第5話 摩耶ちゃん
お父さんの妹、つまりは私の叔母さんのことを、摩耶ちゃん、と呼んでいるのは、本人のたっての希望だ。私が子どもの頃、摩耶ちゃんと呼んで、と言ったので、私はその通りにしている。
摩耶ちゃんは知らない番号からの電話に最初怪訝そうにしていたが、相手が私とわかると、いつものように元気いっぱいの声で、
「瑠璃!心配してたのよ、最近ずっと由梨愛さんと連絡がとれなかったから、何かあったのかと思って」
そういうので、私は訊いてみた。
「私が事故に遭ったって、きいてないの?」
「事故?え、うそ、それ、本当?」
……本当に知らなかった。後で知ったのだけど、私が遭ったあの事故について、全国レベルのテレビ局で取りあげられたりはしなかったの。地元のニュースでは流れたけど、被害者の名前はていなくて、だから、お母さんが伝えない限り、東京で暮らしている摩耶ちゃんが事故のことを知ることはない。
私は事故の話をしたついでに、お母さんの再婚話を伝えた。摩耶ちゃんは、お母さんに恋人がいることや、私がお母さんに、再婚は私が高校を卒業して家を出てからにしてくれ、と言ってもきいてくれなかったことには特に反応はなかったけど、その結果、私が家を出て親切な人の家で暮らしていることについてはかなり驚いていた。
何故そんなことになったかを、私は詳しく説明した。毎晩毎晩、お母さんが相手の男の人を家に連れてきて、私を説得しようとしたんだ、と話すと、摩耶ちゃんは黙り込んだ。
「摩耶ちゃん?」
「ああ、ううん、きいてるから。それで、瑠璃は大丈夫だったのね?その、乱暴なことをされたりとか」
「それは大丈夫。でも、二人を家から追い出しても今度は家の外で騒がれて、毎晩そんなことされるのは嫌だったから、私の方が家を出ることにしたの」
「親切な方って、どんな方?今もその方の家にいるんでしょう?ご挨拶できないかしら」
それで私は居間にいた夏実さんのところに行って、父方の叔母さんが挨拶をしたいと言っていることを伝えた。夏実さんは了承してくれて、電話を代わった。
大人二人は朗らかに挨拶を交わし、初めて会話するなんて思えないほど意気投合していた。少し話したところで、夏実さんが、摩耶ちゃんの連絡先を私に教えてもらっていいか、こちらからすぐに掛け直すと言い、摩耶ちゃんも了承して、いったん電話を切った。
そして夏実さんは私から摩耶ちゃんの電話番号をきくと、自分の部屋に入りながら本当にすぐに電話をしていた。
私はそれを見届けて、自分の部屋に戻ると、今度は真田に電話した。けれど、真田は電話中だった。
私は真田に、また電話するね、とメッセージを送って、勉強に集中した。
だって、私はとにかく高校に合格しないといけないんだから。お母さんとのことだってあるけど、健吾さんがもしこちらに戻ってこられたときに、もしかしたらもうこちらでは私は会えないかもしれないけど、でも会えたりするかもしれないんだから、私はこっちでちゃんときちんとやれてるんだよって、胸を張って会えるようになっていたいから。
翌日の金曜日、放課後に私はまた司さんの家に行った。摩耶ちゃんのことは夏実さんから神村先生に話が伝わったらしい。玄関先で私を出迎えた神村先生は、にこやかに言った。
「叔母さんと連絡がとれたんですってね。お友だちに感謝しないと」
「はい。摩耶ちゃん……叔母さんはとっても頼りになるんです」
これは本当。摩耶ちゃんは実業家で、いろいろな会社とかお店とか持っていて、忙しいんだけど、でも本当に頼りになる。
司さんも、摩耶ちゃんと私が話が出来たことを喜んでくれた。
「今は叔母さんのところに避難してるけど、ずっとこのままというわけにはいかないだろうし、今後のことを考えるのに、やっぱり親族が関わってくれた方がいいからね」
私は頷きながら、司さんって高校生っぽくないなあと思っていた。なんか、話し方が学校の先生っぽいというか、大人っていう感じ。
司さんはそんな私の感想とかは全然思いもよらない様子で、少し首を傾げながら言った。
「それにしても、瑠璃さんの叔母さんと瑠璃さんって、仲がいいんだね。父方の叔母さんなんでしょう?だったら、お父さんにも連絡をとれるってこと?」
「いえ、それはまた別な話で。叔母さんはお父さんと仲が良くないんです。それに、今、叔母さんがお父さんに連絡をとって、私のことを伝えたとしても、お父さん、困ると思います。私、お父さんには会ったことないんです。私が生まれる前に両親は離婚して。その後にお父さんは再婚して、子どももいるから」
「その子とも会ったことない?」
「はい。叔母さんから話にきくだけで。会いたいとかも全然思わないし」
「そうか。それじゃ、お父さんを頼るのは難しそうだね」
