第6話 それからの私たちは
じきにグラハムさんがやってきて、アイシャさんを連れていった。後できいた話だと、アイシャさんは健吾さんのはとこにあたるのだけど、健吾さんが強い妖精の加護を受けているのが気に入らなくて、魔法で練った薬を使って健吾さんを眠らせ、海で溺死させることにしたんだそう。そんな理由で、と私は怒りと同時にものすごく呆れた。
そして私は健吾さんと電話やメッセージでやりとりするようになった。電話は必ず毎日一回はかかってくる。そういうとき、スマホをスピーカーにして真田も一緒に参加してる。だって、一対一で電話で話すの、何を話したらいいかわからないんだもの。
でも真田は、毎回呼ばれる意味がわからないって言う。
「だって、私が話に加わるのは最初だけで、すぐに二人だけで話してるじゃないですか」
……そうだっけ?
健吾さんはその翌年にはモデルの仕事で芸能界に復帰した。行方不明になっていた間のことは「よく覚えていない」「気がついたら元いた場所にいた」としか言わず。そしてその年には通信制の高校を卒業した。真田曰く、
「意地でも私たちよりも先に高校を卒業したかったらしいですよ」
だそう。私たちよりもお兄さんでいたいのかな。
何にせよ、健吾さんはとっても頑張ってるって思う。モデル以外の仕事がなかなか決まらないけど、気落ちせずにオーディションを何回も受けてる。凄いなあ、って思いながら私はいつも電話で話をきいてる。
その翌年、私と真田も高校を卒業して、東京の同じ大学、同じ学部に進学することになった。私は最初は摩耶ちゃんの家に住む予定だったのだけど、真田の親戚の家に下宿することに。大学受験の頃、何故だかおばあさん……摩耶ちゃんのお母さんが私に見合いの話を持ってこようとしたりとかいろいろ干渉するようになって、距離を置いた方がいいから、と摩耶ちゃんが言い、別に暮らすことになったんだ。相変わらず私は、おばあさんにも、お父さんとその家族にも会っていなかったのだけど、そんなところだけおばあさんは口を出してきて、摩耶ちゃんはきっと今まですっごく苦労したんだろうなと思う。
そして私が一人暮らし用の家を探しているときいた真田が、自分の親戚の家に一緒に住もう、と持ちかけてきた。親戚の人のご迷惑にならなければいいけど、と思ったけど、それは問題ないんだって。老夫婦で広い家に住んでいて、前から親戚の誰かしらを下宿させていたんだって。
「あの家で生活してあのご夫婦の薫陶を受けるっていうのが、うちの一族の通過儀礼なんですよ」
健吾さんは、私たちが東京で暮らすと知って、これで会いやすくなったね、って喜んでた。……健吾さんは私たちに会いたがっていて、真田は何回か会ってたけど、私はそういうときは理由をつけて遠慮していた。だって、住む世界が違う人だよ?仲良くなってどうするの、って。
真田は私が健吾さんに会わない理由を作り出す度に言った。
「魔女ミイヤの呪いはちゃんと続いているんですよ。つまりは氷上健吾のところにしか瑠璃さんの幸せはないってことです。後込みしててどうするんですか」
わかってるよ。誰かと一緒になるんだったら、健吾さん以外の人とでは幸せにはなれないんだって。でも下手に近づいたら、後で苦しくなるんじゃない?
そう思っていたのだけど。
大学の入学式当日、私は支度を終えて、自分の部屋で真田の準備が終わるのを待っていた。私は普通にスーツだけど、真田は袴で行くんだ、って着付け中。
と、私の部屋の戸がノックされて、この家の奥様が顔をのぞかせた。
「瑠璃さんにお客様ですよ」
誰だろう、と私は怪訝に思いながら玄関に出た。
健吾さんがそこにいた。
きちんとジャケットを着て、花束を持って。
言葉もなく立ち尽くす私に、健吾さんはにっこり笑って花束を差し出した。
「大学入学おめでとう、瑠璃ちゃん」
「あの……?」
動けないでいる私の手を取って、健吾さんは花束を持たせた。
「本当は入学式の会場に渡しに行こうと思っていたんだけど、真田とグラハムに反対されて。仕事に影響が出たらどうするんだ、って」
「それは……そうだと思います」
「うん。だから、ここで渡そうと思って。それとこれ」
健吾さんは服のポケットから何かを取り出すと、私の左手を取って、手のひらの上に指輪を置いた。
「あの、これ……?」
「うん、お守り?新しい環境でいろいろあるかもしれないから」
言いながら、健吾さんは私の手のひらに置いた指輪をつまみ上げると、ポケットから取り出したチェーンをそれに通して、今度は私の首の後ろに腕を回して、ペンダントをつけてくれた。その間、私は健吾さんの腕をものすごく近くに感じてドキドキした。え、何これ。何かの夢?
