【最終章 望月の 欠けたることも なしと思へば】全年齢版⑦
【最終章 最終話】
連日、新聞やニュースでは、ヒーローの話題が途切れることはなかった。一部の身内には知られてしまったものの、拡散された映像はいずれも不鮮明で、顔が特定されることはなかった。
事件がなくなった街は、少しずつ、いつもの日常を取り戻していく。
「今日から、ひまわりの里の工事が入るんだっけ?」
「うん。だから今日は、片付けに行ってくるよ」
そう言って、二人で玄関を出る。
「あら、二人ともおはよう。いい朝ね」
三階、吉岡さんの住居スペースの方から、声がしたそこにいたのは、穴田ママ。そして、その後ろで、どこか居心地悪そうに立つ吉岡さん。
「え……どうして……?」
思わず声が漏れる。
「アナコンダと、寄りを戻すことにしたのよ」
あっさりと、穴田ママは言った。
「なんだか寂しそうだったしね」
……アナコンダ?相変わらず、穴田ママは意味深だ。
「それに」
にやりと笑う。
「あなたたちを見てたら、アタシも、もう一花咲かせたくなったのよ」
豪快な笑い声と共に、二人は一階の店舗へと消えていった。
⸻⸻
「さて、これで今回の取材は終わりやな」
関西弁混じりの声が、事務所に響く。
「お疲れさん。いやぁ、大事なとこ撮れへんかったんは悔しいけど、ええ記事になりそうや。ほんま、おおきに」
「いえ……鷹宮さんには、本当にお世話になったので、これくらい、なんてことないです」
酒呑童子との初戦、俺たちの出自、そして、報道。鷹宮さんがいなければと思うとゾッとする。
「世間の論調も、だいぶ肯定的やしな。もう、心配はなさそうや」
「最初は、記事にされてムカついたけど……バレたのが、鷹宮さんでよかったな」
「ほんまそれや。優しいとーまお兄さんやなかったら、今ごろ大炎上やで。おかげで、ええ人にも出会えたし」
「え? 出会い……ですか?」
「あ、言うてへんかったっけ? 最近な、例のワタルお兄さんとええ感じやねん」
少し照れたように、笑う。
「ホテルの事件の後で、離婚したらしくてな。慰めとったら、意気投合してもうて。いやぁ、どこに運命の出会いが転がってるかわからんもんや」
転んでも、ただでは起きない。そんな逞しさを感じさせる笑顔だった。世界が、これからどうなっていくのかは分からない。けれど、それぞれの人生は、確かに前へ進み始めていた。
⸻⸻
一年後。
「蓮にい! 柊にいちゃん! 早く早く! ヒーローショー、席なくなっちゃう!」
前を走る少年が、振り返って手を振る。
「こら、日向。走ると転ぶぞ」
今日は、七夕。
すっかり賑わいを取り戻した商店街。メインステージでは、街を救ったヒーローをモチーフにしたショーが行われる。
浴衣姿の二人の男が、手を繋ぎ、少年の後をゆっくりと追いかける。
「なぁ、柊。俺たち結婚しようか。パートナーシップ? みたいなやつ」
「え゛? ダメ。無理」
「なんでだよ!! 1年前は柊から言ってくれたのに……」
「はぁ……。もう。今夜、格好付けてプロポーズしようとしてたのに…台無しだよ」
プロポーズ……マジかよ。
「えっと、なんか……ごめん」
「いいよ。先に答えもらえたし。よし、じゃあ、今日から、おれらは、婚約者になるということですね?」
「お、おう」
急な敬語に嫌な予感がする。
「婚約者としての初めての夜、楽しみにしてるね」
顔を耳に寄せて囁かれる。そして、そのまま頬にキス。跳ね上がる二人の心臓。同じくらいドキドキしてるのが伝わってくる。その様子を、街の人々は、ただ静かに、微笑ましく見守っていた。
それが、この街の今だった。
⸻⸻
隠すつもりだった。
それでも、
この想いを選び続けた。
Unspoken…〈完〉




