第34話 大儀式
久遠の大儀式の計画が明らかになる。何十人もの星読みを束ね、闇の日に原初の終縞を強制的に読む――期限は、七日後。
地下水路の輪は、日ごとに、広がっていった。
記憶を取り戻した男が、別の抜け殻を連れてきた。星が、また記憶を返す。救われた者が、その話を街の底じゅうに、広めていく。星読みの少女が、奪われた名前を返してくれる。世界を終わらせる化けものだと思っていたが、違った。あれは、救いの子だ、と。
噂は、地下から地下へ、水のように、伝わっていった。評議会の恐怖政治に、うんざりしていた底の人々ほど、その噂に、すがった。半月もすると、俺たちの隠れ場所には、百を超える人間が、出入りするようになっていた。星をひと目見ようと。あるいは、失った何かを返してもらおうと。
俺はその一人ひとりに、話した。第三の道のことを。星を読まずに、天網を鎮める。そのために、みんなの、遺したい想いが、いる、と。最初は、半信半疑だった人々も、星の力を目の当たりにするうちに、少しずつ、信じ始めた。俺たちの想いで、世界が救えるなら。差し出そう、と。
人が集まると、いろんな想いが、見えてきた。死んだ女房に、もう一度、詫びたいという老人。戦で散り散りになった、幼なじみを探している男。灼き落としで焼けた故郷の景色を忘れたくないという女。誰もが、胸の奥に、遺したい何かを抱えていた。奪われるばかりの、この街の底で。それでも、手放したくない、たった一つの、光を。
俺はそれを聞くたびに、確信を深めた。姉さんの言うとおりだ。人の想いは、涸れちゃいない。ただ差し出す場所が、なかっただけだ。奪う世界には、想いを注ぐ先が、ない。だが、俺たちは、その先を作れる。星という、たった一つの、受け皿を。この子に、みんなの想いを注ぐ。そうすれば、天網は満たされ、星は読まれずにすむ。理屈は、通っている。あとは、それを、期限までに、成せるか、だけだ。
だが、時間は、限られていた。
◇
その報せは、地下に紛れこんだ、街の噂好きの男が、もたらした。
「評議会が……とんでもねえことを、始めるらしい」
男は声をひそめて、言った。俺は身を乗り出した。
「聞いた話じゃな。評議会は、原初の終縞を、無理やり読むための、でかい仕掛けを、作ってるんだと。……評議会の、あの白い塔。あそこに、街じゅうの星読みを、集めてる。何十人もだ。そいつらの力を、束ねて、いっぺんに、原初の終縞を、読むつもりらしい」
俺の、背筋が、冷えた。
街じゅうの星読みを束ねる。何十人もの力で、いっせいに星を読む。それは、たった一人の星読みが、あらがえるような、規模じゃない。星をその仕掛けの中心に、据えれば。逃げも、抵抗も、できずに、読まれてしまう。世界の、終わりが、始まる。
「いつだ」と、俺は聞いた。「その、儀式は、いつ、始まる」
「次の、闇の日だ」と、男は言った。「あと、七日。人工の空が、いちばん暗くなる、あの夜。……星屑が、いちばん、読みやすくなる夜さ」
七日。俺はこぶしを握りしめた。あと、七日しか、ない。それまでに、街じゅうの想いを集めて、第三の道を、成し遂げなければ。しくじれば、星は読まれる。世界は、終わる。
久遠の狙いが、はっきりと、見えた。あの男はこの、いちばん暗い夜を選んだ。星屑が、いちばん読みやすくなる夜。原初の終縞という、世界最大の星を確実に読み切るための、万全の舞台。何十人もの星読みを束ねるのも、そのためだ。一人では、原初の終縞ほどの巨大な一行は、読み切れずに、こっちが焼き切れる。だが、束ねれば、話は別だ。久遠は犠牲を承知の上で、それをやる。星読みたちを消耗品みたいに、使い潰してでも。世界をやり直すという、その一点のために。
絶望した人間の、執念は、恐ろしい。俺はあらためて、それを思い知った。だが、と、奥歯を噛んだ。執念なら、こっちにも、ある。この子を生かす。姉さんの願いを継ぐ。その執念だけは、久遠にも、負けるつもりは、なかった。
◇
その夜、俺は眠れなかった。
地下水路の、片隅で。星の寝顔を見ながら、必死に考えた。
七日で、街じゅうの想いを集めるなんて、土台、無理な話だ。地下の底の人間は、動かせても、街の大半を占める、上の連中は、まだ星を恐れている。評議会の言うことを信じている。その心を七日で、ひっくり返すなんて。
だが、と、俺は思った。逆に、考えれば。
