第6話 大ばあさま
いつものようにグラハムとビデオ通話を繋いだら、画面にはグラハムの他に、小柄な老女がいた。
グラハムは言った。
「こちらはうちの一族の大ばあさまだ。マリアのことで話がしたい、と」
その面もちが緊張している様子だったので、何故だろうと思いながら僕は訊く。
「それはいいけど、でも何故僕と?」
僕の問いに、グラハムは答えにくそうに顔をしかめる。
代わりに、老女が口を開いた。当然日本語ではないから、僕にはわからない。それを、グラハムが通訳する。
「お前がマリアに妖精の土地から魔力を盗むように指示したからだ、と大ばあさまは言っている」
「何を今さら、と思うけど。そっちの一族は承知しているものと思ってた。マリアちゃんのおじいさんも協力してくれていたくらいだし」
「大ばあさまには言っていなかった。言えば反対されるとわかっていたから。伯父も同じ意見だった」
「なるほど。でも、昨日、マリアちゃんの様子がおかしくなったことで、バレたってわけだね?」
「伯父が姿を消したところまでは妖精の仕業と一族の者もわかっていたんだが、マリアが妖精の魔力を日本に送るなんてことをしているとは誰も思っていなかった」
「よく今までバレなかったもんだね」
僕が言うと、みーちゃんが、
「お前、ひとごとみたいによく言うな。お前が隠蔽の魔法の呪符を渡したんだろ。あれ、人間にはかなり効いてたぞ」
「妖精たちにはあまり効かなかったってこと?それは改良の余地あり、だね」
こっちの妖精たちには通じたのに。あっちの方が強力なのか、それとも王のお膝元だからか。
大ばあさまがまた何事かを言った。グラハムがそれを通訳するまえに、妖精たちが言った。
マリアを助けたいんだって。
このままだとマリアの心が壊れるって。
心を取り戻す手伝いをしてほしいって。
僕は妖精たちを見た。
「それ、キミたちの王様に刃向かうってことだけど、意味わかってる?」
妖精たちは黙った。代わりに、みーちゃんが言った。
「俺はよくは知らんが、こいつらのトップは王と女王がいるらしい。マリアを捕らえてるのは王の方で、女王は関わってないようだ」
「つまり、この妖精たちは女王の配下ってこと?」
「いや、それもよくわからん。俺があっちで見た限りでは、その瞬間瞬間で、どっちの配下なのかが変わる感じだった」
僕とみーちゃんが話している間にも、大ばあさまはまた何か発言していた。グラハムが怪訝そうに質問をしている。何か難しいことを言われたのかな?
大ばあさまとある程度のやりとりをした後、グラハムは戸惑った様子で言った。
「大ばあさまは、君がしたことは不問に付す、と言っている。一族の者である健吾を助けようとしたことの結果なのだから、と」
「それは……ありがとうございます?」
思っていたのと別な方向に話が向いて、僕は戸惑う。
グラハムは続けて言う。
「その代わりに、君からマリアに話をしてほしいと言っている。何故マリアが妖精のところから魔力を集めることになったのか、といったことを」
マリアに情報を与えて、自身がやろうとしていたことを思い出させようというつもりなのかな?でもそんなの、今までもグラハムがやっているのでは?
