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【最終章 望月の 欠けたることも なしと思へば】全年齢版⑥

本日は、最終話まで更新いたします。

12時00分、12時10分、12時20分に、ラスト2話+あとがきを公開いたします。

【最終章 第6話】


 切った。その瞬間、一度、深く繋がった呪力バイパスを通して、レッドとブルーの意識に、イメージが雪崩れ込んできた。


 視界が、裏返る。音が遠ざかり、代わりに誰かの微かな息遣いが聞こえる。


⸻⸻


「これが、母の胎内で三年を過ごしたという童か」


「鬼子に違いあるまい」


「名は……外道丸だ」


冷えた声が、淡々と告げる。


⸻⸻


場面が、跳ぶ。


 寺の静かな回廊。低く流れる経文の声。抑えきれない衝動。理由のない、激しい怒り。殴る。壊す。大人たちは、目を逸らした。


「……この子は、危ない」


 そう言って、またひとつ、居場所が奪われる。


⸻⸻


 時が、流れる。鏡に映る顔は、あまりにも美しく整いすぎた輪郭。向けられる視線。囁かれる言葉。


 山のように積まれた恋文。


「美しい」

「欲しい」

「隣に立ってほしい」


 どれも、同じ。


 誰ひとりとして、彼の内を見ようとはしない。


「……違う」


 低い声が、胸の奥で軋んだ。


⸻⸻


 燃え盛る炎。一枚、また一枚。恋文が、燃えていく。

炎が跳ねる。照らされた美しい顔に、感情はない。灰になる言葉。空へ昇る煙。


 届かなかった想いが、報われなかった悲しみが、黒煙と重なり、やがて、呪いへと変わる。


〔……文も見で 心も知らで〕

〔……夢と知りせば 覚めざらましを〕

〔……恨みざらまし〕


 まとわりつくように、全身を覆い隠し、怨念を蓄える。信じる者を失い、信じることを恐れ、そして最後に残ったのは、鬼だった。


⸻⸻


 思わず、息を呑む。視界が、強く引き戻される。目の前で、酒呑童子の身体が、崩れていく。赤い煙が剥がれ落ち、重く纏わりついていた呪力が、霧散する。


「……は、はは……」


 かすれた笑い声。


 鬼の角が砕け、甲冑が、塵となって散った。そこに残ったのは鬼ではない。華やかさも、威圧も失った、ただ一人の、痩せた青年。その身体が、静かに、地に膝をついた。


「……結局、お前たちも同じだ。愛だの、絆だのと言って、都合のいいところだけを信じている」


 膝をついたまま、顔を上げる。


「そうやって、見たいものだけを見て、生き延びる……」


「俺たちは、都合のいいなんて思ってない。酒呑童子、いや、外道丸。終わりにしよう」


 蓮が最後の一撃を振り下ろそうとした、その刹那。その足元から、黒い煙が、ゆっくりと噴き上がった。


「……退け。其れより先は、汝らの踏み入るべき領域に非ず」


 ブルーが、煙の向こうを見据えた。


「この気配は……」


「……罪鬼!」


 煙が、形を成す。重く、冷えた気配が、場を支配した。驚きに目を見開く二人の前で、罪鬼が冷たく外道丸を見下ろす。


「身構えずともよい。其れを殺めれば、汝らは、祓い手ではなく、ただの人殺しとなる」


 低く、揺るぎのない声。


「今、吾が裁くべきは、呪が剥がれし、一人の男。汝らが、人を殺めるとなれば、其れは罪なり」


 外道丸が、歯を噛みしめる。


「……罪鬼。力を貸し与えてやった恩を、忘れたか」


 罪鬼は、静かに首を振った。


「吾は、理に反する者を裁く。外道丸、汝は、理となることも叶わず、罪を重ねすぎた。」


 脇差に、手がかかる。


「なれば、吾が地獄へと誘おう」


 一閃。


 言葉も、叫びも、挟まれぬほどに。外道丸の首は、一筋の涙を残し、音もなく宙を舞い、闇に、落ちた。


 冷えた空気の中で、罪鬼は、レッドとブルーの方をほんの一瞬だけ、見た。


 納刀音が響く。


「生きて、選び続けよ」


 そう告げて、罪鬼は背を向ける。黒煙が、夜へと溶け、その姿は、跡形もなく消えた。


「ブルー。俺たち……」


「やりきったね。」


 バイパスを経由して感じる互いの激しい鼓動が、互いの生存を確かめさせる。


「ったく……今回は、マジで肝冷やしたぜ」


「理不尽に抗い、なお生き残った見事じゃ」


 四者の間に、ようやく安堵が落ちる。


 遠くで、サイレンが鳴った。割れたガラス。倒れた屋台。泣き声と、怒号。祭りの夜は、完全に現実へと戻りつつあった。


「……まずいな」


 ブルーが、周囲を見渡す。


「これ以上、目立つわけにはいかない」


「だな」


 レッドは短く頷き、ブルーを抱き寄せた。


「え、急に……」


 言い終わる前に、ふわり、と身体が浮く。赤い光が、夜空を裂いた。青い影を抱えたまま、二人は屋根を越え、街を離れる。遠く煌めく天の川を背に。


 誰かが、「あっ」と声を上げた気がした。


 だが、それを確かめる者はいない。


⸻⸻


 少し離れた場所。ビルの影に、二つの陰”が立っていた。白と、緑。


「一時は、どうなることかと思ったけど……」


 白が、肩をすくめる。


「分家も、なかなかやるもんですね」


 緑が、くすりと笑った。


「あーあ」


 白が、少し残念そうに言う。


「今回は、出番なしかぁ」


 二人は、それ以上、何も言わない。


 夜の向こうへ、視線を投げて、静かに、姿を消した。


⸻⸻


 七夕の夜は、こうして幕を閉じた。

酒呑童子しゅてんどうじ

本作では、恋文を焼いたことで呪われ、鬼となったという伝承をモチーフにしております。

愛や居場所に恵まれた蓮と柊。

一方で、それを得られず、愛そのものを憎むに至った酒呑童子。

その在り方は、もしかすると紙一重だったのかもしれません。

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