第11話 「世界の秘密」
悠然と王が歩む。
貴族街の王城へと繋がる大通り。その広い道の中央を我が物顔に闊歩し、脇には何体もの上位悪魔を控えさせているのは、若々しい青年である。
"新魔王"ルシア・デビルジーク。
百年前の戦争――第一次魔王戦役において、猛威を振るった魔王軍の『三大魔王』。
"不死魔王"リーファ・ラルート。
"災厄之龍魔王"ウォルフ・バーゼルト。
"霊魔王"マルフィス・ジーク。
『人間連合』を大いに苦しめたこの圧倒的な猛者たちが消えると、めらめらと燃え上がっていた戦争の火は、まるで薪がなくなってしまったかのように、あまりにも急速に終結していった。
不死魔王は、ミラ王国に召喚された初代勇者との死闘の末に、"水天の輪"に封印された。
その魔道具は勇者の意向により情報が秘匿されていて、海上都市アクアーリアで不死魔王の復活が確認されるまで居場所は不明だった。
災厄之龍魔王は、英雄クサナギと何度も衝突した末に、誰も知らない孤島で姿を消した――そう思われていたが、実際には精霊王フィアの協力により組み上げられた儀式用の神殿に封印されたようだ。
後に、"災厄の島"と呼ばれた場所である。
霊魔王は、初代勇者と英雄クサナギそして彼らが率いる『人間連合』の精鋭達によって、その身に宿っていた膨大な魔力を削り切り、死にものぐるいの総力戦の果てに討伐を成功させた。
第一次魔王戦役はここで終結した。
人間側の勝利という形で。
百年の時が過ぎ、現在。
かつて魔王軍を率いた不死魔王の復活が確認された後、龍魔王の器を奪い取った禁忌の存在が一部に名を知られることになった。
そして討伐された霊魔王マルフィスの後釜を名乗るように、新しく魔王に君臨する悪魔が登場した。
人々は悪夢の再来だと嘆いた。
かつての災いの再来。
五人の勇者の光臨と魔王復活はその異変の前触れだと、人々は不安を覚え、恐怖に怯えていた。
だから。
その恐怖に応える者がいた。
"新魔王"。
第二次魔王戦役の宣戦を告げた者。
突然の開戦。急ぎで再興された魔王軍に対して人間側の対策は万全だ。多くの犠牲から学び、この百年で力を蓄えている。そんな勝ちの目の薄い状況で、なお新魔王は畏れずに襲撃をしかけ続ける。
『人間連合』の四大国――その一角であるレーノ共和国と、再興された悪魔の楽園――新生サタン王国の間で繰り広げられる戦線は拡大しつつある。
共和国の勇者の活躍により魔王軍の侵攻は阻まれているが、実際のところはギリギリもいいところだ。この百年でひたすら練度を高めていた人間側だが、悪魔側も何もしてこなかったわけではない。
その証明だった。
だが、人間の本当の脅威は連携でもある。
不死魔王が潜伏していると云われていて異様な緊張感が漂っているヴァリス帝国を除き、人間連合の各国は魔王軍を迎え撃つレーノ共和国に強力な援軍を向かわせている。
しかし、新魔王自らが少数の精鋭を率いてミラ王国に急襲をかけていると、誰が予想しただろうか。
「もう、戦争は始まっているんだ。この意味が分かるか? ……どうやら予知に類する技法で俺様らの奇襲の情報は掴んだようだが、その前提を踏まえた上でこんなところまで侵入されているのは率直に言って、ただの間抜けだな」
決して大きな声ではない。しかし、聞く者の耳の奥へと響く太い声音だった。
足を進めるルシアの前に立ち塞がる兵隊が、その威圧に気圧されたように息を呑む。
だが最前線に佇み、巌のように不動だにせず、石畳に剣を突き立てているその男だけは、何の動揺も見せることはなかった。
「サイラス・クロージャー。ミラ王国騎士団長。そして、お前を討つ者の名だ。覚えておけ」
ルシアの嘲笑に対して何の反応も返さずに、サイラスはそう告げた。
「強いな」
ルシアは端的に言った。眼前に佇むサイラスの強さを率直に認める。その上で、
「だが、俺様には届かんよ。大人しく降参しておいた方が身のためだと思うがな」
「その言葉に、素直に従うとでも?」
「思ってはいないが、俺様は慈悲深いからな。チャンスをくれてやったんだよ」
そして、と。
ルシアはその身に秘める濃密な魔力を体にまとわせながら、
「貴様はそれを無駄にした。ならばこれ以上の問答に価値はない。真正面から潰させてもらうぞ」
己の周囲を囲む何千もの敵兵の前で。