どう考えても僕が直接話すことの意味がわからないので、僕はそのまま質問してみた。
「それはグラハムからもう話したんでしょう?」
「話した。だが、大ばあさまは、改めて君からも話してほしいと言っている」
「それくらいならいいけど」
今すぐ始めるのかな、と思ったけど、そうではないらしい。大ばあさまは日時を指定してきた。
指定された日時は、夏休みの最初の日曜日の朝八時。十分対応可能だ。
僕はグラハムに了解したことを伝えた。
ビデオ通話が切れた後、それまで黙って画面を見ていたみーちゃんが言った。
「おい、なんかおかしいぞ」
「大ばあさまが僕をあっさり許したこと?うん、それは僕もそう思った。それに、今日ではない別の日にマリアとの面談を設定するとか」
「わかっていて提案に乗ったのか?」
「巧のために魔力が必要なのは間違いないからね?」
「でも、あいつは何もしなくてもそのうち目を覚ますだろ」
「それはそうなんだけど、でもなるべく早くに目を覚まさせてやりたいんだよ。時間には限りがあるし」
「あいつにそんな気遣い不要だろ」
「まあね?」
僕は軽く反応する。確かに、巧には寿命という概念はない。でも、僕にはあって、それが即ち、この世界での巧の時間の残りになると思う。多分、巧は僕がこの世界からいなくなったら、この世界から旅立つ。今までそうだったらしいから。なので、僕の寿命が尽きたら、この世界での巧の生活も終わる。
今回の僕の生って、今までの生に比べると恵まれてると思うんだよね。命の危険の心配をあまりしなくていいし、娯楽だって安心して楽しめるし。それって、巧にとっても良い環境だと思うんだ。巧は選べる立場だから、ここみたいな楽な環境にばかり行って過ごしても良かったのに、僕を捜していろんな世界を渡って、一苦労するような環境を僕と一緒に味わうことが多くて。だから、今回みたいな恵まれた環境を少しでも長く味わってほしいんだよね。
まあ、そこまでみーちゃんに説明する必要はなくて、訝しがるみーちゃんをよそに、僕は大ばあさまとの約束の時に備えて日々を過ごした。時間にして一週間くらい。
みーちゃんも、一度自分の世界に戻っていった。知り合いに頼んでおいた道具とかができあがっているかきいてくる、って。魔力を集めるのに役に立ちそうな道具とかを頼んでいたんだって。でも、相手もいろいろ忙しくて、出来上がってるかわからないって。
「うちとかあいつの家の宝物庫を漁ればそれっぽいのがすぐに見つかるだろうけど、こっちで使うのは難しいからな。ここみたいな世界でも使いやすいのを作っておいてくれって頼んだんだ」
問題は、道具が出来上がっているかもだけど、みーちゃんが約束の時間までに戻ってこられるか、だそうで。
「あっちに戻ったら、仕事が待ち構えてると思うんだよなー」
「片づけてきたんじゃなかったの?」
「やってきたさ。でも、仕事ってのは湧いて出てくるもんだろ?結局はそれを蹴散らかして戻ってこられるかだなー」
まあ、それは仕方がない。元より僕は自分の力で何とかするつもりだったし。
そして、約束の日が来た。
日曜日の朝八時、朝ご飯を終わらせた後、僕は自分の部屋に入る。お母さんはちょっと調子が悪いとかで、また横になると言っていた。最近、少し疲れ気味で、そういうことがあるんだよね。医者には行っているのだけど、何も言われないんだって。大丈夫かな。僕は今までいろんな生を生きてきたけど、この世界の医療の知識はないから、こういうときに役に立たつようなスキルはない。
学校の成績はいいから、医者になったら、とか周りに言われたりもするけど、そういうのに興味はないんだ。第一、医学生とかになったら忙しそうじゃない?そうなったら巧とゲームしたり配信したりとかできないでしょ。
時間が来る前に、グラハムとのビデオ通話が始まった。これよりも時間が後ろにずれると妖精の力が増すので、少しでも早めに始めたい、と。そんなの最初からわかっていただろうに、何で今言うのかな?それだと僕の方の準備が間に合わない。
でも、妖精の力が増すのは面倒だ。仕方がない。
画面には、前回と同じグラハムの家の部屋に、今回はマリアと大ばあさまが映っていた。前回会ったときにあんなことがあったのに、マリアは僕を見ても怯えたりとかそういう様子は見せなかった。それが逆に引っかかる。マリアの精神状態って、今、どうなってるんだ?