評議会が、儀式をやるなら。街じゅうの目が、あの白い塔に、集まる。街じゅうの人間が、原初の終縞というものを意識する。……それは、俺にとっても、千載一遇の、舞台だ。あの儀式の場で、俺が、星の真実を街じゅうに、見せつけられたら。星は災いじゃない。世界を守る光だと。みんなの想いで、救えるのだと。それをあの大舞台で、証明できたら。
危険な、賭けだった。敵の、本丸に、飛びこむ。だが、それしか、道は、ない。逃げていても、七日後には、星は読まれる。なら、攻めるしか、ない。姉さんが、燃える建物に、飛びこんだように。俺も、あの塔に、飛びこむ。
計画を組み立てた。儀式の夜、俺は地下の人々を率いて、評議会の塔へ向かう。そして、街じゅうの目が集まるあの場で、星の真実をみんなに見せる。奪われた記憶を返す、あの力を。星が、災いじゃなく、救いだということを。人々の心が動けば、想いが集まる。集まった想いを星に注ぐ。天網を満たす。読ませる前に、鎮める。……絵に描いたようには、いかないだろう。だが、筋書きは、これしか、ない。
問題は、街の上の人間をどうやって動かすかだ。地下の底の百人だけじゃ、足りない。街じゅうの、何千という想いが、いる。その心を儀式の、あのわずかな時間で、どう、つかむか。……賭けだ。とんでもない、賭け。だが、俺はその賭けに、星の命と、世界の行く末を乗せると、決めた。
◇
「灯」
いつのまにか、星が、目を覚まして、俺を見ていた。
「ねむれないの?」
「ああ」と、俺は正直に言った。この子には、嘘は、つかない。「……七日後、評議会が、お前を読む儀式を、やる。それまでに、俺は、街じゅうの想いを、集めなきゃならない。……正直、間に合うか、わからない。だが、やるしかない」
星はしばらく俺を見ていた。それから、静かに言った。
「灯。……もし、まにあわなかったら」
「星」
「もし、だよ」と、星は俺の言葉をさえぎった。まっすぐな、覚悟の目で。「もし、まにあわなかったら。……そのときは、わたしを、よんでいい。灯が。ほかのだれかに、よまれるくらいなら。灯の手で、おわらせてほしい」
俺は息をのんだ。
この子はまたそんなことを言う。自分が消えることを当たり前みたいに、受け入れて。だが、その目は、前とは、違った。あきらめじゃない。俺への、信頼だった。誰にも渡さない。もし終わるなら、いちばん大事な人の手で。そういう、覚悟の目だった。
俺はその細い肩をつかんだ。そして、はっきりと、言った。
「読まねえよ。お前も、俺も、誰にも、読ませない」
俺は星の、夜色の目をまっすぐ見た。
「いいか、星。よく聞け。……"もし"なんて、俺の辞書には、ねえ。間に合わせる。街じゅうの想いを、かき集めて、必ず、間に合わせる。……お前を生かして、世界も救う。両方だ。片方だけなんて、選ばせねえ。それが、星読み、冬瀬灯の、やり方だ」
柄にもない、大見得だった。だが、口にすると、迷いが、消えた。
星はしばらく俺を見て、それから、ふっと、笑った。
「……灯は、ほんとに、かっこつけだね」
「うるせえ」と、俺は照れて、そっぽを向いた。「……こういうときくらい、かっこ、つけさせろ」
星が、くすくすと、笑った。その笑い声が、暗い地下水路に、やわらかく、響いた。その笑顔が、俺のなかの迷いを、そっと溶かしてくれた。何があっても、この子を守る。その想いだけは、七日後の絶望を前にしても、いささかも揺らがなかった。七日後の、絶望的な戦いを前にして。それでも、俺たちは、笑っていた。二人で。この、つかのまの時間を噛みしめるように。
その夜から、俺たちは、動きだした。地下の人々に、儀式の夜の段取りを伝える。想いを差し出す覚悟のある者を募る。街の上へ、噂を流す密使を送る。できることは、なんでも、やった。七日という時間は、絶望的に短く、そして、恐ろしく長かった。一日が過ぎるたびに、星が読まれる夜が、近づいてくる。俺は眠る間も惜しんで、走り回った。星も、記憶を返す力で、一人でも多くの心を動かそうと、力を尽くした。無理はさせたくなかったが、この子も、退かなかった。二人で、決めた道だった。
――七日。俺は心のなかで、あの白い塔をにらんだ。待ってろ、久遠さん。あんたの正しさを俺の無茶で、ひっくり返してやる。姉さんが遺した、この道で。
もし間に合わなかったら、と星は言う。灯は「もし、なんて俺の辞書にはねえ」と返す。
両方守る。星の命も、世界も。その覚悟を、灯は口にした。




