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魔女の呪いは恋になる  作者: 弓園千尋
第三章 瑠璃
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第1話 あの後

「女の子がいるってやっぱりいいわあ」

 にこにこと、夏実さんが言った。私が特に何かしたわけではなくて、ただ朝ご飯の配膳をお手伝いしただけだけど。

「うちは男の子ばかりだったから。違うわねえ」

 食事をする間も、夏実さんはやっぱりにこにことしている。

 昨日の夕方、司さんのお母さんに家まで送ってもらったら、ちょうど家の前にお母さんとおつきあいしている相手の男の人がいた。

 そう、事故に遭う直前に私が見かけた、お母さんと一緒に商店街を歩いていた人。

 お母さんは再婚を私に許してほしくて、最近は毎晩その人、鷹村さんをうちに連れてきていた。昨日も、その前の日も、そしてそのまた前の日も。そのたびに私は魔法を使って二人の意識を攪乱し、家の外に追い出していた。私はそういう魔法はあんまり得意じゃないから、私が使った意識操作の魔法はじきに解けて、お母さんたちはじきに戻ってくる。でもそのときには家に結界魔法をかけて外から絶対に入れないようにしていた。結界魔法は私は大得意で、一晩中だって掛け続けられる。眠っている間もだ。健吾さんを守るためにそうなれるよう修行したんだから。

 何でこんなことが始まったのかというと、鷹村さんの子どもたちが条件付きで再婚をO.K.したから。その条件というのが、私が再婚を認めたら、というもの。それで、私を説得しようっていうことになったんだ。

 今日もお母さんたちは来ているだろうなと思ったら、司さんのお母さんに家まで送ってもらうのは嫌だったけど、司さんがいる前で意識操作の魔法を司さんのお母さんに掛けて誤魔化すわけにはいかなかったので、大人しく家まで送ってもらうことにした。

 そしてやっぱりお母さんと鷹村さんはうちの前で待ちかまえていた。私が魔法で家の扉をロックしたので、普通の鍵だけじゃ扉は開けられない。お母さんは不思議に思っているだろう。何で自分の鍵じゃ開けられなくて、私のだったら開けられるのかって。

 お母さんは苛ついた表情で私を出迎えた。でも、私の後ろにいた司さんのお母さんを見て、戸惑ったような表情になった。

 そして、それよりももっと戸惑ったような表情になったのは、鷹村さんだった。

「神村先生、どうしてここに」

 私は司さんのお母さんを見た。司さんのお母さんは目を細めて鷹村さんを見た。

「話にはきいていたけれど、まさか本当とは思いませんでしたね」

 どういうこと、と思ったけど、後できいたところでは、鷹村さんの再婚話がうまくいっていないのは、噂で結構知られていたんだって。

 司さんのお母さんはまず、鷹村さんの両親を呼びだした。鷹村さんのお母さんの方は司先生のお母さんと知り合いで、自分の息子がこんなことをしでかしてと恐縮してた。鷹村さんのお父さんの方は最初黙っていたけれど、そのうちに私を詰り始めた。何でも、私がお母さんの再婚を認めないような心の狭いことをしているからこんな騒ぎになるんだって。

 私が言い返せないでいると、司さんのお母さんが今度は校長先生と司さんのお母さんの妹さんである夏実さんを呼び出して、私が夏実さんの家に泊まれるように話をつけてくれた。

 そして一夜明けた今日、私は夏実さんの家にいる。

 今日は日曜日で、学校はない。でも、明日に向けて荷物を取りに行かないといけない。昨日は最低限の着替えしか持ち出せなかったから。

「十時頃には出かけましょうか」

 私が食べ終わったのを見て、夏実さんが言った。私は慌てて、

「あの、荷物、私一人で取りに行けるんで」

「駄目よ、昨日あれだけしんどそうな顔してたじゃないの。無理は禁物よ」

 にこにこしながら夏実さんは言う。それで、私は夏実さんの言葉に甘えて家から荷物を持ち出すのを手伝ってもらった。

 夏実さんは、神村先生……司さんのお母さんの妹さんということだけど、雰囲気は全然違う。神村先生は「和」という感じだけど、夏実さんは「洋」という感じだ。花にたとえるなら、神村先生は桔梗で、夏実さんはダリア。……そこでふと思い浮かんだ。司さんは、百合だ。白い百合。男の人にこんな印象を持つのは変かもしれないけど、凛として近寄りがたいのに優しいから。

