第15話 「絶望を前にして、それでも」
何の為に剣を振るうのか。
面倒臭がる大和に剣の修練を強制する中で、誰かがそれを考えるように言った。
「ぼくには、分からないよ」
大和はそう答えた。
『勇者』という大層な称号を背負い、悪魔に対して強力な力を宿す『聖剣』を操りながら、まだ大和は、人々の為に戦うと断言できなかった。
「……できることなら、誰も傷つけたくない」
ミラ王国の光の勇者。
初代勇者が手にしていた固有スキル『聖剣』を引き継ぎ、模擬戦では、もはや騎士団長すらも打ち倒せるほどの才覚を見せながら。
――戦うことが怖い、と。
大和は嘆いていた。己の神懸かり的な才覚を無意識のうちに怖れていた。
死ぬことが怖いわけではない。
傷つくことが怖いわけではない。
己以外の誰かを傷つけることが、どうしようもなく嫌だった。
だから大和は喧嘩をしたことがない。生まれながらにして強い大和は、戦えば必ず自分が勝つと本能が理解していたから。
異世界に転移するまでは、それでも良かった。
加えて言えば大和が勇者でさえなければ、こんな悩みに襲われることもなかったはずだ。
戦いたくないのなら戦わなければいい。
ただ、それだけの話なのだから。
「戦いたい奴なんて、実はそんなにいない」
そんな彼に、騎士団長サイラスは端的に言った。
「おれには家族がいる。この国に住んでいる。だからおれはこの国に剣を捧げている。おれが護りたいものを、護るために」
真摯な瞳で。
諭すように。
「お前が失いたくない者は何だ?」
そう言われて浮かんだのは、元の世界に住んでいる家族の顔であったり、友達であったり、仲の良かった教師、近所のお爺さん――たくさんの顔が浮かんでは消えていった。
そして、最後に残ったのは。
金色の髪がきらきらと光を反射する、碧い瞳が美しい可憐な少女。
この異世界に降り立ち、最初に出逢った人物。
アイリス・ミラーリンだった。
単純かもしれないけれど。
――可愛いな、って、そう思ったんだ。
「それを失わない為に、剣を取らざるを得ないときが、きっと来る。……おれが強制するのは訓練だけだ。実戦に出るかどうかは、お前が決めろ」
♢
「……邪魔だよ」
普段の大和を知る者からすれば、信じられないぐらいに冷たい声音だった。
異常なまでに優れた反応で変幻自在なルシアの攻撃を『聖剣』で捌き、ドムとブレットの拳を回避しながら、
「ぼくは、貴方たちに構っている暇はないんだ」
その瞳に強い光を宿した。
同時にルシアに向かって踏み込む。
これまでは受け身だった大和が初めて攻撃態勢を取る。
アイリスが危機から脱出したことを確認し、最大の気掛かりが消えたのだ。
ルシアの持つ、蛇のように蠢く魔剣を超人的な反応で体を振って躱し、袈裟斬りに『聖剣』を振り抜く。が、後ろに飛んで回避される。紙一重。
だが、捉え切れないことに変わりはない。
大和の固有スキル『聖剣』は、悪魔に対して絶対的な効力を持つ。
光が剣の形状を取るそれが、悪魔に当たった場合、触れた部分は確実に消滅するのだ。
加えて魔法による障壁では抑えられないし、並の剣などはバターのように切り裂いてしまう。
悪魔が相手なら容易に消滅させるスキルのはずだが、ルシアの持つ魔剣は異様に硬く、『聖剣』でさえ刃こぼれをさせることすらできない。
ルシアの魔剣は硬く、そして自在に曲がる。どれだけ打ち合っても近づく隙が見当たらない。だが大和は強引に踏み込んだ。その挙動を見て、ドムとブレットが動く。互いに示し合わせたように大和の左右から肉薄し、拳を叩き込もうとする。
それを見たルシアは後退した。
大和は追い縋る。
二つ目の固有スキル『光精霊の恩恵』を起動。光の角度を捻じ曲げて蜃気楼を作成。幾重にも展開された大和の影にドムとブレットが動揺する。
その数瞬の動揺に潜り込み、大和は驚くルシアの懐にまで踏み込んだ。手に持つ『聖剣』にありったけの魔力を込める。
このスキルには、魔力を込めるだけ威力が上がる、斬撃を飛ばせる効果もあるのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
雄叫びと共に、神速で剣が振り抜かれた。
ズァ!! と、光が爆発する。
『聖剣』が振り抜かれると同時、その斬撃の形状に鋭い光が街を焼いていく。
光とはいえ本質は魔力。
莫大な量の魔力が込められた斬撃は、容赦なく街を蹂躙した。
だが。
狙っていた当の本人は。
「……な、に」
