第二章『アレスは守る」
私事で申し訳ありませんが、この作品は書いていてとても楽しいです。
キャラクターの活き活きとした姿を想像するだけでも、正直にやけてしまいます。
さて、今回は夜戦回です。
是非、お楽しみ下さい。
――――それは23時40分に起こった。
楓はアレスに手伝って貰いながら、1階の居間に蚊帳を張った。
楓の部屋にはちゃんと寝床があったのだが、あんな生き物、もとい魔物と遭遇したのだ。
心配になったのか、アレスに頼んで一緒に寝てもらう事になったのだ。
と言っても、当然同衾などではない。
客人用の布団が何セットか収納スペースに仕舞われていたので、そこから2セットだけ取り出して用意したのだ。
「明かり消すぞー」
「はいっ」
アレスは電灯の紐を引っ張ると、部屋は真っ暗になった。
楓は既に寝巻きへと着替えていた。黄色のウサギ柄という、それは最早高校生というよりも少々幼い印象を感じる格好であった。
アレスはというと、風呂から出た後に着替えたのか、無地のTシャツと群青色の短パンという、安定のダサい部屋着である。
渡り廊下側から見える庭は満月の光に照らされ、神秘的な風景を作り出していた。
「早く寝ましょうよー」
「そうだなー。んじゃ、おやすみー」
「おやすみなさい」
すっかり眠りに入ってしまった。2人共疲れていたのだろう。
「ようやく暗くなったか…。入るなら今だな」
1人の影の主が、南京錠の如く固い決意を決めた。
彼の名は狭山信雄。
無精髭を生やした、小太りの46歳独身。
全身真っ黒の長袖ジャージにこれまた黒いニット帽を着用している、天涯孤独にして指名手配犯のベテラン泥棒である。
14歳の頃にスーパーから缶ビール1本を万引きしたのが始まりであり、入学した高校もたった1年で中退し、その直後に家出。
以降、実家には帰ってはおらず、日本各地をスリや盗難によって得た金により、警察の手から逃れるように転々としており、この志木市にはつい昨日立ち寄ったばかりである。
彼の1番の特徴は、とにかく存在感が薄いことである。
彼がすぐ隣りへ迫ろうが、誰1人気付かない。例え視界に入ってきたとしても、声を掛けられるまでは判らない程である。
そんなぼっち泥棒こと信雄の今夜の狙いはここ、細田家宅である。
「この家は夜になると、殆ど灯りがねぇ。
ワシのような夜間活動がメインの泥棒には打ってつけの物件ですわな」
語尾が不安定なベテラン泥棒、狭山信雄の犯行は主に、夜間の間で行われる。
自身が目撃される危険性を少しでも無くすのも勿論だが、昼間の間にその物件をターゲットに出来るかどうかを慎重に判断している為だ。
周囲及び、家の外側に取り付けられている灯りの数や窓の位置と、外しやすい格子があるかどうか。
二階建てであれば、登り易そうな外の配線やパイプ。塀の有無及びその高さ。
特に、警備会社のステッカーが貼られている家であれば、防犯に関しては住民が安心し切っている場合が多い為に、泥棒側としても優位に立ち易い。
それらに気を付ければ、泥棒や空き巣にはそうそう狙われないだろう(※個人的意見です)。
「家の脇からは…無理ですな。
仕方がない、ここはピッキングと行くか」
そう言うと、信雄はポケットから2本のアンテナ線を取り出し、楓宅の玄関扉の鍵穴へ突っ込んだ。
カチャカチャカチャカチャ…、ガチャン!
信雄の実家は、古くからある鍵屋である。
幼少期より父親の技を目の前でずっと見てきた彼にとっては、家屋の玄関の鍵を開ける事など造作の無いものである。
抜き足差し足忍び足…。
「果てさて、手始めに通帳と判子が欲しいところだが…。意外ッ!ここは寝室ッ!
