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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第四章 穢れた理想を求めて

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第14話 「変動する戦場」

 "聖女"浅場優花は、王城の地下の一室に匿われていた。部屋の扉には二人。窓側に一人の兵士。

 『鑑定』によると、レベルは60前後。優花に戦士を見極める眼力は大してないが、そこそこの手練であるように思える。

 流石は王都。たかが警備の兵すらも精強だ。

 そう簡単に崩れるはずはない。


(それにしても……)


 窓の外から差し込む光はすでにない。

 時刻は夜。それでも王都に響く戦闘音は、途切れることなく鳴り続けている。


(やっぱり、山城の計画が機能してない……)


 優花は豪華なベッドの上に寝転がり、リラックスしているふりをしながら思考を回転させる。


 山城の計画では、民衆の蜂起の指導者である聖女は、王国の手によって処刑されるはずだった。

 だというのに優花は王国に保護されている。

 いくら勇者が兵士たちに安全を確保するように頼んだとはいえ、こんな待遇はおかしい。

 本来なら幽閉ぐらいはされているべきだ。


 蜂起は確かに起きていた。

 優花が先刻『儀式の間』に展開されている大規模結界に踏み込んだときの人々の怒号を見れば、それは疑いようがない。

 つまり首謀者が聖女『ということになっている』のは、王国には明らかなはずだ。

 だというのに何の手も打っていない。

 民衆の不満を溜めさせたままに。


 何かしら山城にとって、不測の事態が発生しているはずだ。

 それとも単純に魔王軍の相手に手間取り、聖女の小さな反乱を気にしている場合ではないのか。


(わたしは、どう動くべきなんだろう)


 考える。頭を回すのは苦手だが、山城の計画を成就させるわけにはいかない。それに魔王軍がただ人々を傷つけていくことも許容できない。

 結局、聖女などと大層な名前で呼ばれようと、優花には癒やすことしかできない。いくら人望があっても、それは山城に利用されるだけ。

 無力な自分に嫌気が差していた。

 それでもきっと、何もしないのは間違っている。


「怪我人……たくさんいるんでしょ?」


 優花はただ直立している兵士に声をかけた。

 彼は少し不安そうな目で視線を向けてくる。


(ここから出ていけるほどには、ちょっと信用されてないかな)


 兵士は少し警戒心を強めたのか、硬い声で言う。


「……そう、ですね」

「なら、この部屋に連れてきてください。わたしの力で、治します」


 その言葉に、兵は目を見開いた。

 周囲の二人に視線を飛ばして頷くと「ご協力感謝します」と述べ、ある程度の説明の後に、部屋から出ていく。

 上官に連絡でもするのだろう。

 部屋の扉が閉まり、兵士の姿が見えなくなる。


 その。

 次の瞬間。


「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 絶叫が炸裂した。

 二人の兵士が弾かれたように走り、扉を開く。

 その先に立っていたのは――白に赤十字の模様が刻まれたローブを身に纏う、痩せ型の男だ。

 目つきの悪さが影響しているのか、その視線は異様に鋭い。

 そして彼の下では、先ほどの兵が全身の火傷で転がり回っていた。

 二人の兵士はそのさまを見て、一歩退いた。ローブの男がその体から炎をちらつかせると、実力差を悟ったのか表情には恐怖の色が濃くなる。

 しかし。

 浅場優花は、そんなものには構わなかった。


「どいて!!」


 強い声音。

 兵士を押し退けると、驚いているローブの男に駆け寄り、その真下にいる焼け焦げた兵士に治癒をかける。淡い緑の光に包まれた兵士は、みるみるうちに火傷が元の状態に戻っていく。

