第一章『アレスは暮らす』
今回は説明パートです。
ガツガツ!バクバク!ムシャムシャ!
わたしを助けてくれたこの男の人は冷蔵庫の余りで作った焼きそばを、野獣の如くフォークでがっついている。
言葉を失った。
大盛りにはしたつもりであったのだが、瞬く間に無くなっていく。
どうしてこうなった。
因みに ここはわたし、もとい細田楓《ほそだ かえで》の家である。
家の裏の庭や建物自体はそこそこ広く、小さいながらカエデが植えられていたり、池があったり、百人乗っても大丈夫そうな物置コンテナまであったりする。
そんな我が家の庭は、庭へと開けた渡り廊下や縁側、少々広めの畳張りの居間から眺めることが出来る。他の家と比べると、やはりここの敷地は広いのかも知れない。
現在こんなお家に住んでいるのは、わたし一人なのです。
というのも、両親は海外で共働き。日本人なら日本の学習を受けるべきとかいう方針なのか、中学時代まではここで一緒に暮らしては居たのだけども、高校へ入学した途端のこれであった。
小さい頃から家事のお手伝いをよくしていたこともあり、一通りはそつなく熟せる。
生活資金の方も、両親が毎月預金へ送ってくれているお陰で安心して暮らしている。でも、使い過ぎないように省エネには気を遣っている。
「おーう、楓ー。これのお代わりあるかー?」
この人の名前は「アレス」。
"神"年齢は24歳。本来の年齢は教えてくれませんでした。
因みに今、わたしは人とは言ったけれど、人間ではありません。
ギリシャ神話に伝わる戦争の神様、軍神アレスでした。というより、自ら名乗りました。
どう考えても人間が使えなさそうな能力らしきものを目の前で使われては、状況的にも信じざるを得ませんでした。
そういえば、アレスさんが倒した緑色の生き物が居ましたよね?そこを去る際に、煙となって空に巻かれていった所を見かけました。恐る恐る聞いてみたのですが、どうやらあれは『魔物』と一括りに呼ばれるものらしく、お亡くなりになると遺体は煙となって、天へと舞い上がって行くそうです。
「おーい、どしたん」
「あっ、お代わりですね!ありますよ、今盛ってきますからー」
キッチンにある、コンロに載せられたままのフライパンから、残りの焼きそばを掬い取り、白い皿に盛っていった。
この家の食事は、台所のある一階の部屋の同室内で行われている。
細田家は三人家族なのだが、客人が来た時に対応出来るよう、一つのテーブルに六つの椅子が用意されている。
現在、その内埋まっているのはたったの二席だけなのだが、少し前までは、それよりも少なかった訳もあり、複数人で家の食卓を囲めたという事実は、楓には正直とても喜ばしいことであった。
「うーい、ゴチになったぜ。まあ、腹八分目ってとこか」
「お粗末さまです。……うん⁉︎」
それにしてもよく食べる神様である。
アレスの能力は、一度の戦闘だけでかなりのエネルギーを消費するらしく、主に食事で摂る必要があるのだとか。一撃で戦闘を終わらせたとはいえ、それだけでこの食事量では、いざ全力で戦った後の食卓はドエラいことになってしまいそうだ。
「あの、アレスさん」
これまた律儀にも、食器を綺麗に片付けていたアレスに、楓は気になる事を聞いた。それへ反応するように、アレスは振り向いた。
「ギリシャ神話の神様がどうしてわざわざ日本に来ていたんですか?」
「ああ、武者修行だよ」
「武者修行…?」
「そうだ。オレは"アルケー"の力を極める為に、西洋の知り合いが少なさそうな極東、つまりこの国へやって来た。
治安の評判も良いからな。この辺りならば、落ち着いて修行に打ち込めるという理由もある」
アルケー?
聞いた事が無い単語が彼の口から出てきた。それは一先ず置いといて、現実的な質問を投げ掛けることにした。
「その…。失礼ですけど、日本円はちゃんと持ってきているんですか?」
「舐めないで貰いたいぜ。それ位は用意している。ほら」
そう言うと、背後から銀色の大きなアタッシュケースを取り出し…、え?
