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魔女の呪いは恋になる  作者: 弓園千尋
エピローグ
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55/55

猫は見ていた(真田視点)

「次からは絶対に私の了解なしに勝手に健吾さんに写真を送ったら駄目だからね!」

 氷上健吾を助け出し、グラハムにアイーシャとかいう氷上健吾のはとこを引き渡して学校の寮に転移した後、瑠璃さんはすぐさま私に言った。氷上健吾は、瑠璃さんがミルクティだとわかったのは私から写真を送ってもらっていたからだと説明したらしく。

 まあ、確かに写真は送りましたよ?でも、氷上健吾が瑠璃さんの姿を知っていた本当の理由は違うでしょ。翼の城にいたときから、氷上健吾は瑠璃さんの人間の時の姿を知っていたんだし。

 あれは、私たちが翼の城にいた頃、私が人間の姿になれるようになって少し経った頃のことだった。

 私は夜の見回りから戻って、野バラの庭の四阿に向かった。ここは翼の城の中なので、たとえ上を見上げたときに空が見えていても外ではない。でも、実際に夜空とか見えると外みたいに感じるので、夜、寝るときには四阿で私たち、私と瑠璃さんと氷上健吾は寝ていた。ルエットは城の中にまた別に部屋があるらしくて、夜はそちらに行っている。

 私は四阿の手すりに飛び乗って、氷上健吾の寝台の方を見た。氷上健吾は起きていて、布団の上で眠っているウサギの姿の瑠璃さんを見ていた。

 四阿にベッドは一つしか置かれていない。だって、人間の姿で眠るのは氷上健吾だけだから。私たちにはベッドの傍にかごが用意されていて、翼の城に来た最初の頃は私も瑠璃さんもそっちのかごの中で眠っていたけど、やがて氷上健吾のベッドで一緒に眠るようになっていた。

 だから、瑠璃さんが氷上健吾のベッドで眠っているのはいつものことで、何故氷上健吾がウサギの姿の瑠璃さんをそんな風にまじまじと見つめているのかわからなかった。

 が、理由はじきにわかった。

 氷上健吾がその服のポケットから小さな緑色の葉を取り出すと、それを瑠璃さんの額に触れさせた。

 途端に魔力が満ちあふれ、瑠璃さんの姿がウサギから髪の長い女の子に変わった。目は覚まさないで、眠り続けてる。

 私は目を見張った。魔女との取引で、瑠璃さんは氷上健吾の前では人間の姿になれない筈なのに。

 氷上健吾は人間の姿になった瑠璃さんの前髪を指で軽くいじって、その顔がしっかり見えるようにした。そして瑠璃さんの頬を親指で撫でていた。

 私はベッドのヘッドボードの上に飛び乗って人間の声で言った。

「そこまでですよ。眠っている女の子に不埒な真似をすることは許しません」

「ああ……ごまだんごか。戻ってきたの」

 氷上健吾は手を瑠璃さんから離さず、視線だけ私にやりながら言った。私が人間の声で話せるようになっているのは皆に明かしていたので、氷上健吾もそこに驚くことはないのは当然だ。でも、私の言うことを意に介していないようなのはいただけない。

 私はいつでも氷上健吾に飛びかかれるよう、低い姿勢を取りながら警告した。

「瑠璃さんから手を離してください。さもないとひっかきますよ」

「ああ……ごめん。本当に目の前にいるのか確かめたくて、つい。そっか、ミルクティは本当は瑠璃ちゃん、っていうんだ」

 瑠璃さんを見ながら氷上健吾は目を細めて呟くように言った。私はまた猫の唸り声を上げながら警告を重ねる。

「だから手を離してください。本当に変なことをしたらその顔に傷をつけますよ?」

「そうされても、この城では一晩で治ってしまうけどね。……ううん、ごめん。からかいすぎた。別に変なことをするつもりはないんだ。ただ確かめたかったんだ。本当に人間の女の子なのかなって。ごまだんごは人間の言葉を喋るし、人間の姿にもなれるけど、ミルクティはそういうのが全然ないから」

