第5話 翼の城へ
ヤスオは、僕に途中経過の報告をすると、伝えたからね、と言って帰っていった。
その日の夕方、地蔵堂から帰ってきた巧に、ヤスオからきいた話を伝えると、巧はにやりと笑った。
「良い方向に向いて良かったじゃないか」
「まあね。でも、箱の引き上げに四ヶ月くらいがかかるそうなんだよね。かなり入り組んだところに落ちてるらしくて」
「大体年末か?ちょうといいんじゃないか。泊まりがけで翼の城に行けばいい」
翼の城とこっちの世界は時間の流れ方が同じだから、そういう意味ではわかりやすい。魔法の効果で過去とか未来とかに跳ばない限りは、こんな風に少しよその国に行きますよ、くらいの感覚で考えることができる。
「電気が作れるようになったら、ヤスオはまた来るって。本当にそれでDVDデッキを動かすことができるか試したいから、そのときには実験用のDVDデッキを持たせてほしいって」
「真田に言ったらなんとかなるんじゃないか」
「うん。真田さんにはもう連絡した。中古屋で適当なのを探しておく、って言ってた。瑠璃さんにも伝えた。っていうか、ヤスオが帰ったすぐ後に瑠璃さんが来て」
もともと、家庭教師の約束をしていたから、当然のことなんだけど。
「そっか。あいつ、喜んでたろう」
「まあね。泣いて喜んでたよ。楽人の国の協力が得られることになって、本当に良かった、って。まだ四ヶ月はかかるけど、箱の引き上げは確実だし、鍵のことも心配いらなくなったし」
「真田も瑠璃も、ナイトレイヴンの視聴会には行くんだろ?」
「真田は行く気だね。翼の城側も、解説役が欲しいから是非に、と言っている。瑠璃さんはちょっと反応が良くないかな。受験勉強に集中したいって言っていて」
まあ、このままだと冬休みのことになりそうだし、受験前の大事な時期ではある。
巧はあっさりと、
「一日くらい大丈夫だろ」
「そりゃ、ぶっ通しで見たら一日でいけるけど、それだときついでしょ。ナイトレイヴン、何話あると思ってるの」
五十二話だ。CMなし、休憩なしで見れば、二十時間とちょっとで見られる計算にはなるけど。
巧は肩を竦めてみせる。
「そんなの、全部見なくても、途中で帰ったり、とか。まあ、無難なのは向こうで一泊するとかかな。それくらいなら問題ないんじゃないか。ナイトレイヴンを見ていない時間はお前が勉強を見てやればいい」
僕は巧をまじまじと見た。僕の視線に気がついて、巧も僕を見返す。
「何だ?」
「いや、瑠璃さんが向こうに行くのも後押しするんだな、って」
「そりゃまあ、あいつが健吾のこと必死で護ってたのを、俺は見てたからな。健吾がいなくなった後のあいつの落ち込みっぷりも凄かったし。それを思ったら、会わせてやりたいだろ」
「でも、多分、翼の城だと瑠璃さんは健吾さんの前では人間の姿ではいられないよ?」
魔女ミイヤとの制約がある。
巧は頷いた。
「わかってる。だからいっそのこと、瑠璃には最初からまたウサギの姿になってもらおうと思ってな。その方が安心だろ、呪いの効力が変に出て、わけのわからないことになるよりかは」
「確かに。でもどうやって?認識阻害の魔法で人間には見えないようにするとか?」
でもそれだと、瑠璃よりもレベルが高い魔法使いには効かない。で、瑠璃は綺麗な子だから、それで邪心を呼ぶ可能性だってあるから、どうせなら本当にウサギにすればいいのだけど、今の僕にはそういう魔法は使えない。巧だって、そういうのは得意じゃない。
でも、巧はちゃんと考えていた。誰から見てもウサギに見えるように、本当にウサギに変身してもらおうと思っていて、そのための道具をみーちゃんに頼んだんだって。本当はルエットに頼もうと思ってたんだけど、どうやら魔力を電気に変える装置ってのが結構大変らしくて、それで、神人の国に行って頼んできたんだって。