 夏実さんの家では、私は本当に安心して暮らせた。何を食べようとか、そもそも食べるものがあるだろうかとか心配しなくてよくなった。夜、お母さんが来るかもとか、また言い争いになるんだろうか、とかも心配しなくてよくなった。洋服も、神村先生とか夏実さんが親戚からお古をもらってきて、全然心配しなくてよくなった。

 夏実さんは、いつまでもこの家にいてくれていいからね、と言った。それは悪いなと思うけど、でもあの家には戻るのは気が進まなかった。

 ただ一つ困ったことがあるとしたら、夏実さんが私にピアノを習わないかと何度も言ってくること。無理強いはしないけど、と言いながら、何回も、ちょっとでいいからピアノを弾いてみない?と言ってくる。そのたびに、私はやんわりと断ってるけど。

 月曜日、夏実さんの家から学校に行った。教室に入るなり、クラスの子たちの視線が私に集まった。私の家がある団地には、当然、同じ中学校の子も住んでいる。多分、土曜日の夜のことが広がってるんだろう。

 私が自分の席に着くと、委員長の崎山さんが寄ってきた。私が退院してきてから話をするようになって、学校で唯一の友だちっていう感じの相手だ。巧さんのファンだとかで、退院して学校に復帰した後、私に巧さんの写真を見せてくれた。それで、私は巧さんが言っていた久山地蔵堂っていうのが、地元のカフェ久山でいいんだって確信したんだ。

 崎山さんが気遣わしげに私に、

「木下さん、昨日、大丈夫だった?なんか、神村先輩のお母さんが木下さんの家に校長先生を呼びだしたってきいたけど」

 これは間違いなく団地の子が見てたな。

 私は曖昧に笑ってみせる。

「大丈夫。ありがとう」

「そっか。でも何で神村先輩のお母さんが木下さんの家に行ってたの?」

「それは、えっと、神村先輩が知り合いの知り合いだっていうのがわかって、それで」

「神村先輩が?そうなんだ?」

 崎山さんはそれ以上はきいてこなかった。崎山さんは、そんな感じで察してくれるところがある。頭がいいのだと思う。そういう人がどうして私に構ってくれるのかわからないけど。

 その週は平穏に過ぎた。私は夏実さんの家から学校に通い、放課後は司さんの家に行って司さんから勉強を教えてもらい、時間になったら夏実さんが迎えに来る、というのを繰り返した。

 私は昼休みも勉強をし始めた。それを見て、崎山さんもつきあってくれた。クラスのほかの子が、何でいきなりガリ勉始めたの、みたいなことを離れた席で言っているのが聞こえたけど、崎山さんはそれにかぶせるように、

「事故で入院してたんだから、遅れを取り戻そうとするのは当然よね」

 と言ってくれた。遠くの席から、今のはお前のことだよ、バーカ、という声が崎山さんに飛んでくると、

「私はずっと勉強してるわ。いきなり始めたわけじゃないの」

 と言い返していた。確かに、崎山さんは授業と授業の間の休み時間も単語帳を見たりしていた。

 事故のせいで私は二ヶ月くらい、授業を受けることができていなかった。入院自体は一ヶ月間。退院してすぐは授業の時間中きちんと席に座っているには体力が足りなくて、保健室登校がやっと。回復して授業に完全復帰できたのは六月に入ってからだった。

 そんなわけで、私は結構勉強が遅れていたのだけど、学校にいる間は崎山さんとか先生に教わり、放課後には司さんに教わったりするうちに、二年生までに習っていたところでわからなかったこともわかるようになり、勉強が楽しくなってきた。

 とにかく、司さんは教えるのが上手だった。何故その知識が必要なのかとか、ちょっとした豆知識とか、そういう話も込みで教えてくれた。それまでも何となくわかっていたことだけど、司さんは頭が良い人だった。

 木曜日も私は放課後に司さんの家に行った。私の方が司さんが帰ってくるより先なので、いつものように応接間に入って待っていると、司さんのお母さんの神村先生が応接間に入ってきて言った。

「木下さん、ちょっと来てもらっていいかしら」

 神村先生が私を案内したのは、玄関入ってすぐのお稽古場だった。まさか私に踊りのお稽古を、とか言い出すんだろうかとちょっと心配になったけど、そうではなかった。

 お稽古場では、私よりも少し年上の綺麗な女の子が正座していた。着物を着ている。私はその人を見て思わず呟いていた。

「あ、真田の」

 すると、その人は綺麗な顔に綺麗な笑みを浮かべた。

 その人は、真田の見舞いに病院に来ていたうちの一人だった。真田の時女の一学年上で、紫藤さん、といっていた。真田の本家筋のお嬢様。

 そう、真田って、結構な家の子だったんだよね。


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