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第49話 地下の攻防

 夜明け前、残党が地下を襲う。人々は、命を賭けて星を逃がす。灯は星と宵を連れ、観測所へ走る。

 その夜明け前。地下水路に、鬨の声が、響いた。


 俺は飛び起きた。星をかばうように、抱き寄せる。地下の奥から、悲鳴と、怒号が、近づいてくる。松明の、明かりが、揺れる。……襲撃だ。


「灯さん!」と、あの老人が、駆けこんできた。「評議会の兵が……大勢、地下に、なだれこんできた! あの、榊とかいう男が、先頭だ!」


 俺は奥歯を噛んだ。とうとう来たか。塔で、俺を取り逃がした榊が。地下の隠れ場所を突きとめて。星を力ずくで、奪いにきたのだ。動力源として、確保するために。


 俺は星を見た。青ざめた顔で。まだ朦朧としている。とても、逃げられる状態じゃ、ない。だが留まれば、捕まる。……どうする。



◇



「灯」と、寝床から、宵さんが、身を起こした。「観測所へ、行くんだ。今しか、ない」


「宵さん……」


「この混乱に、紛れて。星を、連れて、観測所へ、逃げろ」と、宵さんは言った。「あそこで、儀式を、やるしか、ない。……ぐずぐずしてれば、星は、榊に、奪われるか。記憶に、のまれて、消えるか。どっちにしろ、終わりだ。……今、動くしか、ないんだよ」


 俺はこぶしを握りしめた。


 観測所へ。行けば、儀式が、できる。星を根っこの役目から、解き放つ、儀式が。そして俺が、その、身代わりに、なる。……この子を生かして。俺が、消える。


「灯さん」と、老人が、言った。「行きな。……ここは、あたしらが、食い止める」


「爺さん、無茶だ!」と、俺は叫んだ。「相手は、武装した兵だぞ! あんたたちじゃ……」


「無茶でも、やるさ」と、老人は笑った。歯の抜けた口で。「あんたと、星が、あたしらに、教えてくれたんだ。奪われるだけの人生から、誰かのために、立ち上がる、生き方をな。……その、恩返しだ。行きな、灯さん。星を、頼む」



◇



 地下の人々が、次々と、立ち上がった。


 鍬を棒を手に、手に、握って。武装した兵の前に、壁を作るように。痩せた、非力な、街の底の人々が。それでも退かなかった。星を逃がすために。自分たちの、救い主を。


 俺はその光景に、胸が、詰まった。かつて、誰のためにも、手を動かさなかった、この街の人々が。今命を賭けて、この子を守ろうとしている。……星が、変えたんだ。この人たちを。ただそこにいて、優しい光をこぼすだけで。


 俺は走りながら、決戦の夜を思い出していた。街じゅうの人々が、想いを放った、あの夜。あのとき、芽生えたものが。今地下の人々の、この、捨て身の抵抗に、繋がっている。奪う世界は、変わった。ゆっくりと。だが確かに。姉さんが、夢見たとおりに。……その、変化の、種を蒔いたのは。ほかでもない、星だ。この子の、優しさが。この街を救ったんだ。何度でも。


「……ありがとう」と、俺は絞り出すように、言った。「この恩は、忘れない。……必ず、星を、救ってみせる。あんたたちの、想いを、無駄には、しない」


「わかってるよ」と、老人が、笑った。「さあ、行け!」


 俺は星を抱え上げた。そして宵さんに、肩を貸して。地下水路の、隠された抜け道へと、走りだした。背後で、人々の、鬨の声が、上がる。兵と、ぶつかり合う、音が、響く。


 ――すまない。そしてありがとう。


 俺は心のなかで、叫びながら。ただ前へ、走った。この人たちの、想いを。背負って。



◇



 抜け道を抜けて。俺たちは、外縁の、廃墟へと、出た。


 夜明けの、薄明かり。崩れかけた、建物の、群れ。かつて、星と、身を寄せ合って、逃げた場所だ。その、廃墟の、奥に。天網観測所は、あった。


 俺は星を抱えて、走った。宵さんは思うように、足が、動かない。俺は二人を必死に支えながら、進んだ。焼けた手が、悲鳴をあげる。息が、切れる。だが止まらなかった。


 そのとき。腕のなかの、星が、目を覚ました。


「灯……」と、星が、つぶやいた。今度は、はっきりとした、星自身の目で。「……ここ。おぼえてる。灯が、わたしに、ひかりを、くれた、ところ」


「ああ」と、俺はうなずいた。「もうすぐだ、星。あそこで……お前を、救う」


 星はしばらく黙っていた。それから静かに言った。


「……灯。やくそく、して」


「なんだ」


「わたしを、救うのは、いい」と、星は言った。おだやかな、けれど、決意のこもった声で。「でも……灯が、きえるのは、だめ。それだけは、やくそく、できない」


 俺は答えなかった。答えられなかった。


 答えれば、嘘に、なる。俺はこの子が、根っこの役目から、解き放たれた、その先に。自分が、いないことを知っている。約束なんて、できるはずが、なかった。……だが、この子はその沈黙から、俺の覚悟を読み取ったのだろう。俺の腕のなかで、その、細い体が、かすかに、こわばったのが、わかった。この子も、必死に考えている。俺を消させない、方法を。……俺と、同じように。二人とも、相手を生かすことしか、頭に、なかった。



