第19話 第三の道
星が、また自分を消そうとする。
灯との激しい対立と、そして和解。二人が選ぶ、生きる道の話だ。
廃墟の街で、俺たちは、数日を過ごした。
崩れた建物のなかに、雨風をしのげる場所を見つけた。焼け残った柱が、かろうじて、屋根を支えている。俺はそこを住処に、定めた。星の光は、少しずつ、戻ってきていた。だが以前ほど、鮮やかでは、なかった。あの、無茶な力の使い方が、体の、どこかに、傷を残したのかもしれない。俺はそれが、気がかりだった。時々、星は疲れたようにうずくまることが、あった。
俺は宵の言葉をずっと考えていた。第三の道。星を読まず、世界も終わらせず、誰も犠牲にしない道。そんなものが、本当に、あるのか。考えても、考えても、答えは、出なかった。
逃げ続けるだけでは、いつか、限界が、来る。追手は、街じゅうに、いる。評議会も回収屋も。この、広くもない終端のなかで、永遠に、隠れ続けるなんて、できるはずが、ない。いつか、見つかる。そのたびに、星は力を使い、消耗する。そして誰かが、また犠牲に、なる。宵さんのように。この、繰り返しの、果てに、あるのは、破滅だけだ。俺には、それが、見えていた。だから逃げるだけでは、だめなんだ。この、袋小路から、抜け出す、道を。根本から、状況を変える、何かを。見つけなければ、ならなかった。だがその糸口が、どこにあるのか。俺には、まだ見えていなかった。ただ姉さんの遺したものに、細い望みをかけるしか、なかった。
だが一つだけ、手がかりが、あった。
宵は逃げる前。まだ地下で、匿ってくれていたころ。ふと俺にこう、言い残していた。星の練習を眺めながら。
――詩織は、原初の終縞のことを調べていた。あの子は、何かに、気づいていた。あの子の遺した終縞を探しな。そこに、答えが、あるかもしれないよ。
姉さんの終縞。
二年間、探し続けて、見つからなかった、あの星。それが、この、絶望的な状況を変える、鍵かもしれない。俺はその言葉に、細い希望をつないでいた。
◇
だがその考えを口にする前に。星のほうが、先に、動いた。
ある夜。俺が目を覚ますと、隣に、星がいなかった。
俺は飛び起きた。血の気が、引く。廃墟のなかを探す。名前を呼びながら。星。星。声が、崩れた壁に、反響する。だが返事は、ない。
星は崩れた建物の、屋上に、いた。夜空を見上げて。その体からは、また薄い光が、こぼれ始めていた。ゆっくりと。空へ、伸びていくように。
「星! 何、してるんだ」
俺が駆け寄ると、星は振り返った。その顔は、静かで、覚悟を決めたような、表情だった。廃墟で見せた、あの、静けさだった。
「灯。わたし、やっぱり、きめたの」
星は夜空を指さした。無数の、星屑を。
「あそこに、のぼれば。わたし、もとの、星屑に、もどれる。……そうすれば、だれも、わたしを、よめない。よまれなければ、せかいも、おわらない。灯も、あぶないめに、あわない。もう、だれも、しななくて、すむ」
俺の血の気が、引いた。
「お前……何を、考えてる」
「わたしが、じぶんから、そらに、かえれば。だれも、きずつかない。……これが、いちばん、いい、ほうほう。ずっとかんがえてたの。これしか、ないって」
星の体の光が、少しずつ、強くなっていく。空へ、昇ろうと、しているんだ。自分の意志で。俺のために。みんなのために。自分を消すことで、すべてを丸く、収めようと。
◇
「やめろっ!」
俺は星に飛びついた。その体を抱きしめる。離すまいと。全身で。
「行くな。行かせない。……お前が、消えて、何が、いちばんいい、方法だ。ふざけるな。俺は、お前を、生かすって、決めたんだ。宵さんも、姉さんも、そのために、命を、かけたんだ。なのに、お前が、消えたら……俺は、何のために……っ」
俺の声は、震えていた。涙があふれた。星の薄い光が、俺の涙を照らす。
星は俺の腕のなかで、動きを止めた。体の光が、少しずつ、弱まっていく。空へ昇るのをやめたんだ。俺の涙を見て。俺の叫びを聞いて。
「……灯」
「頼む」と俺はしぼり出した。「消えるなんて、言うな。……俺を、置いていくな。俺は、もう大事な人を、失うのは、嫌なんだ。姉さんも、宵さんも……もう、じゅうぶんだ。これ以上、失ったら……お前まで、いなくなったら。俺は、もう立っていられない」
