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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第四章 穢れた理想を求めて

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第25話 「覚悟」

 端的に言って阿鼻叫喚の絵図だった。


 ライン王国――商業都市ライシス。

 『病魔』に冒された山城の人形は、すでにこんなところにまで歩みを進めていた。彼らは恐ろしい勢いで町中を走り抜けていく。王国軍のささやかな反抗などものともせず、強化され続ける肉体を強引に酷使して感染を広げ続ける。唯一対抗できているのは、ライン王国が誇る竜騎士隊ぐらいだろう。 

 そして。

 禿げ上がった頭に黒光りするサングラス。派手なアロハシャツに短パンを履いた大柄な中年男性。

 "力の勇者"――榊原迅は、とある屋敷の屋上にどっかりと座り込み、そんな光景を見下ろしていた。


「……ふむ。また強引な変革の仕方だな」


 ――ワシの仕事は、世界の敵を討ち滅ぼすことだ。

   

 その言葉が口癖だったサングラスの勇者は、この強引な平和への改革を行っている人物が『世界の敵』に該当するのかどうか、冷静に見極め続けていた。





 ♢





 灼熱の砂漠が延々と広がり続ける不毛の大地に、レーノ共和国の"赤の勇者"――丹波静香は佇んでいた。

 周囲は紅に染め上げられている。静香の四方にゴミのように打ち捨てられているのは悪魔の死体だ。それも当然。ここはレーノ共和国の西域。

 魔王軍と共和国の戦争の最前線である。

 魔大陸から翼で海を越え、襲撃を仕掛けてくる悪魔に対して、勇者である静香はただ一人、燃えるような熱さに見舞われる砂漠で、襲い来るすべての悪魔を、身の丈に合わない異様な長刀で撃ち落としていた。

 

「……?」


 だが、淡々と狩りを続けていた静香は、なにか妙な違和感を覚える。

 前方から悪魔が来ないかどうか目を光らせていたのだが、なぜか後方から敵の気配を感じて振り向く。


「――まさ、か」


 遠方からゾンビのように迫りくる影。否。大して鍛えられてもいない体を酷使し続けたそれは、最早ゾンビそのものだ。『病魔』に罹った『操作人形』。

 静香は一瞬でその正体を看破した。することが、できてしまった。脳裏に過ぎるのは派手な格好にオールバックの髪だが、中身は意外と素直で純情な青年。

 ほんの少し前まで淡い恋心を抱いた相手の、計画のすべてが実現したのだと。

 

「お兄、さん……」


 地獄に佇む少女の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。





 ♢





 遥か上空。

 雲を越えたその先で、異形の三頭竜が君臨していた。

 その背中から下界を見下ろすのは、新城蓮。

 

(……これだけの状況だ……『天軍』、いや、女神本人が動いたっておかしくはない)


 結局のところ。

 新城の目的はそれに終始する。

 女神さえ殺せるのならばそれでいい。 

 世界が平和になろうと、民衆のすべてが山城の人形になろうと、あるいは世界が滅ぼうと、女神を殺す為の材料でしかない。それが関係ないのなら、たとえ世界がどうなろうと心の底から興味がない。だから新城には、あの戦場にあれ以上長居する理由も特になかった。

 草薙への義理も十分に果たしただろう。


(……今の段階ですら、まだ動きがない……か。手遅れになるぞ? 今の段階の山城ですら、もはや倒せる個人戦力は、オレや草薙あたりしかいない)


 その草薙は無駄に優しすぎるせいで山城の人形に封じ込められているわけだが。


(……少なくとも、ハズレ術師などに収められるとは思えない。だが、天使も、悪魔も、いつも以上の動きは見せない――か)


 魔王軍の様子にもおかしなところはなかった。

 せいぜい人間の領域の不審を感じ取ったのか、最前線の共和国での戦闘が散発的になっている程度である。

 そう思っていた。否。これまでは確かにそうだった。

 だが。

 

(……魔王城が、浮いた――?)


