第3話 箱の鍵
魔女ヌビエラは弟であるアレクシス王子にこの世界に会いに来た。そして、方向音痴のヌビエラを助けるべくついてきた甥のヤスオとはぐれてしまった。
ヤスオの居場所は何となくわかったけど、そこに確実にいるかわからないし、方向音痴のヌビエラに一人で行くのは難しい。
だから、巧さんはヌビエラに、
「お前、方向音痴なんだろ。俺が送っていってやるし、何だったら島の探査もして甥っこを探してやってもいい。だから、俺たちに手を貸してくれないか。楽人の国が作ったとある箱の鍵を作ってほしい」
「箱、ですか?」
「ああ。楽人の国が作った箱なんだが。国宝級のモノを入れる箱で、翼の城に預ける戦士を運ぶために使っていた」
「ああ、リエムのコンテナですわね。知ってますわ。あれの基本設計をした人とは友人でしたの。向こうはとうの昔に亡くなってますけど、仕方ないですわねえ、ただの人間でしたから。ええ、鍵は作れますわ。でも、どうしてあれの鍵が必要なんです?あれは楽人の国が大事なものを運ぶために使っている筈ですわ。今でも重宝しているときいていますけど」
そこで巧さんは事情を伝えた。楽人の国の使節団によって健吾さんがその中に入れられてしまったのだと。ヌビエラは首を傾げながら、
「楽人の国が?どうしてです?」
「それはわからない。楽人の国は、自分たちがやったとは認めていない。こちらが過去視の魔法を使って証拠を確保していても、しらをきっている」
「そうなんですか。まあ、それはいいですわ、箱のありかがわかれば」
「箱は、翼の城の傍の峡谷に落ちたまま引き上げられないでいる。ただ、アレクシス王子の月の王の術式が発動したら、健吾とアレクシス王子の入れ替わりが起きて、健吾が箱ごとこちらに来るかもしれない。そのときのために鍵を用意しておきたい」
「それって、いつになるんです?あのコンテナは、中に入ったモノの精神と肉体を魔法的に凍結するけれど、三日しかその効果はもちませんよ?それ以上の時間が経っているのなら、中に入った人間はもう死んでいますわ。だったら、そこまで無理して開ける必要はないでしょう」
「それが、箱の中であいつは生きているらしいんだ。女王の不死の魔法が効いているんじゃないかって思っているんだが」
「あの魔法は効果が出る範囲が限られているんですよ。そこを外れたら効果はないんです。確かに城の傍の峡谷にはお母様の力が及ぶ場所もあるけれど、それは限定的で、そんな場所は城から簡単に降りていけます。箱が落ちたのが簡単に行けない場所だということは、つまり、お母様の魔法の効力が及ぶ場所ではないということですよ?」
「そうは言うが」
巧さんは渋い表情をしている。司さんが横から、
「もし健吾さんが死んでいたら、アレクシス王子の中にある術式の方にも影響があるのだけど、今のところそういうことはなくて」
「そう、さっきから訊こうと思っていたんです。アレクシスはどこにいるんです?あの子にも会いたいのだけれど、この世界でのあの子の気配はものすごく薄くて。さっき、ナイフの攻撃の余波から女の子を護って受けたダメージのために眠りについたとか言っていましたけど、アレクシスはそんなに柔ではありませんよ?」
そこで、巧さんが王子の状況を説明した。こちらの世界での修行のために、王子の肉体と精神を分け、肉体は別な場所に安全に保管、精神だけをこの世界で過ごさせていたのだと。ヌビエラが作ったナイフの攻撃から女の子を守ってダメージを受けたときには精神体だけの状態だったので、眠りにつくことになったと。
それをきいて、ヌビエラは大きく目を見開き、怯えたような表情をした。
「なんてこと……!それでアレクシスは勿論無事なんですよね?眠りについてもう目を覚まさないなんてことは……?」
「大丈夫です。精神体の方は僕の方で保管しています。ただ、術式の修復中で。今、王子を起こしたら、不安定な状態で起こすことになってしまう。彼には今後月の王を長くやってもらわないといけないので、それを思ったら、万全を期したい」
司さんが説明すると、ヌビエラは目を細めて司さんを見た。
「あなたはこの世界の人間ですよね……?でも、月の王のこととか、正確に理解しているように見えますわ」
「そういう者もいますよ。それはとにかくとして、王子はそういう状況なので、今すぐに会うのは無理です」
「どれくらいかかりますの?私、あの子に会いたいですわ。それとヤスオを探す手伝いをしてもらう、これをセットでコンテナの鍵を作る対価とします」
やっぱり魔女だ。仕事に対価を求めるんだ。
私がそう思ったのと、巧さんが返事するのがほぼ同時だった。
「いいだろう。それでいこう。それで、王子はどれくらいで目を覚ます?」
訊かれて、司さんが答える。
「この夏休み中には術式の修復は終わるよ」
「よし。じゃあ、まずはヤスオを探しに行くか。おい、ミルクティ、行くぞ」
急に言われて、私は驚いた。
「巧さんが一人で行けばいいんじゃないです?」
でも、横からヌビエラが、
「あら、一緒に行きましょうよ。私と若芽の君だけでは、ヤスオは用心して出てこないかもしれませんわ。誰か緩衝材がいた方がいいです」
若芽の君?
