第9話 「通りすがりの元英雄」
「……好き勝手に暴れていやがる」
ミラ王国の王都フローゼは同心円状に広がっており、中央に王城が君臨していて、それを囲むような形で展開されているのが貴族街、更にそれを囲んでいるのが平民街、その外側が貧民街となっている。
平民街と貧民街の境目付近は非常に入り組んだ構造となっており、細く入り乱れた路地が多い。
神谷士道や一ノ瀬拓真が暴れた広場は、東側の平民街の大通りであり、近衛騎士から逃げるように路地の方に向かったわけだ。
そして新城蓮が葉山集をついに捉えたのは、北側の貧民街。現在、召喚師が使役する火竜と黒狼、黒犬の群れはそこに集結していた。
また、霧崎翔ら新魔王の一行と、案内人である山城京夜が秘密裏に掘った大空洞から地上に顔を出したのは、西側の貴族街だった。
貴族街は全体的に綺麗で整っている代わりに、人通りも少ない。路地のような場所も確かに少ないが、逆にそのような場所への注目は限りなく低かった。山城はその隙を突いたのだと考えられる。
一方、聖女の治癒院があるのは東側の貴族街よりの平民街であり、白崎大和と浅場優花はその場から中央の王城に向け、一直線に駆けている。
なお貴重な移動手段を持つ吉野楓は、新魔王の指示により王都付近の森の中に隠れていた。一人の上位悪魔が守護についている。
王都を取り巻く不穏な状況。
それぞれの思惑を持って蠢く転移者たち。
そのすべてを、草薙竜吾は知っていた。
流石に思惑まで察しているわけではないが、誰がどこにいて、現在どのような行動を取っているのか――それを物理的に俯瞰していたのだ。
上空。
新城が火竜の群れを召喚し、空を不気味な影が覆い尽くしたとき。
王都を守護しようとする騎士たちに紛れるように、皆の目を盗んで草薙は思い切り空へ飛び、一体の火竜の背に飛び乗っていた。
そのまま葉山集を追い続け、必死に王都を駆け巡る火竜のおかげで、王都を俯瞰する草薙はだいたいの状況を理解していた。
火竜に気づかれてしまえば水の泡となる計画だったが、草薙の細やかな体重移動などの努力が報われたのか、最後まで襲われることはなかった。
つまり。
新城が使役する魔物の群れが、追い詰められた集を拘束している場面。
草薙はそこに紛れていた。
(こいつ…………)
己以上の化物を久々に見た、と草薙は思った。
それは誇張でも何でもない。そのレベルの怪物を見かけることなど、そうそうない。
なぜなら、草薙は強い。
ローレン山脈での事件の際は天使長イリアスと死闘を演じて重傷を負ったことが最後の戦いまで響いていたが、万全の状態でやり合えば、あの場の全員を蹴散らすこと程度は難しくない。
草薙はこの世界で、強さを上から数えれば片手の指で足りると自負している。
百年前の英雄。その数多の戦闘経験が作り上げてきた、圧倒的な自信。
その自信が、今、確かに揺らいでいた。
姿は見えない。
流石に視認できる位置に移動してしまえば、いくら草薙とはいえ察知されてしまう。あの忍術師のような専門家ではないのだ。
(……いや)
すでに察知されていて、なお泳がされている可能性すらあった。火竜の背に乗るという判断は、かなりリスクが高かったから。
(……気づいてくれるなよ)
草薙の数メートルほど先。
すぐ真横の角を曲がって、突き当りに見える小さな家屋の屋根の上に、その隻腕の男は佇んでいる。
彼が問いただそうとしているのは、葉山集。
本当の意味での女神の使徒。
その言動を窺うと、もはや完全に女神の信者といった様子である。
助ける理由は特にない。
別に殺されそうになっているわけではないのだ。ただ、尋問されているだけ。少なくとも今は。
だが。
「断る。女神様は僕の恩人だ。貴様に話すことなど何一つとしてない」
集は一秒たりとも迷わずに覚悟を見せつけた。
喉元に鋒が突きつけられている状況で、なお。
己が抱く心からの意志を、真正面から叩きつけている。
「……あ?」
低く、野太い声。否。枯れきったような声音だった。まるで声はもう一生分使い切った――とでも言うかのように掠れている。
新城の殺気が渦を巻く。
威圧で集の心を折ろうとしているのだろう。それはこれだけの力量差があれば、確かに効果的だ。
現に集は呻き声を漏らしている。
だが、それでも折れない。
何一つとして語らない。
「……恩人なんだろ? なら、耐えてみせろ」
だから、新城はついに暴力に訴えた。
人差し指をくい、と上げると、魔物の群れが一斉に集へと殺到していく。
「舐める、なよ……たかだか、召喚師風情が……っ!!」
挑発するように集は言う。最後の悪足掻きだろう。すでに実力差は誰もが察している。
集の『火精霊の恩恵』が効力を発揮。限りなく精霊に近い状態となり、その身から放出される獄炎が、唸りを上げて迫りくる魔物を焼き尽くしていく。だが、幾度焼き尽くしても、新城が使役する魔物の大群は終わりを見せない。
黄金色の光が生み出され、数本の帯が絡まり合うように収束すると、淡く消え去る頃にはすでに異形の怪物が構成されている。
召喚師は、己が倒した魔物を異界に閉じ込め、いつでも召喚して使役することができるのである。
(どうする……?)