確かに体の半分を消し飛ばしたはずだが、自動的に修復が始まっていた。空気中から塵が集まり、ルシアの右半身を再び形成していく。
それを黙ってみている大和ではない。
続けて首から上を吹き飛ばしたが、ルシアの体には同様の効果が発動されるだけだった。
(再生……、それに関連する固有スキルかな)
だとすると悪魔の体を一瞬で消滅させる効果の『聖剣』を持つ大和とひどく相性が悪い。
完全に消し飛ばしたところで、再生するのなら意味をなしていないからだ。
とはいえ。
「いくら再生すると言っても、無限に発動できるわけじゃないはず……」
「……」
「固有スキルの発動は、魔力が尽きるまで。この原則は変わらない。そうだよね? 新魔王ルシア」
「……貴様」
尋ねる大和に対して、ルシアは瞳に警戒の色を濃くしていた。
質問には答えず、別の質問を返す。
「急に動きが変わったな」
剣呑な雰囲気を携えながら、
「その理由は、そこの猫獣人が少女を助け出したからか? そこまで、あのアイリスとかいう少女が大切か」
「……さて、ね」
「誤魔化せると思うな」
言葉を濁すと、ルシアがそれを切り捨てる。
「貴様の行動の起点がアイリスであることは、充分に理解したよ……ドム、ブレット」
上位悪魔の二人が、大和を囲むような態勢から動く。アイリスを抱えるレーナが警戒を強めた。
同時に、その雰囲気を察した大和がどす黒い殺気を放つ。心優しい少年から放たれるものだとは考えられないほどの剣気がルシアを襲う。
「アイリスに手出しはさせない」
「貴様は強い。神に愛された才の持ち主だ。それは、認めよう。だが、俺様は負けることはできないんだよ。それが許される環境は、とうの昔に消え失せた」
「何を言っている……?」
「……俺様は凡人だ。理想を遂げるために、ただ努力を積み重ねてきた。だが、舐めるなよ天才。貴様に、貴様らに勝つためなら俺様はどんな手でも使う。――すべてを、失うぐらいなら」
揺らがぬ意志を以って。
ルシアは悠然と君臨する。
その在り方が気に食わなかった。
それだけの誇りと強い意志を持ち、瞳に希望を宿しながら、ただ国を護ろうと願った女の子に対して、手を出そうとする。
ふざけるなと思った。絶対にやらせない。
そんな在り方を大和は認めない。
凡人だの天才だの、そんなものは言い訳だ。
アイリスを護る。
だから、もう、大和は恐れない。
ルシアを傷つけることを躊躇いはしない。
彼女を失うことの方が、ずっと恐いのだと気づいてしまったから。
「貴方は、魔王だろう――。なら、勇者のぼくに対して、もっと堂々と立ちはだかって見せろ」
大和が怒りを顕にすると、ルシアは苦虫を噛み潰したような表情で、小さく呟いた。
「……そう、だな」
純粋に。
憧れるように。
「できることなら、俺様も、いや、俺も……そういう生き方をしたかった」
その言葉を最後に、ドン!! と、ルシアが迷いなく大和へ踏み込んでくる。
――見える。
怒りで迷いが消え、冴え渡る脳を隅々まで回転させた大和は、長く研鑽を重ねてきただろうルシアの攻撃のすべてを狂いなく受け流し、解析し、針の穴を通すようにカウンターを当てていく。
消滅させた体がすぐに再生を開始する。だが、ドムとブレットのフォローがなくなった分、大和がどんどん優勢になっていく。
それは大和が、ルシアの攻撃パターンを無意識のうちに次々と解明し、有効な対処法を編み出していくからである。
だが、ルシアの執念のなせる技か、それでもドムとブレットの元に向かわせはしない。
彼らは大和の弱点であるアイリスを人質として利用する為に、あの猫獣人の少女から奪おうとしているのだから。
もはや敗北は時間の問題であるルシアからすると、最後の希望だろう。それを見た大和の感覚はさらに超人と化する。体に纏う魔力を跳ね上げ、人体の限界を越えていく。
その結果としてルシアの体は、魔力は、恐ろしい勢いで削られていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
勇者が魔王を追い詰めていく。
長い時間をかけ、目的の為に努力を積み重ね、着々と強くなってきた魔王が、突如として現れた勇者にすべてを蹂躙されていく。
それは物語では当たり前の光景で。
――なぜか、理不尽な気がしていた。
♢
レーナ・ランズウィックは逃亡を選択した。
こちらに向かってくるのは、ドムとブレットと呼ばれていた上位悪魔の二人。一人ならまだしも、二人を相手にする自信はない。
そもそもアイリスを抱えているのだ。
士道たちの手を煩わせるのも躊躇われる。
