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第14話 涸れた星読み

 宵の口から、この世界の成り立ちが語られる。

 天網、灼き落とし、そして原初の終縞。星が背負うものの正体だ。

 宵は俺たちをしばらく匿ってくれることに、なった。


 地下の部屋は、狭かったが、安全だった。入り口の穴は、外からは、ただの崩れた壁にしか、見えない。長年、この街の底で、身を隠して生きてきた宵の知恵だった。追手も、そう簡単には、見つけられないだろう。俺は久しぶりに、肩の力を抜くことが、できた。眠るときも、片目を開けていなくて、いい。それだけで、体が、軽くなった気がした。


 星も少しずつ、落ち着いてきた。宵が出す薬草の湯を飲むと、光の戻りが、早くなるようだった。宵は星の体のことを根掘り葉掘り、聞かなかった。ただあたたかい湯を淹れ、あたたかい粥を炊いてくれた。それが、かえって、俺たちには、ありがたかった。


 その夜。宵は俺と星を前にして静かに語りはじめた。青白い灯りの下で。



◇



「坊や。あんた、その子が、何なのか、知ってるのかい」


 俺は答えに、迷った。だがこの人には、隠せない気が、した。宵はもう俺たちの、味方だった。


「……原初の終縞、だと。久遠さんが、そう言った」


 久遠、という名を出すと、宵の眉がわずかに動いた。何か、苦いものを口にしたような、顔だった。


「久遠。……あの男が、動いてるのか」宵は低く、つぶやいた。「なるほどね。それで、合点が、いった。あんたたちが、これほど必死に追われてる、理由が」


 宵は星をじっと見た。星は身を縮めて、俺の後ろに、隠れるようにした。だが宵の目は、責める色じゃ、なかった。むしろ憐れむような、目だった。


「その子は、確かに、原初の終縞だよ」と宵は言った。「あたしには、わかる。涸れたとはいえ、昔は、星読みだったからね。……その子の体から、こぼれてる光は、ふつうの星屑とは、桁が、違う。あれは、この世界の、いちばん、古い記憶だ。何万年ぶんもの、重みが、あの、細い体に、詰まってる」


 俺の背筋が、寒くなった。あらためて、他人の口から、それを聞くと、現実の重みが、増した。星はただの、女の子じゃ、ない。この、世界そのものと、つながった、存在なんだ。俺が名前をつけて、飯を食わせている、この子が。夜色の瞳で、俺を見上げる、この子が。


 だがと、俺は思った。それが、どうした、とも。この子が世界の記憶だろうと、原初の終縞だろうと。俺にとっては、星は星だ。名前を喜び、白湯をあたたかいと言い、花をきれいだと言う、あの、星だ。どんな大層な、正体があろうと。俺の見てきた、この子の姿が、嘘に、なるわけじゃ、ない。俺はそう自分に、言い聞かせた。正体に、のみこまれるな。俺が守りたいのは、肩書きじゃ、ない。この子、そのもんだ。


「いちばん、古い記憶……?」


「そうさ」と宵はうなずいた。「昔、この世界は、天網ってものに、つながれてた。人の心も、記憶も、街の仕組みも、なにもかも。天網は、すべてを、覚えてた。すべてを、記録してた。……その、いちばん最初の記録。世界が、始まったときの、たった一行。それが、原初の終縞さ。すべての、始まりの、コード」



◇



 宵の話は、続いた。俺は息を詰めて、聞いた。


「灼き落としってのは、天網が、暴走したことだって、みんな、そう習っただろう。……だが、あれは、暴走じゃ、ない。あたしは、そう思ってる。あれは、天網が、自分で、自分を、焼いたのさ」


「自分で……?」


「ああ」と宵は目を伏せた。「なぜだか、は、あたしにも、わからない。長年、考えても、答えは、出なかった。ただ、天網は、あの夜、地上のすべてを、焼き払った。人の記憶を、星屑に変えて、空へ、打ち上げた。……そうやって、世界を、いったん、白紙に、戻そうとした。そんな、気がするんだよ。まるで、書き損じた紙を、破り捨てるみたいに」


 俺は息を呑んだ。灼き落としが、天網の意志だったなんて。そんな話は、初めて、聞いた。学校でも評議会でもあれは、ただの、事故だと、教えられてきた。制御を失った、機械の、暴走だと。


「そして」と宵は星を見た。「天網は、最後に、一つだけ、残した。世界をもう一度やり直すための、種を。……それが、原初の終縞。その子だよ。破り捨てた紙の、いちばん端に、書き残した、次の物語の、書き出しの一行さ」


 星がびくりと、震えた。


「その子を、読めば」と宵は続けた。「天網は、再起動する。焼ける前の世界に、戻るかもしれない。あるいは、まったく、新しい世界が、始まるかもしれない。……どっちにしろ、今の、この世界は、消える。今、生きてる、みんな、ろとも。この、街の底で、必死に生きてる、あの人たちも」