草薙は迷っていた。
集の抱いている真っ直ぐな意志は嫌いではない。余裕があるなら助けてやりたいとも思う。だが、集は女神の信奉者。つまりは長期的に見て敵だ。
助けたところで、いずれ再び殺し合うことになるかもしれない。
加えて言えば、あの召喚師はおそらく、かつて死闘を演じた龍魔王よりも強いと予測できる。
そんな状況で、草薙の目的は全く別のものだ。
単にミラ王国の王様に用があるだけ。
いろいろと王都で蠢く影があることは認識したが、手を出す理由なんてどこにもない。
だというのに。
「――ああ」
これまで息を潜めていた草薙は、ゆっくりとため息を吐いた。
ザリ、と足音を立てて歩き出すと、近くに立っていた魔物が反応してこちらを見る。
草薙は無造作にそれを蹴り上げた。
それだけで上空に、黒狼が吹き飛んでいく。軽々と。まるで虫けらを追い払うように。
「グダグダと考えんのは性に合わねぇんだよ……面倒臭ぇなクソ野郎」
対して。
ギロリ、と。
新城の視線が、草薙を捉えた。
「……テメェは誰だ?」
「なに、通りすがりの元英雄だ」
♢
王国騎士団長のサイラスは、王城の右にある尖塔の頂上部分に掴まり、王都の様子を窺っていた。
吹き荒れる風をものともせず、騎士団と魔術師団の奮闘を見守っている。
「北側の外壁近くに、火竜どもは集まっているのか……召喚師の追跡対象がそこにいるわけだな。傍迷惑な奴だ」
面倒臭そうに独りごちる。
街にはそこまで被害は生じていない。現状では人民への被害はゼロに収まっている。
なぜなら、アイリスの『未来視』によって魔王軍の奇襲を予期していた王国側は、王都の人民を"儀式の間"に、宮廷魔術師たちが創り上げた異空間に退去させる準備を整えていた。
そのおかげで民衆が慌てて城に向けて逃げ出したとき、スムーズに収容することができたわけだ。
蓋を開けてみれば魔王軍の影も見当たらず、むしろ対魔王軍に協力してくれるはずの転移者連中が暴れまわっているだけの状況ではあるが。
「この世界に住む人間を、軽んじるなよ……」
自らが生まれ育った街で好き勝手に暴れる異世界人共に怒りを覚える。
だが、今は奴等の相手をしている暇はない。
なぜなら確実に魔王軍は来るのだから。アイリスの固有スキルに疑いの余地はない。
その言葉を証明するように、
「――複数の悪魔の反応を捉えました!! 西側貴族街、すぐそこです!!」
火竜の群れに動揺して、切れていた結界を再び宮廷魔術師たちが張り巡らせたところ、王都内部に幾つもの悪魔の反応を捉えたらしい。
通信魔導具から悲鳴にも似た慌ただしい叫びが聴こえてくる。
「視認しました! この魔力反応……魔王です!! おそらくは新魔王ルシア・デビルジーク!! 新魔王自ら、ここに乗り込んできてます!!」
その情報にざわつく、騎士や魔術師による王都の守護隊。不穏なさざめき。絶望でもしたのか、みるみると落ちていく士気。
だが、サイラスに動揺はなかった。
魔道具に向けてただ一言、低い声で断言する。
「やってみせる」
♢
「バレましたね」
霧崎翔は淡々とした口調で呟いた。
とある貴族の邸宅。まったく人気のないその庭園に、新魔王の一行は佇んでいた。
すでに案内人の山城京夜はここにはいない。もともと利害の一致による同盟に過ぎないのだ。王都に侵入してからも関わる理由は何もなかった。
「流石だな。あんなイレギュラーが起きても、即座に俺様たちの居場所を掴んでくるか」
「一国の王都ですからのぉ。ホホッ!」
ルシアが素直に感嘆し、グライブが特徴的な笑い声を上げる。
勇者の暗殺という当初の計画は、どうやって知り得たのかは不明だが、王国側が警戒していた時点で崩れかかっている。
