第24話 「奇術師対呪術師」
それは一瞬の早業だった。
『瞬間移動』で山城の背後を取った士道は、そのまま彼の背に触れたままもう一度『瞬間移動』で転移した。
二人同時の転移。固有スキルの重量的な制限を無理やりに魔力を注ぎ込み強引に突破して、士道達は百メートルほど離れた上空に出現する。
「――なっ」と、絶句する山城に対して『風の靴』に魔力を込めた士道は容赦なく脇腹を蹴り飛ばし、更に遠くへと吹き飛ばした。
分厚い雲を突き抜け、打ち出された砲弾のような勢いで山城が高速で飛んでいく。『土精霊の恩恵』を宿す山城に対して地上で相対するのは不利だと考えた士道は自らが有利な上空で挑む作戦を立てた。
耳の良いレーナが、士道が倒れている間の戦場の会話をすべて聞いていたことで、山城のスキルの連鎖を使った計画により、すでに詰みかかった状況のことは把握している。だが、それには最も簡単な解決法があった。
術者である山城を打ち倒すことだ。
その壁として、民衆を傷つけないように山城と戦うことが難しかったわけだが――士道の優秀な固有スキル群を使えば、それほど困難な条件ではない。
「地面じゃない程度で、負けるかよ……!」
宙では見動きが取れないと思われた山城だが、溜め込んだ膨大な魔力を存分に活用し、落下する足元に土を大量に作り出すと一時的にそれを足場として、飛びかかる士道の攻撃を躱した。常人になせる技ではない。山城は続けざまに「"土槍"」と呟いて土魔法を放つ。風に乗りながら、士道は辛うじて紙一重で槍をすり抜ける。反撃を許したとはいえ、まだ状況は士道有利の中、いまだ遠い大地から馬鹿がすっ飛んできた。「オラァ!!」という荒々しい雄叫びと共に放たれた拳は、直線的で読みやすく山城に簡単に躱された。拓真は豪快に嗤う。士道は足場代わりにその背中を踏みつけ、山城に特攻した。
「士道、テメェ!?」
「――行くぞ」
士道は吠える拓真を無視して、上段から山城に剣を振り下ろす。僅かに目を細めた山城は、手のひらに土を発生させた上でそれを石化させた。ガギィ!! と、士道の剣が弾かれる。だが士道はその力を利用して反転すると「"風槍"」、一言。直後に"飛翔閃"。術式構成し、魔法が放たれる刹那、山城が創り上げた石片を剣撃が叩き壊した。隙だらけの山城の体に鋭く風が唸りを上げる。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と山城が大口を開けて気合を入れ、恐ろしいほどの魔力を体外に放出。猛烈な威圧感を放つそれを身体に纏って身体強化した。
数十万人分の魔力は、個人の魔法など容易く防御する。だが、それは諸刃の剣だ。確かに"風槍"は無傷で吹き散らされたが、強化されすぎた肉体に明らかに負荷がかかっている。下手をすれば筋肉断裂――その程度のリスクはあるはずだ。それでも山城は顔色一つ変えない。覚悟は決まっているらしい。士道は舌打ちしながら、さらに飛翔して山城への攻撃の手を休めない。
地面に着くまでに決着をつけたかったからだ。『土精霊の加護』を宿す山城が地面に足をつけると、その強大さは遥かに増す。それに莫大な魔力を宿している山城を相手に長期戦は望むところではない。長引けば長引くほど不利になる。
軽く下方を一瞥するが、レーナ達は草薙や集と同じように民衆を相手に苦戦しているようだった。それでも食い止めることはできず、すでに王都の外に疾走する人形すら見かける。『病魔』に蝕まれる人間が増えるほど『魔力源』となる人間が増える。だから時間が経つほど山城の魔力が増えていき、増えていくほどに『操作人形』で操られている人間の能力は跳ね上がっていく。
止められない。
『病魔』が世界を侵食していく。その一端を目の当たりにして、士道はぞっとしない気持ちを抱いた。
「……だが、この計画には決定的な穴がある。山城、お前さえ倒せばそれだけで終わりだからだ」
「馬鹿が。倒されねえことは前提に決まってるだろ。――これだけの魔力、今の段階でさえ、世界を相手にしてもお釣りが来る」
「そう言う割に、俺に苦戦しているようだな?」
「大地に着地したときがお前の終わりだ。土さえあれば立場は逆転する。それに――攻撃はもう始まっている。オレの天職を忘れたわけじゃないだろ?」
――呪術師。
