第7話 瑠璃の事情
お母さんが瑠璃と一緒に瑠璃の家に行ったとき、家の前には二人の男女がいた。瑠璃の母親と、もう一人はお母さんの知っている人だった。
「鷹村さんっているでしょう。長尾先生の社中にいる」
長尾先生というのは、この町で一番格が高いお茶の先生だ。僕はお母さんについて何度かそのお茶会に行ったことがある。
鷹村さんというのは、その長尾先生のお弟子さんの一人で、自分でも生徒さんをとってお茶を教えている人なのだけど、この人はなぜだかお母さんや僕を見かけるたびに親しげに話しかけてくるんだ。そして、持ち出してくる話題といえば、当たり障りのない世間話にきこえるけど、実はそうではないようなことだったりする。
例えば、僕の成績が良いと人からきいたら、お母さんに、
「養子をもらうっていうのはそういうところがいいですよね、出来がいいとわかっている子をもらえばいいんだから。うちの孫なんかは母親の出来が悪かったから、やっぱり出来が悪くって。神村先生が羨ましいですわ」
とか。僕の容姿を褒める人がいたら、やっぱり同じような感じでお母さんに、
「養子をもらうときに、将来どんな風に育つか見当をつけてもらわれたんでしょう?良かったですわねえ、予想通りにとても素敵に育たれて。うちの孫なんかは、母親の血がよくなくて、上の子は女の子なのに太りすぎてみっともないし、下の子は男の子なんですけど痩せっぽちの猫背で顔つきも陰気で、とてもじゃないけれど好かれるような感じではないんですよねえ」
とか。
鷹村さん自身は昔は美人だったんだろうなという感じの人で、お母さんによると一人息子さんは長身のハンサムで大学も結構いいところを出たそうなんだけど、何年も前に離婚しているんだそう。前の奥さんは子どもたちを鷹村さんの息子さんのところに置いて出たので、鷹村さんの息子さんは父子家庭をやっていたのだけど、最近、再婚話が出ていたそうで。
「木下さんのお母さんと一緒にいたのは、その鷹村さんの息子さんだったのよ」
「じゃあ、鷹村さんの息子さんの再婚相手が木下さんのお母さんってこと?」
「ええ。でも、その再婚話、鷹村さんの息子さんの子どもたちから条件を出されていて。再婚相手の連れ子が賛成したら自分たちも承知する、って言っていたんですって」
それで、鷹村さんの息子さんはつきあっている女性の子どもから再婚の承諾をもらうために毎晩女性の家に行っていて、お母さんは瑠璃を送っていったときにその場に遭遇したのだ。
でも、それでどうして瑠璃を叔母さんのところに泊めさせるということになるのだろう。
実はお母さんは、鷹村の息子さんの再婚話について、噂できいていたんだそうだ。鷹村さんの息子さんは再婚相手の娘さんの説得のために毎晩おつきあいしている女性の家を訪ねていくけど、その都度、再婚相手の娘さんに再婚相手ごとすぐに追い出されて、それで黙って帰ればいいのに、鷹村さんの息子さんも再婚相手もしばらく家の扉を叩いたり、大きな声で家の中に入れるように叫んだりしているんだとか。それが近所迷惑だって問題になっていて、鷹村さんの耳にも入っているらしい。
つまり、瑠璃は母親とその交際相手から、再婚について承知するよう毎晩説得をされていたということか。確かに、そんなんじゃ、志望校のこととか相談できそうにないな。
「私が行ったときも、二人は家の戸を叩いて、中に入れてくれって話しかけていたわね。私たちが見ているのに気がついたら、鍵を使っても扉が開かなくて、中で木下さんが立てこもっていると思っていた、って説明してきたけど、確かにあんなのでは近所の噂になるわ。木下さんももの凄く表情が硬くなっていて、これはよくないと思ったの」
……母親とその交際相手を家を追い出したり、家の中に入れないようにするために瑠璃は魔法を使っていそうだな。道理で最近、あの県営団地で魔力の反応があると思ったんだ。魔力を狩りに行かなくて良かった。
「鷹村さんの息子さんは私に気づいてバツの悪そうな顔をしていたけれど、瑠璃さんのお母さんの方はそんなことには気付かない様子で、瑠璃さんを送ってもらった礼を私に言いながら、これは家族の問題なんで、って言ってすぐにでも私を帰らせようとしたのね。それでこれは問題だと思って、鷹村さんの息子さんに言ったのよ。母親の交際相手というだけの赤の他人の男性がいつ家に入ってくるかもわからないと思ったら中学生のお嬢さんは安心して暮らせない、そんなこともわからないのか、って」
そうしたら、鷹村さんの息子さんはお母さんに大きな声で抗議してきたそうだ。「自分はそんな邪な気持ちはない!」とか。
そこで瑠璃がその場にしゃがみ込んでしまったらしい。それまでの疲れもあったんだろうけど、いろいろ限界が来てしまったんだろう、とお母さんは言う。
「でも、瑠璃さんは気丈に振る舞って、お母さんに抗議して」
お母さんこそわからないの?私を困らせてるのはお母さんよ?私が高校を卒業して家を出たら再婚でも何でもすればいいって言ってるでしょ。何でそれまで待てないの?
