第9話 決別
翌日の日曜日は予定通りに摩耶ちゃんの観光につきあい、夜は司さんの家で私の誕生日パーティが開かれた。司さんの家というか、神村先生の家、という言い方が正しいかもしれない。神村先生が夏実さんと相談して準備してくれたらしいから。出席者は、摩耶ちゃん、夏実さん、神村先生と司さん。
驚いたことに、みんなプレゼントを用意していた。摩耶ちゃんは洋服、夏実さんは学校に持っていけそうなポーチ、神村先生は司さんと話し合って選んだ文房具。
素敵な一日だった。こんなに嬉しいことばかりでいいのかな、って感じ。
でも、それが長続きしないことはわかっていた。翌日の放課後には三者面談があって、そこでお母さんと顔を合わせないといけないってわかってたから。
摩耶ちゃんが三者面談に参加したいと言っていたので、摩耶ちゃんと放課後に待ち合わせて、二人で三者面談の教室に入った。
教室には先にお母さんが来ていて、担任の先生と話をしていた。お母さんは教室に入ってきた摩耶ちゃんを見て心底驚いたような表情をしていた。
「なんで摩耶さんがここに」
「そりゃ、可愛い姪の将来がかかっているんですもの。何をさておいても駆けつけるでしょ」
お母さんは戸惑ったように担任の先生を見た。
「あの、家族以外の人が面談に参加するって、認められるんですか」
「木下さん次第です。木下さん、どうします?」
訊かれて、私は力強く答えた。
「私は叔母さんに同席してほしいです」
実は、神村先生から校長先生に事前に話が行っていて、三者面談には摩耶ちゃんも同席することは担任の先生は知っていたんだよね。神村先生は校長先生に、お母さんが私の進学を認めないつもりでいることを伝えていて、だから、摩耶ちゃんに同席してほしいと私が言った後に、お母さんが、
「でも、摩耶さんに東京からわざわざ来てもらって悪いけど、瑠璃は中学を卒業したら働いてもらうから。進路指導で話し合うことなんて何もないのよ」
と言ったときも、担任の先生は冷静に、
「それは本人の意向ということですか」
と返していた。お母さんは少し怯みながらも、
「いいえ、本人の意向は知りません。でも、私はこの子の学費を払うつもりはないので。そうしたら、働くしかないじゃないですか」
「学校としては、高校進学は本人の意思を最大限尊重したいと思っています。木下さんの考えはどうなの?お母さんの言うとおりでいいの?」
「嫌です。私は高校に行きたいです。大学にだって行きたいのに」
「馬鹿なことを言わないで!そんなお金、あるわけないでしょ?行きたいのなら働いて学費も生活費も全部自分で用意して行きなさい」
そこで摩耶ちゃんが言う。
「お金の問題なら、私がどうにかするわよ。安心して、高校にも大学にも行かせてやればいいわ」
「摩耶さん、部外者は口を出さないで。これは親子の問題なんだから」
「そんなことを言われても、私からすれば可愛い姪っこの将来の話よ?そんなこと言われても頷けるわけないでしょ?」
「そんなことを言っても、ただの叔母さんが親子の問題に口を出しているのがおかしいって、わからないんですか」
そこで私は言った。
「お母さん、私が再婚に賛成しないから進学に反対してるの?」
「それは……まあ、再婚に賛成してくれたら、鷹村さんから学費を出してもらえると思うし、大学にだって行けると思うわよ?」
「それって、あてになるの?だって、鷹村さん、子どもが二人いるんでしょう。一人は白椿高校に行ってるんだよね?あそこ私立だから、もうお金が掛かってるでしょう。そこにもう一人分、高校とか大学の学費を出すことができるの?」
「鷹村さんは大手に勤めていて、お給料、いいのよ。それに瑠璃だって今から勉強して公立に行けば、鷹村さんの負担にならなくて済むわ」
「悪いけど、私が行きたい高校って私立なの」
そこでお母さんは少しの間絶句していた。
