第8話 「蠢く転移者たち」
「――山城京夜の、固有スキルだ」
拓真は一拍置いた後、そのまま話を続ける。
「だからオレは、山城のヤツに従った」
「病魔に冒されていた仲間を助けたかったから――ではないんだろ?」
「んなこともねェ。多少はある。だが最大の理由はなァ、そっちの方が面白そうじゃねェか」
「お前らしいことだ」
「それで、俺が奴の下についたときには、すでに聖女は山城の手中にあった。……なに、簡単だぜ。聖女は優しすぎるからな。山城が『病魔』を広げれば聖女が治癒せざるを得ない。奴しか治癒することがでしねェんだからな」
確かに、先ほど遭遇した聖女――浅場優花は、その瞳の奥に深い悲しみを宿しているような雰囲気を醸し出していた。
「……なるほどな。つまり、お前が俺を襲ってきたのは山城の命令ってことか」
「その通りだ。まあ別にお前じゃなくたって良かったんだけどな」
「騒ぎさえ起こせるなら誰でも良かったと?」
「あァ。オレが騒ぎを起こしてる隙に、奴は魔王軍を王都に手引きしてる」
「何だと……?」
ピクリ、と士道は眉をひそめた。
それが本当なら、間違いなく王都は今以上の騒ぎになる。
下手をすれば王国が崩壊する可能性すらあった。
「規模は?」
「新魔王自ら。少数だが、上位悪魔の精鋭を率いてる。奴らの方の目的までは知らねェが。悪魔だしな、人間相手に暴れたいだけなんじゃねェのか」
「…………そうか?」
士道は首を傾げる。樹海迷宮での戦闘の際に新魔王ルシアと邂逅したが、人間を必要以上に憎んでいるようには見えなかった。
ひどく理性的で、纏っているのは覇者の風格。
その目的は、やはり魔神の再臨だろうか。
分からない。気にはなるが、しかし今はルシアよりも先に解決するべき問題がある。
「……聖女は、なぜ山城に従ったままなんだ。奴が抱えた信者には強い奴だっているだろう。山城に反乱することだって不可能じゃないはずだ」
「さっきも言ったな。聖女は優しすぎんだよ。他の誰かが犠牲になることが許せねェ。だから身を削ってまで誰かを救い続ける。――そして、山城の奴は強すぎた。それこそ倒したいなら、聖女が抱える『紛争地帯』の信者すべてを犠牲にしなけりゃならねェほどに」
「……お前よりも、か?」
士道が苦虫を噛み潰したような表情で尋ねるのとは対照的に、拓真は大層嬉しそうな顔で、
「あァ。ヤツはすでに何人か転移者を殺してる。そのせいで固有スキルが大量にある。その上レベルオーバーだ。おそらくテメェよりも遥かに強い」
「……山城の目的は何だ? なぜ魔王軍を呼び寄せた? 何の為に聖女一派を制御している?」
「――世界を平和にする為」
拓真は真顔で言ってのけた後、肩をすくめた。
「と言ってたが、実際にはよく分からねェ。だがオレが聞かされてるヤツの計画の中で、確実なことがひとつだけある」
「何だ?」
「聖女は死ぬ。山城の手によってな」
士道の目が鋭く細まる。
その反応を待っていたとばかりに、拓真は語り口調を強める。
「ヤツは王都で聖女の信者に反乱を起こさせる。信者には、聖女が世の中を創らせるべきだ、王国は倒すべき悪だと洗脳してな。『紛争地帯』の連中は王都に入れねェから、戦うのは王都で作った少数の信者のみ。だが、もちろん目的はこんな杜撰な蜂起で王国を倒し切ることじゃねェ」
「王国の目を、聖女に向けさせるため……」
「そォだ。王国はこれを鎮圧して、聖女を"倒すべき悪"として認定する」
まあ新城の奴が暴れている現状じゃ本当に鎮圧できんのかわからなくなってきたけどな、と拓真は補足しながら、
「そして、王国に処刑されて聖女は死ぬ」
「そんなことをして、山城に何の得がある?」
「さァな。とりあえずオレが聞かされてんのはここまでだ。聖女が死ぬまでの山城の筋書き。その先を説明されてねェのは、まあ信用されてねェからだろうな。当然の判断だ」