「あのー、そのアタッシュケースは何処から…」
「そこか。これはオレのアルケーで体に仕舞っていた」
「アルケー?能力ってことで合ってますか?」
「というよりは属性ってとこだな。
とてつもない程の数があるが、オレのはその中の『鉄』《くろがね》のアルケーというのを持っている。
能力としては、体の性質を鉄そのものに出来るんだ。
また、鉄製の道具や武器を生成したり、鉄の特性を活かして、体をドロドロに解かしたり、温度によっては気体となって、そのままの姿で活動することも可能だ。
それ以外にも変化球な能力もあるけど、その都度な。
そして何より、オレは『変異系』だ」
「変異系…?ですか」
凄い情報量だ。
ざっくり言うなら、この人(神)は鉄体質なわけだ。
「アルケーには三つの分類がある。
一つは『発現系』。
例えば砂嵐を発生させたりだとか、石を生成したりするといった、何かしらを創りだしたり、城や特定の生物を召喚する能力を全般的に指すんだ。
二つ目は、『命令系』。
時間や世界のルールというか法則に干渉したり、対象の相手を特定の状態異常にするタイプだな。
例えば時を止めたり、『この世界では、お湯が沸騰する温度は100℃ではなく-100℃になる』みたいなことを言ったり、対象の相手を一人選んで、そいつはこれから不幸になる、といった感じだな」
「え、命令系って強すぎませんか?バランス崩壊してません?」
「それがなぁ、命令系には重大な弱点があるんだよ。『時間制限がある』事だな。」
「時間制限ですか」
「その通り。しかも、物にも依るがとても短い。その能力の影響力がデカい程、その持続時間が短い。更に燃費が悪く、連続しての発動だったりの多用が厳しい点も一つの問題点だな。だが、使いこなせれば本当に厄介なやつではあるな」
「アルケーはメリットばかりでは無いんですね」
「まあね」
そう返事すると、アレスは麦茶を1.5ℓのボトルから空っぽになったコップへ流し込み、一口飲み込んでから続きを話した。
「…でだ。最後に三つ目。
オレのアルケーの分類である、『変異系』だ」
「うぐ…、ん…、はい」
楓も同じ麦茶を一口呷り、続きを聞いた。
「変異系はさっき話した二つとは違い、オレみたいに、体質にその属性の能力が現れるタイプのものを指すんだ。
また、同じか似た性質のものを自在に操る事も可能だ。オレも当然それが出来る」
「そうなんですか」
「ああ。それに、戦闘中は相手側からの物理的な攻撃はデフォルトで無効だ」
「えぇ…。耐性が凄すぎませんかそれ」
「耐性はねぇ…」
アレスはふと苦笑いを浮かべた。
「耐性は確かに凄いんだよ。
ただ、攻撃面に若干の難があってだな…」
「変異系にも弱点があるんですか?」
「そうだよ。『アルケーを用いた技は、同時に二種類以上使う事が出来ない』というやつだ。
例えば、オレの能力で鉄の甲冑を作ったとする。だが、それと一緒に剣や盾を能力を用いて作る事が出来ない。だが、甲冑を解除すれば、そういった武器を作れるというわけ」
「えっと、つまり同時に二つの事が出来ないんですね?」
「ははは…。でも、気にさえしなけりゃ、弱点はそれだけみたいなもんだしな。
それに、能力を使わない技となら同時に使えるし、使い方次第だな」
アレスさんの能力について色々解った気がする。
後から思ったが、この知識が役立つ時は果たして来るのだろうか。と、楓は少々後悔した気分になった。
と、まあ中々に濃密な話を聞くことが出来たのだが、あまり慣れない話題で少々気乗りしなかった。
楓はここで、別の話題を用意する事にした。
「あの、アレスさん。話を急に変えて悪いのですが…」
「ええんやで」
関西弁?猛虎魂を何処かに感じさせるようなイントネーションにも聴こえたが、どうせネタで言っているのだろう。
この際放っておこう。
「滞在する宿って、決めているんですか?」
「まだ今日来たばっかりなんですわ」
「あっ……」
そっか…、アレスさん宿無しなんだ。
「せっかくお金はあるんやけどなぁ。
この辺りには、旅館や普通のホテルって全然ないやろ?」
まるで横須賀出身の人が、関西の人の真似をして話してみたかのようなエセ関西弁で喋るギリシャの軍神。わけがわからないよ。
「そうだ!わたしの家に居候しませんか?」
「ええんか⁉︎せやけど、年頃の男女二人で同じ屋根の下で過ごす事になるんやで⁉︎それでもええんか⁉︎⁉︎⁉︎」
アレスは鼻息を荒くして身を乗り出してきた。物凄く、何を想像しているのかが分かりやすい。ここまで表面に出るものなのか。
「あの…。別にわたし、そういう目では見ていませんので。ごめんなさい」
「ファーーーーーーーーーー……」
次の瞬間、アレスさんは部屋の隅っこで、体育座りになって縮こまっていました。何か調子が悪くなったのでしょうか、とても分かり易く顔面蒼白となっていました。
「あの…、それとも野宿にしますか?」
(わたしの今までの人生経験からして、アレスさんの次のセリフは
『やめて下さい干からびて死んでしまいますからお願いします何でもしますから』という!」
「やめて下さい干からびて死んでしまいますからお願いします何でもしますから…はっ!」
「今、何でもするって言いましたよね?」
「ンヒィ〜!無茶な事だけはやめちくりー」
アレスさんはナイアガラな冷や汗を掻き始めた。
「そうですねー、とりあえずお風呂に入って来て下さい。外は暑かったので、汗掻きましたよね?」
「カシコマリ!…ていうかさ、ここの風呂場って何処よ?
それと、日本式の入浴の仕方とか分からなくてさ。そこも教えて欲しいというか…」
「はぁーあ…」
こうして、細田楓とアレスの奇妙な日常生活が始まった。
そして、アレスの戦いもまた始まりを迎えたのである。
カポーン、と風呂の音が鳴った。
「にしても魔物か…。
奴の目的は一体何だったんだ?
この日本に現れ、しかも、人間の生き肝を狙っていた…。他にもそんな同じようなのが居るのか。
そこんとこは神のオレでも分かんねーや。
神のみぞ知るとはよく言ったものだが、神でも知らぬ存ぜぬなんて事は、幾らでもあるもんよなぁ。」
楓の教え通り、ちゃんと体を洗ってから浴槽に浸かった。
アレスのかつて住んでいた世界では、常時泡が張られた浴槽で身を洗ってから、シャワーでそれを流すタイプだった。
そんな習慣が身に付いていたからこそ、アレスには、泡の無い浴槽という存在自体が新鮮に感じられたのであった。
さて、これから自分達には、一体何が待ち受けているのだろうか。
「んあぁ…、クラクラしてきた」
そんな事を考えているうち、アレスはとうとう逆上せてしまった。
「今日はこの家だな」
アレス達が寝静まったこの夜。
とある一人の黒尽くめな泥棒は、家の玄関前でそう呟いた。
続く




