第5話 みーちゃん
庭の石灯籠の上にいたのは、みーちゃんだった。みーちゃんは僕を見るなり石灯籠から飛び降りて、今度は僕の肩の上に飛び乗った。
「おう、久しぶりだな!」
「そうだね。本当に久しぶりだね。もっと頻繁に来てくれると思っていたのだけど」
「嫌味を言うなよ。こっちは結構大変だったんだぜ?」
「何が大変だったかはきかないよ。でもせめて、ミルクティとごまだんごの魂をこっちに送ってきたときに、うちに寄るとかしてくれたらとは思うけどね」
「え、何でお前、あの二人のこと知ってんの」
不思議がるみーちゃんに、僕は説明した。話をきいて、みーちゃんは声を上げた。
「おお、ミルクティがさっきまで来てたのか!結構な美形だっただろ、あいつ」
「そういうのはどうでもいいから。マリアちゃんが魔力を送ってこなくなったんだけど、どうなってるの」
マリアから魔力が送られなくなって、もう一ヶ月になる。
みーちゃんは唸るように言った。
「すまん。あいつは妖精に取り込まれた」
「は?それ、どういうこと?」
僕は思わず声を上げる。でも、ここで話を続けるのはどうかと思い直して、僕はみーちゃんを連れて家に入った。外からの目とか耳を結界の作用で誤魔化すことはできるけど、そんな手間を掛けないですむのならそれが一番だからね。
僕は応接間にみーちゃんを連れていった。ここなら、お母さんが戻ってきてもすぐに窓から庭にみーちゃんを出せる。
みーちゃんはさっきまで瑠璃が座っていたソファに乗ると、尻尾をふさふさ動かしながら話し始めた。
「俺はミルクティとごまだんごをこっちの世界に送り届けてから、マリアのところに寄ってみた。なんか嫌な予感がしてたんだ。あいつがあっちに行ったときに俺もついていったんだが、妙に土地が静かっていうか、何かを狙ってる感じがしだんだ。で、この町からあっちの町に行ってみたら、あいつは普通に暮らしてた。俺を見て、ちょっ俺が何者なのかわからないみたいだったけど、話をしてたら普通に思い出して、魔力を集めるのもやってるって言った」
何だか話が怪しくなってきた。
みーちゃんも言う。
「マリアは一見普通に見えたけど、こいつはまずそうに感じて、俺はあいつの傍にい続けることにした。時々怪しいときもあったけど、大体は大丈夫で、魔力を集めてお前のところに送ることができていた。でも、ちょうど前回の満月の日に、魔力を集めてマリアとマリアのじいちゃんと俺とで湿原を歩いてたら、妖精たちが集まってきてな。俺は他の二人と引き離されて妖精たちの庭園に招かれた……というか、迷い込まされて。そこから抜け出すのに結構時間を喰っちまった」
「マリアちゃんとおじいさんは大丈夫?マリアちゃんは妖精たちに取り込まれたって言ってたけど」
マリアが妖精たちの国から戻って来れていなかったら、グラハムに連絡が行っている筈だ。
「マリアは戻ってはきた。体だけ、っていう感じだけどな。あいつの自我は半分、妖精の国に囚われたままだ。あいつのじいちゃんが一番やばいかもしれん。心も体も戻ってこれてない。あっちに残ったままだ」
「グラハムからは何も連絡が来てないけど」
「じいちゃんはいわば世捨て人だからな。誰もその姿を確認できてなくても、不思議に思う者はいないさ」
僕は周りに浮かんでいる妖精たちを見た。妖精たちは黙って僕を見ている。僕の反応を待っているかのようだ。
「どうして教えてくれなかったの」
無駄な質問だと思いながらも、僕は訊いた。どうせまともな答えは返ってこないだろう。誤魔化しか、はぐらかしか。
でも、妖精たちは答えた。
あの子が望んだことよ。
苦しかったのよ。
だって終わりが見えないんだもの。
終わりが来たらお別れだもの。
……驚いた。まともだ。
僕は、妖精たちの口調に上位者の気配を感じて、改まった口調で訊ねた。