山城の目的、思惑、何もかも分からない。
全てにおいて情報が足りなすぎる。
士道はため息をつく。
「役に立たない奴だ」
「おいおい、これだけの情報を貰っときながら言ってくれるじゃねェかコラ」
「本当かどうか分からないだろう」
「これは嘘じゃねェ。オレは嘘をつかねェ。テメェが一番わかってんだろ?」
「……」
実際のところ、士道はこの話が嘘である可能性は限りなく低いと考えている。
根拠は三つ。
一つ目は、昔から拓真は嘘をつかないこと。ただこれに関しては、会わなかった十年の間に人格ぐらいは変わっているかもしれない。
二つ目は、こんな複雑な話を考えられるほど拓真の頭は良くないこと。これも同様の理由で変わっているかもしれない。
そして三つ目は――拓真の目的を、理解しているからだ。
士道は確信している。
拓真は必ず提案してくるはずだ、と。
「オレは面白い戦いがしてェだけだ。だから、その為にテメェに頼むぜ士道」
士道が拓真の考えを見透かしたように、拓真もまた士道が己の考えに思い至ったことに気づいたのか、愉快そうに笑みを浮かべた。
「オレ達の手で聖女を助け出す。その為に山城のヤツをぶっ殺してやろうぜ」
――ただ、自身の戦闘意欲に従うままに。
一ノ瀬拓真は、平気な顔で味方を裏切る。
♢
白崎大和はアイリス・ミラーリンと共に、聖女の治癒院を訪れていた。
火竜が暴れ始めてからは状況は話し合いどころではなくなっているが、大和が早く逃げようと提案しても、アイリスは頑なに譲ろうとしない。
だが、その代案を示すように、
「逃げてください。ヤマトくんと一緒に」
アイリスは真剣な様子でそう告げた。
「ヤマシロという男の好きにさせるわけには、いかないでしょ」
聖女である浅場優花は、あまりの驚きに目を見開いている。どうして山城が企てた計画のことを知っているのか、そんな疑問を秘めた表情だった。
「あたしの固有スキルは『未来視』……見えるんだよ。あなたが死ぬからこそ、ヤマシロという輩の計画が成就する未来が」
聖女とアイリスの二人の間では話が通じているようだが、大和には意味不明な会話だった。
だがアイリスは大和のことをスルーしながら、
「そうなればこの王国は奴に支配される。そんな未来を選ぶわけにはいかない。それに……」
ちらり、と大和を憂い顔で見つめた。
不思議に思って首を傾げると、アイリスは小さく言葉を濁す。
「……あ、いや、なんでもないんだ。とにかく、二人には逃げてほしいんだ。王城の地下に、絶対に外部の人間には分からない場所があるから」
慌てたようにアイリスが言うと、聖女は弱々しく首を振った。
「……わたしがここにいないと知ったら、山城は必ず暴れ出します。ただでさえこんな騒ぎになってるのに、もしそうなったら何百人という被害じゃ済まない。あの男は強いから。誰よりも」
暗い表情で、自身を納得させるように、聖女は淡々と告げる。
「必ず抑え込む――なんて、保証はできない。現にこの火竜の群れを抑えきれていないしね。でも、行動しなきゃ結局なにも変わらないよ。犠牲を恐れるばかりで縮こまってちゃ駄目だよ」
アイリスは諭すように。
王族としての威厳を発揮しながら、
「あたしはこの王国を護りたい。この世界を、護りたい。人々の笑顔の為に、あなたの勇気ある行動が必要なんです」
聖女は苦虫を噛み潰したような顔で、小さく頷きを返した。
「……あなたを、信じますよ」
「ええ。王族の威信に懸けて」
窓の外で繰り広げられている火竜と騎士の戦闘を眺めていた大和は、話が終わったらしい聖女とアイリスのもとに近づいていく。
「そういうわけだから、ヤマトくん。この人を連れて王城の地下にある"儀式の間"まで行ってね。その先には案内人を待たせているから」
