第三百八十三話
リズが気になっていたという店は、彼女らしい可愛い雰囲気のカフェだった。
時間があるとはいえ、次の試合のことも考えると限られているため、余裕を持って戻れるようにそれぞれが一品ずつスイーツや軽食を注文して食べ終えるとすぐに闘技場へと戻って行った。
「それじゃ、うちたちは上で見てるからがんばってねー!」
ぶんぶんと大きく手を振るはるなや柔らかく微笑むリズ、無表情で手を振る冬子に見送られて大輝と秋は各自の控室へと向かう。
「大輝、決勝で会いましょう」
「あぁ、楽しみにしているよ」
不敵な笑みを浮かべつつの秋の言葉に大輝は爽やかな笑顔で答える。自分ならば、そして秋ならば必ず決勝にあがれる。そう考えているがゆえの自信のある笑顔だった。
係員によって案内された控室はこれまでと違って個室だった。
「予選と第一試合では人数が多いのであえて分けることはしませんでしたが、ここからは控室が東西南北の四つに分かれます」
それが係員からの説明だった。準決勝となる次の試合はもう四人だけだからだろう。
大輝にとっては願ったりかなったりだった。
もしもう一人の参加者に秋のことを質問されても面倒この上なく、また集中するためには個室であるほうが好ましかった。
「それでは、開始前になったら声をかけますのでそれまでお待ち下さい」
係員の言葉に頷くと大輝は近くにあった椅子に腰かけ、静かに目を瞑りゆっくりと精神の集中を始める。
大輝だけ残った室内はしんと静まり返り、冷たく張り詰めたような空気が満たされていく。そうしてしばらくすると会場の歓声が控室まで聞こえてくる。準決勝の開幕が告げられたのだろう。
しかし、それでも大輝はピクリとも動かない。
「そろそろ時間ですので……」
待ちきれなくなった係員が控室に入り、声をかけるが、思わず言葉を飲み込んでしまう。それほどに大輝は声をかけづらい雰囲気だった。
「……あぁ、そろそろですか」
時が満ちたようにゆっくりと目を開いた大輝は係員に気づき、静かに立ち上がると通路へと向かう。
「っは、はい、お願いします!」
はっと我に返った係員は目の前を歩く大輝の周囲の空気が揺らいでいるような錯覚を覚える。ごしごしと目をこすれば気のせいだったかのようにそれはわからなくなった。
薄暗い通路を大輝はゆっくりと踏みしめるように進んで行く。秋はこの戦いを見るのだろうか、それとも自分の番が来るまで控室で集中しているのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていく大輝。心地よい緊張とほぐれた身体はとてもリラックスしていた。
そして通路を抜けると、わあっという大きな歓声に迎え入れられる。眩しささえ感じる会場は熱気さえ感じられた。
「――前の試合よりも人が多いなあ」
遠くを見つめつつ、大輝はそんな感想を漏らす。
その言葉のとおり、休憩前の試合と比較すると格段に観客の数が増えており、座り切れなかった立ち見の観客までいた。
その観客の盛り上がりとは反して、大輝の心は落ち着いていた。
「まだ、こんな場所で心を乱すわけにはいかないよね。……でも、まずは彼か」
決意を固めた大輝はここで初めて向かいの通路からやってくる対戦相手に視線を向けた。
「さあ、両者入場しました! 準決勝第一試合の組み合わせですが、人族の国からやってきた剣士ダイキッ! 対するは豹の獣人の剣士、バーザムッ!」
熱い感情の込められた声を出す司会者によって両者の名前が会場内にアナウンスされると、会場はより一層大きな歓声に包まれる。
開始場所に二人があがると、間に立つ審判より二人へとルール説明が行われる。それは前の試合でも説明されたものと同じであり、二人は早く戦いたいという気持ちが強く、互いに相手を見ていた。
しかし、二人の視線の種類は違った。