グラハムは画面の外にいるらしい。声だけは聞こえる。
「司、聞こえているか」
グラハムの声に僕は答える。
「聞こえてるよ?」
答えながら、グラハムの声に緊張が滲んでいるように感じるのは気のせいか。それとも僕が用心し過ぎ?画面の中とかこっちの部屋にいる妖精たちを見ても、特に反応は見せない。
マリアがほほえみながら僕に言った。なんか、用心したくなるほど普通だ。
「こんにちは、司さん」
「こんにちは。マリアちゃん、この前はあれから大丈夫だった?」
「この前、ですか?」
マリアは小首を傾げていたが、すぐに思い当たったように、
「この前、素敵なものを見せてもらいました。ありがとうございました」
「素敵なもの?何のこと?」
マリアの言葉の意味がわからず僕は訊く。素敵なもの、という言い方がぴんとこない。これは本当に覚えているのか?
マリアは微笑む。
「アレクシスの姿、私、はっきりと見たことなかったから。私が知ってるアレクシスはずっと魂だけで、いつも周りの風景が透けていたの。でもこの前、司さんが見せてくれたのは、そんなのじゃなかった。アレクシスにちゃんと体があった」
ああ、確かに、僕が最初に会ったときのアレクシスも見せたんだ。あのときはこちらの世界に来たばかりで、精神と肉体は分けられていなかった。
「私、ずっと思ってたんです。アレクシスに体があったらどんななんだろうって。体があったら、手を繋いで歩いたりとかできるのに、って」
「手を繋いで歩きたかったの?」
おやおや、乙女心かな?
マリアははにかみながら、
「そう。小さい頃からずっと思ってたんです。手を繋いで歩けたら、はぐれることないのにって。アレクシスも言ってました。自分にきちんと体があったらもっと簡単に私を守れるのにごめんね、って」
「守る?どういうこと?」
「私、知らない大人のひとに声を掛けられることが多くって。そのたびにアレクシスが魔法を使って追い払ってくれたんですけど、体があれば魔法なんて使わなくても大丈夫なのに、って、アレクシス、ちょっと困ったような顔をしてました」
僕はちょっと苦い顔をする。それって、親がやることなんじゃないのか。親は一体何をしていたんだ。
「アレクシス王子は本当に君の親代わりだったんだね」
「違います」
マリアは即座に言った。
「アレクシスは親代わりなんかじゃないです。もっともっと身近で大事な人です。いなくなったら、私の世界が終わっちゃう」
僕はあっけにとられた。えっと、マリアって小学校一年生だよね?そんなことを言うもんなんだ?アレクシス王子のことを異性として慕っているのではとは思っていたけど、ここまでのことを言うとは思わなかった。
大ばあさまがなだめるように何かを言った。マリアも向こうの言葉はわからないらしく、画面の外のグラハムに助けを求めるように視線を送る。
グラハムの声がした。
「そういうことはまだ決めなくて良いのではないか、と大ばあさまは言っている。運命を決めるにはまだ早すぎる、と」
「でも、私、本当に」
「マリア」
言い聞かせるようにグラハムが言い、マリアは言葉を呑みこんだ。
そして少し考えてから、僕に、
「あの、アレクシスの姿をまた見せてもらえたらって思うんですけど。駄目ですか?」
「また?でも、僕も肉体を伴った彼とは一度しか会ったことがないから、同じものしか見せられないよ?」
「それでもいいんです。私、少しでも肉体のあるアレクシスを見ていたいんです」
「そうなんだ?じゃあ、見せてあげるね」
そして僕は前回と同じように、意識操作の魔法を応用してマリアにアレクシス王子の姿を見せる。
「?」
僕は違和感を覚えた。この前と違う。マリアの精神の中に何かが隠れている。それが僕の精神に爪を引っかけ、中に入って来ようとする。
「捕まえた」
逃げようとする僕の耳に、声が聞こえた。いつもきいている妖精たちの声を何十倍にも増幅したような声。明らかにこちらの方が力強い。
妖精たちの上位者?大ばあさまの狙いは、まさかこれか。




