第7話 対決
僕の記憶の中にあるアレクシス王子の姿をマリアに見せようとして、マリアの精神と同調させた瞬間、マリアの中に潜んでいた「何か」は爪を突き立てるようにして僕の精神を捉えた。そこから僕の中に入ってこようとする。ううん、入りながら浸食してくる感じだ。そうやって僕から自我を奪おうとしている。
相手が何者なのかは、最初の瞬間から見当はついていた。妖精たちの上位者、王だか女王だかはわからないけど、そういう存在だ。マリアの精神を捕らえていた存在。大ばあさまは多分、マリアの代わりに僕を差し出すことにしたんだ。そして妖精の王だか女王はそれに同意し、マリアを解放した。
僕にどんな価値を見いだしてるのかは知らないけど、僕だってやすやすと相手の領域に取り込まれたりはしない。こんなことがあったときのために、抵抗する方法は準備してある。
備えあれば憂いなし、だね。もしそういうことが起きたら、という想定のもとに用意していたのだけど、まさかアイルランドの妖精の王だか女王にそれが威力を発揮することになるとは思わなかった。
僕は焦らずに自分の精神の中に設けていた防御機構を展開する。今まで数多の世界を渡ってきた記憶や知識を使って作った精神の迷宮だ。妖精の王といえども、これを突破することは難しいだろう。突破できたとしてもその頃には衰弱していて、迷宮の中核にいる僕自身の手でとどめをさすことができる。
人ならざる者に対して定命の者が対抗する手段は、存在するところには存在している。僕が入船司として生きていた世界は特にそういう知識が蓄積されているところだった。僕はその後にもそういった知識が研究されている幾つかの世界に行って、新しい知識を仕入れて僕の中に貯めていっていた。
僕の本質は、術式の専門家。戦うよりも術式を組む方が得意なんだから。
妖精の上位者は僕が用意した精神の迷宮を最初さまよっていたが、不意に姿を消した。僕の精神の中から出て行ったようだった。でも、それだけで済むわけがないと、僕はすぐに現実世界に全ての意識を引き戻した。
案の定、僕の部屋、ディスプレイの向こうにそれは立っていた。それがどんな姿をしているか、具体的に言葉で説明するのは難しい。とにかく美しい存在だという印象しか残らなかった。
ただ、目が合った瞬間、僕の脳裏に、部屋で眠っているお母さんの姿が流れこんできた。
抜かった。
咄嗟に僕は悟った。この家の敷地は結界で外から区切られている。そしてこの家の中で、僕以外には巧とお母さんがいる。二人の部屋には僕が結界を張っているけど、お母さんの部屋のは、巧の部屋に張ったものほど強度はない。そもそも、僕が張った結界は、それだけでも効果はあるけど、中にいる人の魔力を利用して強度を増す。巧は眠っているとはいえ、かなりの魔力が滲みだしていて、さすがという感じなのだけど、お母さんにはそんなものはない。だから、巧の部屋ほどの強い結界はない。
そこを見越して、妖精の上位者はお母さんに危害を加えると伝えてきているんだ。
僕は覚悟を決めた。ほんの少し防御を緩め、相手を少しだけ受け入れる。完全に受け入れるわけではないけれど、先ほどみたいな完全な拒絶とは違う態度をとることによって、僕を取り込めると相手に思わせる。
勿論、僕は取り込まれるつもりはない。ここまでは入らせていいというラインはしっかりと守る。そして、相手を消耗させて、撤退に繋がるように動かす。それが僕の作戦。
でも、ちょっと力に不安はある。今まで生きてきた全ての人生で得た知識を余すところなく使えているのは良いんだけど、僕自身の魔法の才能という点では、過去最高というまでではなくて。やっぱり、僕が今まで幾つもの生を生きてきた中で、魔法の力が一番強かったのは、巧と出会ったときの僕、入船司だ。
今の僕、神村縁も悪くはないんだけど、入船司の力のことを思うと、もうちょっと力があったらと思ってしまう。
勿論、才能の有無は、種族的なことがあるし言っても仕方のないことだけど。
ふと、僕は思った。
髪を伸ばしておけばよかった。
髪が長いと、魔力を操るときに安定するんだよね。それが魔力自体を纏って、アンテナみたいな働きをするというか。入船司はそういうことがあって髪を伸ばしていた。今の僕も、伸ばしておけばよかった。そうしたら、お母さんを人質にとるぞ、みたいな脅しをかけられても、はねのけて逆にやりこめることができたのに。
これが終わったら髪を伸ばそう。校則くらい魔法で誤魔化せるだろう。
そんなことを考えているうちに、だんだん意識がぼんやりしてきた。
まずい、このままだと浸食される。この相手は、僕を僕としてコレクションに加えるのではなく、自身の一部分にすることにしたらしい。
冗談じゃない。そんなことをしたら、死ぬこともできなくなる。つまりそれは転生もできなくなるということで、巧との、アールとの旅の終わりということで。
「おい、しっかりしろ!」
突然僕の耳に、ざらついた感じの男性の声がした。みーちゃんだ。
僕は自分の意識の主導権を取り戻す。視界がはっきりして、自分の部屋の景色が見えた。ただ、ディスプレイからかなり遠ざかっている。キャスターつきの椅子ごと後ろに引かれた感じだ。
そして僕の斜め前には、髪の長い人が立っていた。まっすぐな青みがかった黒髪をポニーテールに結っている。その髪型だけなら女の人みたいだけど、その体型は間違いなく男性だ。
「安心しろ、お前の母親の部屋には俺が念入りに結界を張ってきたから。こいつの攻撃なんぞ間違っても通ったりはしない」
「あ、ありがと。……えっと、みーちゃん、でいいんだよね?」
「おう」
返事があって振り返った相手の顔を見て、僕はちょっと固まった。なんて言うか、クールビューティがそこにいた。透き通るような白い肌に、目元は涼やか、鼻筋は通っていて、全体的に夜の闇と白い月の取り合わせを思い起こさせる。
意外だったなあ。神人は皆美形とはきいていたけど、声の感じから、もっと太陽みたいな容姿の人物を思い描いていた。
「どした?」
白い猫もどきの姿の時と同じ声が、その月の化身のような青年から聞こえてくる。
「いや……体のサイズ、小さくできてるんだなって思って。苦労するようなことを言ってたけど」
「おうよ。体を縮める術を補助するアイテムをもらってきたからな。ま、もらってきたのはそれだけじゃないけど」
みーちゃんはディスプレイの後ろに相変わらず佇む存在に声を掛けた。
「潮時じゃねえのか?ここにこのままいたら、もっと悪いことになるぞ」
妖精たちの上位者は何か言おうと口を開きかけた。だけど、すぐにその口が閉じ、何か耳を澄ませるような仕草を見える。
それとほぼ同時に、玄関のインターホンが鳴る音がした。
こんなタイミングで来客とか、勘弁してほしいと思ったけど、僕はすぐに気がついた。もしかして、今、到着した、とか?