私が疑問に思ったことを、司さんも思ったらしい。
「若芽の君って?」
訊ねられた巧さんは顔をしかめて答えない。代わりにみーちゃんが、
「こいつ、魔女たちの間でそう呼ばれてるんだよ」
知らなかった。真田は知ってたのかな?
まあ、そんなわけで、私も島に行くことになった。時田女子高等学校がある、狐島に。
巧さんが腹ごしらえをすませるのを待ってから、私たちは出かけることにした。ずっと眠っていて、体の方に食物を入れたいんだって。
その間に、私は真田に電話した。真田はすぐに電話に出て、なりゆきをきかされると、悔しそうに言った。
「あー、そっちにいたらきっとおもしろかったでしょうに。瑠璃さん、今から私を迎えに来ません?」
「私、真田の家を知らないから無理だよ。それに、それを言うなら、真田がこっちに飛んでくればいいでしょ?」
「そうしたいのはやまやまなんですが、なんかこっちに来て移動魔法を使うのが難しくて。瑠璃さんはそんなことはないんです?」
よくわからない、というのが実際のところだった。結界魔法とか認識阻害とかはこっちに戻ってきてからも使う機会があったので、翼の城にいたのと同じくらい使えるというのがわかっているけど、移動魔法は使っていないので、こちらでも使えるのかわからない。
食事を終えた巧さんと合流したときにそのことを訊くと、巧さんは肩を竦めてみせた。
「一度魔法を使えるようになったら、あっちの世界とこっちの世界で違うってことはないと思うけどな。そもそも、あいつが言ってるのは移動魔法でも瞬間転移魔法だろうが、あれはそもそも得意じゃなかったろう。そのせいじゃないか。それに、飛行魔法の方が簡単だろうから、無理に瞬間転移の魔法を使わなくてもいいんと思うけどな。瞬間転移の魔法とか、一度行ったところにしか行けないし、結構不便だろ」
「そうだそうだ。行ったことのある場所に瞬間移動するのは、移動魔法でも上級なんだ。当たり前のことと思うな」
みーちゃんまで言う。でも、私の中で魔法での移動、となったら瞬間転移だから。
司さんが少し苦笑しながら、
「随分偏っているね?誰に魔法を教わったの?巧が教えた?」
「俺じゃない。ルエットだ」
心外だという風に巧さんが言う。まあ、実のところ、巧さんに魔法を教わったことはない。規格外だから参考にならない、とルエットさんは言っていたし、私も真田もそれは同感だったので、魔法の練習で悩むことがあっても、巧さんに訊こうとは思わなかった。
司さんは私に訊ねた。
「真田さんは、空を飛ぶことはできないの?瑠璃さんは?」
「できます。向こうの世界ではできていました。でも、こっちだと人に見られるかもとか思ったら飛べないんじゃないですか。私もそうですけど」
「認識阻害とか、姿を消す魔法とか一緒に使えばいいよね。二つの魔法を一度に使うことは得意ではない?」
「真田はそういうの得意なんですけど、私はちょっと」
「練習するしかないね?だって、転移魔法を使うときにだって、人の目は誤魔化さないといけないだろうし」
司さんはあっさり言う。司さんはきっとそういうの、得意なんだろうなあ。
と思っていたら、ヌビエラが感激したように言った。
「素敵じゃないの!空を飛べるだなんて、それだけで尊敬するわ。私、そういうのは全然できないから」
きいたことがある。五番目の魔女はその力がとにかく魔法付与に特化していて、他の魔法はうまくないんだって。
巧さんが言った。
「よっし、それじゃ、お前が飛行魔法を使え。俺が認識阻害と光学迷彩を併せて使うから」
ちょっと緊張する。こっちの世界で飛行魔法を使ったことはないから。私の内心を察した司さんが、励ますように、
「大丈夫だよ。この世界でも翼の城と同じように魔法は使える。僕だって結界魔法とか、使いまくってるでしょ」
確かに。それに、私だって認識阻害とか結界魔法を沢山使ってる。
私たちは司さんの家の庭から飛び立った。司さんの結界のおかげで、庭の外から誰にも飛び立つところを見られないから、そこが一番だろう、ってことになって。勿論、家の中からも見られないように、司さんが結界を調整して。
そして私たちは空を飛び、五分も経たないうちに時田女子高校がある狐島に着いた。