「……それはいいけど。アイリスはどうするのさ?」
「……あたしには、やるべきことがあるんだ」
「だ、駄目だよ。きみは王族なんだから。護衛もつけずに出歩いたら大変なことになるよ」
「うん――分かってる」
「分かってるなら、ぼくと一緒にいよう。三人でその安全な場所に向かえばいい」
「……やるべきことが、あるんだ」
アイリスは優しげな瞳のまま、大和を諭すような呟きをした。
それでも大和は不安だった。
好きな少女を、こんなに混沌とした状況の中に一人で置いていきたいはずがなかった。
「それでも、ぼくは……」
大和は勇者に向いていない。
人々の希望は、大和の背には重すぎた。
誰かを傷つけることを恐れ、だけど他人が傷つけ合っている状況を見ても何もすることができない。
それは偽善だ。ただ自分の手を汚すことを怖がっているだけだ。知っている。そんなことは分かっている。それでも嫌だから、何もしてこなかった。
そんな大和は自分の手を汚す覚悟を決めることができたのは、この世界に呼び出されてからずっと一緒に過ごしていた、アイリスのことを好きだと自覚したからだ。
世界なんて大きなものではなく、ただ、自分が大好きな少女の為であるなら、恐怖を乗り越えて前に進める気がしていた。
――彼女と一緒にいられるなら、他の全てはどうでもいい。
そんな考え方をしている大和が、勇者に向いているはずもなかった。
「……ヤマトくん」
大和が拳を握り締めるのを見て、アイリスがくしゃりと顔を歪める。泣きそうな表情だった。
それでも決して意志を曲げることはない。
アイリスは大和たちに背を向け、治癒院を出ていこうとする。
止められるはずもなかった。護身術を習っているアイリスはそれなりに強い。とはいえ大和の方が強いけれど、無傷で回収できるほどではなく、余計な騒ぎを起こして目立ってしまうだろう。
こんな状況において、それは悪手だ。
大和にも、その程度は理解していた。
「……行こう。聖女様」
「うん」
聖女も何かを考えているのか、大和に大した口出しをするわけでもなくついてくる。
目指すべきは王城。治癒院を出た大和は聖女を抱えると、通りを高速で駆け抜けていく。
♢
「……参ったな」
葉山集は諦めたように両手を上げていた。
上空には百体を越す火竜。
大地には百体を越す黒狼と黒犬。
その両方が追跡してくるのだ。いくら集が転移者とはいえ、流石に逃げ切れるはずもなかった。
加えて、
「……スライム、か」
集の足元に粘着し、拘束しているのはスライム。火魔法を使えば一発ではあるが、周囲を夥しい数の魔物に囲まれているこの状況で使えるはずもない。
用意周到。頭が回り、そして非常に強力。
集は戦慄していた。
(こんな奴、いるのか……)
動けば殺す。そんな召喚師の意志が、魔物を通して集の神経まで響いている。
「僕に何の用だ?」
「……女神について、知っていることを話せ」
屋上。路地に立つ家屋の屋根に、いつの間にか新城は佇んでいた。恐ろしいほどに鋭い瞳が集を見据えている。
召喚師がわざわざ再び姿を見せるのは愚策だ。従えている魔物は強力だとしても、本人は弱いというのが通常であるから。
だが集には、この男が直接戦闘は弱いなどという言説を、信じることができなかった。
その身に纏う、強烈な覇気を見ては。
「なぜ?」
「……用がある。女神にな」
低い声。殺気を圧し殺すような呟き。
間違いなく最強の転移者。
この世界においても、五本の指に入るだろうというほどの絶対強者。
そんな化物に拘束されて、なお葉山集は。
「断る。女神様は僕の恩人だ。貴様に話すことなど何一つとしてない」
一秒たりとも迷わずに、そう言ってのけた。




