【最終章 望月の 欠けたることも なしと思へば】全年齢版④
【最終章 第4話】
「小泉さん!ねぇ、商店街に怪物とヒーローが出てるって!」
日向が、食いつくようにテレビの前へ身を乗り出す。画面では、緊迫した声で、アナウンサーが原稿を読み上げていた。
『引き続き、事件の現場から生中継でお伝えします』
映像が切り替わる。
『こちら、七夕祭りの会場です。ご覧ください。にわかには信じがたい光景ですが、私たち取材陣の目の前で、怪物と、それに立ち向かうヒーローが交戦しています』
画面の中では、怒号、悲鳴、発砲音、はぐれて泣きじゃくる子供。まるで戦争でも始まったのかと思わせる混沌。
『正しくは……ヒーローなのか分かりません。ですが、少なくとも彼らは、傷ついた人を庇い、避難を誘導していました』
「……今日は、七夕祭りは難しそうだね」
小泉が、テレビから目を離さずに言う。
「日向くん、今日は家で遊ぼうか」
『怪物が現れた直後、二人の若者が前に出て、私たちの目の前で、変身したように見えました』
慌てて撮影されたのだろう。画面は揺れ、焦点も合っていない。
「……え?」
日向の声が、わずかに上ずった。
「蓮にいちゃんと……柊にい?」
「え?」
小泉が振り返る。
「蓮くんと、柊くんが……どうしたって?」
テレビの中では、赤と青の閃光が、断片的に映し出されていた。
身近な街。毎年、同じように繰り返されてきた、ささやかな祭りの時間。けれど今、人々の目に映っているのは、それとはまるで異なる、恐ろしく、そして否応なく現実を突きつける光景だった。
⸻⸻
「式神強装、陰陽消長」
声が、重なった。世界が、一段階、静まる。余計な音が削ぎ落とされ、感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。
これなら、酒呑童子と互角にやりあえる。
「ブルー! 合わせて! 業火流水の矢!」
放たれた矢は空へと舞い、洗車雨のように降り注いだ。
〔……外道丸殿〕
〔……文も見で 心も知らで〕
〔……昔は物を 思はざりけり〕
「水鏡……大斬刀!」
写し身が酒呑童子の腕を捌く。その一瞬の隙を逃さず、ブルーが振り抜いた。水の流れのような、しなやかな太刀捌き。それに似つかわしくない、重く、確かな一撃。
〔……憂し〕
〔……恨めし、恨めし、恨めし〕
〔……恨、恨、恨〕
酒呑童子の身体から噴き出す煙の中。その奥に、かすかな文字のようなものが浮かび、そして、立ち消える。攻撃を重ねるごとに、溢れる言葉が、より鮮明になっていく。
「朱雀! さっきから聞こえるこれ、なんだ!?」
「……わからねぇ。俺様たちの時代の言葉ってのはわかるが」
玄武が、低く呟く。
「これは恋じゃな。わしには、恋の和歌に聞こえるそれも、情念に焼かれた、悲しき恋の和歌じゃ」
「恋の和歌……」
酒呑童子が、くつくつと喉を鳴らした。
「ふふ。面白いことを言うね」
その瞬間、酒呑童子の瞳が、僅かに揺れる。
「酒呑童子、教えてくれないか」
視線を、真っ直ぐに向けた。
「なんで、人を、愛を、狙うんだ?」
「何故か……うん、そうだね。それくらいは、教えてあげよう」
酒呑童子は、どこか愉しげに口角を上げる。
「私はね、人類に終わってほしいんだ。ゆっくりと、静かに、衰退してほしい。君たちの生み出す愛は、美味い。だが、憎しみや争いを生む。それは次代に継がれ、苦しみが連鎖する。ならば、余計な感情ごと、愛を喰ってしまえばいい」
「愛し合う感情がなければ、人は情を交わさない。人は獣とは違って、理性がある。感情がなければ、本能は理性に劣る。子を成さず、育てず、やがて、静かに、終わりを迎える」
「……そんな、勝手な理由で……」
ブルーが、拳を強く握りしめる。
「私は、気に入っているんだよ」
酒呑童子は、視線を二人に向けた。
「君たちは、番いになったとて子を成せぬ。血は絶える。だが、極上の愛を生み出す。飼ってあげよう。人類が滅びるまで。私の食事としてな」
「ふざけんな」
レッドが、即座に言い切った。
「俺たちのことは、もう答えを出してる」
「うん、あなたに、どうこう言われる筋合いはないね」
酒呑童子は、距離を取り、声を上げて笑った。
「そうか。なら、仕方ない」
一拍置いて、視線を細める。
「ところで、まさか、自分たちが“互角に戦えている”なんて、思っていないだろうね?」
笑みが、さらに深くなる。
「十分、楽しめたよ。たった数週間の間に、随分と美味そうに育ったじゃないか。そろそろ食事にしよう。呪力を纏えるのが、君たちだけだと思ってないだろうね」
酒呑童子の周囲に、禍々しい呪力が渦を巻く。
「呪力怨装」
とても穏やかに、しかし冷酷な声色が届く。渦巻いていた呪力が酒呑童子の身体に重なり、赤い甲冑のような形を成した。ビリビリと脳髄にまで届くような圧が、のしかかるように全身を貫く。
酒呑童子が、腰の刀を抜き、構える。
反応する間もなかった。
瞬きのまに酒呑童子の顔が、目の前にある。
「レッド……!」
腹部に、焼けつくような熱。
視線を落とすと、酒呑童子の刀が、腹部を深く貫いていた。
「……がっ、は……っ」
激痛と共に、酒呑童子の悲しみに満ちた呪力が、流れ込んでくる。悲しく冷たい。
「ぐっ……柊……」
それは、刃よりも冷たい。愛を知らぬ者の、哀しみだった。
5月22日更新分は、12時00分から10分ごとに、ラスト3話+あとがきを公開いたします。