「私立?でも、それってお金が……。無理よ、本当に無理だわ。鷹村さんにだって頼めないわよ、そんなの。下の子だってまだこれから塾とか行って今度こそ鹿鳴高校に行かせるんだって、鷹村さんのご両親は意気込んでいて。ねえ、瑠璃、何でそんな聞き分けの悪いことを言うの。どうして私を困らせるようなことばかり言うの。前はそんなことしなかった、とってもいい子だったのに。……ねえ、摩耶さん、あなたからも言ってやって。この子が言っていることは分不相応のわがままだって」
「ごめんなさい、由梨愛さん。私には由梨愛さんが言うことの方がわからない。自分が再婚して幸せになるために、瑠璃ちゃんが嫌がることを進めていくなんて」
「でも、それじゃ、私は幸せになったらいけないっていうの?どうして?」
そこで私は言った。
「別に、再婚に反対してるわけじゃないわ。私が高校を卒業して家を出たら好きにしたらいいって言ってるじゃない」
「何でそこまで待たないといけないの?私はすぐに幸せになりたいの。子どもが出来てたらとかもあるし」
私は固まった。うん、お母さんは三十六歳で、まだ子どもを産める年齢だ。再婚を急いでるっていうことは、そういうことがあるのかも、とは思っていたけど。
「……子ども、出来てるの?」
私は冷静に訊いた。うん、取り乱したりはしないよ?だって良いことじゃない。これで私がお母さんから離れても、お母さんは一人ぼっちじゃない。まあ、元々鷹村さんがいるんだから、私がいなくなっても一人ぼっちじゃないんだけど。
お母さんは少し慌てた様子で、
「いいえ、今のは仮定の話で」
そう。でも、これで私の心は決まった。
「いいよ、お母さん。正直に言って。子どもができてるんだったら、私は祝福する。それで、お母さんは新しい子どもを可愛がればいい。でも、私のことは自由にさせて。摩耶ちゃん、養子の話、進めてください。私、摩耶ちゃんの娘になります」
私は言い切った。摩耶ちゃんは静かに頷いて、
「わかった。弁護士に早速予約を入れるわ」
「ちょっと待って、養子って何のこと」
お母さんは慌てふためいていた。それで、私は淡々と言った。
「だから、言ったとおりよ。私、摩耶ちゃんの養子になるから。そうしたら、高校進学を反対されることもないし、学費の心配もしなくてすむ。お母さんだって、再婚相手のところに連れ子を連れていかなくて済むでしょう。良かったじゃない」
「馬鹿なことを言わないで。そんなこと、許しませんからね」
お母さんは叫ぶように言った。が、私は冷静に返す。
「私、昨日十五歳になったんだよ?十五歳になったら、自分の意思で養子になることができるんですって」
するとお母さんは摩耶ちゃんを睨んだ。
「あんたが下らない入れ知恵をしたのね?」
「下らなくはないわ。瑠璃の将来を守るために必要な知識よ?由梨愛さん、あなたが何と言おうと、私は瑠璃に協力を惜しまないわ。サポートすると決めたからには全力でやる。弁護士にだって相談するつもりだから」
それをきいて、お母さんは泣き出した。
「やめて、やめてよ。私から瑠璃を奪わないで……」
私は心底自分の母親に幻滅した。お母さんは私を自分の所有物だと思ってたんだ、って。じゃなきゃ、奪うとか奪わないとか、そういう話にはならないでしょう。
お母さんは泣きじゃくりだして、面談を続けることはできなかった。泣きながら、高校進学を認めるから養子に行くのだけは勘弁して、と言ったりもしていた。でも、私は揺るがなかった。真田が言った通り、高校進学を許可することを盾に再婚を今すぐ認めろ、と先々言ってくる可能性は十分にあると思ったから。それに、今の話だと、お母さんは私立高校への進学は認めない気らしい。だったら、時女に行くなんて、絶対に認めてもらえない。
とりあえず、三者面談は次の人の時間が来たので終わりになった。私に進学の意思があることが確認できたので、志望校の話は先生と私の二人だけででもまたしましょう、ということになった。学校も大変だよね、今後どうするか、私と話をするのはいいけど、大人とも話をしないとならないのに、お母さんと話をしたらいいのか、養母になろうという摩耶ちゃんと話したらいいのかわからないから。




