第10話 前を向く
その日の放課後、私はいつものように司さんの家に行った。高校も保護者面談の時期とかで、私が家に行ったとき、司さんはもう家に帰っていた。そして、私の面談がどうなったかを訊いてきた。
「予想通り話はまとまりませんでした。でも、お母さんに言いました。摩耶ちゃんの養子になる、って」
「そっか。それは大変だったね。疲れてない?」
「大丈夫です。なんか、気が楽になりました」
そこで私はちょっと笑ってみせた。本当に大丈夫だっていうところを見せたかったから。
司さんはそんな私をじっと見ていたけど、ふっと小さく笑って、
「そっか。じゃあ、勉強、始めよう」
そうして司さんは応接間でいつものように勉強を教えてくれた。司さんの教え方は本当にわかりやすくて、すごく頭がいいんだなってわかる。
数学の問題をいくつか解いた頃、いつも休憩時間になる頃合いに、いつものように司さんが言った。
「じゃあ、今日はここで終わりにしようか」
「え、でも」
いつもは休憩の後でまだ問題を解くのに。
「今日はいろいろ大変だったでしょう。だから、ちょっと軽めにしようかなと思っていたんだけど。あと、ちょっと瑠璃さんに見せたいものがあって」
「見せたいもの、ですか?」
「そう。今日、頑張ったから、ご褒美ね」
そう言って、司さんは部屋の隅の小さなテーブルから置いてあったノートパソコンを持ってきた。それに電源を入れ、ちょっと操作をした後に、私に画面を見せる。
私はそれを見て息を呑んだ。
神速戦隊ナイトレイヴン、の文字がそこにあった。健吾さんが出演していたドラマだ。
「本当は一話から見たらいいんだろうけど、とりあえず、真田さんがおすすめしてた鴫沢レンの当番回……氷上健吾さんが沢山出てる回をと思うんだけど」
「えっと……見ていいんですか?」
私が呆然としながら訊くと、司さんは小さく微笑んだ。
「勿論。言ったでしょ、ご褒美だって。じゃあ、終わる頃に僕は戻ってくるから」
司さんは動画の再生ボタンを押すと、本当に応接間を出ていった。私はどきどきしながら動画を見た。
ずっと見てみたいと思ってたんだよね。この作品のこと、真田にいろいろきかされてたし、健吾さんもちょっと話してくれたから。でも、見る方法がなくて、どうしようって思ってたんだ。本当に嬉しい。
私はそれから、喰い入るようにずっと画面を見てた。中学生の頃の健吾さんが沢山出て来た。とっても素敵だった。ただ立ったり歩いたりしているだけで格好いいのはもともとわかってたけど、こうやってドラマの中でもそれが見られて本当に嬉しい。
話の内容は、悲恋の回だった。真田から何度もきかされていた。健吾さん演じる鴫沢レンの幼なじみの女の子が実は敵の手先として洗脳・改造されていて、そのことをレンが自ら探り当てて、悩みながらも一対一で対決し、倒そうとする。でもやっぱりとどめはさせなくて、主人公たちに助けてもらい、最終的には女の子の洗脳は解いて、敵に改造された部分もお父さんの司令官の知り合いにお願いして直してもらったけど、その後遺症で幼なじみの女の子はレンとの思い出を全部忘れて、他の男子とつきあいはじめる、っていう。
その回のラスト、憂い顔のレンに、お調子者の主人公がいつもの調子で相談事を持ちかけたとき、ナイトレイヴンの他のメンバーはやめておけっていう感じだったけど、レンはにっこりと笑って、
「うん、それで何?相談なんでしょ?僕に任せてよ」
と言ったところで、その回は終わった。
うん、とっても健吾さんは素敵だった。戦闘シーンもかっこよかった。まあ、健吾さんが本気で戦ったらあんなじゃないっていうのは知ってるけど、でも、ね?
やっぱりドラマで見ると違うなあ。真田も言ってた。ナイトレイヴンはカメラワークもとってもいいんです、って。うん、どのシーンも素敵だった、健吾さん。
それで、本当にわかった。健吾さんって、私とは違う世界の人なんだ。芸能人で、とっても人気があって、皆が見ていて。
健吾さんがこっちに戻ったとしてもまた会えるとは限らないですよ、って真田が私に言うたびに、わかってる、って私は口では言ってたけど、本当は心からわかっていたわけではなかった。会えるんじゃないかって心のどこかで期待してた。でも、これを見たら、心底、無理なんだってわかった。健吾さんがこっちに戻ってきたら、もう会うことはない。それで、このドラマの鴫沢レンが幼なじみの女の子が他の人とつきあい始めたのを人からきいて知ったみたいに、健吾さんが他の人とつきあって、結婚して、っていうのを私はテレビとかネットを通じて知るだけになるんだ、って。
当然だよね、だって健吾さんはこんなに素敵なんだもの。私が翼の城で出会えただけでも、奇跡的なことなんだから。
「瑠璃さん、もうそろそろ終わったかな。……え、瑠璃さんどうしたの?」
部屋に戻ってきた司さんが驚いたように声を掛けてきた。当然だよね、私はそのとき泣いていたから。うん、大丈夫。健吾さんのこと、ちゃんとわかったから。でもって、きちんと健吾さんをこちらの世界に取り戻せるように頑張るから。
「何でもありません。とっても良かったから、感動して、嬉しくって」
司さんは怪訝そうだった。
うん、大丈夫。頑張るから、私。会えなくてもいい。それでも帰ってきて欲しい。
私は健吾さんのこと、絶対に助けるんだから。




