第22話 「魔力源」
ミラ王国を統べる王――ハインケル・ミラーリンは無傷で地面に倒れ伏していた。
突然の王城の崩落。対応する術などなかったのでハインケルはここで死んだと思っていたのだが――周囲の瓦礫を抑えつけるように、三体の大熊が立っている。
「……無事のようだな」
低い掠れたような声音に振り向くと、倒れた柱を椅子代わりに座っている、灰髪の男がこちらを見つめていた。
「助けられたようだな。いや、それより、無事なのか国民は」
「……この崩落での死者はいない。『儀式の間』の結界を破壊して民衆を外に放り出すために、山城の奴が調整したようだな」
「そうか。それは、何よりだ」
ハインケルは安堵の息を吐く。対面の新城は淡々とした口調で、告げる。
「……魔王軍は撤退した。残る敵は山城だけだ」
「そうか」
「……お前の娘、アイリスは、死んだ」
「――」
言葉が出てこなかった。ただ、アイリスがこの戦いの前に見せていた覚悟を決めたような表情は、何となくこの結末を予感させていた。それを認めたくなくて、勝手に動こうとする彼女に大和と近衛騎士をつけていたというのに、どうやら意味はなかったらしい。
第三王女アイリスは、王都にいる唯一の家族だ。第一王子、第二王子、第一王女、第二王女は王国の各地の要所に散らばっている。
今頃は急いで王都に救援を出している最中だろう。
――もう、間に合わないようだが。
「……すまない、な」
涙を出すわけにはいかなかった。一国の王がそんなに情けない姿を晒すわけにはいかない。何故なら、騎士たちが遠方より近づいてきていたからだ。
ザザッ、と。
何十人もの近衛騎士がハインケルの前で跪く。
ただひとり、騎士団長のサイラスだけが、アイリスの亡骸を抱えて立ち尽くしていた。段々と激しくなる雨に打たれながら、ただ、ハインケルの目を見つめ、
「なにも、できなかった」
敬語を使っている余裕もないのか、サイラスはアイリスを眺めながら、
「おれたち、王族を守るための近衛騎士団は、なにも守ることができませんでした」
「……」
「――この身を以って、償いとします」
思うところが、ないわけではない。
だが、サイラスは誰よりも王国を愛していた男だ。この国とそれを支えるハインケルのために、必死で戦ってきた男だ。だから。
――できるものか。誰かの死に対して、己の死が償いになると思うのは大間違いだ。
サイラスはアイリスを近くの近衛騎士に渡す。
ハインケルは無念の評判を浮かべて自らの首に剣を当てたサイラスを、何の容赦もなく殴り飛ばした。
「お前の死ごときで、娘の死が償えると思うな」
「王……」
「生きて、償え。何ができるのかはお前が自分で考えろ。まだ戦いは終わってはいない」
「ですが……!! おれは……!!」
「――騎士の誇りは、どうした? そうやって無様に這いつくばり、私の許しを請うことが騎士の在るべき姿なのか?」
ハインケルは悠然とした態度で近衛騎士を見回すと、
「お前らもだ。今、やるべきことを考えて動け! 反省も! 後悔も! すべて終わった後でいい!!」
王の威厳を以って、ハインケルは告げる。
サイラスが率いる騎士は一斉に頭を下げ、そして動き出した。隣の新城から声が聞こえる。
「……立派なもんだ」
「立派なものか。娘を助けることもできずに」
握り締めた拳を、離すことはできなかった。
王の護衛のために残った騎士数人を見回し、その一人からアイリスの亡骸を受け取ると、ハインケルは今度こそ地面に膝をついた。
♢
「……『魔力源』の固有スキル。今ここに倒れている王都の民衆は、すべてオレに魔力を供給するための器と化してる」
呆然と立ち尽くす優花に対して。
数万人もの魔力をその一身に溜め込んでいく山城が淡々と語る。
――否。優花は違和感を抱いていた。山城の身に集っていく魔力の規模は、たかが数万人などでは到底収まらないほどのものだ。
数十万、数百万、そのレベルの人間が全霊を込めて魔力を送り続けなければ達成できない。優花が戦慄に身を凍らせていると、山城は「……お前には、説明してやる義務があるかもしれないな」と前置きして、
