第8話 再会
そんなこんなで時間は過ぎ、予定通りに年末に翼の城でナイトレイヴンの上映会が開かれることになった。そのときまでには、楽人の王がなぜナイトレイブンを知っていたのかがわかった。
原因は、幼なじみにあった。そう、使節団の一人で、通信魔法に長けている、っていう人。この人が、僕たちが今いる世界からの転生者で、ナイトレイヴンの熱烈なファンだったんだ。
名前は、ロジャーという。
前世でナイトレイヴンの全シーン、全台詞を暗記するほどのめり込んでいた彼は、転生後もその記憶を持ち続けていた。そして、他者に自分が思い描いたものを見せる、という楽人の世界で使われている魔法を習得すると、それを使ってナイトレイヴンの布教を始めた。
その布教相手が、当時の王太子、現在の国王だった。ロジャーは公爵家の次男として転生していて、同い年の王太子の遊び相手に抜擢されたんだ。小さい頃体が弱くてベッドから出ることのできなかった王太子相手の布教はうまくいき、彼もまたナイトレイヴンの熱烈なファンになった。
転生して音楽の才にも恵まれていたロジャーはナイトレイヴンに使われていた楽曲を楽譜に書き起こして王太子に献上した。王太子はそれらの曲をいたく気に入り、王になった暁には、国の公式行事で演奏するように指示した。翼の城で楽人の国の使節団がナイトレイブンの曲を演奏していたのは、そのせいだったんだ。
そして王太子が王となった後、ロジャーもまた国の重責を担う一員として働き始めた。そこへ、宮廷の戦士長の交代のために、候補者を翼の城へ送り込む使節団に使者の一人として参加したロジャーは健吾さんを見かけ、氷上健吾が、鴫沢レンがここにいる……!と国王にすぐさま報告。国王はなんとしても健吾さんを国に連れてくるように言い、そしてその後のことは僕らも知っていた通り。
どうして強硬手段に出たのか、も、僕らが察していた通り、健吾さんが風の王子と呼ばれている立場なら、翼の城から出ることを女王は認めないだろうと考えたからで、コンテナに入れて運んだのも、女王に知られないようにして健吾さんを自分たちの世界に連れ出すのに最適な方法と考えたから、だそうで。
翼の城は、いろいろと思うところはあったけれど、とりあえず許すことにした。楽人の国でないと箱の場所を知ることはできないし、向こうはその後の引き上げ作業にも協力的だったし。
箱は、上映会の前日に峡谷から引き上げられた。そのときまで本当に時間がかかった。もしかしたら、上映会の日に間に合わないかもしれないとまで現場を任された魔女オリザは心配していたらしい。六番目の魔女が作ったゴーレムを峡谷に潜らせたのだけど、空間の構造がころころと変わるので、それに翻弄されたというのはある。そんな場所に生きた人間を潜らせるわけにもいかないし。一度だけ、巧に潜ってもらえないかとオファーがきたけど、巧はそれを断った。代替手段があるんなら、そっちでやってくれ、って。
箱が引き上げられたとき、僕はその場に立ち会った。僕だけじゃない、巧も真田も、そして瑠璃も。
瑠璃は、みーちゃんが用意した道具でウサギの姿に変身してあちらの世界に行った。真田は人間の姿のまま。本当は猫の姿で行きたかったらしいんだけど、みーちゃんは真田の分の変身道具まで用意してなくて、それで仕方なく。
瑠璃は本当は、翼の城に行くのを最後までためらっていた。まあ、確かに時期は良くなかった。年明けに本命の推薦入試の日が控えているとあれば。瑠璃は、まだ叔母さんの養女にはなってはいないけれど、とりあえず母親が時女の受験を認めたということで、出願できていた。そして、絶対に合格するんだ、と毎日勉強に打ち込んでいた。
そんな瑠璃に、真田は言った。
