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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第四章 穢れた理想を求めて

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第10話 「最強の転移者」

 神谷士道は困惑していた。

 眼前で息を切らして膝に手をついているのは、ミラ王国の第三王女――アイリス・ミラーリンだ。

 拓真は面白くなりそうな事態に遭遇して、ニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべている。


「……見つ、けた」

 

 『鑑定』によって彼女の正体を掴んだわけだが、固有スキルにある『未来視』が気になる。初めて見る予知系スキルだ。

 かなり有用であるように思える。

 だが、そんなことより、いったいどうして王女がこんな場所をうろついているのか。


 レーナやリリス、ミレーユは拓真との会話には口を挟まずに様子を窺っていたが、アイリスの登場には動揺を隠せずにいる。異世界の人間である士道よりも、彼女達の方が王女の権威というものをよく分かっているのだろう。

 士道は言葉を選んで、問いかけた。


「……どうして、俺達を探していたんだ?」


 念のため、士道はいつでも戦えるように身構えておく。

 アイリスから大した脅威は感じ取れないが、警戒するに越したことはないだろう。すると、アイリスの真っ直ぐな瞳が士道を捉えた。


「……お願いがあるんだ」


 かなりの緊急事態だというのに、こんなところまで王女という身分の者が、たった一人でやってきて、そのうえ街中で戦闘を巻き起こした二人に接触してくる。

 馬鹿だとしか思えない。だが、確固たる知性を宿す眼光には、危険を覚悟する色があった。

 本当に何を考えているのか。

 士道には分からない。だが、予知系のスキルを持っていることを考慮に入れると、ただ馬鹿だと切り捨てることも愚かなことだろう。


「お前は――」


 士道が一歩踏み出す。

 アイリスに詳しい話を聞こうとする。

 だが、


「よぉ」


 遮る声。低く、野太い。男のものだ。その声の発生源に、咄嗟に士道は目を向ける。

 路地裏。狭く、薄暗く、どこか湿っぽい、士道が今いる場所の近くの曲がり角付近に、その男はいつの間にか現出していた。壁に寄りかかり、面倒臭そうにポケットに手を突っ込んでいる。

 全体的に、ギザギザとした印象の青年だった。

 オールバックの黒髪。凛とした顔立ち。蛇のように鋭く細められた瞳。長身に金色のファーがついたコートを着込み、長い脚には傷入りのジーンズを履いている。自信に満ち溢れた佇まいには、確かな力量を感じさせる。


「……山城京夜だ」


 拓真が、士道に囁く。おそらくそうだろうと予測はしていた。これだけの実力者が、そんなにたくさんいてたまるか――そんなことを考えながら、士道は冷や汗をかいていた。


「……『未来視』。お前が予知持ちだな。拓真、テメェは何やってんだ? ちゃんと役割を果たせよ」


 大仰にため息をついて、山城は言う。荒っぽい調子だ。微かな苛立ちが言葉に乗っている。

 拓真は肩をすくめながら、


「……『土精霊の恩恵』でこの地面に立ってる人間をすべて把握した上で、片っ端から『鑑定』のローラー作戦。アンタのお得意の索敵技だな。まァ、なんで王女を探してたのかは知らねェが。探すなら聖女だと思ってたしな」

「この女のせいで、かなり計画が狂ってんだよ。まあ特に恨むつもりはないがな。ただ、始末はさせてもらうぜ」

「……させると思うのか?」


 士道は口を挟んだ。事情は大して把握していないが、眼前に佇む少女が殺されそうになっていることだけは理解できる。ならば、それを黙って見過ごすわけにはいかない。

 アイリスは山城の登場で、ひどく驚いたように目を見開いていた。

 予知持ちの反応だと考えると、これは予想外の事態なのだろうか。

 とりあえず考察している余裕はなさそうだ。

 士道は剣を抜いた。

 こんな狭い場所で戦うのかと士道が思案していると、山城は薄く笑みを浮かべた。


「何だ。やるのか? ……あっさりとオレの『病魔』に引っかかったハズレ術師が。拍子抜けして、思わず見逃しちまったぞ」


 嘲るような言葉。

 士道がミラ王国に入国したあたりで、『病魔』に罹ったことを言っているのだろう。あのときは人為的なものだという考えはまるでなかった。

 士道が間抜けだったのである。

 ただの事実なので、言葉を素直に受け止めた。流石にそんな安い挑発に乗る馬鹿はいない。そして同時に、拓真の言葉が事実であることを確認する。

 あれが呪術師の手口。

 中々に見破りにくいスキルだが、術者本人が前線に立つような天職ではなさそうだ。

 そして。


「……」


 無言のままに、レーナ達の殺気が高まる。士道が手で制していなければ、すぐにでも襲いかかってしまいそうだ。

 仲間が死にそうになって、その直接の原因に侮辱されたのだ。当然の反応ではある。

 

 一方、拓真はもう回復したらしい。

 悠々と立ち上がって、両者の様子をうかがっている。――流石におかしい。いくらなんでも回復が早すぎる。あれだけの火傷を負わせていたのに、すでに拓真の肉体にはほとんどの傷が消えていた。確実に奴の固有スキルの効果だろう。もう少し時間があれば聞き出せたのだが。