言葉が、続かなかった。俺はただ星を抱きしめて、泣いた。子どものように。この子の前で、何度、泣いただろう。だが繕う気には、なれなかった。この涙が本心だった。
しばらく星は黙っていた。それからそっと俺の背中に、手を回した。小さな手で、俺を抱き返す。
「……ごめん、灯」と星は言った。「わたし、まちがってた」
「星……」
「わたし、じぶんが、きえれば、みんな、しあわせに、なると、おもってた。……でも、ちがうんだね。灯を、かなしませることが。いちばん、いけないこと、なんだね。わたしが、きえたら。灯が、いちばん、かなしむ。それじゃ、いみが、ないんだ」
◇
星は俺の顔を両手で、包んだ。むき出しの手で。光が、俺の頬をあたたかく、照らす。涙をぬぐうように。
「わたし、いきる」と星は言った。はっきりと。今までで、いちばん、強い声で。「灯と、いっしょに。にげるだけじゃ、なくて。どこかに、ある、べつの、みちを、さがす。ふたりで。……もう、じぶんから、きえたり、しない。やくそくする」
その言葉に、俺は顔を上げた。星の目は、もうあの、静かな覚悟の色じゃ、なかった。生きようとする、意志の、光だった。
「……ああ」と俺はうなずいた。涙をぬぐって。「一緒に、探そう。第三の道を。……お前を、読まずに。世界も、終わらせずに。誰も、犠牲にしない、道を。時間が、かかっても。どんなに、遠くても」
「そんな、みち、ある、かな」
「わからない」と俺は正直に、言った。「でも、探す。見つかるまで。……姉さんが、その、手がかりを、遺してるかもしれない」
俺は星に宵の言葉を話した。姉さんが原初の終縞のことを調べていた。姉さんの終縞に、答えが、あるかもしれない、と。宵さんが、遺してくれた、その、手がかりを。
星はじっと聞いていた。それからこくりと、うなずいた。目に、小さな、希望の光をともして。
「……おねえさんの、星、さがそう。ふたりで。きっとみつかる」
「ああ」
俺は星の手を握った。あたたかい。まだあたたかい。この、あたたかさを消させはしない。
二年間、俺は姉さんの星を自分の慰めのために、探してきた。読めば、許されるかもしれない、と。だがこれからは、違う。この子を生かすために。二人の、未来のために、探すんだ。姉さんが遺してくれたかもしれない、答えを。
夜空を見上げた。無数の星屑。そのなかに、姉さんの星がある。今までは、途方もない、と思っていた。だが今は、違う。あの空のどこかに、俺たちを救う一行が、あるかもしれない。そう思うと、あの、冷たい夜空が、少しだけ、希望に、見えた。
「灯」と星がぽつりと、言った。「わたし、いままで、じぶんのこと、なにも、わからなかった。どこから、きたのか。なんのために、いるのか。……こわかった。じぶんが、なにか、わからないのが、いちばん、こわかった」
「ああ」
「でも、いまは、ちがう。わたしは、灯を、まもりたい。灯と、いっしょに、いきたい。……それだけは、はっきり、わかる。じぶんが、なにか、わからなくても。それさえ、あれば、こわくない」
その言葉に、俺は胸を打たれた。この子は自分の正体も、行く末も、何も、わからないまま。それでもたった一つの、たしかなものを見つけた。俺を守りたい、という、気持ちを。その、まっすぐさが、まぶしかった。俺はこの子に何度、救われるんだろう。守っているつもりでいつも俺のほうが、救われている。
「俺も同じだ」と俺は言った。「お前と、一緒に、生きたい。それだけは、はっきり、わかる。……だから、探そう。二人で、生きられる道を。何年、かかっても」
星はこくりと、うなずいて、俺の肩に、頭を預けた。
やがて東の空が、うっすらと、白み始めた。人工の夜にも、朝は、来る。俺は星の肩をそっと抱いた。今日から、また新しい一日が、始まる。逃げるだけの一日じゃ、ない。第三の道を探す一日だ。目的が、あれば。人は、どんな苦しい道でも歩いていける。俺はそう信じることに、した。
俺と星は廃墟の屋上で、長いあいだ、その空を見上げていた。二人、寄り添って。消えない光と、消させない決意を抱いて。長い夜がゆっくりと更けて、そして明けていった。
朝の光が、崩れた街並みを、うっすらと照らし出していく。今日から、探すための一日が始まる。二人ぶんの影が、その光に、長く、伸びていた。
一緒に生きる。第三の道を、二人で探す。
星の遺した手がかりを頼りに、灯は前を向く。次で、思わぬものが見つかる。