なお悠然とした態度で宣言した。
ごくり、と息を呑む音が聞こえた。思わず後退る足音が聞こえた。
「――畏れるな」
サイラスは切り捨てる。魔王の威圧をものともせず、銀に輝く直剣を中段に構え、待ち構える。
それを見て、ルシアはさらに笑みを深めた。
「行くぞ」
直後。
ゴッ!! という爆音が炸裂した。余波で発生した突風が周囲を平等に叩き伏せる。
ルシアの魔剣とサイラスの直剣が、共に鋭い軌道を描いて衝突した音だった。
「まだだぞ」
ルシアの囁き。鍔迫り合いの形になっていたルシアの魔剣は、唐突にぐにょりと曲がり、先端が蛇のようにサイラスの顔面に襲いかかった。
「っ……!」
サイラスは目を見開く。が、最小限の動作で身を屈め、自由自在に動き回る剣を躱していく。
しかし、それはルシアに対する隙だ。ルシアは体を思い切り振り回し、蹴りを繰り出した。
剣の軌道に気を取られていたサイラスは脇腹に直撃をくらい、撃ち出された砲弾のようにルシアの右手へ吹き飛んでいく。
貴族の豪邸を突き破り、倒壊させ、ようやくサイラスの勢いは止まった。恐ろしい威力。だが、ルシアはこの程度では終わらないとわかっていた。
サイラスもまたレベルオーバーの一角だ。
現に、サイラスは表情ひとつ変えずに、瓦礫の中から悠々と姿を見せる。
世界の頂点。そのレベルの猛者共の戦い。
「ホッホッホ。そろそろワシの出番かな?」
魔王と騎士長の一騎打ちに気を取られ、固唾を呑んで見守っていた面々だが、グライブがその空気を切り裂くように告げると、敵兵も上位悪魔も戦闘時の緊張を取り戻した。
「舐めんなよ、クソ悪魔共が」
そこで、姿を見せたのは紅蓮の魔術師。燃えるような赤の長髪に同色のローブを纏う妙齢の女性だ。
マリアン・ドルストイ。
ミラ王国の宮廷魔術師筆頭。
彼女は何の躊躇もなく、守るべき貴族街を破壊し尽くすかのように全力で魔法を叩きつける。
「"火竜砲"――ッ!!」
炎の竜が咆哮を上げてルシアやグライブの元に接近してくる。
対してルシアが視線で命じると、上位悪魔のドムが前に出て、その魔法に拳を叩きつけた。普通なら拳ごと体が燃え、灰になるに決まっている。
しかし。
ありえないことに、ただの拳で衝撃音を発生させ、強引に"火竜砲"の軌道を曲げた。
まるで無関係な地面に炸裂し、圧倒的な炎が石畳を蹂躙していく。
その攻防で堰を切ったかのように、上位悪魔と守護兵が衝突していく。
そして、それは。
すべてルシアの思惑通りだった。
「『心象結界』――」
グライブ・セラキオスが、静かに言葉を発する。
誰も気づかない。
水面下で、変わりつつあるものを。
♢
白崎大和は、魔王軍と守護隊が衝突している大通りから少し外れた裏道を駆けていた。
王城へ向かう際の最短ルート。
元々、城下町をアイリスに連れ回されたときに覚えた道なのだが。
聖女は何も言わずに大和についてくる。隠し切れない不安が顔に滲み出ていた。
「……よし。誰も気づいてないかな」
大和はそのまま聖女と共に王城の内部へと入っていく。正門は戦闘の方に向かわなければならないので、西門近くの抜け道からこっそりと侵入した。
複雑に曲がりくねる廊下を走り、階段を通って地下へと降りていく。
目指すは"儀式の間"だ。アイリスの命令通りに大和は懸命に駆ける。なぜなら、はやくアイリスのもとに行きたいからだ。彼女をいつまでもひとりにさせておくのは不安すぎる。
「勇者様!?」
警護の兵が驚きの声を上げる。
大和は簡潔に事情を説明し、"儀式の間"に展開されている結界の内部へと入った。
広大な『白い空間』である。
転移直前のイリアスが創り上げた場所を彷彿とさせる場所だ。
そこには恐ろしい数の人々が座っている。魔王侵入の報を聞き、恐怖に慄いているようだった。
「勇者様だ……」
「おお……」
「……我々の希望だ」
大和が姿を見せたことにより、どんよりと暗い雰囲気を醸し出していた人々は目に光を宿す。大和は重圧を感じながらも、軽く笑みを見せた。
だが、大和に続いて聖女が姿を見せたとき、人々の反応は顕著だった。
「――っ!!!!」
怒号。罵声の数々。聖女は無償で人々を救ってきた救世主だったはずだ。いったいなぜ人々は聖女に対して怒っているのか。何が起きたのかまるで分からない。大和が呆然としていると、そのさまを見かねて近寄ってきた衛兵が耳元で囁いた。
