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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第四章 穢れた理想を求めて

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第20話 「異界同盟」

 霧崎翔は息を潜めていた。

 鬱蒼と茂る森の中、木の葉の隙間から雨がしとしとと降り落ちていく。

 翔が隠れているのは木の上。大きな幹が二つに分裂している場所にて、枝の一本すら揺らすことはなく完璧に体重を制御していた。

 この程度は手慣れたものだった。

 時代錯誤な修行を親によくやらされていたからだ。

 代々続く忍の血脈。

 その精神を忘れないための心得。

 

(……どうせ忍の技術なんて学んだところで使う機会ないだろと思っていたのに……)


 翔は皮肉げに笑いつつ、観察を続ける。

 視界の大部分を埋め尽くす木の葉の隙間から、その連中の姿が見えていた。


 木暮、鷹山とお互いのことを呼び合う男二人。

 その周りを囲む鷹山の奴隷らしき美少女の集団。

 失意に項垂れている蒼井舞花。

 そして――奴隷の中の一人に抱えられている、不安そうな顔をした童女、吉野楓。


(……さて、どうしようか)


 新魔王ルシアへの連絡は済ませた。渡された通信魔道具を使い、楓が謎の転移者集団に囚われていると伝えてある。

 ひとまず様子見との返答だが、仮に何かをするにしても、不安なのは時間だ。

 奇襲をしかけてから、すでに数時間が経過。

 そろそろ周囲の都市から援軍が大量に来てもおかしくない時間帯に入ってきたからだ。

 もともと短期決戦のための作戦。

 奇襲とはそういうものだ。

 いくら精鋭を集めたとはいえ、莫大な数に寄り付かれてしまえば魔力切れで負ける。

 隠密行動を極めた翔はその限りではないが、楓を助けてやりたいのも事実だった。


(って言っても、あの子にとって、魔王軍に囚われているのと、彼らと一緒にいるの、どっちがマシなのかは分からないんだけどね……)


 翔は自嘲気味に思う。

 ルシアとグライブは森林に潜伏しているようだが、ドムとブレットに連絡がつかない。楓の護衛にしていたランドルフは死体になって転がっている。

 単独での戦闘能力が低い翔としてはそれなりの危機であり、望まない事態だった。


(……そろそろかな)

 

 翔が、木暮たちに気づかれる危険があるほどに近づいていた理由はいたって単純だ。

 木暮たちの実力を測りたいからである。

 そして、その機会はすぐに訪れる。


「よぉ」


 ボサボサの黒髪に冴えない顔立ち。地味なシャツとズボン。ただし普段は眠そうな瞳からは、異様に鋭い眼光が放たれていた。

 草薙竜吾。

 翔は、アイリスが撃ち殺された光景を目撃した彼ならば必ず襲撃者を殺しにかかると想定していた。


「一応、聞いておくぜ。アイリスを殺した奴は、誰だ?」


 幾百もの針に突かれているかのような錯覚すら起こさせるほどの殺気。その身に秘められているのは確固たる経験に基づいた戦闘への絶大なる自信。

 それをものともせずに平然とした態度で、白髪を生やす中年の男――木暮は返答した。


「ふむ。それは難しい問いであるな」

「舐めてんのか?」

「いいや。アイリスを殺したのはそこの女である。だが、その行動を縛っていたのは鷹山祐介――つまりはコイツだ。だから難しいと言った。何か問題があるだろうか?」

「木暮さん。マジで俺を売らないでくださいッス」

「事実を話しただけである」


 木暮がコイツと言いながら指差したのは、草薙の殺気にビビったのか、元々近くにいたメイド服を着ているエルフの少女の影に隠れている、チャラついた青年――鷹山である。

 

「……ご主人様。わたしの後ろに隠れるのやめてください」

「だって怖いッス。マジで。アレは絶対オレっちを殺す気ッスよ。マジで」

「……もう、しょうがないんですから」


 エルフの少女が後ろから抱きつく鷹山に対して手のかかる子供のように眺めながら、ため息をつく。

 『鑑定』によると、あの少女軍団は鷹山への隷属状態にある――つまりは奴隷のはずだが、その割には互いの態度に違和感を覚える。


「答えろ。なぜあの子を殺した?」


 茶番に苛ついたのかキツい口調で草薙が質問すると、情けなく少女に抱きつく鷹山は木暮の方に目を向けた。


「ふむ。聞かれたことには答えてやれ。沈黙は我らの理念に反するであろう」

「……アイリス・ミラーリンが持つ固有スキルの『未来視』が必要だったからッスよ。オレっちの持つ固有スキル『貸借』と『強奪』を利用すれば、手に入れることができる」

「……何のために?」

「生きるためにッス」


 草薙の殺気が強まる。

 言葉を重ねたのは木暮だった。


「嘘は言っていない。確かに我々は生きるためにアイリスの固有スキルを欲した」

「ただ生きるためだけに、未来を見るスキルなんて必要ねえだろうが。ぶっ殺すぞ」

「ふむ。この世界が後一年で滅びると知っていなかったら、我々もそう思うであろうな」


 翔は眉をひそめた。

 そんな話は聞いたことがなかった。

 だが木暮と相対している草薙の反応は、確かにそのことを知っている雰囲気だった。

 

(……まさか、本当に……?)