いつの間に、と思ったけど、神人の国は、実は行くのが比較的簡単なんだよね。ただ、行った後、巨大な神人に押しつぶされたりとかしないように気をつけないといけない。あっちは行使される力の大きさも他の世界とはけた違いで、何も力を持たない者が行ったら、何の気なしに押しつぶされてしまう。
道具ができるまでそんなに時間はかからないらしい。というか、元からある道具を調整すればいいそうで、それにかかるのが大体一ヶ月くらい?っていうか、何でそんなことができる道具が元々あるんだ、っていう話だけど。まあ、神人の国はそういうところではある。
そんなことがあった後、夏休みも終わり、二学期が始まった頃、またヤスオがやってきた。魔力を電気に変える道具の試作品ができたから、DVDデッキを持って行きたい、と。その頃には真田から中古のデッキを幾つか預かっていた。
そのときには巧もいて、縮こまるヤスオ相手にいろいろ聞き出した後、
「今度の連休、一度、翼の城に行こう」
と僕に言った。うん、魂胆はわかってる。巧は面倒くさがりだから、配線とかそういうの、自分でやりたくないんでしょ。
それに、僕が前ほどひ弱ではないと思い始めているのかもしれない。それで、よその世界に連れていっても大丈夫かな、って。まあ、子どもの頃に比べれば、それはね?
九月の連休に、僕は巧と翼の城に行った。家を空ける名目は、グラハムに旅行に連れていってもらう、ってことにした。グラハムは話に乗ってくれて、僕たちを家まで迎えに来てくれた。僕らが今回翼の城に行くのも健吾さんをこちらに無事に戻すことに繋がっていると理解しているから。
そうそう、マリアは完全に正気になったんだそう。今もアイルランドで一族と暮らしているって。魔力を集めるなんてことをしなくてよくなったので、普通の女の子みたいに生活しているらしい。健吾さんのおじいさんも妖精の国から解放されてこちらに戻ってきて、マリアちゃんと今度こそ普通の散歩を楽しんでいるんだって。
マリアちゃんが両親を恋しがることはないそうだけど、ときどきグラハムに、僕にまたアレクシス王子の姿を見せてもらえるようお願いしてほしいと言っているらしい。グラハムとしては、親との縁が薄いから、せめて親代わりのアレクシスとの繋がりはできる限り保ってやりたいとか思っているらしいけど、彼はそのうち月の王になってこの世界からいなくなるんだよね。だったら、そんな望みを持たせるようなこと、やめた方がいいんじゃないかな。
とりあえず僕たちは東京のグラハムのマンションに行って、そこから翼の城に飛んだ。DVDのデッキはとりあえず三台持って行く。それと、DVDも何枚か。これはグラハムが。ナイトレイヴンではない、健吾さんが出演したドラマとか舞台とかの映像。健吾さんはナイトレイヴンが有名だけど、その後も幾つか映像作品に出演しているんだよね。ナイトレイヴンほどには話題にならなかったけど。
僕たちが転移したのは、野バラが生い茂る庭の真ん中だった。ああ、瑠璃から話にきいていた庭というのはここなんだなというのがすぐにわかった。でもちょっと期待していたんだよね、翼の城の外に降りたって、そこから歩いて城に入るかも、って。そうしたら、有名な翼の城の防御機構をこの目で見られるから。
翼の城、の防御機構はその見た目から独特で、城の名前もそこから出ている。それは、白い涙型のパーツの集合体で、パーツ一が寄り添って結界を構成し、攻撃魔法も繰り出すんだ。パーツは全てが連動して動くのだけど、それが遠目から見たときに城から白い翼が生えているように見えるので、翼の城、と呼ばれるようになった。