「聖女の信奉者が、先ほど一斉に蜂起したんですよ。この場所で」
「蜂起だって……?」
「ええ。待ち構えていた騎士がすべて取り押さえました。今は地下牢獄にまとめて放り込んでます」
「つまり、この騒ぎは……」
「……無償で人々を救ってきたと考えられていた聖女でしたが、この騒ぎのせいで計画的な犯行だと思われて信用が地の底に落ち、蜂起のせいで危険に晒された人々は怒りに満ちているわけです」
鎮痛な面持ちで衛兵は語る。
聖女の近くに大和という勇者がいるから人々は静観しているものの、彼女一人だったらとうに袋叩きにされていそうな雰囲気だった。
聖女は全てを知っているのか、ただ暗い表情のまま、放たれる罵声を受け止めていた。
「よく、そんな簡単に蜂起を収められたね」
「……すべてアイリス様の読み通りでしたからね」
「なんだって……?」
大和が眉をひそめる。
確かにアイリスには『未来視』という予知スキルがある。それを考慮すれば、別段不思議なことではないだろう。
だが、なぜ大和に伝えなかったのか。
大和はこれでも光の勇者。かなりの権威と地位、そして力を保有している。この衛兵が知っているような情報をなぜ大和が知らされていないのか。
疑問が残る。そういう視線を衛兵に向けると、彼も大して知らないのか首を傾げながら、
「作戦が始まるまで勇者様には知らせないように、とのことでしたから……。なんでも、見えた未来の先を変えないために、必要なのと言っていました」
見えた未来の先を変えないため。
アイリスが『未来視』で見た未来は覆ることはない。だが、その先はまるで分からない。しかしアイリスはこれまでの経験から、ある程度その先の未来も予測することができる。具体的には何本かのルートに、未来に分岐するのだとか。
彼女がそのように語っていたのを大和は聞いたことがある。
それを察するに今回は未来を分岐する鍵が、大和だということなのだろうか。
分からない。が、分からないなりに行動するしかないのだろう。
「聖女はどうするのかな……?」
「こちらの方で確保しておきます」
「……あの怒り狂った民衆の中に、放り出すなんてことはないよね?」
「勿論です。そもそもこの蜂起は、彼女のせいではありませんからね」
衛兵は大和に詳しく説明する。その内容は聖女一派と、主に山城京夜についてだ。アイリスに黙っていろと言われた内容のはずだが、ここまで来ると隠すのを諦めたのだろう。
聖女はひたすら黙っていた。
否定も肯定もしなかった。
「……アイリスのところに行かなきゃ」
彼女が何を考えているのかは不明だが、王女にして予知スキルを保有している彼女が、依然として危険なことに変わりはない。
大和は衛兵に、聖女を安全なところに確保しておくことを約束させると、勢い良く王城を飛び出す。
場所なんて見当もつかないけれど。
それでも、大好きな少女を守りたいから。
♢
王城を飛び出す大和と擦れ違うように、静かに侵入する影があった。
「抜け道、ね。敵にとって都合が良い場所だ」
『霊体化』を行使して、自らの姿を消していた霧崎翔である。魔力消費を抑えるためにスキルを解除しながらも、足音ひとつ立てずに密かに王城に潜入していく。
そして同時に、
『勇者の居場所を特定しました。魔王様のすぐ左の通り。かなりの速度で走ってます』
通信魔道具に向けて、決定的な一言を告げた。
♢
最初に動いたのは、一ノ瀬拓真だった。ただ、その拳を思い切り地面に叩きつける。
士道は様子をうかがいながら衝撃に備えた。
ズシン……! と地響きが轟き、対面する山城京夜の態勢が僅かに崩れる。
「行くぜオラァッ!!」
拓真はそこへ獣のように飛びかかっていく。右拳を硬く握りしめ、体を捻って振り回す。
山城は仰け反るようにして回避すると、そのまま地面に倒れ込み――土の中に潜った。
固有スキルだろう。
確か『土精霊の恩恵』と拓真が言っていたか。
おそらく葉山集の『火精霊の恩恵』と同系統のスキルのはずだ。彼は火そのものを体に変えることすら可能にしていた。
だから山城が土と同化することができるのも、そこまで違和感はない。
『隙だらけだぜ?』
地面の中から、声が聞こえる。
(マズいな……どこから出てくるのか、まるで見当もつかない……!?)
