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タバコ屋で働く学生のお話  作者: 竹子


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36/42

三十六本目

13時。遠くで響く子供たちの声と冬の柔らかな日差しに、一度だけ意識が浮上した。けれど、身体は鉛のように重く、脳はまだ休息を求めている。俺は考えることを放棄し、再び深い眠りの底へと沈んでいった。


夢を見ていた。

それは、セピア色の記憶の断片。小学6年生の、まだ幼い俺たちの姿だ。

当時の雫は、いつも同じ服を着てそろばん塾に来ていた。子供という生き物は時に、驚くほど純粋に残酷だ。「その服一着しかないのかよ」「貧乏一家」「親が無職」。心ない言葉のつぶてが雫に浴びせられる。彼女は感情を殺した顔で、ただ無視を決め込んでいた。

雫の母親がいなくなってから、彼女の家にはまともな生活の気配がなかった。成長して着れる服がなくなっても、無関心な父親には言い出せなかったのだろう。彼女は母親が置いていった、今の自分には少し不釣り合いな一着を、守るように着続けていた。

俺は、からかう連中を軽蔑していたが、正義の味方になれるほど器用でもなかった。だから、自分なりのやり方を選ぶことにした。

ある日、俺は雫を公園に呼び出した。足元には、家から持ち出した大量の白いTシャツと、絵の具のセット。

バケツに水を張り、そこに絵の具のチューブを絞り出す。塗料のようなものを混ぜて、真っ新な白い服を次々と浸していった。呆然と立ち尽くす雫を無視して、俺は染まった服をハンガーにかけ、公園の小さな木に干していく。

青、赤、黄色。冬の風に揺れる色とりどりの服を見て、雫はようやく俺の意図を理解した。

「……『無色』だからさ。どんな色にだってなれるんだよ、俺たちは」

俺の精一杯の言葉に、雫は顔を真っ赤にして叫んだ。

「うちのお父さんは無職じゃない!」

的外れな反論に、俺は少し面食らった。けれど、雫の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。

「薫くん……ありがとう。私、絶対に薫くんと将来結婚する!」

唐突な宣言に、今度は俺が恥ずかしくなって顔を逸らした。

「……うるさい。帰るぞ、雫!」

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……目が覚めると、17時だった。

夕暮れのオレンジ色が、ベンチの脚を長く伸ばしている。

「俺は、何をやってるんだ……」

独り言が冷たい空気に溶ける。夢かと思ったが、それは紛れもない過去の事実だ。そして、数時間前の出来事も、記憶の隅々まではっきりとしている。

酔い潰れて、俺の膝を枕にして、幸せそうに寝息を立てていた雫。

目が覚めた瞬間、ゆでだこみたいに顔を赤くして、「絶対嫌われた」と絶望的な顔をしながら逃げ帰っていった、あの後ろ姿。

かつての記憶と、今の彼女の姿が重なり合う。

不器用で、意地っ張りで、それなのに誰よりも脆くて愛おしい、一人の女の子。

俺はもう、雫のことを「ただの幼馴染」という枠に閉じ込めておくことはできなくなっていた。

自分の心の中に灯った、言葉にするのも躊躇われるような熱い感情。

膝に残った微かな温もりと、鼻先を掠める彼女の匂いが、逃げようのない現実として俺の胸を締め付けた。

「……参ったな」

俺は立ち上がり、彼女が逃げていった方向をじっと見つめた。

もはや「ミュート」できないほど、俺の中で彼女の存在が、あまりに大きな音を立てて鳴り響いていた。

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