第4話 ときじょ
「志望校はどこ?」
僕の質問に、瑠璃は少し俯き加減になりながら、
「志望校は……決まってますけど、まだお母さんとか先生に言えてなくて」
「どこなの?」
「ときじょ、です。時田女子高校」
瑠璃の声は小さかった。
意外な志望校に、僕はちょっと意表を突かれた感じになってしまった。時田女子高校は、この町の沖合の島にあるお嬢様学校だ。島には学校しかなくて、閉鎖された空間で純粋に育つ、と、全国から名家の令嬢が集まる。この町の子でそこの卒業生というのは、今までいないのではないかな。この町にも一応名士というか名家というのはあるけれど、それでは時女にはレベルが足らない、と言われている。
瑠璃はあわてた様子で言った。
「わかってるんです、私みたいな普通の家の子が行けるような学校じゃないって。でも、そこは友だちが……真田が、ごまだんごが通っている学校で、どんなところかいろいろきいたから。それに、そこなら寮に入らないといけないから、お母さんから離れて暮らすこともできるし」
最後の言葉で、家庭環境に問題があることもわかった。瑠璃も、僕がそれを察したことがわかったようで、黙り込んでしまった。
僕はとりあえず、彼女の家庭のことは触れないようにして話を進めた。
「そっか。時女なら、それなりの成績を取らないといけないね。勉強は得意?」
「えっと……今は普通です。家事したりしないといけなし、お金がないから、塾に行ったりできないから。でも、一生懸命勉強したらもっと伸びると思うんです。夏休みとか、勉強に打ち込むつもりで」
「じゃあ、巧を起こす手伝いしようとか言っていられないんじゃない?」
僕が言うと、瑠璃はうつむく。ごめんね、意地悪言って。
そう思いながら、僕は微笑んで提案した。
「何だったら、僕が教えようか?」
僕の言葉に、瑠璃は顔を上げる。
「僕は鹿鳴高校で、自分で言うのもなんだけど、成績は良い方なんだよ。どうだろう、そういう理由があったらここに通うのに理由が立つんじゃないかな。で、僕はキミに巧を守るのに手助けをしてもらえる。魔法を使える子なんてそうそういないから、正直、助かるんだよね」
「でも、ご迷惑じゃ」
「勿論、母の了解は必要だけどね。もともとうちは踊りの教室の生徒さんが出入りしているから、そこに一人加わっても、そんなに目だないと思うし、学校からどうこう言われることはないんじゃないかな」
瑠璃は少し考えた。
「あの……とっても有り難い話だと思うんですけど、私、きちんとした服を持ってなくて。制服で来ていいですか」
「いいよ。寧ろその方がいいんじゃないかな。だって勉強に来てるんだし」
瑠璃が目に見えて安堵している様子がわかった。
と、そのとき、玄関の戸が開き、お母さんが帰ってきたのがわかった。
ちょうど良かった、と僕はお母さんを出迎えに玄関まで行った。
いつものように和装のお母さんは、草履を脱ぎながら、玄関に揃えて置かれていた瑠璃さんの靴を見ながら僕に訊いてきた。
「お客さん?」
「うん。巧の知り合いで、三中の後輩。その子のことで、ちょっとお母さんに相談したいことがあるんだけど」
「あら、何?」
お母さんは小首を傾げる。
僕はお母さんを応接間に案内した。お母さんは、巧の知り合いの後輩というのが女の子だということに驚いていた。
僕は瑠璃をお母さんに紹介した。で、彼女が時女を志望していて、それを助けるためにうちで勉強を見てあげたいと伝えた。
「本当は巧を訪ねてきたんだけど、巧はグラハムのところに行ってるから」
お母さんは、それが事実ではないことを知っている。でも、いつものように本当のことのように反応してくれた。
「それはそうね。でも、おうちの人は知っているの?」
「それは」
瑠璃は俯く。
うん、家庭に問題があるような感じだったし、そもそも時女を受けること自体を親に相談できていないようだった。
