第1話 久山地蔵堂
カフェ久山。
地元では「久山地蔵堂」と呼ばれている。
江戸時代から戦前までの建物が建ち並ぶ一角にあるその店は他の建物と同様に古く、いわゆる古民家を改造して作られた店だ。
私は緊張しながらその前に立った。
制服でこんなところに立ってるの、目立つかな。でも、他にきちんとした服持ってないし。
……本当はこういうお店に来ちゃいけないのもわかってるけど、でも、行かないといけないんだから。願わくば、あれが全部夢だったっていうことがありませんように。
店の中にお客さんがいないことはガラス戸越しに確認済み。あとは、ここに出入りしていることを誰にも見られていないといいんだけど。
私はそろそろと店のガラス戸を開けた。
中は、ちょっと意外なくらい天井が高くて、曲がった梁が見える。床とか置かれてるテーブルとか椅子とか、テレビ番組で紹介されていたお洒落な喫茶店と同じ感じ。
「いらっしゃいませ」
木で出来たカウンターの中から、高校生くらいの男の人が声を掛けてきた。ふんわりとした優しい雰囲気の、綺麗な顔立ちの人。同じ中学校の男子たちとは全然違う。どこの高校かな。やっぱり鹿鳴高校だろうか。市内一の進学校。でも、頭がいいだけでこんなに素敵な感じの人になるだろうか。
ううん、そんなことは今はどうでもいいの。私はここに人探しに来たんだから。
司さんっていう人。私が翼の城からこっちの世界に戻ってくる直前、巧さんが会いに行けって言った人。もしかしたら、この人が司さんなのかな。だとしたら、話が早いんだけど。もし違ったらどうしよう。手掛かり、全然なくなっちゃう。
男の人は小首を傾げてまた私に声を掛けてきた。
「お一人ですか?それとも、誰かと待ち合わせです?」
私は意を決して、カウンターに近づくと、男の人に話しかけた。
「あの、司さんっていう人はいますか」
男の人は私をまじまじと見つめた。その視線に私は内心焦る。駄目だ、きっとこの人、司さんじゃない。
男の人は首を少し傾げながら私に訊いてきた。
「司っていう人に、何か用?」
「あの、違ったらいいんです。でもここ、地蔵堂、ですよね。そこに司さんっていう人がいるってきいて」
「誰に?」
「巧さんっていう人に」
男の人は目を大きく見開いて私を見た。心底驚いたっていう感じで。あれ、もしかしてこの人、司さんじゃなくても巧くんのこと知ってる?ううん、知っていてもおかしくないか。三中出身で、今、高校生だったら、クラス委員の崎山さんが言ってた「白神巧」さんと同級生だった可能性だってあるんだから。崎山さんは白神巧さんのファンとかで、写真を持っていて、それで私は私が知っている巧さんがこちらの世界の人で、同じ鹿鳴市に住んでいるんだって確信を持てた。
男の人は少し戸惑った様子で、
「えっと、巧と知り合いなんだ?どこで?キミ、三中の子だよね?何年生?巧とは知り合う機会、ないと思うんだけど。もしかして小学校の頃の知り合いかな?でも、女子と話してるとこ、見たことないしなあ」
改めて訊かれて、私は答えに詰まる。崎山さんが教えてくれた「白神巧」さんは、確かに私たちが入学する前の年の春に教師と揉めて、それ以降は学校に来ていない。小学校も違うし、私とは接点がない。
現実世界の話じゃないんだけど、仕方がない。ここは言うしかない。
私は声を小さくして言った。
「あの、えっと……翼の城っていう場所で。あ、いや、いいです、帰ります。大丈夫です」
相手の人の表情に変化がなかったので、これは人違いだと判断して、私は踵を返して店を出ていくことにした。どうしよう。これで手掛かりがなくなった。私の大事な人を助けるための手掛かりが。一人でこれからどうしよう。真田はまだ動けないし、私一人でどうしたら。
私は足早に店を出て行こうとしていた。でも、どれだけ歩いても店の出口までたどり着けなかった。同じところで何度も足踏みして前に進めない感じ。
「何で?どうして?」
呟きながら、これは認識阻害の魔法を掛けられて体がきちんと動かせていないときと同じだと思い当たった。でも、ここ、元の世界よ?魔法なんて使える人、いるわけないじゃない。
私は魔力を体の中で練り始めた。遅ればせながら、だけど。どうやら感覚が鈍っていたみたい。翼の城でこんな悠長なことをしていたら命取りになってしまう。
意識を集中し、認識阻害の魔法を無効化する方向に魔力を練り始めたとき、私の肩が突然叩かれた。
私は弾かれたようにそちらを見る。
さっきの男の人がそこに立っていた。
私は焦りながら言った。
「あの、すみません、私、店を出ようとしたんですけど、出られなくて」
「うん、わかってる。ごめんね、試すようなことをして。僕が司だよ。巧と翼の城で会ったんだね?話をきかせてもらえるかな」
それをきいて、私はぽろぽろと涙を流してその場にしゃがみこんだ。
「良かった……!見つけられた……!」
本当に不安だった。目が覚めて、ごまだんごと話したりとか、巧さんの写真をクラス委員の崎山さんに見せてもらったりとかして、あれは夢じゃなかったんだっていう証拠を手にしながら、でも司さんを見つけられなかったら健吾さんを助けるための手立てがなくなってしまう、そんなことになったらどうしよう、って。
司さんは私の傍にしゃがんで、目線を合わせながら言った。
「話してきかせてよ。キミが知ってる巧がどんなだったか。どうして巧は僕のことをキミに話したのか」
私は頷いた。だってそのために来たのだから。そして、助けてもらわないと。
でも、どこから話したらいいのか。
翼の城に行ったときのことから話すべき?そうかも。
私はこれまでのことを思い返した。
毎朝6時に投稿します。




