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【最終章 望月の 欠けたることも なしと思へば】全年齢版③

【最終章 第3話】


 七夕祭り当日。例年より人は少ない。それでも、商店街には確かに祭りの空気があった。屋台の呼び声、提灯の灯り、短冊を揺らす風、走り回る子供達。


 通りの端では、窓に黒いフィルムが貼られたバスの前で、アナウンサーとカメラマンが、取材の準備をしている。唯一、この場にそぐわないのは、等間隔に配置された警察官の姿だった。


「カップルも多いな……来年はさ」


 ふと、蓮が言った。


「浴衣で、デートできたらいいな」


 柊が、少し驚いたようにこちらを見て、柔らかく笑った。


「そうだね。短冊に書いて、お願いしとこうか」


 並んで歩く足取りは、ゆっくりだ。


 その時、風が吹いていないのにも関わらず、提灯や笹の葉が僅かに揺れ出した。空気が、はっきりと変わった。祭りの喧騒を包んでいた気配が、膜に包まれたかのように、音を失い、夏とは思えぬ冷たさが、肌を撫でていく。


「……来る」


 柊が低く呟いた。


「わかってる」


 蓮も同時に、息を整える。


(今日は、前みたいにはいかねぇぞ。相手は、最初から喰う気だ)


 朱雀の声が、張りつめた調子で割り込む。


(少し距離があるのう)


 玄武が続ける。


 視線の先、商店街の中央、イベント用に設けられたステージ。本来なら夕刻から催しが始まるはずの場所に、着物姿の男が、静かに立っていた。


 酒呑童子。


 こちらの存在に気づくと、口元を歪め、愉しげに笑う。


「こら、そこで何をしている。降りなさい」


 法被姿の男が、慌ててステージに上がる。その声が、最後まで届くことはなかった。男の膝が崩れ、倒れ込むのと同時に、水面に落とした石のように、波紋が広がる。人が、倒れていく。ゆっくりと。逃げる暇もなく。


「きゃああああああ!」


 悲鳴が上がり、人々が、ようやく異常を理解する。


「酒呑童子……やめろ!」


 蓮が叫ぶ。


「ほう」


 酒呑童子は、目を細めた。


「素晴らしいですね。あれほど呪力を喰ったというのに、なお、満ち溢れているとは」


 二人の警察官が駆け寄る。


「なんの騒ぎだ! この倒れた人たちは一体……」


「倒れた人達を逃して!」


 柊が声を張る。


「ステージの上の君、とにかく降りてきなさい」


 その瞬間。酒呑童子が、わずかに視線を動かした。


「……邪魔ですね」


 酒呑童子が警察官との距離を詰め、軽く触れる。触れられた瞬間、その存在が、砂のように音もなく崩れた。


「……せ、先輩! う、あああああああ」


 怯えた警察官が、反射的に引き金を引いた。至近距離で響いた銃声に、耳を覆う。弾丸は、酒呑童子の身体をすり抜け、何事もなかったかのように、背後へと消えた。


 酒呑童子が、指を鳴らす。赤い小鬼が、地面から這い出る。


「……来るぞ」


「おう」


 二人は言葉を交わさない。静かに、それぞれの呪力を解放する。赤と青の光が、抑えられた輝きで立ち上る。

祭祀刀が、小鬼を薙ぎ払う。その背後で、ブルーが弓を引き、同時に、二つの勾玉の盾が宙に展開される。盾は自立し、警察官や倒れた人々の前へ、滑り込むように動いた。


「こっちだ! 今のうちに避難して!」


 集まってきた警察官たち。かろうじて意識を保てた者たちが、超常的な現実を目の当たりにし、ブルーの指示の元に動き出す。


 酒呑童子に放たれた攻撃は、確かな手応えを残さない。表面が、わずかに揺らぎ、赤い煙が、僅かに立ち上った。


「……また煙か!」


 その瞬間、どこからともなく、声が、聞こえた。


〔…人知れず。〕


 短い言葉。断片。攻撃を重ねるごとに、その数が、増えていく。


〔…色に出づ。〕

〔…焦がる。〕


「忌々しいな」


 酒呑童子が、低く笑う。殴り合いにもならないような、腕で振り払うような動作が、外装に触れる。そこから、きし、と音を立てて剥がれかけた。


「おまえら、このままじゃ、埒があかねぇ」


「修行の成果を、今こそ見せる時じゃ」


「柊」


「うん」


 二人の呪力流れが、体内で勢いづく。外装表面の炎と水が、交わる。混ざり合うのではない。打ち消し合うのでもない。互いの性質を保ったまま、装甲として、重なり合い、狩衣を彷彿とさせる外装を纏う。赤の狩衣には、水の流紋。青の狩衣には、炎の走痕。呪力が循環して満ちる。


「式神強装、陰陽消長」


 声が、重なった。世界が、一段階、静まった。

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