第4話 狐島
狐島は小さな島だ。船着き場以外は崖だ。その船着き場だって崖の下に出来たちょっとした岩礁に囲まれた入り江で、そこから島には、崖に刻まれた階段を上がっていく。
真田によると、この島はこの船着き場を防衛すればいいように出来ているそうで、それを設計し、維持しているのが真田の家系なんだって。
「結界だって何だって、考えられるものは全て備えてあるんですよ。そもそも、島そのものに惑いの呪いをかけてあるので、許された者にしかたどり着けないんですけどね」
翼の城でその話をきいたとき、そんな島がこっちの世界にもあるなんて信じられなかったんだけど、でも、実際にオープンキャンパスで島を訪ねたとき、真田が言っていたことは本当なんだとわかった。魔法、とは違う何かがこの島にはかかっている。それがわかる。
とはいえ、真田によると、島に掛けられた魔法を上回る力の持ち主だったら、惑いの呪いも突破されるとかで、今の私たちはそういうことなんだろう。船で行ったときには島に近づくにつれて感じられた圧みたいなものが、あっさりと消え去ったから。巧さんとかみーちゃんとか司さんとかヌビエラとか、みんな凄い力の持ち主だものね。
巧さんの指示で、私は学校の建物を飛び越え、船着き場とは逆の島の端に降り立った。もう夏休みで、島にいるのは、船着き場の門番の人たちくらいの筈。この人たちも真田の一族の人たちなんだってきいた。真田は家族に止められて、オープンキャンパスには来ることができなくて、でも、オープンキャンパスのときに出迎えてくれた門番役のご夫婦をはじめとする学校の職員の人たちに私のことを伝えていたらしく、オープンキャンパスで私が島に行ったときには、是非いろいろ見ていってください、といろんな人ににこやかに言われた。
楽しかったなあ、オープンキャンパス。本当に時女にいきたいなあ。
降り立った場所には小さな石の祠があって、そこはかつてこの島に逃れてきた女の人がこの島で出会った子どもが祀られているんだそう。
その女の人は地位ある人に見初められて、でもその人とは別な人が好きで、女の人は好きな人とこの島まで逃げてきた。でも、この島で暮らしている間に相手の男の人は海で亡くなってしまった。女の人はそのときにはその人との間に子どもを産んでいて、その子を連れて島を出ようとしたけど海が荒れて出られないでいるところに、不思議な男の子と出会ったんだって。
その子はとっても綺麗で、不思議な力を使えたらしい。その話をしてくれた真田は、狐の化身じゃないかとか言ってた。もともとこの島には不思議な力を持つ狐の伝承が残っていたそうで、それで島の名前も狐島、と言われているくらいで。
で、その不思議な子は、その女の人と赤ちゃんを連れて、空を飛んで島から出してくれた。そして、そのときの赤ちゃんが大きくなって偉い人になったときに、この島にこの祠を作ったんだそう。その人が縁で、時田女子高等学校はこの島に作られたんだとオープンキャンパスのときにきいた。
「瑠璃、念のために隠蔽魔法をかけろよ」
島に降り立つなり、巧さんが言った。誰が見てるかわからないから、ってことなんだろう。
司さんが苦笑気味に、
「巧、先生気取りだね?」
「うるせえ。折角魔法を身につけて戻ってきたんだから、やっぱり使えるようにしておくべきだろ」
まあ、巧さんは翼の城にいるときもそんな風に言ってくることがあったから、別に慣れてるけど。
私は私たちの姿を周りから見えなくする可動式の結界を私たちの周りに張った。
と、ヌビエラの声があがった。
「あらあら、ヤスオ、こんなところに!」
え、もう見つかったの?でもそれらしきモノって見あたらないよ?
ヌビエラはと見ると、石造りの祠の中をのぞき込んでいた。木の格子の扉が閉まっていて、中に入っているお地蔵様は見えないのだけど。
「ちょっと出ていらっしゃいな、もう大丈夫だから」
木の格子の桟に手を差し入れると、中からネズミくらいの大きさの白黒の生き物が出てきて、ヌビエラの手のひらの上に乗った。確かに、写真で見たことのあるアリクイに見える。これがヤスオ?でも、真田は熊くらいの大きさだったって言ってたけど。
ヌビエラの手の上に乗っていたアリクイは、地面におろしてもらうと、みるみるうちに大きくなった。熊くらいの大きさのところで止まったと思ったら、いきなり大きな声で泣き出した。
「こわかったよおおおお!!!」
小さな男の子の声が、私の脳裏に響いた。妖精たちと話すときと同じような感じだけど、ものすごく声が大きい。脳に直接きこえるので、耳を塞いでも声は聞こえ続ける。
と、私の耳を司さんの手が覆った。途端に男の声は小さくなる。
「魔力で遮断すればいいんだよ。手を使わなくても魔力を操作したらできるよね?」
「そうだぞー。魔力操作は翼の城で練習したろ?」
巧さんがのんびりとした様子で言う。
巧さんの声に、ヤスオはびくっと体を震わせた。そして、大きな図体のまま、ヌビエラの後ろの隠れようとした。ヌビエラがそれを宥めるように言う。
「ヤスオ、安心して。ここにいる人たちは味方だから。とっても親切なのよ」
「でも、若芽の君に、神人でしょ?僕じゃおばちゃんを守れないよ」
「馬鹿言え。誰がお前たちを攻撃するかっての。理由もないのに何でやることがある」
巧さんがそう言ってもヤスオは目をうろうろと泳がせていた。やっぱりヌビエラの後ろに頭だけ隠して、ちらりと私たちをもう一度見る。その視線が私の上で止まった。ぽあっとヌビエラの後ろから鼻を突き出し、私に訊く。
「ねえ、おねえちゃん、翼の城にいたよね?僕、おねえちゃんの気配に覚えがあるよ?」
私が答えるより先にヌビエラが言う。
「あら、相変わらず他の人の気配を覚えるのが得意ねえ。私は全然わからなかったけど」
「おばちゃんはそういう覚えるの、得意じゃないもんね?でも、僕は覚えてるよ。おばちゃんも知ってる。風の王子がいっつも連れてたウサギだよ。コートのポケットに隠してた」
「ああ、あのウサギさん。道理で、結界魔法とか移動魔法とか、上手なわけだわ。ずっと風の王子を守ってたの、うまく魔法を使っているなあって感心して見ていたのよ。余程あの風の王子が大事だったのねえ。そのためにミイヤ姉様と取引までするんだもの。大したものだわ」
私は息を呑んだ。何でヌビエラがそんなことを知っているの。