 やがて彼は目を覚ました。

 しばらくぼんやりした後に、弾かれたようにローブの男から離れる。

 三人の兵士は戦闘態勢を取る。

 ローブの男は聖女が治癒魔法をかけているときは、なぜかずっと眺めていただけだったが――いったい何を考えているのか。


「……聖女だな」

「……その呼ばれ方、好きじゃないけどね」


 優花が緊張と共に言葉を吐き出す。返答と共にとある思考が頭を過ぎった。

 まさか兵士を火傷させたのは、自分に治癒能力があることを確認するためなのか――。

 戦慄していると、ローブの男は面倒臭そうに鼻を鳴らした。


「フン……僕は葉山集。貴様と同じ『真実の四使徒』だ。名前ぐらいは知っているだろう?」

「え――」

「――ついてこい。貴様が知っていることを洗いざらい吐いてもらう。それとも、抵抗するか?」


 葉山集の体の周りに炎が集う。

 あまりにも自然な魔法発動。

 戦いに洗練された立ち振る舞いを見るに、およそ優花が勝てる相手ではない。

 優花も転移者ではあるが、レベルは低い。戦闘系の固有スキルを持っているわけでもない。

 ここで無意味に死ぬよりは、集についていった方が、まだ先はあるはずだ。

 彼が敵だと決まっているわけでもない。

 兵士に攻撃を仕掛けたのは、優花が本当に聖女であることを確認するためだとするなら、話次第では、山城の計画を止めてくれるかもしれない。

 そう考え、優花はゆっくりと頷いた。


「チッ……炎を操る性質上、隠密行動は難しいな。そのうち兵が集まってくる。さっさと行くぞ」

「……わ、分かりました」




 ♢



 

 白崎大和は疾走していた。王城に向け、勇者としての能力を存分に活用して駆ける。 

 後方には姿は見えないが、『土精霊の恩恵』で地面に潜っている山城がついてきているはずだ。

 ――アイリスを連れたままに。


 どうにかしないといけない。だが、どうすればいいか分からない。思考が回転するほど、現状に対して結論が出せなくなっていく。

 山城はおそらく大和が手を出せば躊躇なくアイリスを殺すだろう。そこまで執着を持っているようには見えないからだ。

 せいぜい大和に道案内をさせるのに丁度いい。

 そんなところだろうか。

 手詰まり。

 このまま『儀式の間』に案内したところで、その時点で彼女を殺される可能性だって高い。

 彼女の『未来視』を知っていたとしたら、その危険はさらに高まる。

 そんなとき。


「見つけたぞ」


 低く、重い声音。

 無意識のうちに人々を従わせるような、強力な王の威圧が届いた。

 前方。夜の暗闇を従えて、翼を大きく広げた銀髪の青年が宙に君臨していた。

 悪魔。そして、この異質な魔力の気配。見たことはないが、間違いない。


 新魔王。

 ルシア・デビルジーク。


「なんで……!? こんなときに……!」


 大和が歯噛みすると、左右の路地から、さらに二人の悪魔が進み出てくる。

 サングラスをかけた派手な悪魔。その双子だ。

 ドム。そしてブレット。魔王軍の要注意人物としてよく名前が上がる、二人の上位悪魔である。

 大和は急激にピンチに陥ったことに冷や汗を垂らしていた。


(お、追い詰められてる……)


