第7話 十五歳になったら
「瑠璃、明日が誕生日で、十五歳になるでしょ」
摩耶ちゃんに言われて、私は頷いた。すると、夏実さんが反応した。
「え、明日誕生日?瑠璃ちゃん、それ本当?」
夏実さんが真剣な表情で私を見る。私はそっちに頷いた。
「あ、はい。えっと……?」
「何で早く言ってくれないの。わかった、わかったからね。本当に明日は一日観光して楽しみましょう。鹿鳴だけじゃなくて、いろいろ見て回りましょ。楽しまないと!」
夏実さんは断固とした口振りで言った。摩耶ちゃんも笑って、
「そうよ、楽しみましょう。瑠璃は今まで、誕生日、きちんとお祝いしてもらったことないでしょ」
「そんなこと。毎年お母さんがケーキを買ってきて……」
言いながら、声がしぼむ。そう言えば、中学に入ってからそういうことをしてもらってない。一年生のときはおばあちゃんが病気で入院してて、そのお見舞いとかで忙しかったけど、去年はおばあちゃんも亡くなって、家の後始末も終わっていて、落ち着いていたのに何もなかった。
摩耶ちゃんは言う。
「由梨愛さんも一人で瑠璃を育てないといけなくて、大変だったのはわかるわよ。でも、ずっと誕生日プレゼントもなくて、ただ晩ご飯のデザートにコンビニのケーキが出るだけっていうのが私は納得がいかなくてね」
「でも、普段はデザートはないし」
私が言うと、摩耶ちゃんは更に頭を振って、
「あのね、子どもとしては庇いたいたくなるんでしょうけど、私は由梨愛さんのこと、ずっとどうかなと思ってたのよ。まだ東京にいた頃、私が瑠璃の誕生日のお祝いをしようか、って由梨愛さんに言ったら断られたこともあったのよ?瑠璃は自分の子どもだから、母親として自分が何かしてやりたいんだ、って言って。でも結局特別な何かって言ったらコンビニでケーキ買ってくるだけ、っていう。だったら私に任せてもいいじゃない」
そうか、そういうことがあったから、摩耶ちゃんが誕生日の後にこっそり喫茶店とかに連れていったりしてくれたときに、これはお母さんには内緒ね、って言ってたんだ。誕生日プレゼントも、渡したいけど難しいから、って言ってたのもそういうことだったんだ。
夏実さんが言った。
「さっきの養子の話、手続きが終わるまでにどれくらいかかるのかしら。高校の出願までに終わらせるとなると厳しいわよ」
「最終的には高校に相談するしかないかしらね。それと、親権停止の申し立ても同時にしようと思っているわ。とにかく出来る限りのことはしていかないと。親権停止の申し立てが通った結果、兄が法定後見人になれば、瑠璃は高校に行けるわ。母が、中卒の孫がいるなんてこと許すわけがないんだから」
そして、お父さんはおばあちゃんの言いなりだから。
「……あの、摩耶ちゃん。お父さんの方のおばあちゃん、摩耶ちゃんが私を養子にするの、賛成するかな」
父方のおばあちゃんはお母さんのことを嫌ってる。そしてその子どもである私のことも、多分。
摩耶ちゃんはうっすらと笑みを浮かべた。
「今更あの人の指図は受けないわ。私だっていい大人なんだし。それに、独り身の私に子どもができて、悪いこととは思わないんじゃないかしらね」
摩耶ちゃんは、私に今すぐ決めろとは言わなかった。でも、早く動くのに越したことはないから、遅くとも今月中に決めてほしい、と言った。
その夜、私は真田と電話で話したときに、このことを相談してみた。
真田は一も二もなく賛成だった。
「実は私も同じこと考えてたんですよねえ。いざとなったら親戚の誰かを当たろうと。で、瑠璃さんはどうするつもりです?」
「摩耶ちゃんの養子になるのは、私は嫌じゃないの。でも、この話をしたらお母さんが心を入れ替えるかも、とか思うと、決めきれなくて」
「甘いですよ、瑠璃さん。そうやって向こうは揺さぶってくるに決まってるんですから。高校に行くのを許してあげるわ、って言っておいて、いざ出願というときに、再婚に賛成してくれないのなら出願も認めない、とか言われたらどうするんです?」
「それは」
言い返せない。それをやられたら、どうしようもない。
真田はとどめを刺すように言った。
「私は叔母さんの申し出を受け入れるべきと思いますね。まあ、そこは瑠璃さんの意思が尊重されるので、断るならそれはそれで誰も文句は言わないと思います。でも、氷上健吾が戻ってきたときに、女子高校生にきちんとなれてたらいいと思いません?二人で時女の制服を着て出迎えましょうよ」
「それは……そうできたらいいけど、でも、健吾さんがこっちに戻ってくるのって、いつになるかわからないんでしょう?」
「巧の話では、ここ二、三年のうちということでしたよ?だったら、私たちが高校在学中に戻ってくるかもしれないじゃないですか」
「確かに。……でも、健吾さん、こっちに戻ってきても、会えないかもしれないでしょ。住む世界が違う人だって、そう言ったのは真田じゃない」
よく覚えてる。健吾さんを助けるために魔女ミイヤとの取引をした私に、真田が言ったんだ。
もう言っても仕方ないですけど、氷上健吾が元の世界に戻ったとしても、また今みたいに会えるとは限らない、というか会えない可能性の方が高いんですからね?そんな相手に、自分の人生の幸せを賭けたんですよ?