「拓真。お前はどっちにつくつもりだよ?」

「やだなァ。オレがアンタを裏切るとでも?」

「薄ら寒いセリフだな。最初からお前を信用したことなんかねえよ」

「そりゃそうだ。違いねェ! ハッハッハ!」


 アイリスは状況に流されるがままだ。目を白黒させている。彼女の知っていることを聞き出したいところではあるが、どうするか。


 近づいてきたミレーユが、士道に耳元で囁く。


「……助けるのですよね? この場所では戦いにくい。一旦ここから離脱します?」

「……そう、だな」


 士道は指先を動かす。それだけで察したウルフェンが、アイリスの足を刈って背中に乗せた。

 「ひゃぁ!」という悲鳴に構わず、アイリスを乗せたウルフェンは士道の真横を駆け抜け、山城とは反対方向に逃げ出していく。


「リリス。ついててやってくれ」

「う、うん!」

「レーナ。ここから離脱して王都を探れ。この状況についてもっと情報が欲しい。次に落ち合う場所は――ここだ」


 士道が地図の一部を指差すと、レーナは一瞬の逡巡を見せた後に頷きながら、


「大丈夫、なんですよね?」

「……心配するな」 

「分かり、ました。信じますよ」


 俊敏な獣人の肉体を活かし、左右の壁を交互に蹴り上がって屋根の上へ。

 士道はそれを確認した後に、


「ミレーユ」

「……了解なのです。やりますか」


 淡い水色の髪の少女は、その身に宿る莫大な魔力を薄く外界へ広げていく。

 "支配領域"。世界最巧の魔術師が生み出した超高難易度の術式。もはや固有魔法と呼べるほどに完成されている魔法の極意が展開されていく。

 対して。


「来いよ」


 山城はあくまで自然体だ。士道に拓真。そしてミレーユ。これだけの強者を前にしても、まだ己の方が上だと悠然とした態度で示すように。


 そして。

 拓真は心の底から愉しそうに笑っていた。


「はははははははははははははは!! いいねェ!! 最高じゃねェかよ!! 楽しい展開になってきたなオイ!!」


 この男も、決して信用はできない。

 土壇場で裏切る可能性もかなり大きい。

 常に慎重な立ち回りが必要になる。


「……仕方ないか」


 士道はゆっくりと息を吐く。

 意識を切り替え、集中力を研ぎ澄ませる。

 そして、戦闘が始まる。



 ♢




「なに、通りすがりの元英雄だ」


 新城蓮は返答をしなかった。何より、そのふざけた言葉の内容に対してあまり興味が湧かない。それよりも注目したのは外見の特徴だ。

 黒髪黒目。ボサボサで寝癖のついた髪に冴えない顔立ち。地味な旅人風の服装に、無骨な剣を腰に凪いている。

 要するに、間違いなく転移者。

 ならば捕獲しておけば損はない。新城の思考は一瞬でそこまで回り、迷いすらなく使役する魔物に指示を下した。

 黒狼が動く。上位の冒険者であろうと群れていると苦戦を強いられるその魔物が、明確な統率のもとに青年へと殺到していく。

 だが。


「……あ?」


 すべて斬り裂かれた。

 新城の目にすら捉えきれないほど圧倒的な剣速が唸りを上げて、彼に肉薄していた黒狼は綺麗な断面を見せて地面に倒れ込んだ。

 断末魔の叫びすらない。それほどまでに実力差の開いた戦いだった。新城の目が細まる。

 あの迷宮『奈落』を出てから初めて、新城の危機感が警鐘を鳴らした。

 そして新城は決して傲慢な人間ではない。己より常に強い相手と戦い続けてきた彼は、誰よりも危機への対処能力に長けていた。

 ゆえに油断などあるはずがなかった。だが、それでも青年は新城の予想の上をいく。

 眼前。

 数センチ。

 すでに剣が迫っていた。


「……っ!!」


 ガギィ!! という凄まじい音が炸裂する。

 新城を守護する役割として召喚したガーゴイルが、ギリギリで草薙の剣を防いでいた。

 新城に動揺はない。この程度の命の危険はいくらでもあった。呼吸は正常。思考もよく回る。

 この男の捕獲は難しい。元英雄と名乗ったのは冗談ではないのかもしれない。

 いずれにせよ、捕獲から殺害に切り替えるべき敵だ。だが、そこで新城は気づく。


「……チッ」

「あの野郎、可愛げがねえな。礼ぐらい言ったっていいだろうに」

 

 

 捕獲していたはずの葉山集の姿がない。青年に気を取られている隙に逃げられた。抜け目がない。あの男は女神に忠誠を誓っているような言動が見られた。できることなら逃したくはない。

 眼前の脅威に気づかれないように火竜に指示を下す。たとえ気づかれたとしても、剣を主体とする彼に対応する術は無い。


「……テメェは、誰だ?」

「名前聞きたきゃ、自分から名乗れよ」

「……新城蓮」

「草薙竜吾。つーかテメェこそ何なんだ。何のためにあの坊主を狙った?」 

「……テメェに関係あるか?」

「ねぇな。これっぽっちも。だが興味はある。どうやってその強さを手に入れたのかも含めてな」


 どうということはない。

 ただ強くならなければ、今こうして新城は生きていなかった。

 ただ、それだけの話。


「……話す気にならねえな。テメェの情報なら、捕えた後に聞き出すさ」


 新城がそう言うと、草薙は笑った。


「やってみろ」


 肩に剣をかける。隙はある。だが、それを補ってあまりあるほどの覇気。真の強者とは、油断を突かれたところでものともしない者を云う。その点において、常に警戒を怠らない新城はある意味で草薙に及んでいない。

 だが、それゆえに、初手から全力を出す。


「四神降臨――ゲンブ」


 転移者と転移者。

 共に、異界より召喚された強者の中でも最上位と目される怪物と怪物が激突する。

 世界が、震撼した。




 

 

ネット小説大賞一次突破しました!

ありがとうございます!

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