普通ならば自室のベッドで寝ていたり、そもそもここは居間なのでは無いのかッ⁉︎」
更に、とんだ計算外れまであった。
住民が"1人で"、1階で就寝している。
2人分の布団の内の片方には人が居ない。
もう片方の布団には、芋らしい少女が酷い寝相で眠っている。信雄には中学生に見えていた。
そうじゃない。問題はそこじゃない。
もう1人の住民は、間違いなく"起きている"。
だがおかしい。
それならば何故、家中の何処からも一切の生活音がしないのだろうか。
台所に寄っているのであれば、冷蔵庫を開閉する音でもあるだろうし、廊下を歩く音だってする筈だ。トイレにも灯りが灯ってはいなかった。
奇妙だ。
この家には、何処か嫌な違和感を感じる。
「何処だ…、もう1人の住民は何処に居る?」
「オ マ エ ノ ウ シ ロ ダ」
「ンなッ⁉︎」
チャキンッ。 信雄の首元に触れんとする一筋の日本刀が、今宵の満月の光を反射している。
信雄は少し後ろを振り返ると、背後には、無地のTシャツに群青色の短パンの格好をした、青髪の外国人の大男が縁側で立っていた。
「おハロー、後ろから失礼。オレ、参上」
「デ…デケぇ…」
無理もない。信雄の身長156センチに対し、アレスは194センチもあるのだから、背の高さで言えば、既に大差しかないのだ。
「動くなよ。ポリスに通報してやるぜ」
「ヒエッ…」
「さて…、と。日本は110番で合ってたかなぁ〜?ピッポッパ〜ッて、してやろうか?」
「あ、おい!」
不味い。サツの世話になる事だけは。
「うっせえなー。
オレの釖、童子切で刎ねるぞ」
「お…お助けぇ…」
自業自得である。
信雄はすっかり青ざめていた。
「――そこまでですよ」
突然の暗くも丁寧で、ニヒルな声。
「テメーは誰だ!」
「私の名はジムーソン。悪魔の奇術師でございます」
次の瞬間、カエデの木の前に声の主らしきシルエットが現れた。月光に照らされたことで、ジムーソンはその姿を露わにした。
「テメーがジムーソンか。オレの名はアレスだ。ご丁寧に、高そうな黒いタキシードに長デカいハットまで身に付けやがって。セレブリティー溢れる仮面パーティーにでも行ってたのか?」
エンジンが付いたのか、アレスは無意識に煽り口調となっていた。
「それはそれはご生憎様ですね、軍神アレスさん」
「成る程。オレの名を知っていたか」
白い仮面で表情が判別不可能だが、余裕の笑みを浮かべていることだけは理解出来る。
「ところでジムーソン。率直に聞くが、何故こんな所へ来やがった。テメーもどうやら魔物の一種の様だが、目的は何だ」
だが冷静である、この男。
聞くべき事は決して忘れはしない。
「暴れ回る、これに尽きますね」
見た目とは余りに程遠い、何とも暴力的な動機である。
そして、魔物と自認しているようだ。
何か裏があるのでは無いかと一瞬疑ったアレスだったが、声色からして、とても嘘を付いているようには到底思えない。ならば。
「じゃあ、質問を変えよう。どうやってここへ来た。オレの記憶が正しければ『魔界』とは、こことは別の次元にある筈だからな」
魔界。
そう、魔物の住まう世界の次元である。
我々、普通の人間や動物であったりは、ここ『ノーマル世界』という次元に住んでいる。
そしてアレスらの神々は、『神界』《しんかい》という次元で生活している。
これら以外にも数え切れない程の次元が隣列しているのだが、これら三つの次元はそれぞれ隣同士なのだ。
次元から別の次元への移動手段としては、唯一、『超時空ゲート』なるものが存在している。
ノーマル世界の者にはまだ知られてはいないのだが、人や物体を細かく"光子化"《フォトナイズ》する事で、テレポーテーションにより、自由に次元間を行き来する事を可能にした設備があるのだ。
しかし、それにはパスポートが要る。
無論、アレスは当然所持している訳なのだが、これを取得する為には、『時空警備隊』による厳正な審査を通過しなければならない。
また、次元間の移動時には、警備員に噓偽り無く正直に、次元移動の理由を述べなくてはならない。他次元で騒動を引き起こさない為のシステムだ。最も、そんな騒動などあまり聞いた事も無い。
しかし、大体のそこでの警備員は戦闘能力こそ高いものの、いつも1人だけなのだが。
それなら何故だ。
まさか、コイツにはその警備を破った力…、アルケーがあるとでも言うのか。
「確かに。フフ、私はここへ超時空ゲートを利用してやって来ました。このアルケーでなッ!」
「おい待てッ!」
「……へ?」
ジムーソンは信雄を指差すと、こう"命令"した。
「そこの泥棒に命令する。
『アレスを殺せ』」
途端。
「ン…ンガ…、ガグェ…、グォオオオオ‼︎」
「どうしたんだ⁉︎一体何が!」
黒尽くめの泥棒が不気味にもがき始めた。
「おいジムーソン!コイツに何をしたッ!」
「命令しただけですよ。私の、そう、この"操"のアルケーによって、ね」
「そうか…。そのアルケーで、ゲートの警備を破ったのか…!」
「フッフッフッフッフッフッ」
操のアルケー。
命令系の中でも典型的な属性。
命令を行う対象の相手を、言葉によって催眠状態へと陥れる事で、自由自在に操作する事が可能。
しかしその制限時間は短く、たったの2分40秒間でしか操れない。相手が気絶した場合でも催眠は解けてしまう。また、1度に操作出来るのはたったの1名までである。
「ンガァァァァァァァァッッッッ‼︎‼︎‼︎」
「おいッ⁉︎」
ジムーソンに操られた信雄は戦闘能力が向上したのか、途轍もないパワーでアレスの拘束を振り解き、庭へ飛び出した。
「さぁ…、やってしまいなさい!」
「ヴォォォォォォォォォォォォオ‼︎」
(やべぇ…。
コイツは完全に自我を失ってやがる!