 山城はどうするつもりなのか。

 思わず後ろを一瞥するが、地面に反応はない。


「勇者ヤマト、だな」

「……そんな大層な称号、僕には似合わないけどね」

「いいや。お前こそが誰より勇者にふさわしいだろうさ。だから女神はこの国にお前を召喚した」

「……?」

「こっちの話だ。さて、分かっているかもしれないが、俺様は新魔王ルシア。お前を殺しに来た」

「……」

「悪いが、問答無用で行くぞ」


 そう言ってルシアは剣を抜いた。

 銀色に鈍く輝く刀身には、異質な気配が漂っている。おそらくは魔剣。大和は『光精霊の恩恵』により、そういった気配には異様に敏感だった。

 そして。

 二つ目の固有スキル。


「……『聖剣』よ。光を宿せ」


 光の勇者の本領が発揮される。

 夜闇が光に満たされた。



 ♢




 その瞬間。

 神谷士道は、大和の背後に降り立った。


 ひとまず王都の守護隊と魔王軍が激突している戦場に向かっていた士道たちは――突如として、目指していたその場所が黒く丸い球体に包まれたのを目撃した。

 それがグライブの『心象結界』であることは知る由もない。


 異常を見て危機感を高めていた士道に、先行して偵察に出していたレーナが合流。

 レーナは遠くから眺めていたので、ギリギリで結界の範囲から逃れられたらしい。

 彼女に魔王軍と守護隊のこれまでの戦闘の流れを説明してもらい、グライブに守護隊がまとめて閉じ込められたことを知る。

 これでは、王都の戦力はほとんど削られたも同然だった。もちろんグライブが結界内で存命である場合に限るが。

 あれだけの手練が大量にいるのだ。いくら上位悪魔とはいえ数分は持つまい。

 だが、その数分の合間に、結界から抜け出した新魔王が何をしようとしていたのか。

 それを探るためにレーナが魔王の匂いを追跡することにより、ここに辿り着いた。

 つまり、勇者を殺そうと迫る新魔王の姿を。


 だが今の士道にとって重要なのは、新魔王と戦おうとしている勇者の存在ではない。

 ミレーユが"支配領域"を広げたところ、地下に潜っていることを感知した山城京夜とアイリスだ。

 これは僥倖だった。

 これ以上は逃さない。

 ミレーユが気炎万条、言葉を放つ。


「もう逃さないのです……! 領域内に四重結界を展開しました。逃げ出そうとすれば、察知できますし、突破には時間がかかります」

「よくやった」


 士道は端的にミレーユをねぎらう。

 そうして、拓真に視線を向けた。

 金髪の大男は愉しそうに笑みを浮かべる。


「おおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 『闘気』を纏った拓真の圧倒的なまでの膂力が容易に地面を叩き割る。ミレーユの察知によって、山城がいる正確な位置を拳が粉砕。

 そのおかげか、山城は大人しく姿を見せた。

 気絶したアイリスを右腕に抱えている。


 同時に拓真の破壊を合図にして、勇者と魔王の激突も始まった。

 光り輝く剣と変幻自在に曲がる剣が振るわれ、恐ろしいまでの技量によって互いに受け流されていく。それだけなら互角。

 だが、その間隙を縫うように二人の上位悪魔が拳を叩き込んでいた。「ぐぅ……!」と大和が呻く。

 勇者側が劣勢。

 だが、大和は士道に視線をよこした。直後にアイリスも一瞥する。

 それが意味するところは、おそらく――自分はいいから、はやくアイリスを助け出せ。

 そういうことだと目が物語っている。

 初見は情けなさそうに見えたが、この勇者は強い男だと士道は思った。


 対して山城は何かを迷っているのか、動かない。

 そう思っていると――突然、アイリスの首を引き裂くようにナイフを振るった。

 方針を転換したのか。士道は思考を回す前に『瞬間移動』で咄嗟に割り込んだ。ナイフを素手で掴み取る。「なっ――」と、驚いて目を見開く山城の顔面に『雷撃』を叩き込んだ。

 先手必勝。この男の能力は厄介だ。

 できる限り素早く決着をつけたい。

 雷撃の痺れからか、焼き焦げて動きが止まった山城に対して地面を吹き飛ばす勢いで肉薄した拓真が、全力で拳を叩き込んだ。

 冗談のようにぐるぐると吹き飛んでいく山城にミレーユの魔法群が雨あられのように降り注ぐ。

 土埃や破片による煙が辺りを覆う。

 士道は素早く風魔法を発動して煙を払った。

 その先には――山城京夜が無傷で立っていた。


「……どういうからくりだ?」


 彼は苛ついたように舌打ちしながら、


「面倒くせぇな。言うと思うかよ?」

「流石。楽しませてくれるねぇ」


 士道は冷徹な声音で尋ね、拓真は賞賛する。

 後方の屋根の上で、士道たちを俯瞰するように位置取るミレーユは、沈黙して目を細めていた。

 レーナはいつでも士道たちをカバーできるように、鉤爪を構えている。


「だが、アイリスは取り返した」


 当初の目的は達成。

 士道はレーナにアイリスを預ける。


 そのさまを一瞥した大和がほっとしたように笑みを浮かべた。それも三者からの攻撃を神懸かり的な反応で捌きながら。

 その実力に戦慄しながらも、士道は山城に相対するため意識を集中した。





 ♢


 怪物は尋ねた。


「――選べ。俺と共に来るか。それとも今ここで死ぬか」


 怪物は答えた。


「条件がある」

「……条件だと?」

「ああ。ひとつは、無益な殺生はしないこと」


 ぴくりと、怪物は眉を動かす。


「もうひとつは、俺の捜し物を手伝え」

「……それだけか?」

「ああ」

「……いいだろう」


 そして、二人の怪物は手を組んだ。




 

 


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