第8話 わかったこと
私はその曲をすぐに指でタップして再生した。きいたことのあるメロディが流れてきた。私たちが翼の城に流れ着いてすぐ、真田を野バラの茂みから引っ張り出したときに健吾さんが歌っていた、そしてその後も真田がよく鼻歌で歌っていた曲だ。健吾さんもたまに私に歌ってきかせてくれた。
曲の前奏部分に続いて、歌声が流れてきた。ああ、健吾さんの声だ。間違いない。私はこの声の主と一緒に異世界で六年間一緒に暮らしていた。楽しいときも寂しいときも温かな気持ちになれたときも悲しいときも、私は健吾さんの傍にいて、健吾さんの表情とか仕草とか全部見てきた。
また健吾さんの声を聞きたいなあ、って思ってたの。あの声を聞けなくなって、もう二ヶ月以上になる。もしかしたらこのまま健吾さんの声、忘れてしまうかもって思ってたんだけど、そっか、こうやって聞けばいいんだ。健吾さんが出てたドラマとかも、探したら見ることができるのかな。
二人きりのとき、健吾さんはよく私に話しかけてくれた。その内容はいろいろで、翼の城での生活のこともあれば、元の世界に戻ったら何がしたい、というようなこともあったり。そんな中に、元の世界にいたとき、芸能界で自分がどんな仕事をしていたか、という話も入っていた。特撮ドラマの話とか、雑誌にモデルで出た話とか。
私たちはほとんどいつも一緒にいたから、健吾さんがそうやって話すタイミングはたくさんあった。私は健吾さんに話すことができないので、健吾さんが一方的に喋るのだけど、私は健吾さんの言葉の一言も聞き逃したくなくて、話をする健吾さんの顔を真剣に見ていた。すると、健吾さんは私の頭をよくなでてくれた。
「ありがと、ミルクティ。話をきいてくれて」
ううん、ウサギの姿の私を人間みたいに扱ってくれてありがとう、だよ。私から言葉を返すこともできないのに。
健吾さんは野バラの庭から出るときには大抵私をコートのポケットに入れて、そうしながら風の魔法を使って私にしか聞こえないように話しかけてくれた。それ以外にも、一緒に食事をしたり、一緒のベッドで寝たり。そんなとき、私はウサギで良かった、異世界に来て良かった、って思ったんだ。だって、女の子の姿だったらあんな風にずっと傍にはいられなかったし、それって異世界に行ったからこそできたことだし。……そもそも、こっちの世界にいたままだったら、出会えてなかったんだし。
私は本当に、健吾さんに会えて良かった。
曲はじきに終わり、私は余韻に浸っていた。
と、夏実さんが遠慮がちに私に声を掛けてきた。
「瑠璃ちゃん、大丈夫……?」
何でそんな心配そうにしているんだろうと思っていたら、司さんが言った。
「氷上健吾さんの歌声を聞けて嬉しかったんだね?」
司さんの優しげな声だけが聞こえる。おかしいな、辺りは明るいのに、司さんの姿がぼやけて見える。
そっか、私、泣いてるんだ。
自分の目から涙がぽろぽろ出ているのに気がついていなかった。健吾さんの歌に気を取られて、それで。
夏実さんが司さんに訊いた。
「氷上健吾って、氷上甚の息子の?何年も前に神隠しに遭って行方不明になった子よね?瑠璃ちゃん、彼のファンだったの?でも、よく知ってたわねえ、彼が行方不明になったとき、瑠璃ちゃんはまだ子どもだったでしょうに」
「えっと、真田さんが彼のファンで。それでいろいろと教えてもらって」
「あら、まあ。それじゃ布教っていうのはそういうこと?氷上健吾さんのことを瑠璃ちゃんに知ってもらいたくて、曲が入ったプレイヤーを贈ってきたってこと?」
私はとりあえず頷いた。本当はそんなんじゃない。わかってる。真田は私がこちらの世界に戻って健吾さんの声を聞けるようにしてくれたんだ。私が健吾さんに会いたい、声を聞きたいって思ってるの、知ってるから。
私は司さんにお礼を言った。今日のうちに届けてくれてありがとう、って。夏実さんも、気をつけて帰りなさいよ、って言って送り出した。しばらくして、微かな魔力の気配が外でした。この感じ、前にも感じたことがある。というか、さっきも家の外からしていたかも。司さんが魔法を使っているんだ。この魔力の感じからすると、気配を隠蔽するタイプの魔法だ。確かに、他の人に存在を気づかれなかったら、誰かから危害を加えられる可能性は格段に低くなる。
私はプレーヤーを持って部屋に戻り、真田に電話した。真田はすぐに電話に出た。
私は真田に礼を言った。真田は少し照れたように、
「いえいえ、これは信者として最低限の布教材料ですよ。これからまたいろいろお見せしたりしますから、待っていてくださいね」
そして私たちは通話を終えた。




