第5話 健吾さんがいなくなった日の出来事1
健吾さんがいなくなったその日、私は健吾さんと離れていた。大抵私は健吾さんのコートのポケットに入れてもらって一緒に行動しているのだけど、そのときは、健吾さんは「王子」としての役割を果たすために翼の城の広間に行かないといけなかった。
健吾さんは翼の城の王子の身代わりとしてこの城に来ているからというので、本物の王子が参加すべき行事に、代わりに出席することがあった。そういうときは、私はコートのポケットに入ってついていくことはできなかった。それで、そのときもいつもの野バラの庭に残されていた。真田も本当は行ってはいけなかったのだけど、こっちはこっそりついて行っていた。
そしてそんなとき、大抵ルエットさんか巧さんが私の側にいて、魔法の訓練を見てくれた。
その日は巧さんがいてくれた。巧さんはその頃はもうずっと翼の城にいた。前みたいに行ったり来たりじゃなく。そして、前みたいな子どもの姿ではなく、健吾さんと同じくらいの身長になっていた。本人によると、高校二年の学年なんだって。
巧さんは本当に何でもできた。魔法だけではなく、剣術だってできた。庭で時々健吾さんと剣の打ち合いをしてたけど、負けなかった。健吾さんは、巧さんは健吾さんに合わせてくれてるんだって言っていた。
その日、私は巧さんから魔力操作を習っていた。私は結界魔法と治癒魔法と移動魔法が得意で、健吾さんを守るのにはそれで十分だったけど、巧さんは更に、元の世界に戻ったときにも役立つからと、魔力そのものを操る魔力操作と魔力探知の訓練をさせていた。
巧さんは真田にも訓練させようとしていたけど、真田は断っていた。元の世界に戻っても、今の魔法で十分やれるから、って。真田は私と違って、いろいろできた。私ができない電撃とか炎とか風魔法とか、そういう攻撃系を。私が使える結界魔法や治癒魔法だって私ほどじゃないけどできるし、移動魔法も、私のとはちょっと違う系統のものを使える。どちらかというと、私よりも細かい魔力操作が得意っていう感じ。完全に魔力を周りと同化させて気配を消すことだってできる。この気配隠蔽のおかげで、真田は一人で城の中を出歩いても危険な目に遭ったことはなかった。私は怖くて無理なんだけど。庭を出るときは、健吾さんといつも一緒。
行事が終わるときいていた時間より少し過ぎた頃、ルエットさんが庭に戻ってきた。
「あれ、王子は?」
ルエットさんは最近は健吾さんのことを「王子」と呼んでいた。
「まだ戻ってないけど?」
巧さんが答える。先に戻ったと思ったんだけど、とルエットさんは言った。ちょっと行事でトラブルがあって、広間から待避できる者はしようという流れになって、ルエットさんは出たんだけど、そのとき、健吾さんが先に出て行くのを見たんだって。
「トラブルって?」
巧さんが訊く。今日の行事っていうのが、いろんな世界から新たな訓練生を受け入れるための儀式で、ここで死んでも怪我をしても翌朝には復活するための魔法を訓練生に掛ける。その儀式には女王が立ち会うのだけど、そんな場が乱れるとか、きいたことがない。
「参加している国の一つに神人の国があって。そこの随行員が気に喰わないって、女王の機嫌が悪くなったんですよ。それだけではなくて、それにおもねった魔女の一人がその随行員に難癖をつけはじめて。それでまた女王のイライラが募って、空間が不安定になったんですよ」
「不死の魔法は成功したのか?」
「それは勿論。ただ、出席していた国の中でも、女王の荒れっぷりに使者が耐えられない国っていうのがあって。楽人の国とか、そそくさと出て行きましたよ」
「楽人の国?あそこはそんなに強力な戦士はいらないだろ」
「宮廷に置く戦士長には翼の城の訓練をくぐり抜けたっていう経歴が必要なんだそうですよ」
巧さんは呆れたような表情をしながら私に、
「ミルクティ、真田に連絡をとれるか」
巧さんに言われて、私は心で真田に語りかけた。これも魔法のうちの一つ。そして、一緒のときにこの世界に来たからか、私は真田と簡単に繋がることができた。
そのときも真田とはすぐに繋がれた。健吾さんと一緒にいるのか、ときくと、真田は、一緒にはいない、というか広間が今大変なことになっていて身動きがとれない、と言ってきた。ルエットさんが広間から出た後も真田は残っていて、ちょうど目の前で魔女と神人とが魔法合戦を始めてるんだって。
「魔法合戦?」
巧さんも真田との会話に入ってきた。巧さんはこういう魔法があまり得意ではないんだそうで、例えば通信魔法の最初だけは私とかにやらせて、後からそれに乗っかってくることが多い。そういうときはすんなりと魔法に入ってきて、本当に不得意なのかな、と思えるくらいなのだけど。
真田は言った。
「そう言うしかない光景ですよ。魔法で作り出されたものすごい光と風と音が行き交ってます。ていうか、神人って何なんですか。すごい美形だなと思って見とれてたら、こんなに戦闘力が高いとか」
「そりゃ神人だからな。しかも翼の城に国の代表として来るくらいだから、当然優秀だろ」
「そうかもしれないけど、ズルいですよ。巨人なのに身軽で魔法もバリバリ使えて魔女に一歩も譲らないとか。私にもその身長寄越せ!っての」
「巨人なの?」
私が思わず訊くと、真田はすぐに返してきた。
「ええ。巨人です。ビル何階分になるんですかね、あれ。少なくとも前に博多で見たロボットの実物大模型と同じくらいの高さはありますよ」
言われても私にはよくわからない。
巧さんは言った。
「城の中で魔女と神人に戦わせ続けることはできないだろう。そのうちに他の魔女だか神人の国の使節団の誰かが仲裁に入る。それまでお前は隠れておけ」
「勿論ですよ。こんな中にのこのこ出て行く馬鹿がどこにいるかっての」
通信はそこで終えることにした。真田だって、こっちとのやりとりに神経をさいていたら、自分の身に危険が迫っていることに気付くのが遅くなるかもしれないから。本人はそんなヘマはしない、と言うけど、もしものことがあったら私が嫌だから。
通信は途中からルエットさんも傍受していて、私が通信を切った後、巧さんに心配そうに、
「王子のことが心配ですね。何事もなければいいんですが」
「ああ。ルエット、城の中を探査魔法で探れるか」
「やってみましょう」
ルエットさんは野バラの庭の真ん中の地面に、木の枝で魔法陣を書き始めた。それはじきに書き上がり、ルエットさんはすぐさま探査魔法を使ったが、健吾さんの居場所はわからなかった。