真田もあのときのことを思い出したのだろう、私に言った。
「確かにあのときはああ言いましたし、今でもあのとき言ったことは間違ってないと思っていますよ?でも、こっちに戻ってみて、案外魔法でいろいろなことが出来るとわかったら、氷上健吾と連絡を取るのとか、やりようがあるんじゃないかって思い始めているんですよ。あ、そうだ、明日、お誕生日ですよね。おめでとうございます」
「ありがとう。……なんか、変な感じね。今まで、お母さんとおばあちゃんと摩耶ちゃん以外の人に、そういうこと言われたことなかったから」
「お母さんと誕生日を過ごしたかったですか?」
ちょっと心配そうに真田が訊いてくる。私は少し考えて、
「どうかな。よくわかんないわ。摩耶ちゃんによると、お母さんは毎年私の誕生日をきちんとお祝いしてないんですって。私はきちんとしてもらえてると思ってたんだけど」
「誕生日のお祝いって、毎年、何をしてもらってたんですか?」
「コンビニのケーキが晩ご飯のデザートに出てきてたわ。私はそれで十分と思ってたんだけど、摩耶ちゃんは全然足りないって言っていて。誕生日プレゼントもないなんて、って」
「え、プレゼント、なかったんですか?一度も?」
「うん。一度も。おばあちゃんがちょっとした文具をくれたことはあったかな?でも、生活が苦しかったから」
「叔母さんからもらったりはなかったんですか?」
「摩耶ちゃんは、お母さんに遠慮して渡せなかったって。明日、鹿鳴の町を観光するときに、途中でどこかお店に寄って何か買う、って摩耶ちゃんは言ってたけど」
「鹿鳴の町に気の利いたものを置いてるようなお店があるんですか?瑠璃さんの地元をこんな風に言うのは申し訳ないですけど、叔母さんって東京の人なんでしょう?満足のいくもの、見つけられないんじゃないかなあ」
「どうだろう。夏実さんが、いっそのこと福岡まで行こうか、とか言ってたけど。夏実さんも、なんかプレゼントを買う、って言ってたの、それはちょっと申し訳ないっていうか。二人で、どっちが先に私の誕生日プレゼントを見つけて渡すか競争しようか、みたいなことを言い出していて、私からすると、明日一緒にいてくれるだけで十分なんだけど」
「そうですか。わかりました。じゃあ、今から届けてもらいます」
「え、何のこと?」
でも、真田は答えてくれなかった。お楽しみにー、と言って電話を切った。
それから十分後、夏実さんの家の玄関のインターフォンが鳴った。時間は八時過ぎで、夏実さんが訝しそうにインターフォン越しに対応している様子があったが、じきに、今は私が使わせてもらっている、夏実さんの上の子どもさんが使っていた部屋のドアをノックしてきた。
「縁くんが、瑠璃ちゃんに荷物を届けに来た、って言っているのだけど」
もしかして真田が言ったのって、これ?
私は戸惑いながら玄関に出た。司さんが困ったような笑顔でそこに立っていた。手には片手で持てるくらいの大きさの箱を持っている。
「ごめんね、こんな時間に。真田さんに頼まれて。本当は叔母さんに言付けたので良かったんだけど」
司さんは私に箱を渡してきた。
「これ、本当は明日渡してほしいって言われて預かってたんだ。でも、さっき真田さんから電話がかかってきて、是非今日のうちに渡してほしいって。誰よりも早く渡したいからって。真田さんからの誕生日プレゼントだよ」
「え、誕生日プレゼント?」
私は固まった。だって真田にはスマホを貸してもらったりとか、いろいろ良くしてもらってるのに、更にプレゼントなんて。
司さんは微笑みながら、
「瑠璃さんが遠慮しそうになったら、自分が好きで贈るんだから遠慮しないで受け取るように言ってほしい、ということだったよ。布教活動の一環だから、これは自分のエゴだって」
「布教活動?どういうこと?真田っていう子は、何か宗教でもやってるの?」
夏実さんが戸惑った様子で訊く。司さんは苦笑しながら、
「ここで言う布教っていうのは、自分が好きなモノの魅力を他の人に伝えてファンを増やそうっていうことですよ」
「……よくわからないわね。中身、何なのかしら。何か良くないものが入ってるとかないわよね?」
「それはないと思いますけど」
そう言いながら、私は箱を開けた。そこには、小さな機械が入っていた。スマホに似ているけど、スマホとは違う。
「MP3プレーヤーね」
夏実さんが言う。
「何か曲が入っているのかしら」
夏実さんが横から手を伸ばしてその機械を取ろうとするのを司さんが手で止めた。
「瑠璃さんがもらったものだから、瑠璃さんが最初に操作すべきじゃないかな」
私は司さんに言われて、MP3プレーヤーを箱から取り出した。司さんに教わり、電源を入れる。画面に出て来た表示を見て、何となくタップしてみる。夏実さんも横から教えてくれて、音楽の再生リストにたどり着いた。
曲が一曲、入っていた。曲のタイトルは「Fight to the End」。そしてその横には、歌手の名前があった。
氷上健吾、と表示されていた。