 悪魔側には興味がない新城でさえ、瞠目せざるを得ないような光景が展開され始めた。




 ♢








 誰も知らない地下の研究所にて。

 人体を弄り回した手を赤く染めながら。

 白衣の男は呟いた。


「……始まったようデスね」








 ♢






 獣人族の里近郊。

 二代目獣王のガレス・ランズウィックは、庭と同然の『大森林』にて戦士団を指揮して戦い続けていた。

 相対するは操られている何処かの国の民衆たち。


「どうにかして追い出せ!! 少なくとも里には近づけさせるな!!」


 鼻の良い獣人族は人形たちから漂う瘴気に気づいていた。長く戦っていれば、自分もその何かに感染する可能性が高い。――そう分かっていても、数が多い。近づかざるを得ない。そうしないと倒せない。


「……泥沼だな」


 ガレスは厳しい表情で呟く。


「いったい人間共の国で、何が起きてやがる……!?」







 ♢






 ミラ王国西域。

 上空には高速で飛行する二つの影があった。

 蝙蝠のようで巨大な翼を羽撃かせるのは悪魔である証だ。ミラ王国の王都から離脱した新魔王ルシアとその腹心のグライブである。


「……いいのですかな? 放っておいて」

「何のために魔王城の浮遊機能をお披露目したと思ってる? どうせ山城の人形は地上を席巻するので精々だ。翼を持つ俺様たちを遵わせる術は無い」

「ふむ」 

「まあ地上が山城の王国になることを黙って見ているのなら、の話ではあるが」

「何かしらの手を打つと?」

「いいや。この状況で困るのは悪魔ではない。人間それに天使だろう。どうせ必死こいて止めに入る。なら、文字通り高みの見物でもしながら、魔王城を指揮しているルドルフ達と合流する」


 サタン王国の上空に浮き上がっているはずの魔王城には、すでに魔王軍の全軍が載せてある。それだけの積載量を誇る。そしてまっすぐ東へ。最前線のレーノ共和国に本格的な攻勢を仕掛けるため、動き出したはずだ。

 地上が山城に支配されてしまうと補給に関して不安が残るが、心配はいらない。

 どうせ本当に山城の扱いに困ったら女神が何とかするに決まっている。そうルシアは楽観視していた。

 ある意味、敵の実力を信用していたのだ。


「今この場より先を見るさ。人間は慌てふためいている。この隙に本気で侵攻の準備を進める」




 ♢





 レーノ共和国魔導都市アルスフォード。

 とある地下研究所のカモフラージュとして建てられている豪奢な屋敷にて。

 

「……やってるッスねぇ」


 ふかふかのソファに座り、肘掛けに頬杖をつきながら呆れ顔で呟くのは、常にヘラヘラとした笑顔を軽薄そうな顔つきに浮かべる小洒落た服装の青年だった。

 鷹山祐介。

 ただし今は珍しく、非常に冷めた瞳で窓の外の曇天の空を眺めている。周囲に佇む奴隷の少女たちも、神妙な様子で控えていた。

 

「何か気になることでもあるのか?」


 そんな鷹山に唯一声をかけるのは、白髪を生やした中年の男だ。木暮慎二。

 趣味なのか、意外と繊細な手つきで紅茶を淹れている。満足げに笑みを浮かべていた。

 木暮は松山鬼一を首領とする『異界同盟』の実働要員。実質的なリーダーである。


「……いえ、別に。ただ、山城さんは、これでいいのかと思って……」

「これが奴の望みだったはずだろう」

「……まぁ、そうなんスけどね」

「?」


 感情の機微を感じ取れず首を傾げる木暮に、肩をすくめた鷹山はため息をつく。

 窓の外では降り続く雨。鷹山はただ、言葉にはならない何となく嫌な気分をずっと抱えていた。





 ♢





 神谷士道と山城京夜は、互いの武器を振り回す。


 士道は『天魔刀』の『伸縮自在』の魔導刻印、ある程度は扱える三属性の魔法、古賀流の剣術と体術、戦況を一瞬で覆す『瞬間移動』に、先読みと幻術能力を備えた『魔眼』、最大威力を誇る『雷撃』――これら多彩な手段の数々を効率的に組み合わせ、次々と独自の戦術を生み出して先手を仕掛けていく。