「瑠璃さんはもううちの学校のレベルには達しているんだし、ちょっとくらい休んだってどうってことないですよ。向こうに行っても、私や司さんが勉強をみれますし。それに、ウサギの姿で氷上健吾に会えるのは、今回が最後ですよ、きっと」
……どうやら、これが最後の一押しだったらしい。何でウサギの姿で健吾さんに会うことで心を決めたのかわからないけど。
健吾さんが入っていたコンテナは、引き上げられた後、すぐに城に運び込まれた。城の外は危険がいろいろあるし、開けるなら安全な場所で、っておいことで。
コンテナを開くのは、健吾さんたちがいつも過ごしていた野バラの庭で、ということになった。まあ、目を覚ましたときに、過ごし慣れた場所がいいよね。
コンテナは人間一人が入れるくらいの大きさだった。まあ、見た目は木でできた簡素な棺桶、っていう感じ。
その鍵をロジャーが開けた。そのときの魔力の展開の仕方が、確かにかなり複雑な機構が組まれてるな、っていう感じだった。
これ、再現できないかな、と思っているうちに、蓋が開けられ、氷上健吾さんが眠っているのが見えた。
本当に、王子様、っていう感じだった。服装は、翼の城の正式の式典に出たときのままなので、そういうデザインなのはわかるけど、そもそもの容姿がね?
コンテナの傍には、巧とルエット、そしてウサギの姿の瑠璃を抱えた真田が詰めていた。そして、それから少し距離を置いて、魔女オリザが控える。今回の件の責任者だからだそう。庭の外には、楽人の国の王や戦士ラフィーンもいるのだけど、彼らには遠慮してもらっている。まずは、健吾さんが混乱しないようにしないと。
本当は僕も部外者だと思うのだけど、健吾さんと同じ世界の出身者だからという理由で立ち会いを許された。まあ、巧が僕一人をこの城のどこかに置いておくのが嫌だったんだろうなと思う。僕も、あんまり一人でこの城を歩きたくはない。
巧が眠っている健吾さんに声を掛けた。
「おい、健吾。起きろ」
巧の呼びかけに、健吾さんがうめき声を上げる。ルエットが傍から、
「少し魔力を流してみましょうか?」
「そうだな、ちょっと様子を見て、それでもだめだったらやってみるか。司、頼めるか」
巧の呼びかけに、僕は少し肩を竦めてみせる。
「うん、大丈夫。できるよ」
今いる世界でも時々やってることだし。……お母さんの調子がよくないときに、助けるつもりで。お母さんに関して言えば、きちんと医者に診てもらった方がいいんじゃないかなって感じがするのだけど。
健吾さんはそれからすぐに目をうっすらと開けた。巧を最初に認識したらしくて、
「巧さん……?あれ、僕、一体……。なんか、楽人の国の人たちに攻撃を受けて……」
「まあ、説明は後だ」
「そうですよ。考えるのは後でいくらでもできますから。とりあえず、これを」
真田がそう言って、腕に抱えていたウサギの姿の瑠璃を健吾さんの胸元に置いた。健吾さんの視線が胸の上の瑠璃に向き、その表情が笑顔でくしゃくしゃになる。
「ああ、ミルクティ。良かった、いたんだ」
健吾さんが体を起こそうとするのに、瑠璃はコンテナから出ようとした。でも、それを真田が首根っこをつかむかたちで捕まえる。
健吾さんはきちんと体を起こすと、真田から瑠璃を受け取った。そして、思い切り抱きしめ、瑠璃の首筋に顔を埋めた。
「良かった、会えた。本当に、あのときどうしようかって思ったんだ。ミルクティと一緒だったら良かった、って。一緒だったら、不意討ちされてもやられないのに、って」
瑠璃は健吾さんの首筋に自分の鼻をすりつけた。健吾さんは瑠璃を抱きしめるのをやめて、でも片方の腕でしっかり抱えたまま、ルエットに訊いた。
「すみません、僕のコートはどこですか。ミルクティを仕舞っておかないと」