まあ、城の外はかなり危険なので、城の中に直接転移、というのは正しい。僕としては後学のために、城の防御機構が発する呪文だけでもきけないかな、とは思っているけど。一つのパーツに一人の術者が埋め込まれていて、それがその時々に必要な呪文を唱えるんだけど、何千もの術者が同時に呪文を唱えるものだから、ものすごく厳かな感じがするんだって。しかも、話では、術者たちは声の良さを基準にして集められるんだそうで。
僕たちがたどり着いた庭では、一人の青年が僕たちを待っていた。小柄で、薄茶色の髪をしている。
巧が言った。日本語ではない、懐かしい言葉で。
「おう、ルエット。ご苦労さん」
「いえ、初代。ただ待っているだけでしたから。それで、そちらが?」
答えるルエットの言葉も、巧と同じだ。本当に懐かしい。
そしてルエットは、何故か心配そうに僕を見た。なんだろう、何でそんなに心配そうなんだろうか。
巧が言った。
「ああ。前に言ったとおりだ。司、俺と同じ言葉で何か喋ってやれ。こいつ、お前に自分の言葉がわかるか、心配してるんだ。お前に共通言語魔法がかかってないのがわかるからだろ」
異なる世界だと当然使われる言葉も違う。だから、お互いに言葉がわかるようになる魔法が存在する。それをかけると、共通言語というのを誰もが喋ったり聞いたりすることができるんだ。読み書きはまた別の問題として存在するけど、普通に会話する分にはそれで問題は解決される。
僕は確かに共通言語がわかるようになる魔法はかかっていない。でも、二人が言っていることはわかるよ。だって、巧やルエットが今喋っている言葉は、入船司が生きていた世界の言葉だもの。
うん、ルエットも月の王だったということは、あの世界の出身ということなんだよね。あの世界の言葉、ちょっと音楽的で優雅な感じの響きがあって、今まで喋ってきた言葉の中でも僕の中では好きな方だな。
この言葉を喋るのは本当に久しぶりだ。うまく喋れるかな。
「はじめまして。僕は司。あなたがルエット?三代目?」
「あ、はい。えっと、ルエット、といいます。月の王の三代目でした」
「魔力を電気に変える装置の開発に成功したそうですね。おめでとうございます」
「いえ、主に魔女ヌビエラがアイデアを出したので。電気というものの働きを見たことのない僕にはなかなか難しい作業でした」
そのとき、巧が庭を見渡しながら、
「その装置ってのはどこにあるんだ?何も変わってないように見えるが」
「装置はヌビエラのところにありますよ。今から行きますか?」
「そうだな。その前に、ルエット、こいつに二代目から預かっていたものを見せてやってくれ」
巧の言葉に、ルエットの表情が引き締まる。
「わかりました」
そうしてルエットが庭の奥から小さなお盆に載せて持ってきたのは、紙で出来た小さな箱だった。
「とりあえず、席に着いて話しませんか」
言われて、僕と巧は庭の真ん中に置かれていた丸テーブルの傍の椅子に座る。
ルエットは、お盆に載せたまま、箱を僕の前に押し出した。僕はまじまじとそれを見る。懐かしい。月の王の術式がある世界の文字で、物体の寿命を延ばす効果のある呪いの言葉が書かれている。
「どうぞ、開けてみてください」
ルエットに言われて、僕はその箱を手に取った。開け方が一見しただけではわからないように、簡単な惑わしの術が掛けられている。これは、入船司の故郷で子どもに認識阻害の魔法を教えるための教材としてよく使われていたものだ。入船司も、故郷を出た後に拾った子どもたちに教えていた。
術を解き、僕は箱を開けた。するとその瞬間、周囲の景色が一変した。それまで白っぽい青空が見える野バラがたくさん茂る庭にいたのが、灰色の雲が浮かぶピンク色の空の下にいた。