 山城は『病魔』にかけた人間を『操作人形』にしながら『魔力源』とし、無限に魔力が増やし続け、かつ自らの人形を増やし続ける連鎖スキルシステムを構築。時間経過が己の力となるので『土精霊の恩恵』で土魔法を惜しみなく駆使し、時に地面に潜り時間稼ぎをしながら、呪術師として呪詛を潜りこませる隙を狙っていた。


「……チッ」


 舌打ち。士道は法則を掴みつつあった。山師の呪詛。まるで心臓が握られているかのような感覚。その効果が強まる条件は単純。山城に近づいたときだ。つまり近接戦闘になればなるほど士道のパフォーマンスは低くなる。だが、山城は呪術師。近接と遠距離のどちらが得意かと言えば遠距離に決まっている。どちらにしろ確実なデメリットがある。だから迷う。躊躇う。安全を期して中距離を保とうとして、その隙を突かれる。

 そして一か八かの賭けに出れば、山城は土に潜る。これが厄介だ。拓真のように地面一帯を叩き壊すほどのパワーは士道にはない。そしてもはや魔力を使い過ぎを考慮する必要がない山城は、そのまま地面の中に潜り続けることだってできるはずだ。


(それをしない理由は何だ……? 俺は今の奴にとって絶対倒さなければならないほどの脅威ではないはず。なにか条件があるのか――いや、単純に、土の中では呼吸ができないとか……)


 考えてる余裕はない。

 そもそも士道の相手は山城だけではないのだ。

 操られた仲間たちがいる。

 猛然と飛びかかってくる『神獣化』したレーナを右に体を投げ出して回避し、空隙を縫うように放たれたリリスの『魔閃光』を咄嗟の『雷撃』で弾き、"支配領域"を展開したミレーユの魔法群のすべてを斬り、蹴り、躱し、叩き落としていく。

 処理の限界。数が違うのだから当然、無理な挙動が強いられ、強引な身体強化を使い続け、そのせいで骨や筋肉が異常をきたしていく。

 士道はすでに満身創痍だった。

 レーナ達の攻撃の穴を埋めるように山城が土魔法を行使するが、それに対しては唯一操られていないウルフェンが捨て身の防御を繰り返していた。

 銀狼の体には傷が多い。だが、その瞳はまだ死んでいない。主人に向けてまだ戦えると言っている。

 

(……余計なことを考えるな。勝つ。打ち倒すんだ)


 強く。速く。相手の思考の上を行け。士道の思考は回転する。増え続ける魔力を持つ山城を相手にするのなら、単純に手数で上を行くしかないのだ。短期決戦。すべての魔力を使い切る覚悟で士道は特攻する。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 心臓が握り潰されるような感覚。嫌な吐き気が体中を巡る。山城の呪術か。そう考えた直後、背中に激痛が走り抜ける。ナイフを背中に刺されたらしい。左手を回せば、傷口からはとめどなく血が流れ続けていた。

 脳が揺れる。視界が霞む。体がふらつく。

 山城が目的を果たせば、きっと平和な未来が待っているのだと知りながら。

 それでも戦い続けるのは。

 それでも、立ち上がり続けるのは。

 


「く、そ……!! オレには勝てねえって、まだ分からねえのか!?」


 士道の捨て身の攻勢の圧力に、山城が形相を変えて叫びを上げる。――分かってたまるか、と思った。

 士道は諦めが悪い人間だ。勝てないことは戦わない理由にはならないし、何より、たとえ一筋の光明に過ぎないとしても、まだ勝てる可能性はある。

 『魔力炉の腕輪』を活用し、それを惜しみなく活用して戦っている。このペースで使えばあと数分持たない。だがそれでいい。これ以上、山城の魔力が増えていくのなら、それこそ勝ち目がなくなる。