でもそんなことはなくて、つけてもらったペンダントの金属の鎖の冷たさに、これが現実のものだとわかった。
「あの、ありがとうございます。大事にします」
「うん、肌身離さず、ね?それは本当に力のあるものだから」
うん、それはわかる。確かな魔力を感じる。でも、これって。
「もしかして、魔女のクラフトですか?まさか、魔女と取引をしたんですか」
日本に戻ってきた頃から、ヤスオが健吾さんのところを訪ねてくるようになって、健吾さんは翼の城とやりとりをするようになっていたのを知っていたから、それで頼んだのかもしれない。
でも健吾さんは、
「違うよ。翼の城にいたときの小遣いの残りで作ってもらったんだ」
「小遣い、ですか?」
「うん。報酬っていうか。僕、向こうでアレクシスの代わりに結構働いてたでしょう。その対価が貯まったままになっていたから」
「間違いのない品ですね。それ、魔女ミイヤと魔女ヌビエラの合作でしょう」
後ろから声がした。
振り返ると、真田がいた。白地に赤の矢羽根の着物に紫紺色の袴を合わせている。女学生!って感じのかわいい装いだ。
「魔除け、でいいんじゃないですかね。大学は女子大なので、まさか男除けじゃないでしょ。まあ、職員に男性はいますし、合コンのお誘いなんかもあるでしょうから、それを考えれば男除けもいるかもしれませんけど」
健吾さんは私ににっこり笑いかけながら、
「それはまた用意しておくね。それで今日、入学式が終わったら、食事にでも行かない?」
私が答えるより先に真田が言う。
「いいですねえ、と言いたいところですけど。今日は卒業式の後、この家でみんなでお祝いの宴会です。どうです、氷上健吾も参加します?」
「それって、昼?夜?夜だったら、昼の食事だけでもって思うんだけど」
「昼から夜にかけての宴会ですよ。摩耶さんだけじゃなくて巧と司さんも来ますから、遠慮なくどうぞ」
「そっか、あの二人も……。それならお邪魔しようかな」
そして私たちは入学式に出発して、式が終わった後、家に戻って宴会をした。健吾さんも来た。真田が言ったとおりに巧さんや司さんも来たのを見て、
「来てよかった」
と言った。巧さんたちと会っているという話はきいていなかったので、会いたかったのかもしれない。
こうして私たちは普通の大学生として毎日を過ごした。健吾さんとは相変わらず毎日電話で話をしている。時々食事に出かけたり映画を見に行ったりして。健吾さんはモデルの仕事だけじゃなくて舞台にも出たりもした。私と真田は二人でその舞台を見にいった。健吾さんは舞台の上でもとっても素敵だった。真田も大喜びだった。
あと、巧さんに言われて、巧さんの家、あの元映画監督の家に魔法の練習に時々行ったりする。もう魔法は使えなくてもいいのだけど、せっかく身につけたものなのだから、錆びさせないようにした方がいい、と巧さんは言う。
魔法の練習のときには大抵司さんもいて、いろいろ助言してくれる。司さんがどうしてそんなに魔法を使えるのか私は不思議で仕方がないのだけど。だって、私たちみたいに異世界に行ったから使えるようになった、というのではなさそうだし。
最初は私一人で魔法の練習に行っていたんだけど、司さんに教えてもらっているっていう話を健吾さんにしたら、健吾さんも都合がつくときは一緒に魔法の練習をしに行くようになった。それまで健吾さんは魔法の練習をあまりしていなかったそうなのだけど、でもやっぱり使えた方がいいと思うから、って。
「良い傾向ですねえ」
目を細めながら真田がいう。真田も巧さんと同じ意見で、魔法の力は錆びさせない方がいい、と言っている。
魔法の練習をしておいて良かった、と私たちは心底実感することになるのだけど、それはまた別のお話。