ルエットは無言で健吾さんにコートを差し出した。健吾さんはコンテナの外に出ると、正装の上からそのカーキ色の何の装飾もないコートを羽織り、そして大きなポケットの中に瑠璃を入れた。
「これでよし、と。あれ、そちらの人は誰ですか?それに何故魔女オリザがここに?その隣にいるのは、確か楽人の国の……?」
健吾さんはそこで初めて、真田の隣にいる僕と、少し離れところにいた魔女オリザと、コンテナの鍵を開けてすぐに魔女オリザのところまでさがっていたロジャーに気づいたらしい。それに対してルエットが主に説明し、健吾さんはとりあえず状況を呑み込んだ。説明をきいている間、健吾さんの片方の手はポケットから頭をのぞかせていたウサギの姿の瑠璃の頭の上にあって、始終瑠璃を撫でていた。
巧は僕を健吾さんに紹介した。巧の友人で、元の世界で一緒に暮らしていること、僕も魔法を使えること、を伝える。あちらに戻ったときにいろいろ助けになれたらと思う、と僕が言うと、向こうはにこやかに了承した。僕が高校二年生だと知ると、同じ学年だから、さんづけはやめてほしい、と言ってきた。巧みたいに呼び捨てというのも距離が近すぎると思ったので、健吾くん、と呼ぶことにした。
健吾くんはずっと瑠璃を自分の傍から離さなかった。片割れの猫のごまだんごがいないことはどう思っているんだろう、と僕は不思議に思ったけど、それについては真田自身があっさり言った。
「そんなの、私が最初に喋ったので解決済みですよ。私はもともと猫の姿で喋ってましたし」
「ああ、声をきいて、この人間の女の子がごまだんごだって納得したってこと?」
「そうです。それにしても、久しぶりに見ると、あの光景はなんだかなあ、って感じですねえ」
健吾くんは、今は戦える服装に着替えて食事をしていたけど、その膝の上には瑠璃が載っていた。時折瑠璃に食べものを手ずから与えている。
「本当にずっと一緒なんだね。瑠璃さん、疲れたりしないかな」
「どうでしょ。きっと幸せをかみしめてますよ。ほんと、こうしてみると魔女ミイヤの出した条件なんて、あんまり関係ないですよねえ」
僕は真田を見た。
「魔女ミイヤの条件って、瑠璃さんが僕たちに絶対に言わなかったあと一つの?」
瑠璃としては魔女から出された条件は二つだけ、っていうので押し通そうとしていたけど、それはまあ無理っていうもので。僕や巧は、当然三つ目の条件があるものと見ていた。真田も三つ目の条件の存在は認めていたし。ただ、とても個人的なものだからと具体的には言わなかったので、僕と巧はなんとなく察した、という感じになっている。
「そうですよ、あんなの、条件でも何でもないですわ」
不意に、背後で声がした。振り返ると、魔女ヌビエラがいた。
「あの二人を見ていたらあり得ないとわかるような未来を条件に差し出せ、と姉様は言ったんですもの。風の王子以外の者と一緒になったときの幸せ、だなんてねえ」
「でも、瑠璃さんは真剣に悩んでるんですよ。瑠璃さんの中では、氷上健吾と一緒になれる未来が見えていないから」
真田がさらりと言うのに、僕は思わずまじまじと見てしまった。
「いいの?それって、答えを言ってしまっているようなものだよ?魔女とミイヤに差し出した条件の最後の一つ、ごく個人的なことだから瑠璃さんの許可なく言えない、って言ってなかった?」
「言いましたよ。でも、今のはヌビエラが言ったんですし。私が言ったんじゃないです」
「でも、認めたようなものだよね?」
「一度バレたら、黙秘する意味ないじゃないですか。それに、考えたんですよね。あの二人の幸せな未来に邪魔なモノっていったら、氷上健吾のあちらの世界での立場とか周りの理解とかもありますけど、瑠璃さん自身の自覚のなさというか、自己評価の低さが一番の障害なんじゃないかなって。それを払拭するのに、あちらの世界で協力してくれる人が一人でもいたらいいんじゃないかって」