 俺は手を握りしめた。


 久遠はそれを狙っている。焼ける前の世界。姉さんが生きている世界。そのために、この子を読もうとしている。今の世界を犠牲にして。


「……じゃあ」と俺はしぼり出すように言った。「この子を、守るってことは。今の世界を、守るってことか」


「そういうことに、なるね」と宵はうなずいた。「その子が、読まれなければ、世界は、続く。読まれれば、終わる。……その子は、世界の、生殺しの、鍵なのさ。この、細い体、ひとつで」



◇



 俺は星を見た。


 星は青ざめた顔で、うつむいていた。自分が、そんなものだったなんて。世界の運命をその細い体に、背負っていたなんて。この子は知らなかった。ただ俺のそばで、笑っていたかっただけなのに。飯を食い、名前を呼ばれ、あたたかい、と喜んでいたかっただけなのに。


「……わたし」と星が小さく、言った。「わたしが、いなければ。よまれる、しんぱいも、ないんだね」


 その言葉に、俺ははっとした。この子はまた自分を責めようとしている。あの、抜け殻の男たちを見たときと、同じだ。何かあるたびに、この子は自分を消そうとする。


「そうじゃ、ない」


 俺は星の肩をそっとつかんだ。


「お前が、いなければ、なんて、考えるな。お前は、いていい。ここに、いていいんだ。読まれなきゃ、それでいい。俺が、読ませない。それだけの、話だ」


 星は俺を見上げた。その目に、また涙がにじんでいた。


 宵がそれを見て、ふっと、笑った。柔らかい、笑みだった。


「……あんた、詩織に、似てるね」


 俺は顔を上げた。


「まっすぐで、優しくて。ばかがつくほど、優しい。……あの子と、そっくりだよ。血は、争えないねえ」


 その言葉が、胸に、しみた。俺は姉さんに似ているだろうか。あの、命がけで、他人を救った、姉さんに。似ていたい、と思った。心から。あの人のように生きたいと。



◇



「宵さん」と俺は言った。「一つ、頼みがある」


「なんだい」


「この子の、力を。制御する方法を、知らないか。……この子は、力を使うと、消耗する。光が、減る。無理をすれば、消えちまう。それに、無意識に、人の記憶を、消してしまう。それを、自分で、抑えられるように、なりたいんだ。この子が、自分の力に、怯えずに、すむように」


 宵はしばらく俺を見ていた。それから、星に目を移した。値踏みするような、だがどこか優しい目で。


「……力の、抜き方、かい」


 宵はゆっくりと立ち上がった。皺だらけの手を星のほうへ、差し出す。


「いいだろう。星読みの、最後の、仕事だ。……その子に、教えてやるよ。力ってものと、どう、つきあっていくかを。抑えこむんじゃ、ない。飼いならすのさ。長いこと、あたしも、そうやって、あの、恐ろしい読む力と、つきあってきた」


 星がおそるおそる、その手を見た。それから、俺を見た。俺はうなずいた。大丈夫だ、と、目で、伝える。


 星はそっと宵の手に、自分の手を重ねた。指先の光が、宵の手を包む。俺は思わず息を詰めた。だが宵は消えなかった。記憶も、失わなかった。


「……ほう」と宵は目を細めた。「消さないで、いられるじゃないか。ちゃんと、心で、抑えてる。……筋は、悪くないよ、お嬢ちゃん」


 宵は、しばらく、星の手を、包んだまま、何か、考えるような顔を、した。


「……妙な、子だね」と、宵は、つぶやいた。「読む力ってのは、奪う力だ。触れたものから、記憶を、吸い上げる。……なのに、この子の力は。ときどき、逆に、流れてる気が、する。吸うんじゃ、なく。……こぼしてる、みたいに」


 俺は、その言葉に、引っかかった。逆に、流れる。奪うんじゃなく、こぼす。……それが、どういう意味なのか。そのときの俺には、わからなかった。だが、宵の、その一言は。なぜか、頭の隅に、小さな棘のように、残った。


「まあ、いい」と、宵は、笑った。「力の、正体なんざ。使いながら、掴んでいくもんさ。……奪うだけが、星読みだと、思うんじゃないよ、お嬢ちゃん」


 星の顔に、初めて、ほんの少しの、自信のような色が、浮かんだ。誰かに、力を認めてもらえた。恐れられるんじゃ、なく。それが、この子には、何より、うれしかったんだろう。


 俺はその光景を静かに見ていた。姉さんが遺してくれた縁が、この子を救おうとしている。そんな気が、した。二年前に逝った姉さんが今も、俺たちを導いてくれている。そう、思わずには、いられなかった。


 その夜、俺はなかなか、寝つけなかった。宵の話が、頭のなかで、ぐるぐると、回っていた。原初の終縞。天網の意志。世界をやり直す種。……あまりにも、大きすぎる話だった。俺のような、街のはずれの、一介の星読みが、背負えるような、話じゃ、ない。だがその、途方もない運命の、まんなかに。俺のたった一人の、守りたい相手が、いる。逃げるわけには、いかなかった。俺は隣で眠る星の寝顔を見た。穏やかな、寝息。この、あたたかい寝息を守るためなら。俺はどんな、大きな運命とでも向き合ってやる。そう静かに腹をくくった。

 星は、世界の生殺しの鍵だった。読まれれば終わる。読まれなければ続く。

 その重すぎる事実を前に、灯は、力の制御って細い希望に賭ける。

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