第三百八十二話
秋が魔法で作り出した炎の剣はガバンの剣の腹へと真っすぐに向かって行く。
「せいやあああ!」
気合一閃――ガバンの気迫みなぎる体の魔力のオーラを狙って切り伏せた。その瞬間、彼の体を包んでいたものがパキンと音を立てて霧散した。その余波でガバンは地面に膝をつく。
「……まだやる?」
少し首を傾けて秋は魔法剣を左手で持ち、剣先を向けてガバンへと質問する。
「……いや、まいった。手も足も出ん」
自身の剣は遠くに弾き飛ばされ、次の手だった武術も封じられてしまった。剣先を当てられてもじっとしていたガバンは一瞬考えたが、この状況ではどうあがいても秋に勝てると思えずおとなしく負けを認めることにした。
「魔法剣っていう奥の手がなかったら私のほうがやられていたかもしれないわ」
剣をしまいつつ秋は自分の力に慢心することなく、思っていることを口にしていた。
「……本当にそう思っているようだの。あれだけの力を持っていて、まだ上を見ているとあってはわしに勝てる道理はないようだ」
少しうつむきながら目を閉じたガバン。若く力を持っていながら、まだまだ先を見ている秋を見て、彼は自分の出番は終わりであることを悟った。
「……この大会でわしも引退するとしよう」
すっと目を開き、ゆっくりと立ち上がりガバンはそう宣言する。
「あら、そうなの? まだまだいけそうな気がするけど……だって、あれだけの力を持っているならまだ成長できるじゃない」
諦めるなんてもったいないという秋の言葉を聞いて、呆然と立ち尽くしたガバンは目を見開いている。
「なんか喋り方からお年寄りを気取ってるみたいだけど、見た感じまだ四十代くらいよね? だったら、まだまだ伸び盛りだと思うけど。まあ、あなたのやる気が尽きたのであればしかたないけどね」
肩をすくめた秋はさらりとそう言うとガバンに背を向けて、いつの間にか舞台に上がってきていた審判のもとへと向かう。
「――勝者アキ!」
勝ち名乗りを受けた秋はすっきりとした表情で手をあげ、歓声に応えている。
その後ろ姿を見ていたガバンは拾い上げた自身の折れた剣に視線を向ける。厳めしい顔に刻まれた皺はさらに深くなる。
「……まだ、成長できる……か」
持ち手を強く握りながら、秋の言葉を自分の中でゆっくりと噛み砕いていく。
再び視線をあげると、いまだ歓声を受けている秋の姿が目に入った。彼女は決して自分の実力におごることなく、しかし称える声にはしっかりと応えている。
「まだまだ甘かったようだな。目の前の相手の力量を量り切れず、他の者に目を向けていたわしの心の甘さが招いた結果だな……」
腕を鍛え、心を鍛えることでまだ先があるかもしれない。
そう考えたガバンの心には強い炎が灯り始めていた。
「一つ言っておくけど、私の力量をちゃんと見誤らずにはかれてたとしても私が勝ってたから、そこのところは勘違いしないように!」
とても小さく呟かれたはずのガバンの呟きは秋の耳に届いており、びしっと指をさしつつ彼の勘違いを訂正した。
「ふ、は、ははっ! ……まあそうだのう。しかし、次は負けないぞい!」
一瞬呆気にとられたあとガバンは乾いた笑いをこぼす。確かに彼女の実力はそれだけ上にあると考えなおし、更には自分の今後の成長を考えて負けないと断言するにまで至った。
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
やる気を取り戻したガバンに気づいた秋はうれしそうに笑顔を見せた。その笑顔は誰もが見入ってしまうような魅力的な笑顔であり、観客の中にもその表情に魂をぎゅっと惹きつけられた者が少なくなかった。
「それでは、休憩をはさんで二時間後に準決勝にうつりたいと思います。選手の皆さまは時間までに各自控室にお戻り下さい。戻られない方は失格となってしまいますので、ご注意下さい」
会場に今後の案内がアナウンスされて、観客たちは空いた時間に食事や休憩に向かって行った。
観客の波に紛れながら、大輝と秋もみんなのもとへと戻ってきていた。
「それじゃー、どうしよっか?」
にっこりと笑顔ではるながみんなに質問する。主にはこれから試合が待っている二人にだったが、その二人は他の面々の答えを待っていた。
「えっと、軽く何かを食べるというのはどうでしょうか? これから試合があるというのに、たくさん食べては試合に支障が出るでしょうし、喫茶店などで軽食を頂くのがよいかと」
これは待ってくれていることを感じ取ったリズの提案だった。
「うーん、そうね。試合中にお腹痛くなっても嫌だし、そうしましょうか」
「そうだね」
秋と大輝、二人の賛同は決定とほぼ同じ意味を持っていた。
「それじゃ、いこー! ……って、いいお店知ってる?」
先頭きって腕を意気揚々と上げて動き始めたはるなだったが、思い当たる場所がないことに気づいて立ち止まると、振り返ってみんなに質問する。
「あ、あの、いいお店かどうかはちょっとわからないのですが、道中気になる店があったのでそこに行ってみてはどうかと……」
答えたのは今度もリズだった。遠慮がちながらもそもそも心当たりがあったからこそ最初の提案をしていた。
「よーっし、それじゃそこのお店にいこー!」
「おー!」
はるなのテンションについてきたのは秋だけだった。秋は先ほどの試合でテンションが上がっており、いまだ収まっていなかったようだ。珍しい彼女の態度に皆がその場で固まってしまった。
「……な、なによ。私だってたまにはいいじゃない」
こちらの世界に来てから秋は抑え役に回ることが多く、こういったノリノリな様子が珍しかったため、みんなが驚いていた。気まずげに皆をにらむ秋はどこか照れも混じっているようだ。
「うんうん、いいよいいよ! あきちゃん、いこー!」
最初に我に返ったはるながはしゃぐように秋の手を引っ張って再び先導していく。
「ちょ、ちょっとはるなったら!」
引きずられるように歩き出した秋も声は怒っていたが、表情はまんざらでもない様子だった。
「ははっ、僕らも行こうか」
大輝が笑って冬子とリズに声をかけ、はるなたちのあとをついて行く。
無表情で冬子は頷くだけだったが、落ち着きのないリズは何か言いたい様子だった。
「――えっと……どこの店かまだ私、言ってませんよね……?」
先に闘技場から出たはるなたちが急いでUターンして戻って来るのは、その呟きからすぐのことだった。
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