その晩、真田との電話でも同じ話が出た。お父さんを頼れないかっていう話。真田は私がお父さんに会ったことがないというのは知っていたけど、父方の叔母さんと交流があるのは知らなかったので、そこを通じて頼れないかと考えたみたい。
でも、
「無理よ。叔母さんはお父さんと仲が良くないの。というか、もともとは叔母さんとおばあちゃんと仲が良くなくて、お父さんはおばあちゃんの言いなりっていう人だから。お母さんとの離婚も言いなりで」
「え、それって、母親が離婚しろって言ったから瑠璃さんのお父さんは瑠璃さんのお母さんと離婚したってことですか?マザコン?あ、すみません、瑠璃さんのお父さんのことなのに」
「ううん、いいの。まあ、摩耶ちゃんによると、お父さんはマザコンというか、楽な道を選んだだけだっていうことだったけど。再婚だっておばあちゃんが選んだ人としたっていうし」
「瑠璃さんのお母さんは、瑠璃さんのお父さんが自分で選んだ、ってことですか」
「そうなの。でも、おばあちゃんは、私のお母さんのこと嫌いだったの。母子家庭だしきちんと躾されてないし、教養がないし、高卒だし、顔だけの女だ、って」
「選んだのは自分の息子なんだから、親として受け入れなさいよ、って思いますけど」
「摩耶ちゃんも同じこと言ってた。私のお母さんを責めるんじゃなくて、選んだお父さんを責めるべきだ、って。お父さんは背負うものがある跡取りだっていうんなら、そういう自覚があるように育て損なった親の責任だろう、っておばあちゃんに面と向かって言ったこともあるんですって」
「瑠璃さんのお父さんの家って、そういうことを言うほど大層な家なんですか?」
「うーん……お母さんによれば、すっごい家だったらしいけど、叔母さんに言わせると、過去の栄光にしがみついてるだけの家だって」
「ははあ、なるほど。じゃあまあ、そういう感じだったら、確かにそれは頼れないでしょうね。わかりました。とにかく、瑠璃さんはうちの学校を受験して、合格してください」
「うん、わかってる。司さんにも毎日勉強を見てもらってるし」
「あー、司さん、ね」
真田の声が低くなる。
「何?どうかしたの?」
「いや、実はあれから司さんと電話で話したんですけど、あの人、一体何なんですか。この世界の人間なのに魔法が使えて、翼の城に行ったことはないけど、噂ではきいて知っている、とか」
真田の口調は、完全に司さんを不審に思っている様子がありありと出ていた。
「巧さんにいろいろ教わった、とか?」
「司さんは、巧とは友だちだということですけど、友だちが言ったからって、異世界の存在とか信じますかね。ていうか、話をきいて信じるまではいいとして、魔法を使えるっていうのはまた話が違うでしょう」
「それも、巧さんに教わった、とか?」
「教わったからってそんなに簡単に使えるものとも思えませんけど。私たちは、世界の波に呑まれて一度こちらの世界の楔から解き放されたから魔法を使えるようになったけど、司さんはそうじゃないんでしょ」
それは確かに。でも、そんなこと言っても仕方がない。
「健吾さんを助けるのに私たちは司さんを頼るしかないと思うの。だから、司さんがどうして魔法を使えるかとかは、ひとまず置いておきましょう」
とはいえ、こちらで何をする、というのはまだ決まっていない。司さんは考えがあるとけど、それを実行するにはまだ情報が足りないと言って、まずは私に体力を回復させるように言っている。
真田も頷いた。
「私も同じことを言われましたよ。まあ、正論ですけどね。私、まだ体力が戻りきってないんです。戦えるようになるにはもうちょっとというところですかね」
……何だろう、真田のこの言いぶりは。本当に拳で殴り込みにいくとかそういう感じがする。違うよね、魔法で戦うんだよね?猫の体でいたときは、的にしにくい体の小ささと俊敏さとで自ら相手に切り込むようなことをしていたけど、今は人間の体なんだから、前みたいなことは無理よ?
まあ、そういった話をして、金曜日の通話は終わった。土曜日の午前中は予定通りに神村先生の家で、司さんに勉強を教わった。午後は夏実さんが車で空港まで人を迎えに行くのについてきてほしいと言われてついていった。
私は空港に行くのは初めてだった。
途中の道の駅で休憩を取り、アイスクリームを食べる。ここは足湯もあるというけど、今日はパス。お客さんが来る時間に間に合わせないといけないから、って。うーん、夏実さんのお客さんの出迎えに私がついていって大丈夫かな。いきなり知らない子が一緒だと、相手が戸惑わないだろうか。
結構広い空港の駐車場の中を、夏実さんについて歩く。敷地に建物は二つあるけど、そのうちの一つめがけて夏実さんはずんずんと歩いていった。私は遅れないようについていく。
そして私は、空港の建物の出口の前に立っていた女性を見て、夏実さんがどうして私を連れてきたのかわかった。
摩耶ちゃんがそこにいた。