僕は訊いた。
「さっき、お母さんと問題があるような感じのことを言ってたね。どこを受験するかも、うちに来ることも、お母さんの了解をもらわないといけないけど、大丈夫なの?」
「それは……。最近、お母さんとなかなか話せなくて」
「仕事が忙しい、とか?」
「それとはちょっと違っていて……いえ、仕事はきちんとしていてそれはそれで忙しいんですけど」
横で黙って見ていたお母さんがそこで口を開いた。
「木下さん、と言いましたね。あなた、時女がどんな学校か知っているの?こういう言い方はしたくはないけど、きちんとしたおうちの家の子が行くところですよ」
「わかっています。でも、そこに友だちがいて。友だちが、この町の女の子なら、受験でいい成績を残せたら、特待生で入れるって教えてくれて」
「確かにそういう方法はありますよ。この町から昔、そうやってあの学校に入った子はいました。でも、世界が違いすぎて、耐えられなくなったその子は中退して。その後、この町にいることもできなくて出ていったのよ」
そんなことがあったなんて知らなかった。時女に入れるお嬢様のレベルが凄すぎて、この町の子は受け入れてもらえていないのだと思っていた。
僕がそう言うと、お母さんは小さく微笑んだ。
「このことを知っているのは、私がギリギリの世代でしょうね。それくらい昔の話よ。今よりも格差は大きかったしね」
瑠璃は毅然とした面もちで、
「大丈夫です。そういうのはきいてます。でも、私、時女に行きたいんです。友だちと約束したんです」
「そう。……とりあえず、あなたのお母さんとお話しないといけないわね。お母さんに時女を受験することを承知してもらって、それからよ」
「じゃあ、うちに勉強に来るのはいいんだ?」
僕が訊くと、お母さんは小さく頷いた。
「巧を頼ってきたということは、他に勉強を見てくれる人もいないんでしょう。巧がいない以上、仕方がないわね」
巧がいないから断る、とは言わなかった。多分、お母さんは、口ではいろいろ言っても、瑠璃みたいな子が好きなんじゃないかな。まっすぐでひたむきな感じがするから。
瑠璃は頭を深々と下げた。
「ありがとうございます。お母さんと話して、絶対に説得します」
そして立ち上がったところで、ふらついてテーブルに手をついた。
「大丈夫?」
僕は慌てて腰を浮かす。瑠璃は唇を噛みしめながら、
「大丈夫です。ちょっと、疲れたみたいで」
「もしかして、事故の後遺症とかあったりする?」
「事故?」
お母さんが聞き咎めて僕に訊く。僕は頷いた。
「春に、海沿いの国道で信号待ちしてた女の子がトラックにはねられた事故があったでしょ。木下さんはその当事者だよ」
「あら、それは大変。まだ体力が戻っていないのではなくて?」
お母さんが立ち上がった。
「車で家まで送っていってあげましょう。家はどこ?」
「笹宮の県営住宅です。大丈夫です、そんなに遠くないから」
「でも、あなた、顔色悪いわよ?途中で何かあったら大変だから、送っていきましょう。外も暗くなってくるし、途中で倒れて事故にでもあったらどうするの」
時間はもう夕方になっていた。そろそろ暗くなってきた頃。もしかしたら、送っていった先で瑠璃のお母さんとはち合わせるかもしれない。瑠璃が送ってもらうのを遠慮しているのはそのせいかもしれないけど、お母さんが言っているのが正しい。何だったら、そのまま瑠璃のお母さんと僕のお母さんが直接話すかもしれない。それはそれでいいことなんじゃないかな。
僕は留守番することにした。二人が乗った車が出てい行くのをガレージで見送って、家の中に入ろうとする。
と、庭で魔力の気配がした。妖精ではない、もっと大きな魔力。知った気配だ。
僕は庭に回った。庭の石灯籠の上に、白いふわふわの毛並みをした猫みたいな生き物が座っていた。
みーちゃんだ。