「『病魔』に罹らせ、眠らせることで『魔力源』となるための条件を満たす。そして今、オレの『病魔』に罹っている人間は、当然ここにいる王都の住民だけじゃない」
「……? まさか」
「お前が治した『紛争地帯』全域からミラ王国南部にかけての患者も同様だ。――オレの『病魔』は、一度罹った者には再発させることができる」
それだけではないと優花は気づいていた。
今まさに再発した『病魔』が猛威を振るっているというのなら、その近くにいる人々はどんどん感染を広げていく。それだけ感染力は大きい。つまり『魔力源』となる材料は、こうしている今も刻一刻と増え続けているのだ。
それに『紛争地帯』に住む人々は平均して魔力量が多い。レベルが高いからだ。だから、山城に集まり続ける魔力が更に異常な段階へとシフトしていく。
「……ほう」
ザリ、と。突然、背後から足音が聞こえた。
今まで沈黙したまま山城と向かい合っていた葉山集が、舌打ちしながら臨戦態勢を取る。
そこに立っていたのは隻眼隻腕の男。灰色の髪に痛み擦り切れた服を身に纏い、しかし研ぎ澄まされた覇気を放っている青年だった。
集が冷や汗をかきながら一歩後退するが、青年は面倒臭そうな調子で、
「……安心しろ。お前を相手にする気は失せた。草薙との同盟もあるが、どのみちお前は傷めつけたところで情報を吐かないだろう」
「……フン」
だが、その言葉を聞いても安心はしないらしい。
集は大きく飛び退ると、山城と青年と三つ巴になるような位置に着地した。
その三者の中心にいるのが優花である。
山城は嫌そうに顔を歪めると、
「……新城蓮か。面倒な奴がいるもんだ。本当に、お前みたいな奴が存在してることが信じられねえ」
「……それだけの魔力を保持して、更に供給し続ける半永久的なシステムを構築しておきながら、まだ恐れるものがあるのか?」
「所詮は博士に調整してもらった力だ。オレだけのものじゃない。恐れるものなんてたくさんある。お前みたいな奴とかな」
「……何を為したいのかは知らんが、別にお前の邪魔はしないさ。する理由も大してない。オレはただの、傍観者だ。それに――」
新城と呼ばれた男は適当に言うと近くの切り立った瓦礫に背中を預ける。
「――お前の邪魔をする男なら、すぐに来る」
山城が目を細めた直後。
優花も、遠方から高速で接近する影に気づいた。
♢
「山城京夜だな」
圧倒的な身体能力を余すことなく活用し、高速の跳躍から勢いを殺して着地する。その行いだけで、繊細な技術を持っていることがうかがえた。
言葉を発したのは草薙竜吾。百年前の英雄である。
「そうだ」
「気味悪ぃ魔力だな。何がやりたいのか知らねえけどよ、こっから出ていけ」
草薙は呟きながらも、山城が抱える空気を焼くほどの魔力量に舌を巻いていた。何をやっているのかは分からないが、厄介なことだけは見れば分かる。
スキルを『改造』できる松山鬼一の実験体。
その『最高傑作』。
「断る。やりたいことがあるもんでな」
(……新城はどうせ参戦する気はない。奴には何のメリットもないし、俺の都合に合わせる分の役割は果たしたって思ってるだろう。後は聖女と……葉山集か)
新城から山城の固有スキルと目的を聞きながら、現状の戦力を確認する。こちらも一枚岩ではない。
集に視線を向けるが鼻を鳴らして顔を背けられた。少なくとも敵対をする気はないことは分かるが。
回復要員として聖女、そして近くにはララも潜ませている。魔王軍の存在を聞いて、彼女はなるべく表に出ないようにさせていた。
金髪の不良と王国の勇者はいまだに激突をやめていない。それに神谷士道の一行も見当たらない。
遠巻きに、近衛騎士団の面々が崩壊した城を包囲する様子が見えた。
(……最大の問題は、奴を囲むように倒れている何万人もの民衆。こんなところで転移者同士が衝突すれば、あいつらは確実に衝撃に耐えきれずに死ぬ。どうにかして場所を移したいところだが……)