◇



 観測所の、入り口が、見えてきた。


 崩れかけた、石造りの、建物。二年前、俺が、星に、光を与えて、救った、あの場所。天網と、じかに、繋がる、聖域。


 だがその入り口に。人影が、あった。


 俺は足を止めた。……先回り、されていた。


 灰色の外套。数人の、兵。そしてその先頭に。榊が、立っていた。息を切らしながら。憎々しげに、俺をにらんで。


「……よくも、地下で、してくれたな」と、榊は言った。「だが、お前が、どこへ、逃げるかは、読めていた。天網観測所。……その少女を、なんとかするなら、ここしか、ない。そうだろう」


 俺は星をかばって、後ずさった。だがうしろは、崩れた壁だ。逃げ場は、ない。前門に、榊。地下には、追撃の兵。……挟まれた。


「その少女を、渡せ」と、榊は手を差し出した。「渡せば、お前の命は、助けてやる。……渡さなければ。ここで、二人とも、死ぬだけだ」


 俺は星を抱きしめた。この子だけは、渡さない。たとえ、どうなろうと。指一本、触れさせるものか。俺は榊をにらみつけた。腕っぷしじゃ、敵わない。策も、尽きた。だが退く気は、微塵も、なかった。ここまで来て。この子をこんな連中に、くれてやるくらいなら。俺はこの場で、朽ち果てたって、かまわない。



◇



 そのときだった。


 俺の腕のなかで。星が、そっと身を離した。


「星……?」


 星はふらつく足で。俺の前に、進み出た。榊と、俺のあいだに。


「星! 何を……!」


「灯」と、星は振り返った。涙を浮かべて。だがその顔は、不思議なくらい、穏やかだった。まるで、とうに、覚悟を決めていたみたいに。すべてを受け入れた、静けさが、そこに、あった。「ありがとう。……ここまで、まもってくれて。名前を、くれて。しあわせを、おしえてくれて」


「やめろ、星! そんな、言い方……!」


「わたし、きめたの」と、星は言った。まっすぐ俺を見て。「灯を、きえさせない。……そのためなら。わたしが、どうなっても、いい」


 星の体から、これまで、あずかってきた、無数の想いが。光となって、あふれだした。まばゆく。渦を巻いて。制御を解いた、その力が。観測所の、天網との、繋ぎ目へと。ひとりでに、流れこもうとしていた。


「星、やめろっ! それは……!」


 俺は悟った。この子は自分で、根っこに、なろうとしている。俺の身代わりに、なる前に。自分が、先に。すべての想いと、自分自身を天網に、捧げて。消えようとしている。


「間に合わせるって、言っただろうがっ!」と、俺は叫んだ。星の手を掴もうと、駆け寄る。「二つとも守るって! お前も、世界も! ……勝手に、消えるなんて、許さねえ!」


 だがあふれる光が。俺と、星を隔てた。まばゆい光の、壁が。俺の手を阻む。


 星が、光のなかで、微笑んだ。最後の、別れのように。


 ――間に合え。


 俺は光の壁に、手を伸ばした。この子を失うわけには、いかない。こんな、終わり方は、認めない。だが光は、強く、俺を拒んだ。


 俺は必死に光の壁を叩いた。何度も。手が、焼けようが、かまわなかった。星。星。行くな。俺を置いて、消えるな。……あの夜、お前が、言ったんだ。灯がいないと、自分が誰だか、わからなくなる、と。なら俺だって、同じだ。お前が、いなきゃ。俺はどうやって、生きていけばいい。この光を失って。


 夜明けの空の下。観測所の、聖域で。星の自己犠牲が。今始まろうとしていた。俺の目の前で。


 ――やめさせなきゃ。今すぐ。この、光の壁を越えて。星を引き戻す。俺は焼ける痛みも、かまわず、光のなかへ、身を投げこもうとした。壁の向こうで、星が、こちらを見て、静かに、首を振った気がした。……行かせない。この命に代えても、星だけは。俺はそう、固く誓った。

 だが観測所の前に、榊が先回りしていた。追い詰められたその時、星が自ら根っこになろうとする。灯を消させないために。光の壁が、二人を隔てた。

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