「瑠璃さんは僕にそんなに心を開いてないから、そういう話はできないと思うよ?」
「別にあなたに心を開いてなんかなくていいんですよ。ていうか、そこは正常な判断が出来ていて安心しましたよ。私が言うのは、瑠璃さんの言動とかを見て、軌道修正を促せるようなちょっとした一言を言える人が一人でも多くほしい、ってことです。翼の城のこととかをきちんと知っている人でないと無理でしょうけど」
「なるほど。そうなると、候補者はかなり限られてくるね。真田さんに、僕に、あとは巧くらい?」
「巧はそういうの、向かないでしょ。最初から戦力外ですよ」
「じゃあ、真田さんと僕の二人くらいか。わかった。どれくらい力になれるかわからないけど。でも、問題は本当に瑠璃さんの方だけにあるの?健吾くんの方が大変だと思うけど。向こうの世界に戻ったら、普通に考えたら瑠璃さんとは二度と会えないだろうし」
さっきも真田自身が言っていたことだ。健吾くんのあちらの世界での立場とか、周りの理解とか。
真田は鼻を鳴らして言った。
「そんなの、蹴散らしてくればいいんです。私から氷上健吾に、瑠璃さんに繋がるための情報は渡しておくんで」
「それでも会いに来なかったら?」
「呪ってやります」
間髪入れずに真田は言う。すると、ヌビエラが愉快そうに声を上げて笑った。
「いいわねえ、それ。ミイヤ姉様に頼みましょうか。条件はこちらで考えさせてもらって。そうね、ご祝儀になるような条件がいいわね」
僕は苦笑しながら首を傾げる。それ、どういうこと?
健吾くんが助け出された翌日、予定通りにナイトレイヴンの上映会が行われた。ヌビエラとルエットが作った装置はとてもうまく動いた。こちらからはプロジェクターを持ち込み、城の広間に白い布を垂らしての上映だった。
健吾くんはずっと瑠璃を膝の上に載せて、そしていろいろ何か小さな声で語りかけていた。その傍には楽人の国の王とロジャーが座って、熱心に画面を見入りながら、健吾くんが話すいろいろに耳を傾け、そして大きく頷いたりしていた。翼の城の女王は魔女たちに囲まれながらナイトレイヴンの映像を愉快そうに見ていた。
健吾くんはそのまま瑠璃と真田がずっと翼の城にいると思っていたらしいけれど、二人が本当はもう元の世界に戻っていること、翼の城には少し来ているだけなのだと説明を受けて落ち込んでいた。
けど、巧が、来年には健吾くんも帰ることができるときいて、気分を持ち直していた。巧も、前より翼の城に滞在するから、と約束していたし。
健吾くんは、僕たちが帰るときには見送ってくれた。
僕たちが帰る直前まで、健吾くんは真田と何やら話していた。その間もずっと瑠璃さんを腕に抱えていて、そして、巧が「もう行くぞ」と声を掛けられて初めて、真田に瑠璃を託した。
彼は僕にも、
「じゃ、来年会いましょう」
と、にこやかに言った。
そして、僕たちは元の世界に帰った。
戻った場所は、僕らが飛び立ったときと同じ、僕の家の庭だった。
戻ってすぐ、瑠璃は人間の姿に戻った。僕は瑠璃に声を掛けた。
「健吾くんに人間の姿で話ができなかったの、残念だったね」
でも、瑠璃はほほえみながら言った。
「いえ、大丈夫です。最後にきちんと会えて、それで満足だったんで」
最後?
僕はちょっとあっけにとられた。瑠璃はすぐに、それじゃ失礼します、と言って、夏実おばさんの家に帰っていった。
その後ろ姿を見送っていた僕に、真田が言った。
「ほらね、言ったでしょ。瑠璃さんが幸せになるための最大の敵は、瑠璃さんなんですよ」
なるほど?