「いい加減くたばれよ……ハズレ術師――っ!!」


 山城が咆哮する。莫大な魔力を以って、周囲一帯の地面を丸ごと変形させた。士道が立っている地面を吹き飛ばして宙に浮かせると、そこに向けて大量の岩の弾丸を炸裂させる。その威力は申し分ない。士道は冷静に『瞬間移動』で離脱しようとした――が、「"獄炎"」の一言。山城に操られた集が火魔法を使ったのだ。呪詛に蝕まれた拓真と戦っているはずだが、もはやこちらの戦闘に手を出す程度の余裕は生み出せているらしい。

 そして、集が生み出した圧倒的な豪炎は山城がいる部分すら含めてすべてを炎に包み込んだ。流石に魔力の障壁は張っているだろうが、『瞬間移動』ではその中にまでは入れない。つまり、移動できる場所を潰された。

 いくら火属性特化の集とはいえ山城から魔力を供給されているからこその莫大な火力であり、それでも数秒保たせるのがせいぜいのはずだ。

 だが、その一瞬があれば山城にとっては十分。士道の思考の空白を縫うように、空気を切り裂くような勢いで肉薄した土の弾丸の群れが、士道に真正面から次々と炸裂し、轟音と共に吹き飛んだ。

 すでに倒壊した建造物。その瓦礫をさらに砕き、飛ばし、血を吐きながら運動エネルギーを消化する。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!」


 痛みには、もう慣れた。

 だが、視界がぼやける。まだ立てるのに。まだ戦わくてはならないのに。助けなければならない人たちがいるのに。見たい笑顔があったのに。体がふらつく。力が入らない。朧げな視界が、なぜか横に揺らいでいく。

 が、なぜか途中で安定した。暖かな何かに包まれている感覚があった。頬に、水滴が滴り落ちる。

 ――誰かに支えられているのだ、と。

 士道が気づいたのは何秒か経過した後のことだった。心が癒やされていくような気がしていた。体の痛みもゆっくりと和らいでいく。頬を伝う雫は、どうやら雨ではないようだった。

 なぜなら、気づけば雨は止んでいる。

 ならば、その雫は何なのか。

 ――涙に決まっている。

 誰の? 

 何を想った故の?


「……やっぱり、無理だよ」


 浅場優花。

 心から痛ましそうな表情を浮かべている聖女は、全身を使って士道に治癒をかけている。

 士道の体を抱え込み、慈しむかのように。


「……あなたが傷つく必要なんて、どこにもない」


 激痛が消えていく。やすらぎが士道の心を満たしていく。癒される。

 気づけば、もう体に痛みはなかった。


「私なんかのために、戦う必要なんてない……!!」


 ――ああ。

 ――そういうことが言える人間ほど、俺は絶対に助けなくちゃならないんだ。


 士道は優花を落ち着かせるように、そのさらさらの黒髪を撫でた。


「……お前だって、戦ってるじゃないか」


 周囲を見回す。そこには、数百の人々が心配そうにこちらを見つめてきていた。

 もちろん山城に操られた人形などではない。

 本人の意思によるものだ。

 つまり聖女が『病魔』を再び癒やし、また人々の意識を取り戻させたのだ。山城のネズミ算とは違う、何人も何人も、一人ずつ丁寧に癒やしていった。

 士道の言葉の意味を理解した優花が、そんなことを言われる資格はないと、首を振る。


「いや、これは、だって、今も苦しんでる人たちを、見逃すことなんてできないから……!」


 それでも。

 だからこそ。

 今、士道はこんなにも人間味のある暖かさに包まれているのだ。


 ――そうだ。


 士道は勘違いしていた。

 山城がやり方を間違えたとしても、最終的に士道と目指すところは同じなのかもしれない――そう考えていた。だが、違うのだ。山城の言う世界平和は、決して士道の目指している理想とは重ならない。