「私が人間の姿になれるって、何で知ってるんですか?」

 私は、念話ができない氷上健吾と瑠璃さんの通訳も兼ねて普通に声を出して話すけれど、氷上健吾の前で人間の姿にはならないようにしていた。瑠璃さんが人間の姿になれないのに、私だけがそれをするのもどうかと思っていたからだ。

 氷上健吾はあっさりと言った。

「お姉さんたちのお茶会で人間になってるのを見かけた」

 お姉さん、というのは翼の城の魔女のことだ。魔女たちは自分たちの弟であるアレクシス王子の身代わりで来た健吾さんに姉として接していて、健吾さんも彼女たちのことを姉と呼んでいる。だからといって魔女たちが健吾さんに必ずしも甘いわけではないけど。

 というか、見られてたのか。大抵、魔女や一番目の魔女の子ども以外はお茶会の近くにも寄ってこないのに。

 私は訊いた。

「何故瑠璃さんは人間になれたんです?さっき瑠璃さんに葉っぱのようなものを当ててましたけど、あれのせいで瑠璃さんは人間に戻れたんですか?」

「完全に戻れたわけではなくて、眠っているときだけだね。ヌビエラお姉さんがくれたんだ。ミルクティはミイヤお姉さんとの約束で僕の前で人間の姿になれないけど、眠っている間なら、勝手に僕が見るだけだからミイヤお姉さんとの約束をかいくぐれるって」

「ははあ……。ん?ちょっと待ってください、それってあなたも魔女と取引をしたってことですか?」

「僕はこれまで溜まっていたお小遣いと引き替えにしただけだけど」

「お小遣い?」

 きけば、氷上健吾は翼の城で異世界への扉を開けるのに魔力を提供した際に、「小遣い」をもらえることになっているそうで。小遣いといっても金銭でもらえるわけではなく、自分の願いを叶えてもらうための対価とすることができるというもので、今回はそのうちの一部を対価としてさっきの葉っぱをもらったのだとか。

「魔女を相手にするのに、そういう安全な取引っていうのもあるんですね……。ちなみに、どうして瑠璃さんが魔女ミイヤとそういう約束をしたのかはきいたんですか?」

「うん。僕を守るためだって。そういう縛りがあったら強い力を与えることができるんだって。僕ってそんなに頼りなかったのかな」

「違いますよ。それだけ瑠璃さんはあなたに無事でいてほしかったんですよ」

 私が言うと、氷上健吾はほほえんだ。

「うん。ありがたいよね。こんな子が僕のことをそこまで思ってくれてるなんて。瑠璃ちゃんってどんな子なの?」

「いい子ですよ。本当にいい子です」

「そっか。……話してみたいなあ」

 言いながら、瑠璃さんの髪を一房手ですくい上げて髪の香りをかいでいた。私はうなり声を上げた。

「だからやめてくださいって」

「うん。わかった。見るだけにしておく」

 氷上健吾はすんなり引き下がったが、そのあっさりさ加減にひっかかるものを感じて私は訊いた。

「さっきの葉っぱの効果、今だけっていうことでいいんですよね?」

 すると、氷上健吾は視線をさまよわせた。私は追及する。

「まさか、今日だけじゃない……?」

「うん、まあ。この四阿でミルクティが眠るたびに、効果が出るようになってる」

 ということは、私が出かけている間にこの四阿にも細工をしたってことか。

「……私、毎晩、見回りのために出かけているんですけど」

「そうらしいね。ルエットからきいてる」

「瑠璃さんがそういうことになると、私、出かけられなくなるんですけど」

「何で?行けばいいじゃない?」

「できるわけないじゃないですか。こんなかわいい女の子と男子高校生を二人きりにして、その間に何かあったらどうするんですか」

「何かって……いや、別におかしなことはしないよ?ミルクティが目を覚ましたら、ウサギの姿に戻るんだし」

「それってつまり、瑠璃さんが目を覚ますようなことをしようとか考えてたってことじゃないですか!」

 私の指摘に氷上健吾は一瞬言葉に詰まったが、すぐに、

「違う、そういうつもりじゃなくて!」

 そのとき、瑠璃さんの声がした。

「健吾さん……」

 私と氷上健吾は、同時に瑠璃さんを見る。瑠璃さんは人間の姿のまま、眠っていた。その顔にはほほえみが浮かんでいる。

「なんだ、寝言か」

 私が安堵する一方で、氷上健吾は瑠璃さんの寝顔を凝視したまま、

「ミルクティって、ああいう声をしてるんだ。かわいいなあ……」

 ……まあね?瑠璃さんの声はかわいらしいですよ。鈴を転がしたような声に甘みが入ってくるんです。念話で聞こえてくる声も基本的に本人が喋るのと同じ声なので、よく知ってます。この美少女があのかわいらしい声で喋るとか、たまらんでしょう!