「魔力を集めて僕の友人を助けると決めたのはマリア自身です。彼女は僕に約束した。どうか約束を果たさせるようにしていただきたい」
みーちゃんも僕の向かいのソファからテーブルを飛び越えて僕の隣に移って来て言った。
「俺からも頼む。こいつの言う通り、ここに眠る王を起こすのに協力すると決めたのはマリア自身だ。どうかマリアに自分が決めたことを果たさせてくれ」
みーちゃんも、僕が誰に話しかけているのか察したらしい。もしかしたら、妖精の国で会って話したのかもしれない。
そう、僕が話しかけているのは、妖精たちの王だ。恐らくそれくらいのランクの者がこの妖精たちの背後にいる。
妖精たちは返した。
でも、あの子は苦しいのよ。
王を助けても、彼の者との別れが早くなるだけだわ。
「彼の者?」
異なる世界から来た若者。
僕の呟きに、すぐさま妖精たちが答える。それって、アレクシス王子のことか。
僕は妖精たちに、その向こうにいる存在に向けて言った。
「魔力を集めてもらわなくても、巧は目を覚まします。時間はかかると思うけど。それに、巧が目を覚まさなかったら、王子は術式が剥きだしの状態で世界を渡らなければならない。そうなったら、王子の中の術式は世界を渡る衝撃に耐えられなくて消滅します。つまり、王子も消滅する」
僕はそのイメージを思念で妖精たちに伝えた。すると、妖精たちの向こう、距離を遙かに隔てた彼方から、悲鳴のような声が聞こえた。
「いやぁぁぁぁ!」
マリアだ。マリアもこの会話をきいていたんだ。
妖精たちがさわさわとざわめく。
かわいそうな子。別れが決まっているのに、心を手放せないなんて。
お眠りなさい、可愛い子。あなたの心を乱す者がいなくなる日まで。
……何だか、妖精たちの、というか妖精の後ろについている者の行動原理がわかった気がする。
僕は言った。
「妖精の王よ、その子は今のままではあなたのものにはならない。その子の心は既に別の者に囚われている。そして、その相手である王子は巧の目覚めが間に合わなかったら消えてしまうけど、そんな日が来たら、その子は絶対にあなたを許さないだろう」
妖精たちは黙っていた。一人、一人と消えていき、最後は僕とみーちゃんだけが部屋に残った。
多分、妖精の王が妖精たちを引き揚げたんだ。まあ、妖精たちは気まぐれに自分の意思で戻ってくるかもしれないけど。
みーちゃんは眉間に皺を寄せながら僕に言った。
「おい、今のってもしかして、マリアと王子のことか?妖精の王はマリアを花嫁にするために妖精の国に連れていこうとしたけど、マリアの王子への想いに阻まれてそれができなくなて、こっちにちょっかいかけてきた、とか?」
「そうだね。ただの八つ当たりじゃなくて、恋敵である王子を消滅させるために、巧が目を覚まさないように動いたってところかな」
「マジかよ……。マリアはまだ子どもだぞ?そんなのがそこまで恋とかできんのか?しかもそれを花嫁にとか、考えられん」
「へえ、意外。キミ、人間っぽい感覚があるんだね」
僕の言葉にみーちゃんは首を傾げながら、
「どういう意味だ」
「そういう意味だよ。まあ、マリアちゃんが王子に恋をしていることについては全然意外とは思わないけど。恋という概念を知らないんじゃないかって言われてた翼の城の女王が恋をしたくらいなんだし。それに比べたら、十分普通なことだよね?」
僕の視線を受けて、みーちゃんは唸るように言った。
「……お前、何でそれをわざわざ俺に言うんだ」
「さあ。でも安心して。僕はキミが噂の「麗しの君」だとは思ってないから」
そう、みーちゃんは多分、健吾さんがいなくなった日に翼の城を訪ねていた神人の国の使節団の一人だ。麗しの君の幼なじみで、女王の不興を買い、その意向を汲んだ二番目の魔女と魔法で戦った人物。
正確に言うと、その人の式神なんだ。




