第12話 「騒乱の王都」
逃亡してアイリスのもとに向かった山城を追うために、神谷士道は一ノ瀬拓真とミレーユ・マーシャルを引き連れ、隷属しているウルフェンの反応を追跡していた。
そしてウルフェンやリリス達のもとに辿り着く。
民家が立ち並び人気のない通り。
そこには――すでにリリスとウルフェンが数多の傷を負った状態で倒れていた。
当然、アイリスの姿はない。
「この一瞬で……!?」
士道は驚愕する。山城が消えてから士道がこの場所にやってくるまで、せいぜい数十秒しか経過していないはずだ。
戦闘が起きたはずだというのに、大きな音もしていなかった。
拓真が興味なさそうに言う。
「まあヤツのスキルの、土ん中からの奇襲ってのァ中々防ぎようがねェからなァ」
「リリスちゃん、大丈夫なのですか!?」
ミレーユがリリスに駆け寄る。士道も慌てたように近づいた。幸い、気絶しているだけらしい。大した傷を負っているわけでもない。ウルフェンも同様だ。
なら、どうやってリリスを倒した?
「……さてな。奴の固有スキルは四つあるはずだ。オレが把握してんのは『土精霊の恩恵』に『操作人形』だけだがなァ」
険しい表情をする士道に、拓真が今更のように重要な情報を告げる。気に食わないが、今はこの男を敵に回している場合ではない。
「すべてが転移者を殺して手に入れたもんだぜ。やァだねェ。流石のオレも自発的に殺しはやんねェけど、ヤツは覚悟決まってっからな」
転移者殺しによる固有スキルの奪取。士道が大友に対して行ったものだ。やりたくてやったわけではない。だが、同郷の人間を殺したことに、何ら変わりはない。
「……覚悟、か」
士道はポツリと呟く。表情に影が差すのを見咎め、拓真が眉をひそめるが、
「……いいや、何でもない。それにしても、つくづく厄介な野郎だ。リリス達に止めを刺さなかった理由は何だ?」
「ヤツは理由さえあればいくらでも人を殺すが、そうじゃねェ場面では人殺しは避ける。まあヤツのルールの基準がどこにあるかは知らねェがよ」
「……」
士道は沈黙する。そして思考を回す。山城はアイリスを連れて逃げた。ならば、それを探す手段はないのか。この広大な王都で虱潰しに探すのはまず不可能。そもそも、自在に地面に潜れる能力を持つ山城を相手にそんな手段は通用しない。
「拓真。探す手段に心当たりは?」
「ねェな。オレの固有スキルは『闘気』のひとつだけ。魔法だって全く知らねェ」
「その『闘気』ってのはどういう能力だ?」
「教えねェと言いてぇところだが、オレに勝った分の貸しがあったな。ま、大したもんじゃねェぞ。肉体を強化して、自然治癒力を引き上げる気を体に纏ってるだけだ。魔力による身体強化に比べりゃ遥かに上だがな」
だいたい予想通り。
何とも拓真らしい力である。
この男は昔から喧嘩ばかりしていた。特に怒っていたりするわけでもなく、その行為自体を楽しんでいる節があった。異世界に来て、日常では抑えられていたその面が押し出されたのだろう。
ともあれ。
ひとまずはアイリスを探し出さなければならない。正直なところ大した義理はないが、殺されそうになっている者を放ってはおけない。
「とはいえ、殺すはずだったのに連れ去っていった理由が分からないが……」
この点については考えても仕方がない。
士道はちらりと、先ほどから鳴り響いている轟音の方に目を向けた。
「この戦闘音は新魔王の連中か」
「悪魔と守護隊が衝突してんだろうな。王城の付近……貴族街の方だな」
「このままぼうっとしていても何も変わらない。向かってみるか。何にしても情報が欲しい」
士道は轟音の方に向かって、大地を蹴る。
情報収集を命じたレーナも、おそらくはそちらの方にいるはずだ。
「ミレーユ。リリスとウルフェンを安全なところに頼む!」
「了解なのです! 安全を確認したら、そっちに向かいます」
淡い水色の髪の少女が頷くのを一瞥すると、士道は黒の魔導服をはためかせ、更に加速していく。
拓真は苦もなく並走してきた。流石は肉体能力特化の固有スキル持ちである。
もし完全な味方であるなら、これほど頼もしい者はいなかったのだが。
士道はため息をつくと、意識を切り替える。
「とりあえずの敵は山城。奴の手からアイリスと浅場優花を助け出す」
「おォよ」
「……お前の思惑通りで気に食わないが、どのみちリリス達に手を出した時点で、奴を逃してやるつもりはない」
嗤う拓真を睨みつけながら、士道は冷徹な声音で呟いた。
――奇術師は舞台に上がり、しかしまだ本来の役目を忘れて翻弄されていた。
♢
「……ほう」
新魔王ルシア・デビルジークは、愉悦に顔を歪めた。眼前で荒い息を吐きながら剣を構えている騎士団長サイラスは、訝しげに目を細める。
彼の体は血みどろだった。まだ倒れていない理由は、騎士の誇りか。王国を護るという意志か。
ルシアにはそうまでして戦う理由までは分からない。想像することしかできない。
だが、良い意志だと、そう思っていた。
ともあれ。
ルシアが顔を歪めた理由は単純。この奇襲のそもそもの目的であるミラ王国の勇者の所在を霧崎翔が掴んだからだ。
そうなれば、もうこの戦いに意味はない。
現状、上位悪魔と騎士連中の戦いはかなりこちらが優勢ではあるが、それも魔力が切れるまでの話。被害を最小限にするには、撤退するしかない。そして、撤退するための布石はすでに打っておいた。
「グライブ」