 『病魔』に苦しめられ続け、山城に意識を統制された民衆が、その状態のまま争いをなくしたとして、士道は絶対にそれを平和とは呼ばない。呼んではならない。

 そこに笑顔がないからだ。人間味がないからだ。人と人がつくる温かみがないからだ。ならば士道はそこに理想など見出せないし見出すわけにはいかない。

 

 ――人々は苦しめられている。


 山城京夜に。そして、それは民衆だけではない。士道の大切な仲間である、レーナ、ミレーユ、リリスもそこに含まれているのだ。

 いったい何を迷っていた?

 やるべきことなど最初から分かっていたはずだ。

 ドムを殺し、戦いに躊躇いでも覚えたか。

 大友と死闘を演じて、信念の意味を知り、もう命を取ることに嫌気が差したのか。


「……どれも違うな。結局、ただ迷ってただけだ」


 覚悟が足りなかっただけだ。

 己がすべてを背負い、至らなかったことを悔い、やり遂げたことを誇る覚悟ができなかっただけだ。

 くだらない。なんて矮小な人間なのだろう。

 古賀玄海に救ってもらった命がある。

 彼の命を以って、託された未来がある。

 大友慎也に託された想いがある。

 彼のたったひとつの願いを踏みにじり、士道は今ここに立っている。

 それだけではない。

 たくさんの人が、それぞれの想いを以って士道になにかを託してきた。

 こんなちっぽけな少年が、自分にはできなかったなにかを為せると期待して。


「…………」


 カツカツ、と。

 病を司る呪術師が不気味な足音を響かせる。

 吹き飛ばされた士道のもとにまで真っ直ぐに歩いてくる。その身に宿る魔力は海の如く。最も世界最強に近い男は、凄絶な笑みを浮かべて歩を進める。


 それでも士道は退かなかった。

 これまでのような意地を張っているわけではない。

 泰然と、落ち着いた眼差しで山城を見据える。


「優花。手伝ってくれ」

「て、手伝えって……。何を……」

「悪いな、俺一人じゃどうにかできないかもしれない。だからお前の力が借りたいんだ」


 何故だか、これまでより遥かに大きく見える背中を優花に見せつけながら、奇術師は拳を握り締める。


「――この舞台、全部ひっくり返すぞ。人々はみんな元に戻す。レーナ達は取り戻す。そして山城は倒す」

「なんで、さっきあんなにボロボロになったのに、まだ戦うなんて! …………そんなの、無理、だよ……! あんな世界を手中に収めようとするような、化物を……」


「やってみてから決めろ」士道は振り向き、嗤う。その眼にもはや迷いはない。「可能性が低い? 相手が化物? 世界すべてが敵? ――だからどうした。俺は奇術師。不可能なことをやってみせてこそ、だ。信じられないのなら、しばらく見ていればいい」


 士道は一歩、前へと歩を進める。

 その雰囲気が、圧力が、明らかに先ほどと異なっていることにようやく気づいたのか、山城が目を細めた。


 ――かつて。俺は英雄じゃない、と。夜空に向けて嘆きの声を上げた少年がいた。覚悟が決まらずに、責任を負うことを避けていた子供がいた。

 そんな器ではないことは本人が最もよく分かっている。だけど、そんな自分にいろいろなものを託してくれた人たちがいる。

 だから、もう逃げない。

 背負うと決めた。

 護ると決めた。

 救い出すと決めた。

 何もかも。

 己の手が届くものすべてに。


「――俺は、英雄になる。もう迷わない」


 ハズレの烙印を押された奇術師は、これまでより遥かに強い想いを以って立ち上がる。

 たとえハズレ術師と呼ばれていようと英雄にはなれるのだと、そんな覚悟を見せるかのように。


 

 





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