 翔の冷や汗が流れる。

 沈黙していた草薙が口を開く。

 

「……その話、どこで聞いた?」

「ふむ。お前も知っているのか。単に我々の仲間である博士がこの世界を研究した結論として、そうだとした考えられないと判断しただけである」

「……博士?」

「天才科学者――松山鬼一。お前も名前ぐらいは聞いたことがあるのではないか?」

「何……? まさか」

「予想の通りだ。日本の権威であるあの科学者はこの異世界転移に巻き込まれ、それ以来、こちらの世界の研究に取りつかれている。その結果としてこの世界のタイムリミットを突き止めてしまい、延命させる術を模索しているのだ。我々はそのための駒である。我々だって、こんなに早く死にたくはない」

「……だとしても。アイリスのスキルは、そう簡単に未来が見えるような都合の良いものじゃねえ。テメェらだって『鑑定』で見えるだろうが」

「博士はスキルを改造できる。そういう固有スキルの持ち主である。当然、ある程度の基になるスキルは必要であるが」


 草薙は絶句する。

 翔も信じられない気持ちだった。

 何だ、それは。

 理不尽そのものではないか。


「信じられないのであるか? 現にこの鷹山は、相手にスキルを渡したり戻したりできる『貸借』とスキルを奪い取る『強奪』という、妙に都合の良い二つのスキルを有しているというのに?」

「何、だと?」

「順を追って話そう。このチャラついた男――鷹山祐介が所持している固有スキルは三つである。他にもあるが、今は関係がないので割愛する」


 木暮は説明を続ける。鷹山はそれに良い顔をしなかったが、口出しはしなかった。


 一つ目は『支配』。

 ある条件を満たした相手を己の支配下に置く。隷属状態にさせ、言うことを聞かなければ痛みを与える機構が構築されている。

 二つ目は『強奪』。

 ある条件(一つは殺害)の条件を満たした相手のスキルを奪取する。

 三つ目は『貸借』。

 ある条件を満たした相手とのスキルの受け渡しが可能になる。


 

「鷹山は予め、『支配』の固有スキルで奴隷化させておいた蒼井舞花に、転移者以外からでもスキルを奪い取れる『強奪』の固有スキルを『貸借』で譲渡し、狙撃させて命を奪い『未来視』を手に入れさせた。そして『貸借』を利用して『未来視』を鷹山が手に入れたのである」


 草薙は二の句も告げないようだった。

 むちゃくちゃだと言うことは簡単だが、転移者がアイリスを殺す理由を考えれば、確かにそれぐらいしか考えられない。


「我らは『異界同盟』。この世界で生きる術を探す者の群れである。――どうだろうか? お前は強い。我らと共に来るのなら歓迎するが?」

「……ふざけるなよ」

「それは残念だ」


 草薙が荒い口調に殺気を滲ませると、僅かに息を吐いて木暮は答えた。


「いやいやいや、流れ的に入ってくれるワケないじゃないッスか……」

「ふむ? そうか?」


 鷹山が呆れたように告げるが、木暮は不思議そうに首を傾げる。どうやら少し天然らしい。

 

「……舐めやがって」

 

 草薙は吐き捨てると同時、直剣を鞘から引き出して大地を蹴り抜いた。一直線に木暮に向けて斬りかかる。

 だが。


「悪いが、お前のような化物を相手にできる戦力は持っていないのである」


 木暮は淡々と言いながら、草薙に右手を向ける。

 何かを察した草薙が右に飛んだ直後、木暮の手の延長線上に衝撃波が走り抜けた。

 転がった草薙が態勢を立て直したときには、楓が『次元移動』を発動させていた。

 おそらく命令されたのだろう。

 鷹山の『支配』下に置かれたのだ。

 だからアイリスとは違い、殺されて固有スキルを『強奪』されていないのではないか。


(ならアイリスは『支配』の条件を満たさなかったから殺したのか……?)


 所詮はすべて予測。

 ある程度は合っているような気がするが、不確定要素が多すぎる。


(だけど、どうする? このまま楓が連れ去られるのを見ているだけなのか……?)