ルシアが小さく声をかけると、彼の腹心であるグライブ・セラキオスが上空で指を鳴らした。それは異様にも戦場の奥深くまで響き、自然とグライブに注目が集まる。その違和感に誰も気づかない。
「勇敢な騎士や魔術師の諸君」
低く重たい声音。グライブは長い白ひげを触りながら、自身に視線が集まっているのを確認している。ルシアも下手には動かない。それは、グライブの邪魔になるからだ。
天性の奇術師は肩をすくめながら、
「貴様らの意志を評価して、ワシの『世界』に招待してあげよう。ホホッ!!」
直後。
グライブを中心に世界が歪んだ。
固有スキル『心象結界』の形成。『歪み』が周囲を覆っていく。波のある海面に映っているかのように、眼前の世界は揺らいでいる。
それを確認したルシアは上位悪魔たちを引き連れ、歪んだ世界――その異様な結界から離脱した。
「相変わらず、時間稼ぎにはもってこいの技だな」
ルシアは信頼する腹心に対して苦笑を浮かべると、翔の報告にあった勇者の居場所へと駆けた。
♢
「……女神が、転生者?」
草薙竜吾は理解できないという風に反芻した。
「……意味がわからねぇ、が、仮にそうだとして、なんでお前がそれを知ってる?」
そう尋ねると、眼前の得体の知れない怪物は微かに笑みを浮かべた。それは複雑な感情をないまぜにしたもので、真意を窺うことはできない。
「……迷宮『奈落』。オレはそこに落ちた。勇者の一人として、そのスタートを強制された」
「そいつは聞いてる。"灰の勇者"。悲劇の存在。お前の風貌も、その理不尽に襲われた結果か」
隻腕隻眼に傷だらけの新城蓮は、配慮のない草薙のセリフに対して素直に頷きを返した。
「……『奈落』は底の見えない大穴だ。どこまで続いているのかと、転移直後に落ちている最中は考えたが……何のことはない。単純だ。『奈落』の最奥は『世界の中心』に通じていた」
「世界の、中心……」
新城は真っ直ぐな視線で草薙を捉えながら、
「……この世界は、魔力で構成されている。その証明が、『世界の中心』にあった魔力の大海だ。あそこには、無限の魔力が湧いていた」
「……それが? お前が女神のことを知ってるっていう何の証明になる?」
「……いたんだよ。無限の魔力の大海に」
新城は言葉を区切ると、
「――『魔神』。魔王軍の悲願。ゲルマが、オレに世界のすべてを教えてくれた」
と、形容し難い表情で、そう言った。
♢
白崎大和はアイリスを探していた。
街中を必死に駆け回る。
普段は活気ある人々が最も賑わいを見せている時間帯。夕方と夜の境目。ゆっくりと薄暗さが増す世界を、大和は『光精霊の恩恵』で周囲を平等に照らしながら隅々まで探索していく。
「……誰かな?」
ふと、大和は足を止めて問いかけた。声音にいつものような優しさはない。そんな余裕は持っていない。アイリスが危険に晒されているというのに、大和が平常心でいられるはずがなかった。
足を止めた理由は気配。それも剣呑な殺気を堂々と突き付けてきた者がいる。
大和は剣を抜いて振り返った。
その男の足音はなかった。というより、正確には地面を歩いてすらいなかった。サーフィンでもするかのように、地面を滑って移動していた。
「山城京夜。まあ名前言ったって知らねえだろうが、こっちの要求だけ伝えとく」
黒髪をオールバックにした長身の男は足を止めると、山城と名乗り、横柄な態度で告げた。
(こんなときに、転移者……?)
大和は眉をひそめながらも、無視してアイリスを探す作業を続けようとしたのだが、
「アイリス……!?」
大和は驚愕に凍りついた。地面の中からズルリと、気を失ったアイリスが姿を見せたからだ。おそらくは固有スキルか。その白く細い首を掴む山城は、シミ一つない喉元にナイフを突きつけると、
「状況は理解したか?」
「……彼女を離してよ」
「ああ。お前が要求を呑んだらな」
焦燥感に押し流されそうだった。今すぐに飛び出して、彼女を奪い去りたい。だが、アイリスを危険に晒す選択はできない。
何が勇者だ。大和は悔しさに唇を噛み締めた。
不安そうに、問いかける。
「……どうすればいいの?」
「簡単だ。王城の『儀式の間』まで案内しろ。それだけで彼女は解放する。別に殺したいわけじゃないんだ。勘違いするな」
山城は好き勝手に告げる。その態度に苛立ちを覚えながらも、大和は素直に要求に従い、ついてくるように示す。
こんな男を王城の深くまで侵入されてしまうことはご法度だろうが、アイリスの命が懸かっているのだ。王国も許してくれるはずである。
「オレたちは地面の中にいる。ちゃんとついていくからその点の心配はするな」
山城はそう言って、アイリスを脇に抱えて地面の中に潜った。
大和は違和感を覚えたが、具体的に何なのかは分からず、そのまま王城に向けて駆け出した。
本当に山城がアイリスを解放するのかは知らないが、この状況では隙を見て奪い返すこともできないのだ。これでは奴の良識に賭けるしかない。
「いいか? 仮に新魔王に遭遇しても相手をするな。とにかく案内することだけを意識しろ。魔王軍に王城まで侵入されようが、オレの知ったことじゃないからな」
山城は念押しするように、そう言った。
♢
黄昏色の空はやがて漆黒に染め上げられ、点々と小さな星が煌めきを灯した。雲ひとつない空を満月が静かに照らし、動く者の影を顕にする。
日が、暮れる。
騒乱の王都に、夜が訪れた。
お待たせしました。大学が始まったばかりで忙しかったのですが、段々と落ち着いてきました。そろそろ更新ペースを取り戻していきたいところです。これからもよろしくお願い致します。




