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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第四章 穢れた理想を求めて

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第26話 「英雄二人」

 草薙竜吾は驚いたように周囲を見渡していた。

 癒やしの光。治癒魔法。それが、これまで戦っていた対草薙用の人形たちにかけられている。

 そのおかげで一時的とはいえ『病魔』の侵攻が和らぎ、操作されることを防いでいるのだ。

 だが、やはり何でも癒せる固有スキルを持つ"聖女"とは異なり、通常の治癒魔法ではかけ続けなければ効果は生み出せないようだった。

 "聖女"ではなく、しかし異様な治癒技術を持つ者。

 草薙には一人しか心当たりはいなかった。


「……ララ」

「何ですか? これだけの数、一気に治癒をかけるにはそれなりの準備が必要だったんですよ」


 薄桃色の長髪の中位悪魔は、草薙のもとに歩みを進めながら、柔らかい口調で告げる。


「ヤマシロを止めたいんでしょう? この人形たちはわたしがしばらく足止めしておきます。だから、はやくいってください」

「あ、あぁ! ありがとな、ララ!」

「……まったく、もう」


 草薙は大地を蹴り、高速で山城と士道が闘っている戦場へと疾走していく。

 ララは目じりを下げながら、ため息をついた。

 癒やしている数百体の人形たちは無理な身体強化により強引な挙動をさせられ、筋肉や骨に異常は見られるものの、外傷はほとんどなかった。

 草薙の繊細な戦闘技術のおかげだろう。もし草薙に殺す気があったのなら、いくら他の人形とは桁違いな魔力を供給されているとはいえ、たったの数秒で決着がついていたはずだ。


「なんで、そこまで気にするかなぁ……」


 最も、草薙は優しすぎる。

 努力したところで何の罪のない民衆を殺せるような人間にはなれないだろうが。

 そもそも、そんな人間が仮にも英雄と呼ばれるはずはない。

 いつの時代も英雄と呼ばれるのは常に、民を護り、導く者のことである。

 ララは拳を小さく掲げて、その男の背中に告げた。

 

「……がんばれ」

 

 こうしている間にも、癒やしの光を展開しているララの魔力はどんどん消耗していく。数分持てば良い方だろう。そして魔力が尽きれば、人形に襲いかかられ、また自分も人形になってしまう。だが、それで構わない。ララは草薙を信じているから。必ず、助けてくれると理解しているから。

 己の行動に、微塵の迷いもない。


  

  


 ♢




 

 ――そして。

 元英雄と新英雄を名乗る者が並び立つ。


「……ピレーヌ山脈以来か。足引っ張るなよ」

「ハッ、そりゃこっちのセリフだよ」


 士道が適当に嘯くと、草薙は苦笑して応える。


「クソ面倒くせえな……」


 共に傷だらけで、しかし眼の光はまったく衰えていない。それどころか強まっている二人を前にして、流石の山城も苦言を呈した。

 山城の欠点として決め手に欠ける部分がある。増え続ける魔力の上手い活用法があまりないのだ。だが、それは別に山城に勝てることを意味しない。

 それでも、どれだけ桁の違う魔力の圧をかけても不敵に笑うだけの二人は面倒くさいことこの上ない。


(……すでに世界の六割は制圧済。捕まえた少数のレベルオーバーに『操作人形』で魔力を多く供給して、ここに向かわせるか……いや、流石にそれは間に合わねえな)


 手持ちの戦力のひとつである集は、ボロボロの拓真に抑えつけられている。王都に残っている人形は聖女とララの二人にほぼ無力化されている。

 このスキルシステムは治癒術師を弱点としていることは理解していたが、ここまで次々と治されていく場面を目の当たりにするのは気分の良いものではなかった。

 聖女を連れてきたのは自分だというのに。

 やはり殺しておくべきだった。

 それができなかった。否。やらなかった理由は、ただ山城に覚悟が足りなかっただけだろう。

 当然、今からそれをやろうとすれば山城の目の前に立ち塞がる二人の怪物が邪魔をするだろう。

 銀狼を従える黒衣の奇術師。

 無骨な剣を携える歴戦の魔法剣士。


「……打倒すればいいだけの話か」


 山城は息を吐く。集中する。意識を切り替える。やり方など、どうでもいい。

 本気で戦う。

 己の願いを成就するために。

 それが、どれだけ身勝手なことか理解していながら。

 世界のすべてを巻き込んで、苦しめて、なお、山城は己の為に力を振るう。

 ――倒す。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その身に秘めた魔力を解放。王都全域という、『魔力源』なくしてありえない範囲に魔力を展開。青く発光する幾何学的な紋様の魔法陣が幾つも展開される。