ならば、正面から暴れるだけだ。
幸いにも謎の召喚師や山城という別のカードも揃っている。
王都は警備も万全でレベルの高い兵も揃っているだろうが、上手く立ち回れば、押し切られる前に勇者の居場所を見つけ出せるはずだ。
確かに厳しいが、できない話ではない。
いくら上位悪魔とはいえ、これだけの少数では必ず被害は生じるだろうが、勇者が殺せるのなら有用な犠牲だ。
もちろん貴重な上位悪魔に死んでほしくはないから、当初の計画は暗殺だったのだろうが。
翔が自分なりに考えを纏めていると、不意にルシアの視線が向けられたことに気づいた。
「キリサキ。お前は独自に動いて勇者の居場所を探れ。通信用の魔道具を渡しておく。無くすなよ」
頷く。隠密を得意とする翔を単独行動させることは確かに理に適っているが、会ったばかりの人間を簡単に重用するルシアの器を、測りかねてしまう。
「グライブ。お前はできる限り敵軍を引きつけろ。……お前向きの仕事だろう?」
「ホホッ。了解ですじゃ」
そしてルシアは不敵に笑みを浮かべると、
「残りはすべて俺様についてこい。真正面から王城に突っ込む。叩き潰すぞ」
一歩。
悠然と、王が道を歩みだす。
♢
山城京夜が合図を下した。
「読まれてるな……」
ひとり、面倒臭そうに呟いた。
おそらくは予知の類の固有スキルの持ち主が王国側に存在している。
新魔王の居場所を簡単に察知されたのもそれが理由だろう。
山城の合図によって、異空間に避難している民衆の中に紛れている、聖女の信者たちが唐突に暴れ出す。人々が悲鳴を上げて逃げ惑っていく。
だが。
待ってましたとばかりに幾人もの騎士が正確に暴動を取り抑えていく。
山城は固有スキル『操作人形』を駆使して、暴動を起こす信者の視点から、そのさまを眺めていた。
流石はミラ王国。
かつて魔王を倒す中核となった超大国の首都。
そう簡単に出し抜けはしないか。
「計画を切り替える必要があるな……」
山城は固有スキル『土精霊の恩恵』を発動しながら、王都の地面に手を置いた。
限りなく土の精霊に近い適性を手に入れた山城は、土の意識を感じ取る。
王都の地下に"何本も"掘られている大空洞を感覚で捉えることができた。
大空洞にあるいくつかの溜まり場に隠れ潜んでいるのは、『紛争地帯』において凄まじい影響力を誇るマリアード傭兵団。
一ノ瀬拓真が率いているはずの傭兵。
その精鋭が揃っていた。
「……土よ。声を届かせろ」
山城は告げる。
「計画変更。暴れるぞ。新魔王を掩護しろ」
怒涛のように響く足音。
傭兵達が動き出したのだ。
クレール商会とマリアード傭兵団。
聖女一派が率いているそれらはすべて、山城の手の中である。
スキル『病魔』と『操作人形』。
そして聖女の求心力を以ってすれば、たとえ勝ち目のない四大国の王都を相手にしようとも、高いままの士気を維持することができていた。
「……さて。予知持ちを探し出すか」
あれは厄介だ。
単純だが、適当な騎士を拷問して情報を引き出すことが最も効果的な手法か。
山城はそう考え、獲物を見つける為に、ゆっくりと土の中に沈むように潜っていく。
『土精霊の恩恵』の効果を自在に駆使し、やがて地面は元の状態に回帰していた。
♢
「……いた!」
東側の貧民街を駆け回っていたアイリスがようやく見つけたのは、
「……アイリス・ミラーリン。驚いた。この国の第三王女サマじゃねェかよ」
染めた金髪に荒々しい顔立ち、ガタイの良い体つきをしていて、傷だらけの肉体にボロボロの服を纏う戦闘狂に、
「俺達を探していたのか……?」
その身に漆黒を纏い、銀狼を従えている、ハズレの烙印を押された奇術師だった。