バーザムのものは、対戦相手である大輝を睨み付け、いまにも殺さんというほどの鋭く強い視線。
一方の大輝のものは、通過点であるバーゼルを早く倒し、決勝で秋と戦いたいというものだった。
互いの目的は一致していた。目の前の相手を倒したい。ゆえに、試合は滞りなく始まる。
「それでは、準決勝第一試合ダイキVSバーザム――はじめ!」
開始の合図を受けてバーザムは構えると一目散に大輝へと向かってすさまじい勢いで走っていく。その速さは、豹の獣人である彼ならではのもので、ともすれば動きに目が追いつかない観客も多かった。
しかし、その場から動かず武器を構える大輝の目にはバーザムの動きはハッキリととらえられていた。
「速いですね」
バーザムは肉弾戦を得意とする他の獣人とは異なり、拳に何かを装備しているわけではなく、短めの剣を両手に装備していた。素早さを阻害せず、かつある程度のリーチで戦える武器。それを彼は選択していた。
「あぁ、これで終わりだ」
標的に狙いを定めた獣のような表情をしたバーザムは大輝の言葉に答えながら彼の首元を狙って素早く剣を振り下ろす。
誰もがこの一撃でバーザムの勝利は確実なものだと判断していた。
「ですね」
諦めなど一ミリも感じさせない大輝のこの言葉とほぼ同時に二人は交錯した。
ドンッという大きな音とともに砂煙が舞う。石の舞台でどうしてそんなものが舞い上がったのか、それを疑問に思うものもいたが、それ以上に驚くべきことが舞台上で起こる。
「――ふう、速かった」
バーザムの勝利を確信していたほとんどの観客は前のめりに立ち上がり、目を見開いて舞台上を見ている。
その理由は倒れたのが大輝ではなくバーザムだったためである。
砂煙で見えなくなった一瞬のうちに何が起こったのか。
それは会場にいる実力者にだけ把握できた事実だった。
バーザムは右手の剣で的確に大輝の首元を狙っていた。しかし、それは攻撃を見切っていた大輝の剣によってあっさりと弾かれてしまう。それはバーザムも起こりうることだと予想しており、その剣は最初から捨て石と考えていたため、目もくれない。
彼の本命は左手に持つ、風の魔剣。剣を振る速度を上げるために風を巻き起こして追い風にしている。バーザムは一撃必殺といわんばかりに急所を的確についた攻撃を放った。
これで決まったそう思ったバーザムだったが、大輝はそれも見抜いていた。彼もここまで戦ってきた中で急成長を遂げていたのだ。
相手が風の魔法の力を使うなら自分もと、風の魔法を発動する。それはレベルの高い魔法ではなく、低ランクのものだった。
初級魔法の風の壁――ウィンドウォール。
小さな竜巻を起こすような魔法の壁ではバーザムの剣を止めることはできない、それは大輝にもわかっていた。
「でも、一瞬あれば十分だ」
先ほどバーザムは右手に持っていた剣を捨て石にしていたため、その握りは甘かった。
対して大輝も全力で撃ち落としにいったわけではなく、次の動きにつなげる余裕を持たせていた。
だが今度は全力で左手の剣を撃ち落とし、それと同時に素早く身体を回転させ、ぐるりと回転して剣の腹でバーザムの首元を思い切り叩いていた。
その攻撃によってバーザムは意識を失い、地に伏せて動かなくなったのだった。
「っ……すごい……」
観客席で全ての攻撃が見えていたはるなは最後の一撃を放った大輝から視線を逸らせなくなったまま、呆然と呟いた。その言葉は前の試合のようにおちゃらけたような誉め言葉ではなく、いつの間にか成長していた大輝の力に素直に感動し、そしてじわりと焦りを覚えているようだった。
「――し、勝者、ダイキ! 準決勝第一試合の勝者は人族の剣士ダイキ選手です!」
予想外の展開に司会者だけでなく観客たちも驚き、会場は一気に爆発したかのように大きな歓声が沸き起こった。
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