 草薙の方をちらりと見れば、またもや木暮が仕掛けた何らかの固有スキルにやられていた。

 重力操作関係のものだろうか。草薙の周囲の地面がビキビキと割れ、重そうに沈んでいく。

 いくら草薙とはいえ初見殺しの固有スキルを連発されているのだ。時間稼ぎぐらいはされても当然ではある。


「一応、最後に教えてやろう」


 鷹山の奴隷軍団が『次元移動』の黒い大穴におそるおそる入っていく。その次に、舞花も、楓も、鷹山も。

 その間に、堂々と腕を組む木暮は言った。


「今まさに王都で暴れている山城京夜は、変にスキル同士の相性が良いと思わなかったか?」

「何を……?」

「奴は博士の最初の実験体にして『最高傑作』だ。我々などに構っている暇があるなら、奴を倒すことに全力を注いだ方がいいだろう」


 そう言って、木暮は背を向けて去っていく。

 『異界同盟』を収容した、『次元移動』の大穴が閉じていく。

 翔は動けなかった。

 そして。

 その瞳は、鷹山を注視していた。


(それにしても、『強奪』――か)





 ♢




 時は少し遡る。

 草薙と木暮が邂逅を果たしていた頃。

 王都では。

 

「……おれの、責任だ」


 白崎大和は、言葉少なにそう告げるサイラスに対して何も言えなかった。必死に、涙を耐えていることが分かるからだ。アイリスはよく騎士団の訓練所に顔を出して、茶化しては去っていく少女だった。


 サイラスが率いる騎士団は、グライブ・セラキオスの『心象結界』に翻弄され、その魔力が尽きるまで時間稼ぎに付き合わされ、取り逃がした。

 いくらグライブが時間稼ぎに特化した手練の奇術師であるとはいえ、何の役にも立っていない。


 なにが騎士だと、拳を握り締めるサイラス。

 一人の少女の亡骸を取り囲み、何人もの男たちが呆然と立ち尽くす。

 そんな中、静かに顔を伏せていた大和は、アイリスに背を向けて歩き出した。


「……サイラスさん。アイリスのこと、頼みます」

「どこへ、いく?」

「生きていてはいけない者たちを狩るために」

「……」


 大和が放つ濃密な闇に包まれたかのような殺気に、サイラスが何も言うことはなかった。

 ぐぐっと膝に力を溜め、爆発的に大和は駆ける。

 家から家へと飛び移り、その類稀なる運動神経を惜しむことなく発揮して――殺すべき者たちのもとへと、一直線に突き進んでいく。


 アイリスの言う通り、世界は救う。

 ――彼女との約束だ。

 たとえここがどれだけクソッタレな世界だろうと、必ず救いあげてみける。

 彼女が好きだった場所を失わせはしない。

 彼女が死んだ理由を失わせはしない。


 世界が憎い。

 彼女を奪った世界が、何よりも憎い。

 だが。

 彼女が命を懸けた愛したこの世界を、大和は絶対に救い出す。

 そういう未来をつくると決めた。


 ただし。

 それは、彼女を殺した者共を許すかどうかとは、全くの別問題だ。

 憎しみが、どす黒い感情が、真っ白な大和にどぶのように汚い色を塗りつけていく。

 今の大和には、世界という名の地獄と、その中心に立つ死神しか見えていなかった。

 だから反応することができない。


「――よォ」


 ゴンッ!!!! という、凄まじい音が炸裂した。


「なーんか、山城の奴もチマッチマとつまんねェことやってやがるからよォ――今は、テメェの方が面白そうなフンイキだしてるしな。そんなわけで潰しに来たぜ勇者サマ。深い事情は知らねぇが、ここを通りたきゃオレをぶっ倒してからにしやがれ」


 最悪のタイミングで大和を殴りつけたのは、金の短髪をした目つきの悪い大柄な男。


 見覚えはある。

 確かハズレ術師の味方ではなかったのか。


 砲弾のように吹き飛ばされた大和は、地面に亀裂を入れて埋め込まれたが、『聖剣』で周囲を削り飛ばして立ち上がりながら、苛立たしさに瓦礫を蹴る。

 それをニヤニヤとした様子で眺める男は、尊大な調子で自分を指差すと、


「一ノ瀬拓真だ。不思議そうな顔してんな。別にオレは士道の味方なんかじゃねェよ。ただ、強ェ奴と面白い戦いがしてェだけだからな」

「……どいてよ」

「どかせてみろよ」

「どけよ!!」


 吼える。

 爆発的な勢いで大地を蹴り飛ばすと、魔力を存分に込めた『聖剣』を拓真めがけて振り下ろした。

 莫大な閃光が周囲一帯を消し飛ばし、怪物と怪物の戦闘の狼煙が上がった。


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