はね、わたしたちみたいな異世界転移者にはステータスプレートっていうものが渡されているんだけど、そこの空白だったはずの裏面にメッセージ欄がいつの間にか追加されて、一文だけ書き加えられているんだ」
――集え、女神の使徒よ、悪魔を討ち滅ぼす為に。
「……ステータスプレートって、超希少な古代の魔道具なのですよ。まあ女神なら持っていても当然なのかもですが、それにしても百人に行き渡らせるほどの数があったのですね……」
「まあそれはいい。ところで、"集え"って言ってるにも関わらず場所を書いてない。それはつまり、言わずとも分かる場所だって可能性が高く、そして悪魔を討ち滅ぼす為という意味を考えれば、単純に考えて悪魔の居場所か、狙っている場所、つまり」
「"勇者会議"が開かれると巷で話題になっている魔導都市アルスフォードか、共和国西域の空に君臨する魔王城かの二択、なのですかね」
「この先、魔王城がそのまま東に侵攻してくることを考えれば、普通にアルスフォードを指してると考えていいんじゃないかな? そもそもこの考えで分からないところだったら、誰も集まらないだろうし」
「……確かに、な。そもそも本当に転移者の協力が欲しいのならもっと分かりやすく書く気がするが……何か別の目的があるのか……?」
「考えすぎじゃないかな? 神様なんて無駄にもったいぶった言い回しが好きなんだよ、たぶん」
「……かもな」
士道は嘆息する。いつの間にかコーヒーは冷たくなっていた。渋い顔で一気に飲み干す。
ミレーユは果物の皮をナイフで剥きながら、
「それで、シドーちゃんはどうするのです? 一応、女神の使徒なのでしょう? 指示に従うのですか?」
「……そうだな。女神は好きじゃないが、勇者会議がどういう結果になるか。それは今後の世界を左右する。正直なところ気にはなるな……。女神の思い通りに動くのは癪だが、草薙さんが言っていたことも気になる」
士道は語りつつ、自分の考えをまとめていく。
そう。女神側にも魔神側にも、結果的にどちらかに利することはあっても、積極的に協力するのは論外だ。
だから違和感を覚える。転移者の大半は士道に似た考え方をしているはずだ。そうでなくとも、魔神側を止めなければ世界が滅ぶことは聞かされていても、自ら悪魔を倒すことは考えないような者がほとんどだろう。
つまり、個々の考えで勝手に動く転移者を集めたところで戦力になるとは思えない。第三勢力になって戦場を引っ掻き回すのがオチだと士道は思う。
そんなことを言ったら、大体なぜ日本人をランダムで異世界転移させるだけで、それぞれ女神側の戦力になると思ったのか。葉山集のような返しきれない恩を抱えているか、大友慎也のような契約がない限り、むしろ恨みしか残らないのが普通だろう。
その時点で疑問が残る。
女神は――転移者に対して、戦力として期待しているわけではない?
「……だったら、いったい、何に対して期待している……?」
ぐるぐると思考を回すが、まとまらない。情報が足りない。考えても分からない。単に妄想が行き過ぎただけかもしれない。
(……まあ、俺は俺の生きたいように生きるだけだ)
士道は脳内でそう結論づけると、優花に話をふる。
「優花は、どうする? 葉山の奴と同じ、『真実の四使徒』の一員なんだろう?」
「わたしはアルスフォードに向かわなきゃ駄目かな、多分。そういう契約になってるから」
女神との契約。獣人族の里の一件で大友も似たようなことを語っていたが、士道はまだその内容について優花に深く尋ねたことはない。
おそらくデリケートな部分であることは想像できるからだ。
優花は軽い調子で笑いながら言っているが、おそらくそういう風に見えるように心がけているだけ。
一ヶ月程度の付き合いだが、そのぐらいは見抜けるようになっていた。
「それなら、俺も行くさ」
「え?」
「何だかんだでこの一ヶ月ぐらい一緒だっただろう。今さら置いていけるかよ。俺は別に、道中楽しめればそれでいいんだ」
「士道くん……」
「そうだろ?」
士道はちょうど部屋に戻ってきたレーナとリリスに向けて言うが、
「もちろんですよ。ただシドーさんは死ねばいいんじゃないかなと思います」
「あたしもアルスフォード興味あったし、賛成だよ。それとは無関係にシドーは死ねばいいと思う」
「何を言ってるのか分からんがまあ落ち着け」
「「落ち着いてる」」
「あ、あはは……」
顔を赤くした優花が曖昧に笑って誤魔化す。
士道は窓の外を眺めた。往来を歩く人々は頭にターバンを巻いている。フードを被り、時折吹きすさぶ砂埃から身を守っているようだった。
ミラ王国の北端。ライン王国との国境近くでは、大砂漠がすべてを支配していた。
士道たちはオアシスに作られた小さな街で宿をとっている。"病魔事変"の後、特に目的もなく北へ向かい、温泉などに入りつつ旅を楽しんでいた。
そんなところで、唐突な女神からのメッセージというわけである。
「……後、半月か」
幸か不幸か港は近い。魔導船で海を渡れば余裕を持って"勇者会議"の開催に間に合うだろう。
「準備しよう。明日から港に向かうぞ」
レーナ、リリス、ミレーユ、そして優花は頷く。
目的地はレーノ共和国、魔導都市アルスフォード。
おそらく戦争の渦中に飛び込むことになるだろうと薄々は予感していながら。
それでも、優花を一人で放り出すのは、きっと信念に反することだ。だから士道は迷わない。
真っ直ぐ、己が信じた道の上を歩き続ける。




