第3話 はるばる、布教活動
魔女オリザは、ディスプレイに映る真田をまっすぐ見て言った。
「お前には、ナイトレイヴンが何なのか、鴫沢レンがどういうものか、母上に説明に来てほしいんだが」
真田は絶句していた。代わりに、巧が顔をしかめながら言う。
「何でその話の流れでこいつがわざわざ翼の城に行かないといけなくなるんだ」
「我々姉妹から母上に、ナイトレイヴンとか鴫沢レンとかいうものの説明をしたんだが、なかなかわかってもらえなくてな。そもそも、我々も真田からきいた話を伝えるだけだから、きちんと伝わらない、というか」
「何でわかってもらう必要があるんだよ」
「一国の王やその配下が、国の命運が傾くかもしれないような暴挙に出たんだぞ?その動機となった存在のことは理解したいと思ってもおかしくはないだろう」
僕は真田に訊いた。
「翼の城で、ナイトレイヴンとか鴫沢レンのこととかを魔女たちに話したの?」
「ええ、まあ。魔女のお茶会にお邪魔することがあって、そのときにいろいろと。魔女たちは、私がどうして氷上健吾にそこまで肩入れするのか不思議に思っていて、理由を訊かれたので、ナイトレイヴンと鴫沢レンの布教活動を、ですね」
しみじみと魔女オリザも言う。
「いろいろときかされたな。風の王子がそちらの世界でどういう仕事をしていたか、とか。ナイトレイヴン、は風の王子が出演していた劇の名前で、鴫沢レンは風の王子が演じていた登場人物の名前だったか」
「……それで十分理解できていると思いますけど」
僕は戸惑いながら言った。が、魔女オリザは少し困ったように顔をしかめて、
「しかし、それでは何故楽人の国の者たちがあれだけのことをしでかしたのかがわからん。よほど魅力的だったんだろう、とは思うが、しかし」
すると、真田は言った。
「わかりました!じゃあ、翼の城にナイトレイヴンと鴫沢レンの布教活動に行きます!」
「お前、何言ってるかわかってるのか?」
巧が呆れ気味に言う。真田は大きく頷いた。
「わかってますよ。ナイトレイヴンと鴫沢レンにどれほど人を夢中にさせる力があるかわからないから、翼の城の女王も魔女たちも楽人の国の所業の動機が呑み込めないんですよね。だったら、わかってもらいましょ。それで、氷上健吾を助けるのに力を貸してもらいましょ。箱の引き上げだって、女王が関われば簡単でしょ」
「それは申し訳ないが、母上が関わってもそこは今と状況があまり変わらない」
魔女オリザは心底申し訳なさそうに言う。
「母上が峡谷の中の探査を行ったが、かなり入り組んだところに箱は落ち込んでいて、母上の力でもその場所はぼんやりとしかわからなかった。しかも悪いことに、そこは地形というか空間の状況がしょっちゅう変わる場所で、母上の探査結果もすぐに役に立たなくなる。常時箱の場所がわかる追跡魔法でも付与していれば違ったんだが」
「じゃあ、月の王の術式の起動を待つしかない?でも、術式が起動した結果、王子が箱の中に入ってしまったらまずいので?」
僕の問いに、オリザは頷く。
「箱の術式よりもアレクシスの中の月の王の術式とアレクシスに掛けられている保護魔法の方が力が強いから、アレクシスがあの中に納められることはない。一番悪い場合でも箱の傍に転移するくらいか。箱の外にいれば、アレクシスは自分で峡谷の外に出られる。子どもの頃、母上や私たちに叱られる度に峡谷の中に逃げ込んで、それをきっかけに、峡谷を隅から隅まで調べあげたくらいだからな」
「そういうこともありましたわねえ。それが城の防衛にも役立ったりということも」
ヌビエラが懐かしそうに言った。
巧が渋い顔をしているのを見て、僕は言った。
「でも、そこまでしてわかる必要があるのかな。楽人の国の者が愚かな振る舞いをした、以上終わり、じゃないの?これでナイトレイヴンとか鴫沢レンの魅力がわかって、こんなに魅力的だったら楽人の国が過ちを犯しても仕方ないよね、と万が一にでもなったらおかしなことにならない?」