その事実に士道が思い至った瞬間、士道の体が凍りついた。手足一つ動かない。まるで、金縛りにあったかのような――。
ニィ、と山城の口元が引き裂かれた。
士道は急激に心臓の痛みを覚えた。体もまったく動かないが、それどころではない。山城が"土槍"を放ってきたことにすら気づかない。
ドゴォ!! と、硬く練り込まれた土の槍が士道に真正面から直撃する。爆音と共に血飛沫を吹き散らしながら、士道は瓦礫の中に叩きつけられた。
「がはっっっ!?」
「ようやく呪われてくれたか。随分と時間がかかったが――もう終わりだよ」
継続する心臓を握り締められるような激痛に耐えながら、士道はボロボロの肉体を動かして前を見る。
山城が地面に降り立ってしまった。ズズズ、と。周囲の土が練り上げられて山城の周囲を漂う。
「そして、他の連中もな」
「なっ――」
山城が視線を向けた先では、ミレーユが倒れ込んでいた。士道と同じように、胸をきつく抑え込んでいる。まさか心臓が痛むのか。愕然とした士道が周りを見渡すと、レーナも、リリスも――葉山集ですら起き上がれないようだった。
「『病魔』を宿す人形と何体も何体も、あれだけ至近距離で交戦していれば、体の耐性は激しく弱まる。――なら、そこに呪詛を入り込ませる程度は大した労力もいらねえ」
「……」
こともなげに言う山城に士道は絶句していた。覚悟を決めて戦いを挑んだつもりだったが、それを遥かに上回るように事態は悪化の一途を辿っている。
救いがあるとすれば――。
「クソったれが………」
草薙竜吾が顔をしかめながらも、いまだに倒れることなく戦っていることである。だが、彼の周りには数百体もの『操作人形』。それも、対草薙用に能力を向上させているのか、恐ろしいほどの魔力を込められ、無茶な機動を強いられている。自殺覚悟の特攻をする民衆を、殺さないようにいなすだけで精一杯のようだった。
そして新城蓮はいつの間にか姿を消していた。
王都に残っている人形も、すでに草薙や拓真の足止め用の数百体しか残っていないようだった。
つまり、王都にいたはずの残りの数万人の人々はどこに行ったのか。
「……そろそろ、先頭が次の都市に着く頃か」
山城が呟く。曇天の空を見上げながら。
「ここからはネズミ算と同じだ。対抗ができなくなるほどに人形の能力は向上していくし加速度的に『病魔』は侵攻を早めていく。諦めろ、ハズレ術師。お前がオレに勝つことはできない」
雨の中で、呪術師は君臨する。
「好き放題言ってやがんなァ……!?」
拓真ですら呪詛に襲われて心臓が痛むのか、胸を抑えながらも、引き攣った笑みを浮かべてふらふらとした足取りで山城に迫る。
そして拓真は草薙とは違い、たとえ罪の無い民衆であろうと容赦なく殺す。だから止まらない。山城も即座にそれを悟ったのか、別の手を打った。
「……良く動ける。だが、諦めろと言ったはずだ」
轟、と炎が唸る。
ふらつく拓真の眼前に、『操作人形』によって操られた集が、ロボットのような挙動で立ち塞がった。
(そうか……心臓に痛みを走らせる呪詛に倒れて、抵抗力が弱まったところで『病魔』に引っかかったから、転移者ですら操れるのか……)
「クソが……! 叩き潰してやる……ッ!!」
凄絶な叫び声と共に拓真が特攻する。莫大な魔力のせめぎ合いの直後、大爆発が炸裂した。集が放った周囲を焦土に変えるクラスの強力な火魔法を、拓真が恐ろしく強引に殴り倒したのだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」と、異常な量の汗を流しながら拓真が吼える。どう見ても呪詛に蝕まれつつある拓真と、徐々に供給される魔力が多くなり能力が向上していく集では、勝敗は歴然だ。それでも拓真の戦意に衰えは見えない。というか、おそらくあの獣は勝敗などといったどうでもいいことには大して意識を割いていない。
「およそ一時間。この世界が平和になるまでの、一時的な混乱の時間だ」
「その平和を手にする時間で、いったい何人が死ぬと思っている?」
「計算はしてる。この程度の犠牲で済むのなら、これ以降の犠牲を無くすことと天秤にかければ、どうにか許容できるもんだ」
「スキルで手にする世界平和、か……。お前は、世界のすべてを自分の人形にして、それで満足なのか?」