 これだけの魔法を展開してもなお有り余る魔力。その異様さに山城は自嘲するが、自惚れている暇はない。範囲魔法であることを即座に見抜いた草薙が風のような速度で肉薄してきている。

 だが、間に合わない。山城は地面に片膝をつき、確かめるように手を置いた。


「……"地震"」


 呟きの直後。

 世界が揺らいだ。


 ゴッッッッッッッ!!!! と、音であることすら認識できないような爆音が脳を揺らした。予め耳に魔力的な防護を施しておいたが、それでも平衡感覚が狂う。ならば、それ以上に士道と草薙も対応しきれていないはずだ。地面は今も大きく振動している。

 バランスを崩した草薙は勢いがついたまま倒れ込み地面を滑った。隙だらけ――そう思い、山城はさらに土魔法"岩弾"を創り出し、射出する。が、刹那。草薙の動きが変わる。ぐるりと体を回転させ、地面が上に揺れるタイミングに合わせて蹴る。霞むような速度で草薙は山城に迫る。崩れ、揺れによって飛び交う瓦礫など目も向けずに回避していく。


 (速いっ――!?)


 草薙は地震の揺れを把握し、かつ利用するという離れ業を軽々とやってのける。その瞳には静かな怒りが燃えている。自然と感情を制御し、最も己のパフォーマンスが上がる状態を維持しているのだろう。滲み出ているのは圧倒的な戦闘経験だ。並の人間より遥かに戦いを身近においていたと自覚している山城よりも、さらに上回る地獄を目の当たりにしてきたとしか思えない。

 松山鬼一から要注意人物だと聞かされてはいた。

 新城蓮や『真実の四使徒』、当時暴れ回っていた一ノ瀬拓真と並んで、『異界同盟』にそう周知されてはいるが――本当に、これほどの男がいたのか。


(接近戦は望まねえ。土魔法を牽制に距離を取る――オレが取りたい手はもちろんあの男の予想通りだろう。そう考えた方がいい)


 山城は岩の弾丸を次々と放ちながら、高速で思考を回転させる。


(それに神谷士道と狼がいない。"地震"で瓦礫に埋まるような奴じゃない。見失っている間におそらくは後ろに回り込んでいるはず。なら下がるのは背中を急襲されることを意味する。葉山は拓真のアホがいまだに立ち上がるせいで動かせない――仕方ない、地面に潜るか)


 山城は判断を下す。「土精霊よ」と、小さな声で呟いた瞬間、ズプリと地面の中に沈んでいく。

 士道たちには無敵に見えるかもしれないこの技には欠点が二つある。一つは呼吸できないこと。二つ目は己の体を精霊化しているので、人間から徐々に遠ざかっていくことだ。つまり、土精霊に侵食されていく。

 これは不可逆変化であり、戻ることはできない。

 そのリスクを背負った上での無敵効果だ。

 おそらくは葉山集の『火精霊の恩恵』の炎と同化する技も同様のリスクを背負っているだろう。


(さて、どのタイミングでどこに顔を出すか。時間を稼けばここに向かっている強力な人形が間に合うかもしれないが――土精霊に侵食されすぎて目的意識を失っても困る。なるべく早く、バレにくい場所へ、か)

  

 山城は家屋が連なる平民街の方へ泳ぎ、その瓦礫の隙間に顔を出した。外からは見えていない。上手く隠れられる場所を見つけた。

 そう思っていた。

 だが。

 すぐ近くで、銀狼の雄叫びが聞こえた。


(……匂いか!?)


 山城は舌打ちと共に瓦礫を蹴って外へ転がる。直感に任せたその行動は間違っていなかった。何故なら、バリィ!! と、鋭い音と共に空から稲妻が叩きつけられたからだ。音源の方に目をやるが、士道はすでに見当たらない。探すほどの余裕もない。銀狼が迫っている。

 草薙は疾走してはいるが、まだ遠方だ。気にする必要はない。

 土魔法で銀狼を退けようとした寸前。

 コン、と。

 山城の後方で音が鳴り響いた。危機感が最大限に警鐘を鳴らした。咄嗟に振り向く。引き伸ばされた意識の中で警戒を強めるが、そこにあったのは――。


(――石!? 投げただけか! いや待て。それなら近くにいる必要があるはず)

「よう」


 右耳に囁くような声。肌が粟立つと同時に山城は手に持つナイフを振り回す。が、誰もいない。思考が空白に染まる。慌ててあたりを見回すが、もちろん誰もいない。そう思っていた山城の脳天に、音速を越えて舞い落ちる雷光が直撃した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉあああああああああああああああああああああああ!!」


 体中に電撃が走り抜ける。魔力防護を容易に貫いて痺れが伝わる。喉を壊すような絶叫が炸裂した。痛みで考えるどころではないが、事態は山城を待ってはくれない。「"風槍"」と草薙の風魔法が迫り、銀狼も数メートルの位置にまで近づいてきている。

 また神谷士道が見当たらない。あの男は目を離してはいけない。この数十秒でそれは十分に学んだ。草薙と銀狼が加わることにより、士道は直接戦闘に対応する必要がなくなった。だから余裕が生まれる。隙をえぐるように騙しにかかり、それが成功する。なぜなら奇術師の本領はそこにあるから。

 士道の実力を直接的な戦闘力で測っていたことがそもそもの間違いだったのだ。

 そんな単純なものではない。

 一度、仕切り直すべきか。この状況は不利だ。

 「"硬化"――"土槍"」と、魔力を推しまず湯水のように消費していく。コンクリート並の硬さを手にした地面が槍の形に押し上がる。ついでに"風槍"を吹き消す。

 次々と、山城のいる場所を中心にして槍の地獄が形成されていく。

 草薙とウルフェンは回避するのに精一杯。士道はこれでも宙に逃げたりしていない。本当にどこにいるのか分からない。だが、ここで姿を晦ませば条件は互角。「"砂地獄"」さらに土魔法を連射。視界のすべてを簡単に遮る砂の嵐が吹き荒れた。

 この隙に仕切り直す。そう考え、踵を返した山城の右肩にぽん、と、誰かの手が置かれた。


「――っ!?」


 条件反射で右を向く。が、誰もいない。先ほどと同じパターン。そして左側に人の気配。ただ単に、左後方から右の肩を叩いただけだろう。簡単なトリック。

 こんなものに、騙されるのか。

 自責しながらも山城は膝を曲げ、必死に飛び退ろうとする。だが、間に合わない。

 ドスッ!! と、山城の腹部を士道の剣が貫いた。灼熱の熱さが広がる。雷鳴が響いた。『雷撃』を同時に放ったのだろう。山城はナイフを振るうが、士道は独特の不思議なステップで下がっていく。士道が揺れる。赤い瞳に注意を取られる。


(――違う、これは幻影か!?)


 山城は地面に手を置き、"土壁"で周囲を囲んだ。左前方から衝撃音。ありったけの魔力を込めて錬成したのだ。簡単には破れないだろう。

 そう思っていた。そしてそれは事実だ。

 だというのに。

 スパァ!! という斬撃音と共に、土の壁は綺麗に斬り裂かれた。山城が斬られなかったのは偶然でしかない。そのまま転がり出て、敵の姿を睨めつける。

 草薙が肩に剣を乗せていた。あんな安そうななまくらでこれを斬れるのか。戦慄すら覚える技量。だいたい槍で埋められた地獄をそんな一瞬で脱出できるのか。


(……強い)


 山城はギリ、と歯を噛み締める。この二人を相手に魔力の多寡はそれほど意味をなさない。無限の魔力を以ってここまで追い詰められるだけの実力差がある。

 だが、分かっていたはずだ。

 望まぬ強引な平和に反対する強者の存在など。

 それすら鎮圧できずに何を宣うのか。

 争いのない世界。誰も傷つかない世界。おそらくは誰もが間違っていると思うであろう世界。

 それでも山城が望んだ、唯一の未来。

 ――叶えたい願いがある。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 もはや『操作人形』の方の魔力すら気にしない。すべてを解放する。呪詛に限りない魔力を込める。呪術師の呪詛は使えば使うほど己をも蝕む。それを理解しているから使う機会を抑えていたが、ここに至ってそんなことに構ってはいられない。そんなくだらない理由で躊躇うほど生温い覚悟ではない。

 ズズズズズズ!! と山城を中心に不気味なオーラが滲み出ていく。呪いが世界に撒き散らされていく。

 世界に災いが降りかかる。

 その。

 直前の出来事だった。


「悪いな」


 神谷士道が、呪詛に巻き込まれることにも構わず、思い切り足を懐に踏み入れてきた。

 一歩。

 なんの迷いすらなく、その覚悟を示すかのように。

 

「そのやり方は、認められねえよ」


 どこか寂しそうに呟かれた言葉と共に、鋭く閃いた銀色の軌跡が、雷鳴を牽いて体を袈裟斬りにした。

 それが限界だった。

 どれだけの想いがあろうと、体はもはや動かない。

 ――山城京夜の意識は、闇の中へと沈んでいった。



 

 











 

次回、エピローグ

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