まあ、ならないと思うけど。何より、あの翼の城の女王だし。女王の無慈悲さ、冷酷さはいろんな世界にまで聞こえていたから。ただ、麗しの君との件があったことを思うと、万が一、がないとも言えないんだよなあ。或いは、女王の心はそこまで動かされなくても、魔女の誰かが魅了されるとか。
真田も同じことを心配したらしい。
「あー、布教した結果、氷上健吾をこっちの世界に戻したくない、とか女王とか魔女の誰かが言い出すことがあるかもしれないってことですか」
「大丈夫だ、そのようなことがないと私が約束する」
魔女オリザは約束したが、ヌビエラが、
「でも姉様だってナイトレイヴン、とかいうのをまだ見てはいないじゃないですか。見てみたら姉様こそが魅了されてしまった、ということだって可能性はあるでしょう。姉様は風の王子のことを気に入っていたし」
「それは、あの者の太刀筋が良くてだな」
僕はちょっと困ったようにほほえんで見せた。
「ナイトレイヴンの中で、鴫沢レンは剣術を使うんですよね。それを見たら貴女も気に入るかもしれません」
魔女オリザは言葉に詰まっていた。あー、これ、大丈夫かな。
と、それまで猫の姿で黙ってきいていたみーちゃんが言った。
「じゃあ、一度、魔女オリザはこっちの世界でナイトレイヴンを見てみたらいいんじゃないか」
オリザはそれまでみーちゃんの存在に気づいていなかったようで、みーちゃんを見ると、神人……?と呟いていた。
真田はみーちゃんの提案に乗っかった。
「そうですね、それがいいです。とりあえず、第13話を見てみましょうか。司さん、準備できますよね?」
それはまあ、ね?瑠璃に見せたときと同じように、ノートパソコンを持ってきて、ネットに接続し、配信サイトのナイトレイヴンのページに行く。
そして、真田が言う第13話をみんなで見た。
瑠璃に見せた、鴫沢レンの当番回とはまた別の話で、何でこの話を選んだのかな、と思ったら、見ているうちに理由はわかった。鴫沢レンとその父親の鴫沢司令の剣の稽古のシーンがあって、最後の方にも、基地に侵入してきた敵を親子で剣を使って斬っていく、というシーンがあったんだ。多分、魔女オリザが剣術が得意と知っているので、オリザの興味がありそうなシーンが多いものにしたんだ。
見終わったオリザは、しみじみと言った。
「完全にわかったとは言わないが、わかった気がする。確かにこれは魅力的な見せ物だ。風の王子が演じた人物が魅力的というのも、わかった。それで国を傾けるようなことをした、というのは理解できないが。……やっぱり、私では説明は難しいな。実物を見せてもらってよくわかった」
「それでは、これを母様に見せたらいいのではなくて?」
ヌビエラがウキウキした様子で言う。
「これを再生するための道具は私が何とかしますわ。なんだったら、ルエット師にも手伝ってもらえばいいんじゃないかしら」
「この機械じゃなくて、電気を供給できるようにしたら話が早いと思いますよ」
真田が言う。
「私がDVDを持っているので、プレイヤーとディスクを持っていけばいいんですよ」
「いや、この劇を見せただけでは難しいと思う。劇の中に出てきた登場人物同士の関係や、不思議な力の説明がほしい」
「そうねえ、確かにそうだわ」
魔女たちが意見の一致を見せるのに対して、真田は、
「いや、今のは途中の話数を一話だけ見たから、よくわからなかっただけで、一話から見れば、わかりますよ」
さっき真田は、布教活動に行く、とか言ってたけど、気が変わったのかな?それとも、気がついたとか。翼の城が、普通の人間が行くには結構危険な場所だってこと。
「そうなの?じゃあ、みんなで全部見ましょう。いつものお茶会をするサンルームで、お母様も一緒に。で、あなたも、ミルクティも来るのよ。できたらアレクシスも風の王子もいるといいけど、二人が同じ世界にいるのはできないから、風の王子だけでも。どうかしら」
無邪気にヌビエラが言う。それを思案しながらきいていたオリザが言った。
「それじゃあ、皆で全ての話を見るか。いっそのこと、楽人の国の王も呼べばいい」
いや、それは無茶でしょ。