士道が冷や汗を流す中、拓真は「オラァ!!」という掛け声と共に地面に拳を叩き込んだ。
再び地震が巻き起こる。ただでさえいろいろな場所で戦闘が繰り広げられているのか轟音が連続しているのに、これでは倒壊する建造物すら現れるのではないだろうか。
住民がすべて避難しているのなら、士道の関知するところではないか――そんなことを考えながらも、神経は研ぎ澄ましたままだ。
異様な緊張感が場を支配する。
「……来るか」
山城はいまだに出てこない。
土の中で様子をうかがっているのか。
「……しまった」
ミレーユが呟く。"支配領域"で何かを察知したのだろうか。彼女は焦ったように士道に告げた。
「あの男、悠々と"隙だらけだぜ?"なんて言っておきながら、私らを無視して王女様のところに向かってるのです!」
「何だと……!?」
「はははははは!! 相変わらず抜け目のねェ野郎だな!? ――追うぜ、士道!」
「チィ……!」
向こうにはリリスとウルフェンもいる。士道たちが追いつく程度の時間は稼げるだろう。
隷属させているウルフェンの居場所ならいつでも知覚することができる。
士道は二人を先導して、路地裏を駆けた。
♢
「四神降臨――ゲンブ」
その言葉の直後、場の空気が変質した。
草薙は眉をひそめる。――四神だと? 中国の神と呼ばれていた四体の霊獣? と、疑念が渦を巻くが、今はそれを考察している暇はない。
そもそも、この異世界は元々、妙に元世界との共通点が多かった。今更なことだろう。
これまでの召喚時とは異なり、凄まじく強烈な光の帯が何本も絡まり、収束していく。
そして姿を現したのは、異様な図体を誇る深緑の甲羅を持つ亀に、二体の蛇が絡まっているような形状をした魔物だった。
「……不思議に思うか?」
新城蓮は草薙の動向を警戒しながらも、掠れきった声音で尋ねた。
「中国神話の霊獣、か。不思議と言えばまあそうだが、そもそもゴブリンだのオークだの、エルフに獣人、昔のヨーロッパみてえなファンタジー世界。まるでゲームだ。――地球にあった神話を問題にするなら、そのあたりの前提から覆さなきゃならなくなるな」
「……この世界は女神が創ったから、な」
含みのありそうな口調で、新城はそう言う。
「何が言いてえ?」
「……テメェほどの実力者でも、何にも知らねえわけか。なるほどな。面倒臭ぇ」
草薙には何も分からない。確かに草薙はこの世界は二度目だが、一度目はひたすら戦いに明け暮れていた。そうせざるを得ない世界情勢だった。
だから世界の秘密についてなど、改めて問われると何も知らないことに気づく。
「……さっきも言ったな。この世界の創造者は女神だ、と」
「それがどうした?」
「……"まるでゲームだ"――テメェはさっき、そう言ったな? その時点で疑念はすでに生じているはずなんだがな」
新城は吐き捨てるように言いながら、
「……この世界の創造者――女神ミラは転生者だ」
核心を告げる。
「……かつて、あの女は日本人だった。だから、こんな世界を創造したのさ」