 いや、待て。これで更に氷上健吾が瑠璃さんに不埒なことをしようという気持ちが強くなったのでは?

 私はおそるおそる氷上健吾を見た。氷上健吾は瑠璃さんを見つめたまま、

「また僕の名前、呼んでくれないかなあ」

 と呟いた。その目には真剣な願いが籠もっていて、私はそのとき思ったんだ。

 魔女ミイヤの呪いって、本当は呪いでも何でもないんじゃない?

 って。

 


 翌月の魔女のお茶会で私は魔女ミイヤと魔女ヌビエラと話す機会があった。ヌビエラに、氷上健吾に渡した魔法のことを確認すると、ヌビエラはほほえみながらミイヤを見た。

「まあ、私たちは風の王子の味方だもの。ミイヤ姉様はあのウサギの子の味方でもあるし」

「一生懸命な子は好きよ?」

 ミイヤもほほえむ。

「あなたも一生懸命だけど、それだけではない。でもあの子には一生懸命さしかないわ。それだと危ないの」

「でも、あなたの呪いのせいて、健吾さんと私の相棒はもどかしい状況になっているんですけど」

「あら、何が起きているか教えて?ルエットはあの野バラの庭に強い結界を張っていて、中を覗くことができないの。勿論、ただでとは言わないわ。対価は払います」

「姉様、こういう話が好きだものねえ」

 ヌビエラがけらけらと笑う。その声に誘われて、別の話題で盛り上がっていた他の魔女たちもこちらを見る。

「何か面白そうな話をしているのね?」

 一番目の魔女アニサがこちらを見て言った。二番目の魔女カイスが鼻を鳴らし、

「どうせくだらない話でしょ」

「でもミイヤ姉様もヌビエラ姉様も楽しそうだわ。私、何の話か知りたいです!」

 七番目の魔女ルレアが天真爛漫に言う。六番目の魔女ティアナが、

「私、話をきいてた。でも、風の王子とあのウサギの子の話っていうだけで、具体的に何がどうなっているかわからなかった」

「そうだな。私も話をきいていたが、よくわからなかった」

 三番目の魔女オリザが言う。それをきいて、魔女カイサが声を荒げた。

「何、それってつまり、あなたたちは私の話をきいていなかったってこと?翼の城に関する大事な話をしていたんですよ?それを、あの小物の話など……!」

「まあまあ。その話は後できくから。風の王子の話をききましょう?」

 魔女アニサに促されて、私は氷上健吾と瑠璃さんの話をした。

 それ以降のお茶会では、魔女たちは二人の話題をするよう私に求めてきた。なので、私は二人を観察して魔女たちに話せるエピソードを集めつつ、氷上健吾が眠っている瑠璃さんに不埒なことをしないように見張る日々を送ることになった。……氷上健吾は瑠璃さんに触れたがるから、本当に油断も隙もありゃしない、っていう感じだった。

 だからね、瑠璃さん。魔女ミイヤの、氷上健吾以外の人と結ばれたら不幸になる、っていうのは呪いでも何でもないんですよ。まあ、今だから言えることですけど。呪いを掛けられたときには、私も氷上健吾と瑠璃さんがそういう関係になるとは全く想像ができなかったので、何て呪いを掛けてくれたんだ、って思ったもんですけど。

 とはいえ、まだ両片思い、という感じなので。本当に両思いにならないと魔女ミイヤの呪いが効果を発揮してしまう。

 なので、最後の最後まで、きちっと私は応援するし、見届けますよ。

 だって、推し同士が幸せになるのって、見ているこっちも幸せになるじゃないですか。ねえ?


このお話はここで終わりです。その後の瑠璃と健吾がどんな感じなのかは、「男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話」に出ていますので、そちらもどうぞ。巧と司も出てきます。

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