第1話 取引の条件
「それじゃ、また明日も電話で話しましょうね」
画面の中のごまだんごこと真田は電話の相手である瑠璃に言って、電話を切った。
そして一呼吸おいて、画面越しに僕たちを見た。
「これでわかりましたか?」
「ああ。大体わかった」
僕の隣の椅子に座っていた巧が言った。
僕たちは今、真田とお互いがパソコンを使ってビデオ通話をしている。狐島から戻ってきて、巧の希望で真田とビデオ通話をしていたんだ。僕だけじゃなく、みーちゃんとヌビエラとヤスオも同席のうえで。みーちゃんは猫の姿に、ヤスオは手のひらに乗るくらいの大きさになっている。
巧は、健吾さんが今も生きているのが、瑠璃が魔女ミイヤと取引をした結果得た呪いのおかげだとわかったけど、瑠璃が明かした呪いの代償があまりに軽いと疑念を持っていて、それが本当のことなのか知りたくて真田に確認をとろうということになったんだ。真田なら知っているんじゃないかって。
ヌビエラも何か知っていそうだったけど、この魔女の口を割らせるのは苦労しそうだし、無理強いしようとしたらどんな反撃が返ってくるかわからないから、その代わりに。
勿論、真田だって簡単じゃない相手だというのはわかってる。でも、少なくとも人間だし、いきなり取り返しのつかないようなダメージを与えるような魔法で攻撃してくることはないからね。
で、やっぱり真田は知っていたけど、具体的なことについては口を濁した。魔女の力のせいで瑠璃が話せないのに、自分が明かすのは違うと思う、と言って。どうやら、真田は口外を禁止する魔法をミイヤに掛けられているわけではないらしい。とはいえ、魔女ヌビエラも横からやんわりと援護射撃するし、真田に瑠璃が負った条件を言わせることはできなかった。
でも巧は諦めなかった。差し出した代償の大きさを知らないと、呪いの効果の大きさも正確にわからないから、と。今は健吾さんの命を護るほどの効果が出ているけど、それがいつ吹き飛ぶかわからないようなものだと困るから。これにはみーちゃんも賛成した。そして、僕も賛成。からくりのわからないものは気持ちが悪いしね?
そこで僕は会話の主導権を握り、真田との会話からあぶり出すようにして瑠璃が何を取引材料にしたのか探っていった。真田は口を割らなかったけど、でも、言いたそうな素振りも見せていた。とりつく島はあるけれど、はっきりとは言わない、言えない、という感じ。
「だって、瑠璃さんのごく個人的なことなんですよ。それを私が言うわけにはいかないでしょう!」
じゃあ、どうやったら喋ってもらえるのかな。
考えていたとき、瑠璃から真田に電話が入った。
そこで僕は言った。
「瑠璃さんとの電話、僕たちにもきかせてもらえないかな。その中で、瑠璃さんに、僕らが魔女との取引のことを知って、それが何かを知りたくて随分責められたと話してほしい。そのやりとりの中で、瑠璃さんが魔女との取引の条件を自分で話すかもしれない、それを勝手にきく分にはいいでしょ」
「盗み聞き自体がどうかと思いますけどね」
そう言いながらも、真田は僕の提案を退けなかった。僕らとのビデオ通話を繋げたまま瑠璃との電話に出た。スマホとパソコンをオーディオケーブルで繋いで電話の内容を僕らにきかせたうえに、瑠璃の口から条件を言わせるように話をし向けることまでした。
結果として、条件そのものを瑠璃は言わなかったけど、何となくわかった。氷上健吾と結ばれなかった場合、瑠璃は幸せになれないんだ、って。そういう未来の可能性を、瑠璃は魔女に差し出したんだ。だから、将来の可能性を差し出したのか、と訊いたときに、瑠璃の様子がちょっとおかしかったんだ。
僕は真田に言った。
「キミは彼女がそういう取引をしようとしたときに、止めなかったの?」
「止めましたよ。でも、私が割って入ったときには取引はほとんど成立していたし、瑠璃さんは氷上健吾の命を助けるのが最優先だ、って譲りませんでした。あー、もう!って感じです」
「でも、そんなに悲観することはないと思いますわ」
ヌビエラが言った。にこやかに。
「ミイヤ姉様、とっても優しいと思うんですよ、この件については。もともとアレクシスの境遇は不憫だと思っていましたし、それに巻き込まれて翼の城に来させられた風の王子に同情もしていました。そんな風の王子を護ろうと一生懸命なウサギと猫には感心してましたし」
「え、私たち、そんな風に見られていたんですか?」
真田が意外そうに言う。ヌビエラは頷いた。
「ええ。これは他の姉妹も同じですわ。二番目のカイス姉様もそうでした。まあ、あの人はちょっと表現が独特なので、逆に受け取られることが多いのですけど。だから、私たち姉妹の誰も、あなたがお茶会に忍び込んだからといって、罰を与えたりはしなかったでしょう?」
「あー、確かに。ルエットに、よく生きて帰ってこられたね、って言われました」
「それなのに、あなたのお姉さんは瑠璃さんに呪いという形で取引を持ちかけたんですか?」
僕が訊ねると、ヌビエラは困ったような表情で、
「ミイヤ姉様の力は、誰かに求められないと発動できないんです。それも、取引という形を伴わないと。それで、呪いとか言われたりするんです。でも、本当は優しい人なんですよ。今回だって、最後は幸せな結末になりますわ」
ヌビエラの言葉は僕には信じがたいものだった。でも、真田はものすごく強く頷いていた。
「そう!私もそう思います!瑠璃さんは否定してますけど、でもきっと、ハッピーエンドになると思うんです。っていうか、そうなるように私、助力するつもりなんです。あの煮え切らない王子のケツを叩いて!」
うーん、真田は時女の生徒なんだよね?お嬢様学校の生徒はお嬢様ではないのか。それが、ケツを叩く、とか。僕がもしそんな言葉遣いをしたら、お母さんにたしなめられるよ?
とそのとき、ヌビエラが持っていた手提げ袋の中からブザーみたいな音がした。その手提げ袋はヌビエラが魔法を掛けていろいろと中に入れられるものだそうだけど、そんなことなら穴があかないように強化しておいてほしかったと思う。
ヤスオが言った。
「おばちゃん、連絡用の鳩だよ」
「はいはい」
言われてヌビエラは手提げ袋に手を突っ込み、布で包まれた手のひら大の薄っぺらいものを取り出した。ヌビエラはその布を外して鳩の形をした木の板を手のひらの上に載せた。途端に、木の板の上に光が煌めき、青白い肌に銀色の髪を逆立てた美しい女性の姿が浮かび上がる。
「あら、オリザ姉様。ごきげんよう。随分久しぶりに話す気がしますね」
「そうだな。どうせお前はまた迷子にでもなっていたんだろう。それで、今、どこにいる」
「アレクシスに会いに来てますわ。出かける前にお伝えしたと思いますけど。どうかなさったの?お仕事?」
「お前にというか、若芽の君と話したいんだ。若芽の君が元いた世界に帰ったとルエットからきいて、それがどこなのかよくわからなくて、サーラに頼んで占ってもらったら、お前に連絡をとると若芽の君と話せる、と出て」
「まあ、それは正しいですわ。若芽の君は今、すぐ傍にいるんですけど」
頼む、と姉に言われて、ヌビエラは持っていた木の板を巧に向けた。それでこちらの光景が相手に見えたのか、映像の女性は巧をまっすぐに見て言った。
「早速だが、風の王子の件、母上にバレた。それで、ごまだんごに連絡を取りたい。可能か」
意外な用件だった。