倒そうにも…、しかし、この泥棒だって人間だ。息を絶たせるわけにもいかねぇ。
要は戦闘不能状態にすれば良いだけの話だ。そして、コイツを操り人形としているジムーソンの野郎をぶっ飛ばせば解決だぜ)
「…行くぞ」
手元の童子切が跡形も無く消滅した。
そして、操り人形と化した信雄はアレスへと飛び掛った。
「よしッ」
即座に反応したアレスは、その攻撃を回避すると、泥棒のすぐ背後へと回り込んだ。
「手刀流峰打堕とし!」
力一杯に、泥棒の後頭部へと強烈なチョップを叩き込んだ。
「んガァッ…、あぁ…」
バタリ、と音を立てて泥棒は気を失い、その場へ倒れ込んだ。
「ふぅ…」
しかし夜中とはいえ、こんなにも目立つような騒ぎが庭で起きているのにも関わらず、よくも平気で寝ていられるものだ。
と、良い夢を見ている事が表情で何となく判る楓に、アレスは呆れてしまう。
「やりますねぇ…、アナタ。"他の魔物"と共に、私の部下にでもしてあげたいものですよ。今なら特別に秘書辺りにはして差し上げましょう。ホーホッホッホッホッホッホ」
昼間に現れた緑の魔物は、多分この野郎が原因だったのだろうか。
「断る。……と言ったら、どーするよ」
「無理矢理にでも下僕にしてあげますよ、……こんんんの〜、木偶坊のサルめがァァァッ‼︎‼︎」
ジムーソンは思い通りに出来なかったアレスに対して怒りを露わにし、その矛先を向けて突撃してきた。
やったぜ。ジムーソンはオレの軽い挑発に引っかかりやがった!
隠れ短気な命令系のアルケー使いは、やっぱりこの手に限るぜ!
アレスはより戦闘に集中する為に、ポケットから青い耳栓を取り出すと、それを両耳へと突っ込んだ。
アレスは肉弾戦には滅法強い。
だが、そんな有利な展開に持ち込む為の知恵もそれなりには備えている。これも長く豊富な人(神)生経験が生きているからだと言えるだろう。
「さあ来い!段階歯車、加速α《アクセルアルファ》!」
すると、アレスの体はフッと軽くなり、約0.3秒後には、5メートル離れたジムーソンの目の前にまで迫っていたのだ。
アレスの段階歯車は鉄のアルケーを用いた技であり、10秒間だけアルケーの力で体を軽量化し、行動速度を大幅に上げる事が可能なのだ。
また、この技には名前通り段階があり、相手に合わせてスピードを変える事も出来る。
「貴様…、今何をしたッ⁉︎」
(隙だらけだぜ!)
「零式瞬拳連撃!」
アレスはジムーソンの懐に飛び込むと、その腹部へと猛烈なインファイトを仕掛けた。
「ウラララララララララララララララー‼︎」
「ゴッ!ガッ!ブァッ!グハッ‼︎」
ジムーソンはその速く重い連続攻撃に押されて怯んでしまい、アレスに反撃が出来ない。
「チェリィヤァーッ‼︎」
「ゴフォッ⁉︎」
アレスは連続パンチに繋げるように、ジムーソンを空高く蹴り上げた。
アレスもそれに続くようにジャンプし、更なる追撃を仕掛けようとする。
「『アレスへ命令する!』」
「あ…?」
耳栓のせいで、ジムーソンが何を言っているのか分からない。
アレスはジムーソンとは違い、空中浮遊が出来ない為、そのまま地上の庭へと落下して着地した。
「『その家で寝ている女を殺せェェェ‼︎』」
視界に熟睡中の楓を映した。
そして、アレスは体の正面で両手を重ねて、気合いを込めるように叫び始めた。
「鋼……」
銀色の激しい稲光りと共に、両手の中で強い光の玉のようなものが姿を現した。
(フッフッフッフッフッ…。
催眠から醒めた後の反応が楽しみですねぇ)
「轟……」
それは段々とより大きく成長し…満ちた!