レーナは獣人。身体能力には優れている。逃げるだけなら、負けはしない。
そう思っていた。
だが。
「オレらは双子」
「コンビネーションは得意」
「なんだぜ」
ふざけたリズムを刻む二人に、徐々に追い詰められていく。
レーナに対抗する手段はなかった。
アイリスを抱えている以上、『神獣化』を行使するわけにもいかない。
だが。
「はぁ!!」
キュガッッッ!! と。
極大の閃光が炸裂し、ドムが慌てて躱す。
その発射元には、
「リリスさん!」
「レーナ、大丈夫!? あたし達はもう大丈夫だから!」
山城の昏倒から復活したリリスとウルフェンが戦闘態勢を取っていた。
そう。
レーナは無意識に逃亡するうちに、リリス達がやられていた場所まで近づいてきていたのだ。
♢
山城京夜は内心で苦慮していた。表情には出していないが、実際には相当の焦りがある。
眼前に佇むのは一ノ瀬拓真。この男は強力だが単純だ。倒すことには手間がかかる――というか、倒せない可能性の方が高いが、そもそも倒す必要性が大してない。
簡単に逃げ切れる上に、騙しやすいからだ。
問題は神谷士道。
そしてミレーユ・マーシャルだ。
まず、この奇術師には手札が多い。おそらく山城よりも固有スキルの数があるだろう。
冷静沈着で何をしてくるか分からない上、敵には最小限の情報しか与えようとはしない。
アイリスを奪い返す為に行動してきたことを考えると、その思考回路は予測できるが――正直なところ、当初は読み違えた。
山城は、士道のことを『仲間は大切にするが、他者はあまり気にしない』タイプの人間だと推測していた。だからリリス達は傷を与えないように注意して昏倒させ、アイリスだけを連れ去ったのだ。
そうすれば、追ってくるのは拓真しかいないと考えていた。そして拓真では山城を捉えることはできない。仮に捉えられたとしても、また地面に潜って行方を晦ませば済む話だ。
だが、実際には士道たちも共に追跡し、山城はこうして追い込まれている。
(……どうするか)
山城の計画は、民衆の蜂起が意味をなさなかったことにより、強硬手段に切り替えた。
その関係で王城にある『儀式の間』に向かい、民衆に接触する必要が出てきている。
ミレーユの障壁結界さえなければ、即座に逃亡してお終いだったのだが――。
(残存魔力は六割強。拓真と神谷を倒す必要はない。ミレーユを倒すだけだ。それなら、いけるか……?)
山城は逡巡する。立ち塞がるは三人の強者。だが、時間稼ぎは不利に働く可能性が大きい。なぜならすぐ近くの戦いにおいて、光の勇者がルシアに対して優勢だからだ。
もし勇者が勝利した場合、彼はそのまま山城を倒すために士道たちに協力するだろう。
そうなればお手上げだ。
アイリスという人質があったから山城は勇者を制御できていただけで、本来ならアレに勝てるはずもない。
だから動くしかない。
士道と拓真の攻撃の中をすり抜け、ミレーユを叩き潰す。そこにしか道はない。
逆に考えれば、まだ道はあるのだ。
そう思っていた山城に。
それ以上の障害が立ち塞がる。
「山城京夜だな」
突然割り込んできた声に振り返ると、後方の家屋の上には、純白に赤十字が刻まれた優美なる外套を着た黒髪の男がいた。
三白眼が鋭く、痩せ気味だが全体の造形は整っている少年。
彼は体の端から炎をちらつかせながら、高圧的に山城に問いかける。
その隣には聖女も佇んでいた。
「魔王も気になるが……後回しだ。山城。お前の目的は、女神様の不利益に繋がる。僕はそれを見過ごすわけにはいかない」
どう見ても転移者。
それも戦闘慣れしている。
「な……」
山城は思わず絶句した。運の巡り合わせが悪すぎる。流石に、この状況は厳しいというレベルではない。命を二つぐらい捨てる覚悟がいる。
「……諦めて謝るのなら、今ならまだ許してやる」
状況を見て士道が告げる。
「あァ? おいおい士道。ここまで来てそりゃないぜ。こいつには精一杯暴れまわってもらわねェと。なァ、おい?」
「……上等だ」
拓真の煽りに呼応するように、山城京夜は呟いた。転移者が三人――いや、聖女を含めるのなら四人。更には超級冒険者が一人。
この絶対的な状況の悪さの中で、なお。
山城は決して、握る拳を緩めたりはしない。
「――来いよ。全員、叩き潰してやる」
たとえ、どれだけの苦痛があったとしても。
山城は己の理想の為に戦い続ける。
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