山城が向ける冷めた瞳は、草薙の葛藤を見抜いているかのようだった。
手を出せないだろう? と嘲笑っている。
その間にも『病魔』の感染者は世界中で増え続け、山城の『魔力源』となり、魔力が増加していく。厄介な固有スキルを持つ転移者に無限の魔力など持たせてはろくなことにならない。
これは確実に世界の危機だ。ことはミラ王国の王都だけの問題ではなくなっている。
「そろそろ……目標値に達したか」
「……?」
「始めるか」
山城が淡々と呟き、指を鳴らす。
その直後、ゆらり、と。ゾンビのような動作で倒れていた王都の民衆たちが立ち上がった。
虚ろな瞳のまま。山城から分け与えられた魔力で、強引に体を強化される形で。
「『操作人形』。対象が意識を失っている場合だと少量の魔力で完全に操れる」
「……テメェも面倒なスキルを組み合わせやがる。なにが『異界同盟』だ、チート軍団が」
「知ってるらしいな。ってことは、やっぱり来てたのか。博士も食わせもんだ」
山城が言いながら手を向けると、虚ろな瞳の民衆が一歩、包囲網に向けて歩を進める。近衛騎士団の面々は苦渋に表情を歪めるが、覚悟は決まっているのか、相対するように前へと踏み出していく。
草薙はゆっくりと剣を抜き放った。
新城は周囲に何体かの魔物を召喚した。
集は準備の一環か、炎をちらつかせている。
「剣は使うな」
断固とした口調で言ったのは騎士団長のサイラスだった。悲壮なまでの想いが顔に滲み出ているその男は、それでも操られている自国の民を見て、騎士に命じる。
「おれたちの国を護ろう。それは、民を護ることだ。アイリス様も民を護ろうとしたからこその行動だ」
草薙は息を吐く。そうだ。倒すべきなのは山城。操られているだけの善良な民衆を殺すわけにはいかない。
分かっているが。
(山城が、遠い……)
数万人もの肉壁。新城の魔物を頼れば、彼は間違いなく民衆も殺しにかかるだろう。集も、殺傷性の高い火が使えない状況で役には立たない。
自分でどうにかするしかない。
どうにもならないと、薄々勘付いていても。
「どうした? 時間がかかればかかるほど、有利になるのはオレだぞ?」
山城はやはり、淡々と呟いていた。
♢
「つまんねェな……」
一ノ瀬拓真は、心底怠そうに眼前の男を見下ろしていた。その身にあるはずの傷の数々は、目で見て分かるほどの勢いで修復していく。
「まさか新魔王連中と戦ってたときに、すでに魔力が限界だったとは見えなかったぜ」
白崎大和が傷だらけの状態で倒れていた。
光を宿し、圧倒的な破壊力を持った『聖剣』は数十秒が限界だった。元々のレベルが低いことも災いしているのだろう。だが、魔力はほとんど使えず、レベルも低い状態で拓真にここまで奮闘した時点で本当の化物であることは証明されているが。
「……ぼくは、まだ……」
「諦めろ。テメェはまだ、弱ェ」
「……ッ!!」
「あの女を助けたかったか? 助からなかった理由が分かるか? テメェが弱ェからだ。それだけの才能を持ってオレなんぞに勝てねェのが何よりの証拠だ。気持ちだけでどうにかなるわけねえだろ馬鹿が」
拓真は大和を踏みつけながら、好き放題になじる。
「テメェに足りなかったもんは単純。強くなろうって努力だ。……ただ何となくの訓練だけで、人を護ろうとしてんじゃねェ」
拓真がこれだけ言う理由は単純。この男が、強くなってほしいと考えているからだ。もちろん今のままでも十二分に強いが、拓真を真の意味でワクワクさせるには足らなすぎる。
だから詰り、そして見逃す。
何故なら、すぐ近くで。元々の標的である山城の戦いが始まっているのだから。
♢
一方、神谷士道は倒れていた。
意識はあるが、異様に身体が重い。聖女に治してもらったはずの『病魔』に、再び蝕まれているのだ。そして、それだけではなく士道の多量の魔力が絞り取られるようにして山城の方角へ向かっていく。意識に霞がかかる。
だが、彼は体を引きずるようにして立ち上がる。
心配する少女たちを宥めて、
「……元を断って、すべて、終わらせる」
そう断言したのだった。