「さぁ…、やりなさナニィィィ⁉︎⁉︎⁉︎」
アレスは正反対を向き、空中で浮遊しているジムーソンへ照準をピッタリ合わせた!
「嵐ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ‼︎‼︎‼︎」
アレスは、両手の中で溜めに溜めた気合いのエネルギーをジムーソン目掛けて放射した‼︎
「あ…あああ、ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァー‼︎‼︎‼︎」
アレスの両手から放たれた爆発的なエネルギー光線、『鋼轟嵐』は、直撃したジムーソンの全身を灼き尽くし、今夜の夜空に綺麗な一閃を描く。
「(あれは…、耳栓⁉︎負けるのか…。あんな…、あんな…、野蛮な神如きにィィィィィィィィィ‼︎)」
悪魔の奇術師ジムーソンは、一片の欠片も残す事無く、ただ汚い輝きを見せる星となったのであった。
「疲れたなぁ…。
あぁ…、ここは星が綺麗だぜ。さて、と」
アレスにはまだ仕事が残っていた。
「よし、これで良いだろう。明日の朝一番にでもポリスに通報して、ブタ箱にでも叩き込んでおいて貰おう。今日はもう眠いしなぁ」
アレスは結局、睡魔にやられて縁側で雑魚寝していた。
翌日。
『 今朝のニュースです。
本日未明。指名手配中の狭山 信雄 容疑者(46歳)が志木市内にある、とある民家の庭にて、ピンク色の縄跳びの縄により"亀甲縛り"にされている状態で発見されました。
民家に在住している外国人(24歳)のお手柄により、無事身柄を拘束したとの事です。住民の110番通報により駆け付けた警察官によって、現行犯で逮捕されました』
「…え?」
楓のご飯を掬おうとしたお箸の動きが止まった。
献立は、白いご飯とワカメや豆腐の味噌汁に焼き魚である。
7時42分。
何気無く付けていた、テレビで放映されている朝のニュース番組『早起きテレビ』。
台所のある部屋で何となく朝食を摂っていた楓に戦慄が走る。
(見覚えのある庭ですね…。この家のとそっくりです)
そういえば、アレスさんが食卓に居ない。
修行の為に来日しているのだから、きっと早朝のジョギングにでも出掛けているのかも知れないと、
『それでは、容疑者を縄で拘束した住民の方にお話を伺いましょう!おはようございま〜す!』
『Hello!」
(※プライバシー保護の為、モザイク処理をしています)
ついさっきまでは、そう信じていた。
『えー、こちらのお宅に侵入していた狭山容疑者の身柄を拘束したという事ですが、何処かお怪我はなさりませんでしたでしょうか?』
『アッハイ。ご心配をお掛け致しまして申し訳ありません』
『いえいえ、そんな事はありませんよ。
それに何十年もの間、警察の手を逃れて、幾度と無く犯行を繰り返した、言わば、平成における世紀の大泥棒を逮捕するに至ったワケですから。是非、コメントの方を頂けたらと思うのですが、一言宜しいでしょうか?』
楓は思わず、パジャマ姿のまま家を飛び出した。
『はい。私がもし、夜中に同居している方の悪い寝相によって、尋常じゃなく強い蹴りを食らって居なかったら、あのような泥棒の侵入に気付かずに、家中の金品の盗難に遭っていた事でしょう。ホントにヤバかったですねー。ほぼ、寝掛けてました。
なので、私はとてモガシャグフォッ⁉︎』
某メジャーリーガーのようなポーズを取っていたアレスの背後から、楓のドロップキックが炸裂!アレスは、不意の一撃に思わず地べたへと突っ伏した。
「玄関先で、何勝手にやってるんですかァー‼︎」
「お、お、落ち着いて下さい!
あっ、そういえば貴方もこちらのお宅の住民ですね!早速インタビューを」
「No thank you!帰って下さーい‼︎」
「ああっ、すみません!こちら、レポーターの吉野栄子でしたー!」
現場レポーターの吉野栄子は、カメラマンやその他スタッフを連れて、追われるように何処かへと去って行った。
『それでは吉野アナありがとうございましたー。では、次のコーナーです。』
テーレレレレーン、レーン、レーン。
『〔今朝のニャンコ〕ニャーン!』
『今朝のニャンコ。
今回のお宅は、東京都……』
新しい朝が来た。
迫真の裏声で悲鳴を上げながら逃げていくアレスと、それを全力疾走で追いかける細田楓の奇妙な日常は、まだ始まったばかりであった…。
「逃げないで下さいよ〜!」
「イヤァー!楓に殺されるゥ〜‼︎」