「人形とはいえ、争いがなくなるように命令、統治するだけで、それ以外に普段通りに生活をさせるさ。……仕方ないだろう。オレには、人の世の争いを無くす方法は、こんなものしか見つからなかった」
――そりゃ、そうだよな。士道は思った。こんな手段でも使わなければ世界から争いは亡くならない。
士道だって、思想としては山城と似通っている人間だ。ただそれでも士道の信念は、多くの人間を苦しませるこのような手段は認められない。
山城の瞳は純粋だ。その瞳でどれだけの地獄を見てきたのかも分からない。
だが、きっと、士道の想像の範疇は越えるだろう。
それでも、なお。諦められない想いがあった。どれだけ否定されても叶えたい願いがあった。
「だからこそ、必ず止める。罪の無いの人々を多く犠牲にした上での平和など俺は認めない」
「元々、オレの身の内で燻っているただの勝手な願いだ。誰かに認められるつもりもない」
「――理想から逃げるなよ、呪術師。誰の意見も聞かずに投げ捨てるその選択は、ただの逃げだ」
士道は立ち上がる。
ぐぐっ、と。軋む肉体に力を込めた。
継続的に痛みを発する心臓を抑えながら、それでも戦う意志を瞳に強く宿して。
「……惑わされると思うなよ、奇術師。オレは数多の思考を重ねた上で結論を出した。もう、誰にも歪められはしない。絶対にそんなことはない。覚悟は決めたんだ」
「なら、力ずくで止めるだけだ」
「そんな体で? お前にもう勝ち目はないぞ」
「そう思うか? まだ、魔力は十分にある」
「お前の数千倍はオレも保有しているのに?」
「だがお前はそれを持て余す。――見えるぞ? 制御しきれずに、自らその身を焼く未来が」
「……ッ!!」
「――魔力炉、起動」
士道は不敵な笑みを浮かべながら断言すると『魔力炉の腕輪』を起動した。今ですらそれなりの量を誇る士道の魔力が更に数倍に膨れ上がる。ビリビリと士道と山城の魔力波が衝突し、大気を揺らした。
その時点で差は歴然。だが、士道は顔色一つ変えない。そもそも既にその場に士道はいない。在るのはただの幻影である。
「――こ、の……!!」
「遅い」
『魔眼』からの『瞬間移動』。
山城の真横。至近距離。紅く煌めく眼が、疾すぎる士道の動きにつられて軌跡を描き出す。山城は歯軋りをしながらも咄嗟に反応。即座に土を隆起させて士道との間に壁を作り出す。だが、士道の『雷撃』は容赦なく壁ごと山城を貫いた。ズバァ!! と、鋭い音が耳を引き裂く。「がぁっ……!?」と呻き声が聞こえるが、通常よりも遥かに多い魔力で体を防護している山城には致命傷にはならない。
直後、全方位から隆起した地面が、鋭く尖った形状を創り一斉に士道を襲った。士道は『天魔刀』を引き伸ばすと、思い切り振り回してすべてを引き裂く。
ブワッ!! と、砂煙が周囲を舞う。山城が意図的に周囲に砂を広げたのだ。視界が塞がれる。呪術師が土に紛れ込み姿を消す。士道は舌打ちして足を止めた。
同時に周囲を囲む人影に気づいた。風魔法で砂を吹き散らすと、そこに立っていたのは――。
「………………レーナ、ミレーユ、リリス」
『操作人形』によって操られた、士道の仲間である三人だった。その可能性は考慮していたはずなのに、士道はあからさまに動揺した。だから、ヌルリと背後の地面から飛び出し、ナイフを突き出してきた山城への対応が遅れた。『瞬間移動』――が、間に合わない。少し離れた上空に離脱した士道は、背中の激痛に顔を顰めた。
「……厄介な」
呟く。ただでさえ圧倒的な魔力を宿しているというのに、それに任せた力押しということはしない。策を練り、回りくどいが確実な戦い方で、あくまでもいつも通りに決着を狙う。端的に言って隙がなかった。
レーナ、リリス、ミレーユ。この三人が敵に回ると正直なところ厳しい。特にミレーユは士道と真正面から戦っても五分といったところだろう。だが、能力はそのままとはいえ、流石に人形を意識があるときと同等のレベルで動かせるわけではないだろう。それに何故かウルフェンまでは操れなかったらしい。銀狼が民衆を突破して近づいてくる。地面に潜っている山城に警戒しているようだった。
ならば勝機を失ったわけではない。
まだ戦える。
そのはずだ。
♢
じわじわ、と。
『病魔』が世界を侵食していくように。
また、山城も士道を徐々に追い詰めていく。