「もう半分泣きそうな声だったわ。それでもう気の毒になってね。結局その場で鷹村さんに電話をしたの」
「シングルマザーが再婚相手っていうのは、鷹村さんは嫌がりそうだね」
「実際に嫌がってるのよ。それも話できいたわ。美人でやり手の保健外交員だけど、結構大きな子どもがいる、どうせならもっと若い女性にすればいいのに、って」
「鷹村さんのお孫さんたちももう大きいよね?」
上は今年高校に入学し、下は中学二年生だった筈だ。
「ええ。そんな子どもがいるようなバツイチ男と一緒になりたがる若い女性っていうのもそうはいないと思うけどね。しかも初婚となると」
「まあ、世の中にはいろんな人がいるんじゃないの。それで、鷹村さんは来たの?」
「ええ。ご夫婦で飛んで来たわ。鷹村さんは平身低頭で息子さんを叱ってたけど、ご主人の方が木下さんを責めはじめて」
「は?」
僕は自分の耳を疑った。お母さんもため息をつきながら、
「こんな騒ぎになったのは、木下さんが母親の再婚話を認めなかったからだって。自分の母親が幸せになろうというのを祝えないのはおかしい、って。鷹村さんも絶句してたわ。自分の夫がそんなことを言い出すだなんて、って。私もびっくりしたわ」
お母さんが驚いたのもわかる。鷹村さんがそもそも再婚話に反対していたから、ご主人もそうだと思っていたのだろう。
「鷹村さんのご主人は地元では名士と言われるような人だけど、だからといってまともな感覚があるかどうは別ということなんでしょうねえ。それで、私が木下さんに言ったのよ。このままあなたをここに残していったら、あなたは責められる一方になる、何も間違ったことは言っていないのにそれは気の毒だから、今日は別なところに泊まったら、って。私の妹のところは夫がもう亡くなっていて子どもたちも独立しているから、部屋は空いてるわよ、って」
「彼女、遠慮しなかった?」
「最初はね。でも、彼女のお母さんが、絶対にそんなこと認めない、今日はいい機会だからこのまま皆で話し合うって言い出したから、お世話になります、って私に言ってくれて。それでも母親が外泊なんて認めないって言い張るものだから、今度は校長先生に連絡して来てもらったの。あと、夏実にもね」
「校長先生?叔母さんまで?」
三中の校長先生は僕が在学していたときから変わっていない。今年で定年だったかな。で、巧のことがあって、お母さんはよく校長先生と連絡をとっていたんだ。だから、校長先生を呼び出すのにハードルが低くて、こういう問題のときに呼び出そうと考えるのはわかる。けど、何で叔母さんまで?
「そりゃ、木下さんを迎えに来てもらったのよ。あと、あの子はいい感じに場をかき回してくれるから、いいと思ったのよね」
お母さんは楽しそうに笑う。
「校長先生も夏実もすぐに来てくれて、その場で話し合った結果、木下さんは夏実の家で暮らすことになりました。学校も夏実の家から通うことになったわ。校長先生が了解してくれました。ということで、遅くなったの。お夕飯待たせたの、悪かったわね」




